14/06/15 22:08:46.30 hpolLC5f0
「それはお金なんかじゃない。札束目当てで品性を捨てるような大人にはなりたくない」
「利につくものは縁を捨てる。生活の楽のため捨てられたのが僕たちとすれば、親以上の品位……得て然るべきでしょう」
「だから、天意か?」
「ええ。天意ですよ。天に生かされているという確信ッ! 感謝そして敬い! それらの品位あってこそ」
「超越した境地に至り……確固たる人間本来の幸福に辿り付ける!」
「金にも色にも権力にも惑わされない……真の幸福へと」
「それを得た時この施設は今以上の豊かさを手にし……後に続く不幸な子供達をも救うでしょう」
「天意に浴する機会を奪われてまで生きようとは思わない! 避難に適す体勢を整えよというならむしろこの身紅蓮に捧げて
くれるわぁーーー! わっはっはっーーー!」
フリフリのピンクのワンピを来たサイドポニーの少女が胸を張って笑った。
斗貴子や千歳、桜花に秋水といった常識人たちは皆悉く黙った。
なんかもういろいろブッ飛びすぎていて、黙るほかなかった。
(迷惑すぎるだろ……どいつもこいつも)
(だいたい天意どうこういうくせに防災体制整えてるのは何でだよ)
「我々のいう天意とは人として最善を尽くした上での話です。杜撰な防災体制は天意の純度を下げます」
「だったら最善尽くして逃げやすいところに全員固まれよ」
「けど呆気なくタターって逃げたら「あ、コイツら察知してたな」って見抜かれて観客さん達に矛先向かいますよ?」
「そーそー。僕らがギリギリのトコで命張ってブラボーさんたちが救助に手間取った方が」
「結果としては楽じゃないですか? 町中に散らばる観客全員助けるよりは」
「どーせ悪党どもは思い通り八つ当たりできたって知ったらさっさと帰りますよ」
「根気と粘り強さがなく、場当たり的な感情を発露してはますます袋小路に追いつめらてる人たちなんですから」
「養護施設燃えてるの見て「ブラボーたちめザマ見ろ」ってチャチな優越感得たら満足しますよ。多分」
多分で命を張られても困るのだ戦士達は。粘り強く迅速な避難体制を整えるよう説諭したが議論は平行線。
「誰か死んでも気にしないでください。天意ですから。死ぬべきものがただ死んだ。それだけ、なのですよ」
3歳の愛らしい男児が寂滅する99歳の老僧のような表情で数珠を揉み揉みいう養護施設はかなりキていた。
「いいんスかブラボー。連中に好き勝手やらすと後々不利になりますよ」
防人は嘆息した。
「仕方ない。防衛任務にはよくあるコトだ。常に理想通りやれるとは限らない。守るべき人たちの事情を汲まなければなら
ないコトも当然ある」
絶対安静の病人、千歳にも運べぬガタイの元気な認知症患者……。そういった人たちが護衛対象に含まれる場合、セオ
リーを無視した防御体制で敵を迎え撃つ必要が出てくる……防人はそう述べた。
「住んでいる場所から離れたくない、なるべく壊さずに済ませて欲しい。そういう依頼に比べられば幾分楽だ。ココの人たちは
火災保険が降りるから燃えてもいい、建て直すつもりだったし別にいいと割り切っているし」
「……それでも十分厄介スね」
襲撃されると分かっていながら平生どおり過ごすと言い張るのだ。肝が座っているというか危機感ゼロというか。
「あとは養護施設見学に来てる人たちにも事情を……」
「あ、それ私がやります! お姉ちゃん達に伝えます!」
洟を垂らした5歳ぐらいの女のコが無邪気に手を挙げた。皮肉にもそれがリバース激昂の、ひいては爆破火災の遠因なの
だから難儀な話である。
◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■
とにかく剛太の行く手に50m先に仮の避難所がある。凸型の避難所の北壁に沿って走っていたら遭遇した。
きょうび打ち切り漫画にもいないだろうという雑魚くさい幹部風の職員達と、悟るあまり一種の宗教めいた恐ろしさを孕む
子供達とがあちこち焦げたボロを着て佇んでいる。
(どうする!? この距離だ! 幹部も人形も気付いている! 今から俺が引き返しても得たりとばかり襲うだろう!)
