10/05/12 22:51:12 JCJL1JQd0
>>701
拡散したのはそうだと思いますが多極化したというほうが個人的には納得行きます。
ミクFESや感謝祭での熱狂は表現の手段の一つと呼ぶにはあまりにインパクトが大きすぎる。
かとおもえば全くもって匿名性のある歌うツールとして脇役として存在することもある。
恐山ル・ヴォワールの歌を歌う初音ミクは曲を歌う脇役に徹しているように見える。
多極化したがために今までと違う感じのものが目立って感じるようになり
音楽中心に見ている人には「キャラ厨が圧倒した」と見え
キャラクターを大事にしてきた人には「音屋がキャラクターを大事にしなくなった」と見えると言った
人によって全然違う見解が出る。
ただ一つの解釈では語れらないよくわかんないものと考えるほうが納得できる気がします。