05/03/20 21:06:11
俺は今でも元上等兵のあの幸せそうな家庭の光景を思い出すことがある。
子供はまだ2歳で、俺にも妙になついてくれていた。
「ぐんそ、あーそーぼ!」
舌っ足らずなその声に、俺は日々のデスマーチの疲れを忘れ、元上等兵の
幸福な生活の一部の恩恵に授かったものだ。しかし、これだけ立派なマン
ションを借り上げてくれて、月々2~3万円程度の社宅料で済むとは、
上位の上位会社の福利厚生に驚かされた。
前に住んでいた古びたアパートで見かけた彼の奥さんは、生活水準が大きく
変わったためか、女性として磨きがかかって美しかった。元上等兵の奥さん
が磨けばここまで美しいとは、彼の家に何度かお邪魔していた俺も想像して
いなかった。
「ぐんそ、ぐんそ!待ってー」
俺に付きまとう子供も愛くるしかった。俺はこれまで他人の子供になつかれた
事は無かったのだが、
「珍しい。人見知りの激しいうちの子がよその大人になつくなんて。
今までのところは軍曹殿だけですよ。」
と元上等兵も笑顔で驚いていた。
正直、かなり羨ましかったが、それでも俺が卑屈な思いを全くする事無く
彼らの幸せを共感できたのは、共に数々のデスマを戦った戦友としての絆に
他ならなかった。過去に元上等兵を数々のデスマに同伴させた事について、
彼の奥さんにも非常に申し訳ないと俺は感じていた。
しかし、小隊内の絆は、その家族にも浸透していたようだった。奥さんも
、俺を元上等兵を激戦の中で正しい道に導いてくれた上官として、評価して
くれていた。改めて礼を言われると、俺は柄にもなく照れくさい気持ちにな
った。俺の内面にもまだこんな気持ちが残っていたのか、と再発見した。