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1938年12月26日には摘発された密航朝鮮人180人が強制送還されている。
1939年1月には300人の密航朝鮮人が強制送還された。
2月2日には密航朝鮮人128人が一網打尽に逮捕されている。
3月1日から3月17日にかけて250余名の朝鮮人を強制送還している。
このように余りに密航が多いため1939年春から日本内地への
渡航の取り締まりを緩和するようになったが、6月22日までに
日本内地への渡航証明下付出願者は40,485人に上り、
漫然渡航者として19,110人が論旨され、2,000人の密航者が摘発されている。
また、朝鮮人のなかには渡航証明書を偽造して売りさばき
巨利を貪るものもいた。1940年以降も内地渡航緩和が行われ、
炭鉱だけでなく、工場、会社などへも道が開かれた。
その一方で、第二次世界大戦中にも密航者は増加し、
警察による摘発も行われていた。
wikiで、外国人犯罪と在日韓国・朝鮮人「外国人犯罪」も参照