04/10/17 11:45:11
>> 254
> なにかすごく賢い"評価器とは切り離された装置"
が必要性を判断してくれると仮定しなければ、
print $ [3, 1+2, 4] !! 0
で1+2が評価されない理由は説明できないと思う。
具体的にはその装置はHaskellの一部であって、
Haskellプログラムの内側では議論できない実装に近い部分の話になって
くるんじゃないかな。
>>255,>>256のような議論は有意義だと思うが、
上述したような「装置」によって、(:)と(>>)を同列に扱えるのであり、
(:)にその「装置」が必要とされている以上、
(>>)に他の特別な理論をあてはめるよりは、
必要に応じて評価される。という
lazy evaluationの原則を単純にあてはめればすむのではないかと思う。
ちなみに、
IOというものは[](リスト)と同様にそこにある何かであり、
たとえばputStrLn "Hello"が実行されると"Hello"を出力するのは、
[1,2,3]が(!!1)で2を返すのと同様にとらえられるのではないだろうか。
IOは評価時点では出力されずに、実行という次のステップで出力が生じる。
これは、
main = putStr "Hello " `seq` putStrLn "World"
での出力が
World
であるという点からも理解されるのではないだろうか。
HaskellのIOでは評価と実行は切り離されている。ということに今日気付いた。