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また、初代PC-8001の時代からパソコンに触れているというパソコンマニアとしても知られており、
パソコン通信で「谷山浩子」のハンドルで発言していたところ、「谷山浩子の名を騙るファン」と
勘違いされたというエピソードがある。また、『Oh!FM』→『Oh!FM TOWNS』(日本ソフトバンク、廃刊)、
『PCfan』(毎日コミュニケーションズ)など複数のパソコン誌でエッセイを長期にわたり連載していた。
1989年には『コンプティーク・ソーサリアンシナリオコンテスト』の審査員、1992年には、
『パソコンアート・コンテスト』(主催:日本電気)の審査員を務めたことがある。
当人の知的好奇心旺盛な性格、ならびに長年パソコンに触れていたことなどから、
理工系の学生や理工系の仕事に携わるファンが多い。