10/07/22 20:08:28 JIs5lM5h0
(>>37の続き)
iPadの重さという話題に限らず、iPadとNetBookを必死で比較する記事を書く記者とか、
iPadをパソコン代わりに活用しようとしてiPad使えねぇみたいな記事を書く記者とか。
まあ、技術オンチで文系なオタクみたいな人達だから、こんな評価になるのは予測できる。
ただね、文系記者ならしかたないと思えても、理系の人物でも大差が無いという悲しい事実もある。
たとえば以下のblog記事(の原稿)を書いたのは、おそらく一流だと自他共に認めるような
エンジニアなのだと思う。
・開発者目線でiPadを触って初めて分かった10の事実【時仲】 : TechWave
URLリンク(techwave.jp)
ところが、10の事実の中で、最初の4つは重い/軽いとか速い/遅いみたいな「ハードウェア」の
目線での事柄が列挙され、その後の3つは細かいアプリの使い勝手で、ようやく最後の3つで
「iPadのある生活」に関する触れている。思うに、論旨の順序が逆転している。
まず最初にiPadの登場が生活に与える影響の考察が最初で、ハードやアプリの話題は枝葉ではないかと。
どうしても(物造りの好きな)日本のエンジニアはハードウェアを優先してしまうらしい。
MacBook Air登場直後のバラシ記事で、「Airの製造技術はごく平凡なもの」と言い切ってしまった、
やはり日本の一流エンジニアの発言を想い出してしまった。
個人的にとても残念ではあるのだけれど、日本からMacintoshやiPadのようなネット/IT社会を
変革する製品が生まれることは、絶対に有り得ないという事を改めて感じた。