救いなのは鐶が護衛に回っていたコトだ。向こうも気付いたようでダガー片手に構えている。
(どうせタイマンじゃねェんだ。アイツと合流して防衛! あとは職員にケータイ渡して)
救出組全員に近づかないよう呼びかけよう……そう思った瞬間である。
65:永遠の扉
14/06/15 22:09:33.65 hpolLC5f0
自動人形の群れが剛太を追い抜いた。どうやら狙いを変えたらしい。我先にと避難場所へ走っていく。
あー。呆れる剛太は予見した。鐶が居るのだ。剛太でさえ対グレイズィングの片手間に倒せる自動人形どもの未来は暗い。
実際いちはやく現着した3体構成の先遣隊がニワトリ少女の蹴り1発で粉々になった。
「隙ありですわ!」
剛太の背後で爆発音。振ってくる砂利と視界の脇を抜き去る残影に彼は慄くより早く踵のギアの回転数を上げた。
(グレイズィングまで抜きやがった! てか加速できるっつーコトは今までのお遊びかよ!)
精神が焼きつくほど全速力で─モーターギアの加速は武装錬金ゆえ、体力より精神を削る─疾駆していた剛太の
限界を超えた加速はしかしまったく追いつかない。グレイズィングは舞うような優雅な仕草で鐶の前で立ち止まる。
(アイツは強いが相性悪い!)
瀕死時限定の自動回復能力を有する鐶ではあるが、それも短剣への年齢蓄積あらばこそだ。精神力ひとつで好きなタ
イミングに回復できるグレイズィングとは似ているようでかなり違う。後者は回復魔法の使い手だ。レベル相応にたっぷり
あるMPと引き換えにHPを癒す。前者は格ゲーの固有技でライフゲージを充填する。攻撃を当てねば溜まらない必殺技
ゲージを使うのだ。消費量は「12」だがそれは年齢でつまり干支一周分という、パラメータに設定するにはあまりに長すぎ
る単位だから、収集には一苦労。要するに宿屋に泊まれば全開するグレイズィングのMPと違い、雑魚狩り必須の溜め辛い
ゲージなのだ。鐶の回復の源泉は。
(ええい。考えても仕方ない! とりあえず鐶を補佐しつつ職員達の安全も確保! 自動人形は幹部の衛生兵含め警戒!)
腹を括る剛太。鐶は拳を繰り出す。グレイズィングはそれを滑らかな手つきで捌き─…
振り返るや自動人形を殴りぬいた。
「くォらぁお馬鹿さんたちィ! ワタクシの患者に手ぇ出そうなんざ許せませんわ!!!」
誘蛾灯に群がる羽虫のごとく押し寄せる人形達に銀の断線が驟雨の如く降り注いだ。
ピッ。手を止めるグレイズィングの手にメスが握られているのを剛太は確かに目撃した。
と同時に20体ほどの─何割か建物から出てきたようだ─人形が五体バラバラになって地面に落ちた。
「……どういうコトだ? 仲間の武装錬金じゃねえのかよ」
だいたい爆破炎上の際、人命云々など無関心という顔をしていたではないか。何故助けるのだろう。ワタクシの患者と
いうのも不可解だ。
「クス。総角はどうやらワタクシから複製したハズオブラブで皆さん治しているようねん」
メスを立て、艶かしく舐め上げるグレイズィング。
「けど治し方……雑すぎよん。軽度の一酸化炭素中毒は見逃している。皮膚の治癒も甘い。気管支に煤と共に入った発ガン
性物質の除去もしていない。今だけ助かればいいや的な杜撰な処置……本業としては見逃せなくてよ」
クルリとメスを回し胸元にしまう幹部はフードからわずかに見える白衣と相まって明らかに女医だった。
「あと誰とは言いませんがガン患者の方3名いましてよ。うち1人は数ヵ月後異変を察知し病院へいくも末期といわれ死ぬ
ほかないレベル。脳卒中予備軍は7名。動脈硬化は50代以上の職員全員。若いながらに糖尿病になりかけの方は2名
……甘いもの控えて運動なさい若いんだから。あとは軽い消化不良にちょっと痛い程度の虫歯、アトピーに薄毛その他
もろもろの細かい不調…………総てとりあえず治療済みよん」
(んなアホな! 衛生兵の影さえ見えなかったぞ!?)
傍に居た鐶も首を振った。まったく気付かなかったらしい。
職員と子供たちから「そういえば楽になった!」「四十肩が治った!」「視力回復!」「ニキビ完治!」と声が上がる。
(アイツ……自動人形を倒しながら出した衛生兵で診察と治療……一瞬で終わらせたってのかよ。40人は超えてる患者達相手に)
恐るべき回復能力だった。
「ワタクシ傷ついてる人たち見ますとつい治したくなっちゃうんですの。昔戦団のお馬鹿さんたちに大事な大事なクランケ皆殺し
にされちゃいましたから、『救えそう』って思うと治すのガマンできないんですわ」
「…………」
「フフ。大丈夫でしてよ。ちゃあんと完治してますわ。おかしなウィルスや病気の元なんて仕込んでませんわ。インフォームド
コンセント。殺したり拷問したり命弄んだりする場合は、予めその旨説明しますもの……」
どこからかとりだしたティーカップを啜るグレイズィング。ひどい余裕だ。直近の鐶でさえ手出しが躊躇われるようで愕然と
している。
66:永遠の扉
14/06/15 22:11:20.41 hpolLC5f0
.
