【満州事変から90年】「満州事変に始まる第二次世界大戦か?」政府の見解は!!? [鬼畜の和洸(Teda wakou)★]at EDITORIALPLUS
【満州事変から90年】「満州事変に始まる第二次世界大戦か?」政府の見解は!!? [鬼畜の和洸(Teda wakou)★] - 暇つぶし2ch1:鬼畜の和洸(Teda wakou) ★
21/08/03 22:49:59.27 AVO+Ez9m9.net
【1‐公文書に関する分析と検証及び重要な点の確認と解説】
この項目では、1931年に発生した「満州事変」が、「第二次世界大戦の発端」であるのか否かについて、私が、日本政府に電話確認を取った際に伺った見解を含めて、現在の日本の歴史認識が、どのような状況であるのかについて記述してゆく。
弊サイトは2013年1月頃にも開設した。(経緯についての詳細は、〔はじめに〕を閲覧して頂きたく思う。)
その時から弊サイト名には、「満州事変」と付けているが、私は決して「満州事変が第二次世界大戦の発端である」とは断定していない。
むしろ、第二次世界大戦に至る発端は、「明治維新の付近である」、との分析を明示している。
例えば、明治時代に「仁和寺宮」が「蝦夷地開拓に関する公文書」を残しているが、この公文書を分析してゆくと、明確に中国本土を侵略する意志を見る事ができるからである。
どのような意志が見えるのかといえば、
『軍に関しての金策』
『仁和寺宮が指揮を執る旨』
『アイヌを利用する旨』
『平家プロジェクトに関する動向』
『蝦夷地(北海道)を重要な戦略地と定めて開拓する事』
『満州が蝦夷地に近く人民繁殖の地に必要不可欠である事』
などである。(詳細については、「仁和寺宮の暗号文書(公文書)」の項を、閲覧して頂きたく思う)
即ち、第二次世界大戦に突き進んで行く〝謀略〟が、明治維新の付近に於いて既に生じている。という事である。
明治維新の付近に遡る事ができる、その過程に於いて、「重慶爆撃」も忘れてはならない事であるが、1928年に発生した「張作霖爆殺事件」や、1931年に発生した「満州事変」、1936年に発生した「2.26事件」、1945年にポツダム宣言受託を受けて発生した、「宮城事件(※A)」などがある。
要するに、少なくとも、1931年に生じた満州事変の〝三年前〟である1928年に、張作霖爆殺事件が発生している。という点を無視し、1931年に生じた満州事変が、第二次世界大戦の発端であるとは言い切れないのである。
また、世界地図を見た際には、日本としては、蝦夷地(北海道)が、ソ連への侵攻から欧州圏への覇権の拡大に欠かせない地であると同時に、日本の国土に対する他国の侵攻、すなわち本州への攻撃の緩衝地帯として地政学的にも重要な土地である。という事に繋がる。
したがって、先述した、〝仁和寺宮の公文書〟に、重要な意味が在った所で驚く事は無いだろう。
よって、公文書を分析し、仁和寺宮という皇族が蝦夷地に抱く展望を分析するに至ったしだいであり、その結果、導き出されたものが、「明治維新の付近に日本の謀略がある」という事である。
以上、この項目に於いて、極めて表面的な一連の流れを説明させて頂いた。

【2‐第二次世界大戦の発端に関する政府の見解(回答)】
先述した、【1】‐〔表面的な分析と検証・確認〕にて記述した、日本政府の見解について述べてゆく。
第二次世界大戦が終戦を迎えた1945年から数えて70年という節目の年である、平成27年1月1日に、天皇陛下が御言葉を、お読みになられた事は、記憶に新しい事と思う。
また、戦後70年談話として、戦後初めて『満州事変』という文言が盛り込まれたのである。当該談話は、政府≒安倍首相が平成27年8月に公表した内容である。
したがって、私は、「第二次世界大戦は満州事変が発端であるのか。」について、《外務省・内閣府・首相官邸》に確認を取ったしだいである。
結果論から記述するが、いずれの政府機関も一様に、・・・以下略


レスを読む
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch