13/03/07 13:23:19.12 Y+T+5tJU
49.
母さんの声は、さらに続いた。
「冗談でも、そういうこと言わないで」
あはははっ、と杉浦は愉快そうに笑う。
「でもさ、けっこう楽しめると思うけどな」
「ふざけないで。瑞月」
瑞月。
母さんは、そう呼んだ。杉浦を、名前で。
鋭い錐に深く刺されたように、俺の胸は痛んだ。
「俺、未成年でも18になってっし。何かあっても三津子が捕まったりしないぜ」
杉浦も、三津子と呼んだ。多部先生、でもない。多部さん、でもない。
俺の母さんを杉浦は呼び捨てにしていた。
「……そういうことじゃないでしょ」
やや押し殺したような不満げな、母さんの、声。
「まあ、一応、俺の歳がバレないよう、ブログもわざとオッサンぽく書いてるけどさ」
「…もう、このブログ、やめてくれない?」
「なんで」
杉浦は母さんの方を見て、心底、楽しげな笑みを浮かべている。
母さんの姿は見えない。鏡の前で髪を梳いてでもいるのだろうか。
「…写真なんて、嫌なの」
「目線入れて、こんだけ顔もボカしてりゃ分かるわけないって」
その言葉に、母さんからの返事は途切れた。
しばしの沈黙が部屋に漂う。
俺はその時、大きな違和感に囚われていた。一言で言えば“想定外”という感覚だ。
ふたりの関係は、何かしら母さんが弱みを握られでもしたからだと俺は勝手に考えていた。
母さんにとっては理不尽極まりない関係であるはずだ、と。だが。
ふたりの会話は、確かに杉浦が母さんより優位に立ってはいるようだったが。
決して一方的なものではない。
通じ合った男女にしか存在しない機微がそこに漂っていた。