RNざつ★465at HONOBONORNざつ★465 - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト626:ほんわか名無しさん 26/06/11 08:05:23.91 0.net 読書離れが進む現代において、人々は単に本を「読まない」のではなく、外部環境の変化によって「読めなくなった」のではないか。スマートフォンやSNSの普及、タイパを重視する動画文化の台頭により、長い文章を読み解く身体感覚が失われつつあるなか、現代人が求める「分かりみ」と、読書本来の「面白み」の溝はどこにあるのか。『本を読めなくなった人たち』著者の稲田豊史が解説する。 【写真】本を読む人は「頭がいい」は大きな誤解…本当に頭のいい人がやっていること タイパ至上主義が生んだ「読書はコスパが悪い」 ──読書離れが続く状況のなか、人々が本を「読まない」ではなく「読めなくなった」と指摘されていますね。 稲田 はい。この「読めなくなった」という言い回しには、意味があります。「読まない」は自分の意思で読まない、「読めない」は能力的にできないという意味になります。しかし「読めなくなった」と言った瞬間に、かつては読んでいたのに、自分の責任ではない外部要因によって「読めない体になってしまった」というニュアンスが入ります。 ──何が「読めない体になった」外部要因でしょうか。 稲田 インターネットの記事やSNSの短文投稿や要約から、すべての情報の取得に慣れている、ということが最大の要因です。いま、あらゆる情報の取得先が動画に移行しつつあるなか、メディア側も動画にシフトし始めています。こういった社会状況から、これまでの読者も動画から情報を得るようになり、長い文章が読みづらくなってきたのではないかと考えています。 ──そんな状況のなかで「村上春樹の新刊を買っても10ページも読めなかった」という現象は衝撃でした。 稲田 「普段、テキストメディアにどのように触れているか」という質問を大学生にグループインタビューしたところ、小学生の頃は「読書の習慣はあった」「本が読めていた」と話してくれました。それが、高校生でスマートフォンを持ったのを機に、読書が遠のき、大学入学時にまた本でも読んでみようかと村上春樹の新刊を購入したけれど、10ページも読めなかった。 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch