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東京電力福島第一原発所長で事故対応の責任者だった吉田昌郎(まさお)氏(2013年死去)が、政府
事故調査・検証委員会の調べに答えた「聴取結果書」(吉田調書)を朝日新聞は入手した。それによると、
東日本大震災4日後の11年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の
待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた。その後、放射線量は急上昇しており、
事故対応が不十分になった可能性がある。東電はこの命令違反による現場離脱を3年以上伏せてきた。
■所員9割、震災4日後に福島第二へ
吉田調書や東電の内部資料によると、15日午前6時15分ごろ、吉田氏が指揮をとる第一原発免震重要棟
2階の緊急時対策室に重大な報告が届いた。2号機方向から衝撃音がし、原子炉圧力抑制室の圧力がゼロ
になったというものだ。2号機の格納容器が破壊され、所員約720人が大量被曝(ひばく)するかもしれない
という危機感に現場は包まれた。
とはいえ、緊急時対策室内の放射線量はほとんど上昇していなかった。この時点で格納容器は破損して
いないと吉田氏は判断した。
※記事の一部を引用しました。全文及び参考画像等は下記リンク先で御覧ください。
2014年5月20日03時00分
朝日新聞デジタルURLリンク(www.asahi.com)
※★1がたった時刻:2014/05/20(火) 07:11:39.83
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