「しかし……そろそろ潮時かも知れませんね。何しろクライマックスの自動人形…………」
「うぜえーーーーーんだよクライマックス!! 津村に武器与えるせいで分解できねえじゃねえか!!」
『本当邪魔! 桜花さんへの射撃が通らない!! 身動きできなくして1つになりたいのにぃ!』
「にひひ。いけませんねえ。秋っちという花形が戦う時ゃあ斬られ役は倒れるもんでさ。……いけませんねえ」
大量の自動人形により混線模様の各戦場。苛立っているのは戦士よりもむしろ幹部達だ。
「甘い? 酸っぱい? それとも苦い? 直感を信じて行くのですこの上なく!!」
屋根の上で仲間の迷惑も顧みずに歌うクライマックス。
彼女は気付かない。
火災によって開いた穴から……大別すれば左右と後ろの穴から。
無銘。防人。貴信。救助が進み残る根来たちに後を託しても大丈夫と踏んだ男たちが。
攻撃の機会を窺っているコトを。
「地下壕の生徒達と合流する?」
総角の申し出に千歳は驚いていた。理由を聞くと彼は頷いた。
「聖サンジェルマン病院に何らかの爆発が迫りつつあるのは知っているな?」
「ええ」
「貴信はどうやら覚えがあるようだ。記憶が不明瞭というコトは7年前に関わるコトだろう」
「確か彼、ホムンクルスになった直後、何らかの攻撃を受けて当時の記憶があやふや……だったわね」
「ああ。7年前絡みとなれば月の幹部の仕業だ。ディプレスと組んでいるのをこの目で見た。すぐ逃げられたが……」
それが一体地下壕の生徒達と如何なる関係があるのだろう。
「フ。回りくどくて済まないな。ディプレスと組む以上おそらく後衛……それも超長距離攻撃が得意なタイプだ。加えてパピヨン
殿相手に『もう1つの調整体』を奪わんとする以上、『1つ所に留まった状態で遠方の物体を奪える能力』を持っていると見て
いい。現に7年前ニアミスしたとき奴は自分と相方のDNA情報を有するもの総て回収した」
「あなたに武装錬金を複製されないために、ね」
会話する間にも自動人形は襲ってくる。もっとも総角の敵ではない。要救助者1人発見。千歳は避難場所へ瞬間移動。
グレイズィングの姿に戦慄したが剛太の飛び蹴りを躱わした彼女、自動人形の腕を振り回しながら追いかけていった。
再び総角の元へ。彼の話を要約するとこうだった。
「つまり……『せっかく遠くの物を奪える瞬間移動能力を持っているのに、どうして聖サンジェルマン病院めがけジワジワと
爆発を起こしているのか?』あなたの疑問はそれなのね?」
「フ。そうだ。いろいろ制限があるのかも知れないが、あのパピヨン殿を相手にするほど自信に溢れている幹部がだ、なぜ
マレフィックアースの器候補が居ると『俺達が思うであろう』病院めがけ侵攻する気配を見せる? 自信家というのは芸術的
で鮮やかすぎる圧倒的勝利を求めるものだ。能力の見せ場へつまらぬ横槍入れられるコトは好まない」
「……。考えてみればそうね。私なら作戦決行までに段取りを整える。目的地に直行できるよう、そこに必ずいる人物を予め
直接見て瞬間移動できるよう準備する」
「フ。流石だ。そう。特性が使えるよう知恵を巡らせるものなんだ」
「貴方が皆神市で私と戦士・根来の血液を密かに回収したようにね」
懐かしいな、いやあの時は悪かった。総角は微苦笑した。なお運命とは皮肉なもので、あのとき千歳たちに流血をもたらした
久世夜襲なるホムンクルス、実はいま話題に上っている幹部ことデッド=クラスターのクローンなのである。
「とにかく使い辛い特性の持ち主ほど下拵えは入念にする。攻勢に転じた瞬間勝てるよう……入念にな」
「なのにこれ見よがしに爆発を繰り返しているのは……」
推測になるが。音楽隊のリーダーはそう前置きしてこう述べた。
「敵はもしかすると、攻撃開始時点で所在が不確定だった『何か』を探しているんじゃないのか?」
