08/09/12 04:18:57 zsQOMuFW0
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「通」がつくる権威が、大衆を遠ざける
― ジャンルの向上のために理想を持つことは大切だと思うのですが、
一方で、それ以外のものを否定してしまうと、ちょっと一般の人が近づ
けないところにいきそうですね。
昔の日本文学みたいな物かもしれませんね。「純文学とは内面をえぐ
り出すようなものでなければならない、大衆小説とは違うのだ」、みたいな。
でも結果としてどうなったかというと、勢いがなくなりました。ジャン
ル全体の。
映画にも、それに近い流れがありました。ヨーロッパでいうとヌーヴェル
ヴァーグの歴史がありますし、日本でも松竹ヌーヴェルヴァーグだったり、
アート・シアター・ギルド(ATG)の動きとかはありました。
でも結局、その潮流によって何が起きたかというと、一般の人が入れない
世界と化し、映画界は斜陽産業になって、つぶれかけたわけじゃないですか。
ひとつのカルチャーが続いていくと、それに関して精通している「通(ツウ)」
という存在がどうしても発生してしまう。「通」の存在が、次第に1つの権威
みたいになって、若い人たち、作品の良し悪しを自分で判断する基準を持たない
人たちは、通の判断基準に身を委ねることになる。そうして日本映画は衰退しか
けたわけです。
最終的にその流れはメインストリームにはならなくて、また大衆のほうに戻っ
てきたんですけどね。
日本人の癖でもあると思うんですけど、ジャンルが成熟してくると、
いろいろ分析し始めて、お前は分かっていないとか、権威的なことをどうしても
人は言い始めるわけですね。アカデミー化しちゃうんです。でも、
これはダメあれもダメと言い立てることで何が生み出せるの? と思うんですよ。
一番大事なのは、生まれてくるものが、楽しめるかどうかだと思うんです。