14/05/11 21:48:37.80 0
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舟で対岸に着いたのが午後11時のため、舟で一夜を過ごし、
刑場に着いたのは5日午前9時半ごろ。この時、混乱を避けるために外出禁止令が出されていたにもかかわらず、
4千人以上もの信者がまわりを取り囲んでいた。
ルイス・フロイスの記述などによると、刑場には他の罪人の十字架も数本立っていた。
すでに26人の十字架を立てるための穴も用意され、穴の前には十字架が1本ずつ置かれていた。
到着するなり刑は執行された。縄は刑場内で解かれるが、今度は横たわる十字架上に
鉄枷(かせ)で手足を、縄で首と胴を固定したあと十字架の下部を落とすように穴の中入れて
一斉に立てられると、周囲からは悲鳴にも似た叫び声が起こった。
3、4歩間隔で整然と一列に並んだ十字架の両端には4人の執行人が槍(やり)を持って立っていた。
2人一組で左右から刺す。槍の先が心臓を貫くため、ほとんどがひと突きで息絶えるが、
すぐに死ねない場合は絶命するまで何度も刺す。
鞘(さや)が取り払われると周囲の信者はざわつき、受刑者の間からは「イエズス、マリア」の声が響いた。
パウロ三木は説教者にふさわしく、絶命するまで周囲の人たちにキリスト教を信仰するよう大声で説いた。
最初に執行されたのはメキシコ人修道士のフェリペ(24)。十字架のサイズが合わなかったため首の縄が締まり、窒息死寸前だたための処置だった。
以後、ひとり、またひとりと駆け足状態で刺されていくたびに周囲から悲鳴が起こる一方、
刑場内での神をたたえる声は少なくなっていった。そして、賛美歌を歌うバプチスタの声が途切れたところで
刑は終わった。午前11時ごろといわれている。