21/05/06 21:07:14.78 MiCYBFn+0.net
>>170
>>171
萩尾さんがj自分は少女漫画革命に関わりがないと書くのは
「革命で少女漫画王国は打破されたのではない 王国は倒されたことはない 私は王国の正当な継承者である」
という宣言じゃないかな。
少女漫画王国の歴史は、最初が水野英子、次に牧美也子・わたなべまさこが加わり三者並立し、西谷祥子の時代があって、萩尾望都はその流れを受け継いでいる、かな。
>>137 の60年代の母ものバレエ漫画や、それが掲載されていた頃の少女マンガ誌の表紙の絵と、「王妃マルゴ」のカラー表紙を見ていると、断絶なく王国の伝統が継承されていると感じる。
雑な24年組史観だと、「昔の少女漫画は男性編集主導で、男性作家も多数が描いてた。それを24年組が革命した」みたいになっちゃう。
それにNoということでわ
そこで面白い思ったのは、初期の西谷祥子は「石森章太郎と水野英子の間にかってに生まれた私製児(≠私生児)」と自分を位置付けていた。
竹宮恵子は高3のとき、その西谷祥子から「集英社の新人漫画賞に描いて送ってください」という直筆の手紙をもらうこととなる。
竹宮恵子は扉本で、水野英子を模写し、着せ替え紙人形を自作していた子供時代を回想している。
自分のことを石森章太郎の女一番弟子と自称することが多いけれど、まず最初のベースになったのはここだと書いているのが、自伝だから当たり前ではあるけど興味深い。
竹宮恵子もまた、少女漫画王国の王位継承権を持つ者だった