67:永遠の扉
14/06/15 22:12:17.84 hpolLC5f0
「そしてその『何か』が……」
総角の最初の話に繋がる。すなわち、地下壕を避難している生徒達へと。
「フ。敵の本当の狙いは病院ではなく、あのお嬢さん(ヴィクトリア)たちの誰かかも知れないな」
俄かには信じがたい話だが……千歳は考える。劇で武装錬金を発動したまひろたちを守るため聖サンジェルマン病院
が使われるのは当然予想されているだろう。何しろ戦団お抱えの施設なのだ。それぐらい知られているに決まっている。
加えて敵は瞬間移動に準ずる能力を持っている。禁止能力が解けた防人や毒島曰く、数日前から幹部達は既にこの街
にいたという。
(つまり準備期間はあった。にも関わらず予見しうる場所への瞬間移動能力の条件は満たしていない……)
戦士の巣窟でいわば敵地、深く侵入するのは色々リスクがあるだろう。だが……。
つい今しがた目撃したからこそ『彼女』の言葉が蘇る。
─「同じ医療関係者として敬意を以て把握してますけど、性……もとい聖サンジェルマン病院に詰めているお医者さんた
─ちは前述のとおり医療関係者ゆえ屈強な方揃い」
─「院長と事務局長とナース長の戦闘力はいずれも戦士長クラス」
─「戦部には及びませんが20位以上の記録保持者(レコードホルダー)だって7名はいる」
─「有事の際は研究用の核鉄6個を定められた戦士に貸与し核鉄持ち以外が補佐するシステムだって整備されている……」
(グレイズィングは病院の内情を把握していた。把握できるというコトは内部に干渉する何らかの手段がある。なら瞬間移動
能力を発動しやすくする段取りだって組めた筈)
にも関わらず徐々に爆発を迫らせるという、非常に悟られやすい手段を取っている。秋水が病院の危機を察知したのは
爆発より先だが、仮に彼が気付かなかったとしても、(爆発に)縁深い貴信や総角があの場に居たのだ。過去遭遇していた
となれば貴信の記憶喪失は前向きに捉えず、むしろ総て覚えられていると警戒し、ますますローラー作戦など忌避するので
はないか……千歳はそう推理した。
「分かりました。貴方は地下壕の方へ。念のため小札零も送るわ」
総角が瞬間移動してきたのを見るとヴィクトリアは露骨に嫌そうな顔をした。
「何よ。楯山千歳とロバ型が一緒に飛んできたと思ったらアナタまで。ここ大丈夫じゃなかったの?」
「フ。いろいろあるのさ。話せば長くなるが─…」
爆発音が響いた。地下ゆえどこまでも跳ね返る音に生徒達が顔をしかめた瞬間、それは来た。
『ああもう!! 一手遅かったか!!!』
爆発のあった場所に……渦があった。半径およそ30cm。
シアン色に光り輝き反時計回りするそれを見た生徒たちが何人か叫んだ。
「目だ!」
「疵のある目が……浮かんでいる!!」
強膜……つまり白目に”Z”が刻まれた目が一座をグルリと見回すと怒りに燃えた。
『だあもう!! ウチ結構苦労したんやで!! 数ヶ月前から結構な投資して始めた新事業! 本来媒介にならへんモノを
無理くりやって媒介にして、ほんでようやく今日その成果が実る思たのにこれかい!!』
(フ。やはりこちらが目当てだったか)
(一見乱雑なローラー作戦は所在不明のココをば突き止めるための手段)
『ホンマもう大概にせーよ!! 総角おったら十分使えへんやんかウチの能力!』
か
『『彼方離る月支(マレフィックムーン)』……デッド=クラスターの商売道具!』
関西弁だ。しかも女のコだ。ぜったい可愛いタイプだぜ。目の疵萌え~。そんな生徒の声を彼女は蹴散らした。
68:永遠の扉
14/06/15 22:12:48.27 hpolLC5f0
『うっさいわボケ殺すぞお前ら!! か、可愛ないわウチなんか! 実物みたらドン引きやぞドン引き!! 乳ないしな!
