09/07/25 06:09:42 kBeV1gjd
~八重さんと赤井さんのお話~
「ちくしょー!」
ずいぶん大きく手を振りながら、赤井ほむらは走っていた。
どうせ遅刻だ、もう歩いてしまおうか、そう思っていた矢先に降りだした雨のせいだ。
さほどそういった事は気にしないたちだが、朝からずぶ濡れで登場というのは流石に具合が悪い。
彼女の足どりは、歩くどころかもはや全力疾走に近かった。
どうやら今日は間に合いそうだ。
ブツブツ、ではない。ハキハキと文句を言いながら、彼女はとにかく学校を目指した。
教室では、八重花桜梨が窓際の席から外を眺めていた。
一応に傘を持ってきていた彼女が見ているのは空模様ではない。
ときおり時計を確かめながら、彼女は校庭を見下ろしていた。
思い思いの場所に散っていた生徒達が皆席に落ち着こうかという頃、それまで頬杖をついていた彼女は少し身を寄せるようにして外を見る。
そうして何か安心した様な表情を浮かべると、八重は視線を正面へ戻した。
「間に合ったぁ」
わざわざそう口にして教室へ入ってきた赤井の席は八重の一つ前だ。
「おはよう」
「おう。いや~、参ったぜ」
席についた赤井は、どうしてそんな物を持ち歩いているのか、スポーツタオルで大雑把に頭を拭いた。
その後に、貸してと言いタオルを受け取った八重が、後ろからもう少し丁寧に赤井の髪や肩を拭く。
大丈夫だからという赤井になんとなく相槌を打ちながらも八重は手を動かし続け、一通り終えると何故か礼を言って綺麗に畳んだタオルを返した。
赤井と八重が親しくなったのは、二年で同じクラスになってからだ。
ひびきの高校での生活を経て、八重は入学当初に比べてずいぶんと明るくなったが、それでも彼女に声をかける者は多くなかった。
彼女に話かけるのはよっぽどに屈託のない人間か、或いは何か弱々しい物を扱うように彼女に対する人間、いずれかである。
だからこそ赤井は八重にとって大事な存在であったし、赤井にとっても自分に信頼を寄せる八重は友人と呼べる人物だった。
間もなくホームルームが始まる。
壇上に目を移す八重にならい、赤井も一応は姿勢を整えた。