三代目丸山組 和久井会 和久井一朗会長at 4649
三代目丸山組 和久井会 和久井一朗会長 - 暇つぶし2ch39:名無番長
15/11/05 10:31:37.83 0.net
高村政樹(こうむら まさき)は日本のヤクザ。二代目丸山組組長。
1953年、地元だった吹田市の博徒系組織の若衆として渡世入り。
1958年に起こした傷害事件による服役中に所属組織が解散するも、獄中で丸山組の丸山鉄也組長と知り合い、出所後に丸山の若衆となる。
1962年には自らの組織である鉄政会を結成し、丸山組の発展に大きく貢献。
和久井一朗若頭の補佐役を経て、1990年には若頭に就任し、丸山組の懐刀として手腕を発揮する。
社会不在が長かった丸山に代わって義理場に顔を出すことも多く、社交的な性格だったため、高村の顔は広く他団体に知れ渡っていた。
いわゆるイケイケだった丸山とは全く正反対のタイプだと評されていたが、高村は丸山に対して非常に忠実で、また丸山も高村をとても信頼していた。
のちに三代目丸山組組長となる八尋肇の器量を最も早く見抜いたのも高村だと言われており、若干25歳だった八尋を本部長に据えるなど、周囲から見れば大胆な人事を行った。
なお、この人事に対して丸山は獄中から反対したが、八尋が単身で何度も敵対組織の事務所に殴り込みをかけたことなどを知ると、一転して承認したという。
その八尋の活躍などにより丸山組は発展を加速させたが、1995年に丸山が癌で死去。
和久井組長代行が二代目を継承すると思われていたが、高村が二代目を継承した。
2年後には病に倒れて引退するが、その直前まで義理場への顔出しは一度も欠かさず、また若者への躾や教育も自ら進んで行っていた。
引退から4年後の2001年、心不全により、この世を去った。


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