【大阪】人権擁護(言論弾圧)法反対運動6at OFFMATRIX【大阪】人権擁護(言論弾圧)法反対運動6 - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト441:さとりん ◆FFaJgL56zw 06/01/02 21:35:04 VvTiTEe8 本日一般参賀に行く途中で平田さんにお会いしました。 そのことで創価公明板のスレッドに書き込みしています。 http://society3.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1084531036/l50 なぜ創価公明板かと申しますと、昨年6月の集会で乙骨氏が話いたしまし た朝木明代さんの事件がテーマのスレッドだからです。 なお昨年の集会についてのブログ http://plaza.rakuten.co.jp/eshirase/diary/200506190000/ http://plaza.rakuten.co.jp/eshirase/diary/200506220000/ 442:KN ◆.E2Y/4Nums 06/01/02 21:58:09 7tPLJPR2 4月4日の集会へと向かう動きというのは、こうした運動初期の状態を一変させる効果をもたらした。 この集会は当初はあのような歴史的なものになる予定で組まれたものではないでしょう。 おそらくは自民党法務部会の流れを受けて、「愛国戦線」派の政治家や有識者を一堂に会して何らかの声明を発するための場として ああいう集会が必要となってきたのであり、それはおそらく急な要請であったのだとも思います。 あの集会の後、すぐに「真の人権擁護を考える議員懇談会」が発足したことを考えると、まず議連発足のための根回しが行われ、 その前宣伝的な意味合いが濃い集会として当初は企画されたのではないでしょうか。 ただ急な企画であったために、日比谷公会堂という大きな会場で平日開催という不利な条件が重なり、 法務部会での推進派の強引な態度と考え合わせると、 もし会場が閑散としていれば一気に法務部会で押し切られてしまうのではないかという危惧が生じることになった。 この危惧は決して杞憂ではなかったと思うが、言い換えると、それだけこの時期はみんな自信が無かったのだとも言えます。 自分たちはそれぞれがバラバラに行動しているだけの砂粒に過ぎないのではないかと、皆思っていたのです。 そうして落ち込む者もいましたが、「それでもこのまま負けてたまるか」と踏ん張る者もいました。 そうした危機感はネット空間に確かに存在し、それはそれで集会への参加者を増やす効果を発揮したのです。 そしてそれ以上にポイントであったのは、城内議員らが「一般の方から千通ぐらいメールやFAXが来ており、全部目を通している」と発言し それが2ちゃんねるなどで大いに喧伝されたことです。 これによって反対派国民は自分たちが砂粒ではなく、議員とも繋がっていることを知り、自信を持つことが出来たのです。 まぁこの段階ではまだネット上での言説の段階ですから半信半疑ではありましたが、 会場に出向いてその真偽を確かめてみたいという人も多く生じるようになりました。 今まで片思いだと思っていた相手が両思いかもしれない、今まで一人だと思っていたのに仲間がいるのかもしれない、 そう聞かされて、それを確認してみたくなる、そういう気持ちで4月4日の日比谷公会堂に訪れた人が多いのではないでしょうか。 4月4日の日比谷集会は、反対運動全体の流れで見ると、そういう位置づけになるのではないでしょうか。 ちなみに私がこの集会前に城内議員や古川議員らに出した書簡の中では 「日比谷集会は閑散としているほうがいい。そのほうが自分は少数精鋭の1人であり誇らしい。そのように思える鬼の心が無ければ この法案を廃案にすることなど出来ない。どうか鬼となって廃案を勝ち取っていただきたい」と書かれています。 これはもちろんどのような結果になっても決して落胆してほしくないという激励のメッセージであり、本心でこんなことを思っていたわけではありません。 しかし鬼とならねば廃案を勝ち取ることが難しいという認識は今でも間違っていないと思うし、 城内氏や古川氏はその後、見事にそれを実践してくれたと感謝しています。 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch