15/02/20 19:26:23.97 0.net
>>255>>247
弱冠二十三歳 溝下秀男は大長健一を地元の大先輩として立てていたが、見るに忍びない卑劣極まらない大長の言動に憤りを感じたので大長に面と向かって啖呵を切った。
コらー大長、我なんぼのもんじゃ。 きさん 舐めとったら 耳の穴から手ぇ突っ込んで奥歯 ガッタガタ言わすぞ!!!!
溝下秀男はこの一件以来男を上げてめきめきと頭角を表していく。
その噂を聞きつけた草野一家総長草野高明の目にとまり草野総長の杯を受けて末席に加わり、僅か1年足らずで若頭補佐に昇格し、その後、北九州戦争で草野一家若頭 大東亜会会長佐古野繁樹が射殺されるとすぐさま工藤會に対して報復し戦果を上げた。
そして、草野一家の中枢を担う若頭になってからの功績は世間の周知する所となる。