11/05/19 02:55:50.82 /A5+9A6a0
その日、俺は美術館に来ていた。
アパートの近くに新しい美術館ができたと後輩が自慢気に話しており、バイトの休みを利用してなんとなく足を運んでみた。
平日の午後という時間帯のせいか、館内に客は俺だけだ。
だが、これといって芸術に興味があるわけではなく、単なる好奇心で足を運んでいた俺にとってはどれもただの平面に描かれた線や点にしか見えず、やや歩調を遅くしてそれぞれの作品を流し見ていた。
終盤に差し掛かり、来たことを後悔しはじめた頃、一つの絵の前で歩みを止められた。
その絵は部屋の隅の方にあり、照明も薄暗く、また絵自体も小さく、決して華やかとは言えなかった。
そして俺自身も、なぜこの絵の前で立ち止まったのかはわからなかった。
30cmほどの正方形の中には、1人の男がいた。
何の変哲もない男なのに、どうして目が離せないんだろう。
俺はその男を知っているような気さえしたが、この絵を見るのは初めてのはずだった。
むしろ以前に見たことがあるとしたら、忘れるわけがないと思った。
男を見ていると、彼は俺に語りかけてきている気がした。
もちろん絵にそんな事はできないことはわかっていたが、美術館特有の空気にあてられたのか、俺は彼が何を伝えようとしているのか読み取ろうとした。