あと萌え萌え萌え萌えきしょいわ!!! ま、まあ褒めた奴はいてこますのやめたるけどな! 一度だけやぞ調子のんな
クルァ!!!』
最後はやや嬉しそうだった。
「可愛い」「可愛いな」「やっぱ関西弁は強いよ」「しかも強気で貧乳。いいね~」
「も、もー。うっさいゆうとるやろ……///」
満更でもなさそうだった。
「フ。俺の記憶が確かなら……7年前は遠巻きに絶叫や話し声を聞いた程度だったかな。直に会話を聞くのは恐らくコレが
初めて。成程。確かに可愛い声ではある。……フ」
(……うぅ)。小札はちょっとションボリした。他の女性が褒められると妙に傷つくタチなのだ。
一方お褒めの言葉を賜ったデッドの口調は大変乱れた。
「ややややかましいぞコラぼけ! ちょ、ちょっと盟主様に似とるからって調子こいてイケボかますなカス!! お前なんか
全然似とらんからな!! ウチ愛しの盟主さまのが遥かにナイスミドルやからな!! つかネコ型来とらへんな!? おら
んよな!!? 渦で見えへんトコにおったら殺すからな!! ほほほほ本当全力で殺すよって覚悟せえや!! しゃー!」
「? ああ成程。フ。香美に7年前ひどく痛めつけられたのがトラウマなのかお前」
「つまりネコ嫌いになられたと……」
小札が会話に加わると渦が露骨にビクリと揺れた。
「ぼぼぼぼぼぼボケナス!! ちゃうわ! ネコなんか全然こわないわ!! 余裕や余裕! あんなちまっこい生き物な
んぞ500匹は飼っとるわ!! ウチもうめっちゃネコ屋敷ですわ!! 1歩歩くだけでネコ踏んじゃった歌えますわ!!」
「お。香美。遅れてきたか渦の後ろへ」
「フみゃ亜ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
渦がびょんと前方に飛んだ。器用にもグルリと振り返った渦がもう一度振り返り、総角を睨む。
「お! おらへんやんかネコ型!! ビビらせんなボケ! ひとでなし!! ウチめっちゃネコ怖いんやぞ飼えるかボケぇ!!」
渦の瞳は泣いていた。
「強気だけどネコ怖いんだ」
「ポイント高いね」
「だ!! 黙れやボケ!! いまの怖いは饅頭怖いの怖いや!! もっとこうドンと来いっちゅうギャー。あかんあかんキティ
ちゃんのアクセ渦に近づけるの本当やめて怖いです怖いですごめんなさいウチ強がってましたネコ怖いですだから離して
堪忍して堪忍して本当堪忍して……」
生徒Aはアクセごと渦から離れた。ホッとしたデッドは傲然と叫ぶ。
「ククク愚民どもめ!! ウチはお前達に危害加えにきた悪魔の使者やぞ!! 覚悟せーやコラッ!!」
「ネコ使えば大丈夫じゃないですか!!?」
「ネ、ネコは禁止や!! つつつつこたらそっちソッコーで行っておおおお前ら殺すからな!!」
「渦越しのキティちゃんさえダメだったのに直接来れるの?」
「そ、そこはお前あれやわ。賭けるしかあらへんやんか。ネコがこっちグワー来る前に生徒ボグリって殴り殺せる僅かな可能
性にかけるほかあらへん。来る前なんかもうアレやで? 水さかずき。クイって呑んでオチョコがしゃんって割るわ。割るわー」
(すごいようなすごくないような覚悟だ……)
よっぽどネコが怖いらしい。
「フ。で、お前は一体何を目当てにやってきた?」
「やっと話進めたか総角! そーいやお前ウチの先輩やったな! マレフィックムーン! んーまあ盟主様よりはイケメン
度下がるけど同じ細胞つことるよしみや。顔はまあまあって言うたるわ! 感謝せーよ!!」
総角は薄く笑った。
「貴信はいまもお前を救おうとしているようだぞ。ディプレス相手にそう言っていた」
「……」
急にデッドの口数が少なくなった。いろいろ思うところがあるらしい。
総角は一歩踏み出した。
「さて。小札よ。お前は無銘たちに好かれている。戦士達との関係もそれなりに良好……。問題はないといえる」
「……はい」
ヴィクトリアは首を傾げた。何か神妙な気配が感じられたのだ。
「フ。デッドよ。先ほど今日のために色々備えたと言っていたな。つまりお前は用意周到」
金髪の美丈夫の姿が消えた。
……。
ヴィクトリアが振り返ったのは、そこで2つの物音がしたからだ。
1つは総角の声。手にヘルメスドライブ。瞬間移動したようだ。
「無駄に思えるお喋りは……コレのため、だろ?」
もう1つは…………黒い帯がうねる音だった。
69:スターダスト ◆C.B5VSJlKU
14/06/15 22:13:29.48 hpolLC5f0
(何よコレ)
避難壕のレンガ造りの壁が安っぽい書き割りのドアのごとく開いていた。覗いているのは果てしの無い虚無だ。
帯はそこから伸びていた。凄まじい速度だった。もし総角が突き飛ばさなければ間違いなく自分が呑まれていただろうと
