08/02/04 00:12:25 d1ikYQVj0
>>564
>>506 >>520 >>552 >>560
あたりは同じ人。現行スレより参加。
ボカロ本スレで投げ銭の話をしたら、このスレ紹介されたんでいろいろ妄想してみた。
>>564同様、自分も最後に残るのはお伊勢参りとかライブのような「体験」だと思ってる。
(>>560の「祭り」はニコニコ動画そのものの意味。書き方まぎらわしくてゴメン…)
うp主が投げ銭OKの意思表示さえしてくれれば、自分もたくさん投げ銭したい人。
でも、DL販売が前提なら、販売データのコピーはNGってことだからそれは避けたい。
そもそも技術的にはいくらでもコピーや配布できるコンテンツという「データ」を、
金払った人だけDLできるように制限するのって、ニコニコ動画という、すごい勢いで
作品を生み出すエネルギーを持った環境を、自ら拒否してしまうことになるんではない?
ブログで専門家の意見が読めたり、ようつべで海外の面白映像が見られる時代に何を今さら?
花火大会が始まる前に「さあさあ集金タイムですよ皆さん!払ってくれないと花火が半減!!」
とか言われたら嫌だよねえ?
それより、リンクやコピーを制限しないことによって生じる価値に注目するべき。
作品へのリンクが常に明示され、人々の間で共有され、語られ、人と人とが繋がること。
リアルでは会った事もなく、見ている時間も、場所も、年齢も、性別も違う人たちが、
結果として同じ動画という体験を共有すること。さらに、その動画にティンと来た人が、
新たな動画や画像やエントリを提供すること。その反応の連鎖にこそ価値がある。
皆がそのコンテンツを共有しなければ起こらなかった奇蹟。まさに>>566
たくさん人が集まれば、おひねりを投げたい人は確実に出てくる。ただ、投げ銭システムの実装で、
ニコニコできなくなる人(例:底辺Pの撤退)が出るのであれば、例え職人支援になるとしても、
そんなシステムは作るべきでないとも思っている。場が荒れるくらいなら、対価の流通は
ニコニコ以外のシステムでやる方がいいのかもしれない。今はまだ良く分からない。