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在日コリアンの排斥を唱えるヘイトスピーチ(差別的憎悪表現)をはじめ、これまでにない「愛国」を掲げた動きが社会に広がりを見せている。
「普通の人たち」が極右的な発言をする政治家に投票し、排外デモに日常的に参加する。今、この社会で何が起きているのか-。今月1日、都内で開かれたシンポジウム「今どきの“愛国”って?
報道はどう向き合うのか」で気鋭の識者らがその“正体”を語り、警鐘を鳴らした。
◆「奪われた感」根底にジャーナリスト安田浩一さん
今ヘイトスピーチをまき散らすデモを主導している「在日特権を許さない市民の会」(在特会)が活動を始めたのは2007年だ。当時、記事を書こうとしても同調者はいなかった。
編集者たちは「取り上げることで社会に認知させてしまう」と。そうやって「一部のバカがやっていることだ」と切り捨ててきた。今、運動は激しさを増している。放任、無視してきた結果、社会に定着している。
東京・新大久保や大阪・鶴橋、朝鮮学校周辺では「朝鮮人を殺せ」と唱えるデモが行われている。「南京大虐殺ではなく『鶴橋大虐殺』をやれ」と怒鳴っているのは中学2年生の女の子。
「極右化する若者」という言葉ではくくれない人-例えば普通の主婦たちもいる。200人程度のデモはネット中継され、何万、何十万人が視聴する。影響や広がりは計り知れない。
物理的な暴力による傷は癒えるが、言葉による深い傷は一生消えない。無根拠で痛みを伴った暴力をメディアは見過ごしてきた。
デモ参加者の属性はさまざまだが、共通しているのは「奪われた感」だ。雇用や福祉、領土、歴史を「取り返す」ために運動をしている。
「上から見下す差別」は昔からあった。90年前の関東大震災での朝鮮人虐殺がそう。そして今、メディアは事件で「○○国籍の男を逮捕」と報じる。国籍に意味はないのに、
属性でひとくくりにする習慣がこの国にはある。
さらに、在特会の運動の新しさは「下から見上げる差別」でもある点だ。象徴的なのがメディアへの攻撃。特権階級とみなし、今の行政や政治、教育をつくってきたのがメディアだと矛先を向けている。
彼らは自分たちの運動を「階級闘争」と呼んでいる。
やすだ・こういち ジャーナリスト。雑誌記者を経て2001年からフリー。労働問題を中心に取材、執筆。著書に「ネットと愛国 在特会の『闇』を追いかけて」「ルポ 差別と貧困の外国人労働者」など。
49歳。
◆女性が加わる根深さコラムニスト北原みのりさん
この20年の排外主義的な雰囲気は「愛国」と呼ぶには幼稚な言説だ。嫌悪や「嫌韓」の裏返しにすぎない。そこに女性が加わってきたのが特徴といえる。
橋下徹大阪市長の慰安婦発言があった13年春から取材を始めた。憲法記念日に渋谷のハチ公前で街頭集会を開いた女性グループは「慰安婦問題はうそ」と言い、
「憲法改正は、生ゴミに消臭スプレーをかけてごまかしているのと同じ」と自主憲法制定を訴え、「5月3日はゴミの日にしましょう」と、主婦目線のソフトな語り口で分かりやすく話していた。
最初は気分が悪くなるかと思ったが、共感している自分がいた。
グループの中心は40代、50代の「きちんとした人」。教師も企業勤めも子ども連れもいる。「持っていない人たち」の運動ではない。経済力も家庭もある、しかも皆、とても感じがいい。
この運動は一体何だろうかと考えずにはいられない。
震災や原発など重要なテーマがあるのに、なぜ慰安婦問題に取り組むのか。男性がこの問題を扱うといじめになるから、女性の私たちがやらなければという正義感が、そこにはある。
根深さを感じるのは、女性が女性を「ずるい」と考える点だ。慰安婦だったと名乗っている外国の人たちを「ただの売春婦」「賠償金が欲しいだけ」と言う。日本人の元慰安婦は名乗り出ていないじゃないか、と。
日本人であれば周囲に加害者がおり、名乗り出ることなどできないのは、考えれば分かるはずなのに。
フェミニズムの立場からすれば、90年代からの揺り戻しも感じる。都知事だった石原慎太郎氏が男女平等のための施設の予算を大幅に削減するなど、攻撃が増え始めた。
女性の社会進出を男が不愉快に感じているのだろうか。
きたはら・みのり コラムニスト、女性のためのセックストーイショップ「ラブピースクラブ」代表。時事問題から普遍的なテーマまで幅広くジェンダー視点で考察。
近著に「奥さまは愛国」(共著)など。43歳。 (長すぎるので以下ソース先で確認してください)
ソース:URLリンク(www.kanaloco.jp)