ヴィクトリアに確信させるほど凄まじい勢いだった。
「!! ちょっとアナタ! 私に恩を着せる気!?」
「フ。違うさ。敵の狙いは恐らく……お嬢さん。お前だ」
「な……」
劇の妨害者については聞いている。
「マレフィックアースとかいう存在の器を探しているんでしょ!? でもそれは劇で武装錬金を発動した武藤まひろたちじゃ─…」
「フ。どうもレティクルの事情は込み入っているようだ。なぜお前を狙ったか分からないが」
「お嬢さんが器の可能性も僅かにある。フ。そう心得た方がいいのかもな」
総角が緩やかに虚無めがけ吸い込まれていく。
ヴィクトリアは少し焦れたように小札を見る。助けないのと大声で言えない辺り微妙な関係性が滲み出ている。もっとも
何もせず見捨てないあたり破綻していないのも確かだ。
「……フ。心配するな。天の配剤だ。俺は俺の役目を……果たしに行く…………だけだ」
声が遠ざかる。レンガ造りを貼り付けた奇妙な扉も閉じていく。
そしてそれが閉じた時からしばらく……総角主税は舞台を去る。
(ドアの隙間から見えた。カード。カードだったわ。何かの……カード)
総角は持っていた。扇形にそろえた何かのカードを……。
駆け出しそうになっていた小札がそれを見た瞬間、太ももの前で拳を握っていたのが印象的だ。
ヴィクトリアは記憶を辿る。チラリと見えた『3枚のカード』の図案を懸命に思い出す。
(そうだわ。アレは……)
(メイドカフェ常連のやる夫社長。彼が劇のとき総角主税に渡していたカード)
1枚目が顔だったと思い出す。
(……メガネで、金髪で、先が虹色の…………そう、確か、話を聞いたわ、確か……)
(名称は……法衣の……)
たどり着きかけた真実をシャットダウンするのは地響き、だった。
『ウィルのアホめ。しくじったな! 総角を呑んだ今、時空の扉は迂闊に開けへん! こっからは強引な手段! 巻き添え
喰らうの嫌やからウチは逃げる!!』
渦が消えた。
地響きは一層強くなる。
「これは─…」
ヴィクトリアはそして……見た。
以上ここまで。
恐らく第二章まで総角フェードアウト。
70:ふら~り
14/06/17 21:23:14.10 uxRsWicp0
>>スターダストさん
斗貴子の脚は、細すぎて色気に欠けてませんか広報部の皆さん。むしろ、だからか? そんな
斗貴子への、毎度の操立てっぷりがいじらしい剛太。毎度斗貴子には伝わってないし。青っちや
グレイズィングは特性以外の強さも充分見せ付けて、結局今回はほぼ押されっぱなしでしたね。
71:永遠の扉
14/06/18 20:55:22.04 mrqJoZqv0
.
ディプレス=シンカヒアは『小者』である。
レティクルエレメンツという反社会勢力……平たくいえば『悪の組織』にいる以上、弱きを助け強きを挫く品行方正、慈悲
溢れる存在でないコトは明白すぎるほど明白だが、そんな常識を差し引いてなお、どうしようもないほどに、小者である。
自ら何も変えようとしない。そのくせ世界を見るコトはやめない。動いている人間を嘲笑混じりに眺めている。対象がしく
じればそれ見たコトかと手を叩き、成功されれば嫉み破滅を願う。政府の決定で生活が苦しくなれば不服を抱き政治家を
罵倒するが選挙にはいかない。不祥事を起こした芸能人がフラッシュの中で涙ぐみ、頭を下げる様が大好きだ。テレビで
ネット上の面白動画が紹介されると無性に腹が立つ。幼い子供を殺した犯人の、勝手極まる動機に憤然たる声をあげる身
綺麗なアナウンサーや芸能人が、「さて次は」と無難な顔に戻る瞬間いつも自分だけが彼らの欺瞞に気付いていると確信
しほくそ笑む。
ブログの炎上には加担しない。続伸するコメント欄そのものに代弁を感じ溜飲を下げてはいるが、しかし用益を供してく
れている筈の発言者たちを愚かだと見下している。何人か過激な脅迫で逮捕されるとただ一言。「馬鹿乙w」。ただしその馬
鹿の発言記録自体はあらゆる手段で残しており、時々思い出してはニヤニヤと眺めている。
握りこぶしの、親指と人差し指がある方の側面を、口から5cmほどの距離に置き、咳き込む輩を見ると無性に腹が立つ。
菌と唾液の飛散が止められる訳が無い、よって不合理、掌か服で押さえろ……そう思っている。映画館でアニメ映画を見て
いるとき背もたれを蹴った後ろの幼児は、何度舌打ちしてもやめさせなかった母親ともども上演終了後すぐ始末した。ギャン
ブルはしない。不当に儲けている連中を襲えば利得がそっくりそのまま転がり込むからだ。風俗にはいかない。いつも眠く
気だるいからだ。アジト近くにある、小じんまりとした街の、古びた個人商店で買い物をすると郷愁をかきたてられ、何度も通い、
