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きっと彼女も半ばパニックになっているのだろう、普段なら決して使わないような乱雑な言葉遣いで突っ込まれて、ぐっと言葉に詰まる。あいつのことばかり思い浮かべる毎日に疲れ果てて、気分転換にはなるかと簡単に誘いに乗った自分がやはり浅はかだったのだ。
結局、俺がすることは全部あいつを泣かせることばかりじゃないか。そう考えたら、いっそその手を離してやった方がいいのかもしれない。強すぎる執着も足りな過ぎる感情表現も、あいつにとって重荷にしかならないのなら。
「…すまん、ペトラ」
混乱し切った頭の中、取りあえず思いついたのは巻き込んでしまった部下に対する謝罪だった。何の考えもなしに口にすれば、彼女は捲し立てていた言葉を一瞬途切れさせ、そうしてきゅっと眉をひそめた。
「謝るのは、私にじゃないでしょう」
先程とは打って変わって、抑えたような平坦な口調。長い付き合いの中でも見たことのない、何かを堪えたような悲しげな表情。何が彼女にそんな表情をさせるのかが解らなくて、呆然とする。
「お二人の事情は、私ちっとも知りませんけど。それでも課長が何かやらかしたのは何となく解ります」
「……ああ」
「だったら追いかけて、きちんと謝らないと。…お別れしたいわけじゃ、ないんでしょう?」
幼子を宥めるかのような口調でそう問われて、思わず目を逸らす。俺は、これからどうしたいんだろう。振り返ってみれば、肝心なその問いへの回答を未だ持ち合わせていなかった。あいつとの関係を終わらせたい?
―そんなこと、あるはずない。浮気のきっかけだって、手酷く蹂躙したのだって、根源にあるのは全て同じ思い。随分と身勝手な感情だと解っている。それでも、俺は。
「…別れたく、ねえ、な」
ぽつりと呟いた言葉は、みっともなく掠れて落ちた。それでもペトラには聞こえてしまったらしい。ふわりと笑みを浮かべた彼女は、そっとこちらの手の中にある荷物を奪う。
「この荷物は、私が責任もって会社に届けます。だから、早く」
「…いや、でも」
追いかけたところで、あいつがこの関係を続けることを望んでくれるとは限らない。むしろ、はっきりと終わらせたいと告げられる可能性の方がずっと高いのだ。
胸中を侵食する不安はどんどん膨らんで、弱気な心が頭をもたげる。もう諦めてしまおうかと、そんな思いが脳裏に過った瞬間。
―バシッ!!!
鋭い破裂音。寸分遅れてじわじわと自分の左頬に痛みが広がるのを感じて、信じられない思いでペトラを見る。