26/07/02 17:20:35.92 Z/NTT5Ua.net
今から100年前の1926年(大正15年)、当時の「100円」を郵便貯金して長期間運用して増やし、その利息で町を運営しようとした町長がいます。
「町民から税を徴収する必要がなくなる」そんな思いで始まった100円貯金。ちょうど100年の歳月が過ぎ、残高はどうなっているのか取材しました。
石碑に「郵便貯金」の文字
玉置佑規キャスター:
「伊達政宗の側近、片倉小十郎で知られる白石城にきました。宮城県白石市に100年前から続く貯金が存在するんです」
白石城にほど近い神社の境内にもそれを伝える石碑が残っています。
玉置佑規キャスター:
「郵便貯金碑です。碑にも右から「据置(すえおく)郵便貯金碑」と記されています。一体どんな貯金なんでしょうか?真相を求め市役所に行ってみます」
100円貯金「203年間」据え置くように
向かったのは白石市役所です。会計管理者の佐藤課長に郵便貯金の通帳を見せてもらいました。
白石市会計課 佐藤祐子課長:
「こちらが通帳になります。現在の定期貯金と総合通帳です。菅野円蔵(かんの・えんぞう)町長が100円を寄付して203年間郵便貯金として据え置くようにという条件があったので、現在はこの通帳で管理しています」
貯金が始まったのは、1926年=大正15年5月。白石市の前身にあたる白石町(しろいしまち)の18代町長・菅野円蔵(かんの・えんぞう)町長の発案でした。
菅野町長は当時100円を町に寄付し、それを郵便貯金で運用して増やそうと考えたのです。
税金を徴収しなくてもよくなる
当時の利率は5.04%。それを複利で運用していくと10年後(1936年)には163円に。203年後にはおよそ212万円に膨らむと計算しました。
白石市によると当時の町の財政規模は年間10万円ほど。212万円の貯金から10万円余りの利息が得られれば、税金を徴収しなくても町の歳入を賄えると考えていました。
白石市民:「すごい、白石に対する愛情」
白石市民:「孫たちのために本当に期待する」
白石市民:「100年前から始まったことを大事にしたい。203年後、今から103年、どんな風になっているのか楽しみ。やめずに続けてもらいたい」
歴代の市長らが署名「趣意書」
100年前の思いを後世に伝えるものが現在も市役所に残っています。
菅野町長の2代あとの鈴木俊一郎(すずき・しゅんいちろう)町長が記した貯金に関する「趣意書」です。そこには当時の思いが残されていました。
趣意書の文面より:
「財政に備うるため、ここに200年間を据え置くべき。期限内は絶対に払い戻しまたは処分せざるもの」
さらに、先人たちの思いをつなごうと歴代の市長らが就任時に趣意書に署名しているのです。
白石市 山田裕一市長:
「趣意書、巻物を見たとき正直、背筋がピンと伸びた。大正15年当時の菅野円蔵町長の思いが、歴代の町長、市長に受け継がれていて思いをしっかりと受け継ぐんだという思いで署名をした」
気になる現在の残高は?
貯金が始まって今年で100年。気になるのは現在の残高です。「郵政百五十年のあゆみ」によると、通常貯金利率は、白石市の貯金が始まった100年前は4.8%。
その後、1980年の4.56%をピークにここ30年は1%を下回っています。定額貯金も1980年がピークで、下落傾向が続きました。
特別に通帳の中を見せてもらいました。現在2つの通帳で管理していて、見てみると、最近もわずかな額ですが利息の入金があるのが分かります。
白石市会計課 佐藤祐子課長:
「通常貯金よりも定額貯金の方が利率が高いので、1000円以上を定額貯金にしている」
2つの通帳を合わせた現在の残高は、これまでの利息を含めて「3562円」でした。
これからも貯金を続ける
経済状況や貨幣価値が変わり税金を徴収しないという夢は現実的ではなくなりましたが、白石市は払い戻すことなく貯金を続ける方針です。
白石市 山田裕一市長:
「先人がこんなにも白石市や市民のことを思ってくれていたことを私たちが次の世代に伝えていかなくてはならない。思いのバトンを次の世代に受け継いでいきたい」
100年前から受け継がれる白石市の貯金。ふるさとを思う先人の夢はこれからも引き継がれます。
白石市は、先人たちの思いに触れてもらおうとこの趣意書を一般公開することにしていて、7月4日から「白石城歴史探訪ミュージアム」で展示が予定されています。
URLリンク(newsdig.tbs.co.jp)