地域振興とばかり高額商品を購入するが、店員の言動に立腹すると二度と行かない。
左足首から先が義足で、いつもびっこを引いてはいるが、善意の席には座らない。普通席に座っていても杖つくお年寄りく
ればすぐ譲る。24缶入りの段ボールなど、主婦が重い物を運び苦しんでいるときは手伝いを申し出る。そして持ち逃げする
……コトを恐れる。自分の中にある悪意が不意に弾けて、欲しくもない荷物を奪って逃げるんじゃないかと想像し、ただ怯
える。何事もなく、指示された場所に運びきり、労力からすればごく僅かの、奪う選択をした場合の成果から見ればスズメの
涙ほどの、缶ジュースや飴玉といった報酬を貰ったときただ心からホッとする。
禁煙席で喫煙したものは必ず殺す。映画館でネタバレを連れに囁いたリピーターは殺す。
ティッシュ配りの少女が輝くような笑顔を浮かべていると、つい受け取り、大事に保管する。
女性は処女でない方が楽だと実感しており、よっていわゆる処女厨ではないが、クライマックスに薦められたエロゲーで、
散々と主人公以外の男に股を開いていた女が、攻略後処女でないコトを恥じ、赤い顔で泣きながら詫びるシーンにはグッ
とくる。褐色で筋肉質な巨女が大好き。感動のアンビリーバボーで、泣く。しかし月9は大嫌い。
そんな小者である。ディプレスは。
咎や悲劇を育むのはいつだって小者である。膨れ上がった悪意を手近な武力と化合させたとき刑法という琴線が打ち
震える。拳……鉄パイプ……銃…………そして神火飛鴉の武装錬金・スピリットレス。”いくじなし”という俗称を持つこの
武装錬金は本来、戦士8名を相手にしてなお殲滅できるほどの火力がある。触れた物を分解できるのだ。映画席を蹴る
襟足の長い子供だろうと拳で咳を受ける50代前半の家電メーカーの太陽電池推進特別セクションチーフだろうと塵にで
きるしそうしてきた。物証は残らない。60兆の細胞総て、そこにある二重螺旋の情報ごと雑多なタンパク質以下の粒子に
して風に流す。死後24時間であれば蘇生可能なグレイズィングでさえ蘇生不可能な─彼女の存在あらばこその徹底
とも言えるが─無敵極まる能力だ。真向戦い敗れるものは数少ない。
朋輩たるマレフィックたちでさえ条件次第で葬れる。
(なのにどうして!!)
津村斗貴子は生きている!?
叫びだしたい気分でディプレスは戦場を見る。相手はたった1人の戦士だ。武装錬金も『高速精密機動』、笑ってしまう
ほど脆く弱い特性だ。
72:永遠の扉
14/06/18 20:56:17.72 mrqJoZqv0
(にも関わらずどうして分解できねえ!?)
冗談のような光景だった。斗貴子は希代の策謀をめぐらせている訳ではない。覚醒し新た且つ強力なバルキリースカートを
発現した訳でもない。ただ─… 『投げている』。無限に湧出する自動人形を黒い神火飛鴉めがけ投げつけているだけだ。
たったそれだけ。処刑鎌を周囲に伸ばし、刺し、投げる。単純極まる三連動作を繰り返しているだけだ。
(なのに俺の神火飛鴉が無力化されている!!? 馬鹿な!! クライマックスの自動人形程度、貫通できるのは検証済み!
さっきシルバースキンの裏返し分解したとき中のリバースを無事に解放できたのは、貫通できなかったのは、相手が戦団最硬
の武装錬金だからこそだ! 言い換えれば銀肌並みの硬度と修復能力を持たない武装錬金なら絶対貫通できる! 機動力
皆無だからこそ頑丈極まるデッドのムーンライトインセクト(月光蟲)、グレイズィングでさえ破壊にゃ手間取るクラスター爆弾
さえ一瞬で解体し貫く! しかも今相手している自動人形は、創造者がヌヌの能力使った余波で全パラメータ普段の40%
程度まで弱体化した奴! おかしいだろ! 普通に考えりゃとっくに貫通し、向こうの津村の顔面ブチ抜いてる筈なのに!)
現状は違う。万全でも分解し『貫ける』人形が盾になるという不可解な状況が続いている。
リバースを見る。同じフィールドで桜花をまったく寄せ付けていない仲間を。
ブレイクを想う。秋水が姉の救援に来ないのだ、ほぼ完封しているだろう。
グレイズィングを考える。先ほど建物が揺れたのだ、剛太程度に遅れを取る訳がない。
クライマックスは相変わらず自動人形を産生し続けている。救援組と交戦しても凌ぐのは明らか。
ディプレスだけが。
碌に相手(斗貴子)を圧倒できていない。
鳴り物入りで現れた幹部たちの中で唯一敵対者を圧倒できていない現状は……
『憂鬱』だった。
(そーいや兄弟と初めてあった7年前、デッドのヤローにハメ喰らって色々難儀してたっけなあ!! クソ! 今度はクライ
マックスの武装錬金に邪魔されて鬱抱えるのかよ!! なんだよコレ! 味方運なさすぎだろ俺!!)
嘆いてみるがそれは事実究明に繋がらない。繰り返すが、本来スピリットレスの前では、冥王星の自動人形など紙切れ
1枚程度の防御力しかない。原則だけ述べるなら邪魔されようが利用されようが影響ない筈なのだ。
(それが何故いま……まさかヌヌか。ヌヌが何か妨害してんのか? いや─…)
内心で首を振る。彼女を封じ込めたウィルという少年曰く武装錬金が全壊状態、戦士を直接支援するのは不可能という。
(だとすると)
斗貴子に原因があるとしか思えない。
「クソ補正かッ!? 立ち直りましたってェ輩のお披露目の為だけに理屈も特性も力量差も格も位置づけも何もかもガン無
視され小者くせえ敵蹂躙されるってオチになるお決まりのアレか!!? 『仲間のお陰で辛かった時をくぐり抜けて精神
治ってパワーもアップ!』……そんな胡散臭ぇ開運グッズの広告みたいな補正、反吐が出らぁ!!!」
神火飛鴉に変化が見られた。無数のそれが、斗貴子の投げた人形の前で急旋回と乱高下をし……『避けた』。
「現実は違うしクソ苦ぇんだよ!! 辛ぇ時期乗り越えさえすりゃ力が上がる!? 馬鹿ぬかせ!! 残んのは虚無だ!
疲弊だ!! 中年以上のリーマンどもが生活に疲れたカオしてんのはそのせいなんだよ!! ゲームじゃねえんだ!!
地獄のような日々(てき)ブッ倒したら経験値入ってきてテレレテッテッテーで体力精神力全快で上限アップなんてコトねー
んだよ!! 『憂鬱』ってなあ怪我だ! 病気だ!! 治ってようやくプラマイゼロ、筋力や体力ぁ従前、パワーアップなんざ
ねーんだよ!!」
顔を歪め身をよじる斗貴子。その頬を神火飛鴉が掠めた。迫りくる後続部隊。彼女は犠牲を覚悟した。すなわち棒高跳び
のように全身を上昇させるため地に刺さり、しんがりを務めたとある一本の鎌の生存を……捨てた。無数の神火飛鴉たちが
突撃し、喰らい尽くし、何もなくなってもなお怒涛の如くうねうねと通り過ぎていく。黒く獰悪な稚魚のようなおぞましさがあった。
73:永遠の扉
14/06/18 20:56:48.59 mrqJoZqv0
そして鎌は……可動肢によって斗貴子と繋がっている。彼女は見た。円を組み回遊し始める稚魚たちを。半径およそ6mは
下らない。地上に現れたトビウオたちの周遊コースは可動肢の浮かぶ立体点と容赦なく重複していた。
円は斗貴子を中心に展開していない。彼女が居るのは時計でいう「10時」方向だ。12時から8時までの広角240度はもはや
もはや荒れ狂う死の旋盤領域だった。運悪く近づいてくる自動人形あらば一瞬で粉砕される。残る9時から11時の狭い範囲は
それ以上の地獄だった。10m先に動くものがあれば人形だろうとたまたま降り立ったスズメだろうとリバースの空気弾であろうと
容赦なく引き裂き塵に返した。
『斗貴子さんの落下地点を絞るためね。自動人形が近づけばそのぶん足場が増えて特定困難になる。攻防兼ね備えた投擲
をもされかねない』
桜花は動きを止めている。リバースの銃弾が撃墜されるという天恵あらばこその選択だ。もっとも敵の方は「動けば分解必至」
という状況で、平然とトリガーを引き、文字を量産している。神火飛鴉どれほどツブされるか算出済みらしく、土文字は一切の
誤字脱字なしである。アホ気が揺れた。神火飛鴉が9発殺到してきたがみょろみょろ複雑に揺れて全回避。慣れているよう
だった。
その間にも斗貴子を支える武装錬金は細くなっていく。
「ヒャハハハ!! どうだ!! ご自慢のバルキリースカートがゴリゴリゴリゴリ削られていく感覚はよォーーーー!! 一撃
で粉砕できねえのは不思議だが、そのままじっとしてりゃ炎天下の氷柱の様にズドロンズドロン細くなってって2分もせぬうち
棒倒しだ!! 周遊コースからオイラちゃんの武器をチョイと巻きあげりゃ宙に浮くテメェを狙い撃つなんざ訳もねえーが!
コケにされたんだ! ひと思いにゃあ殺さねェ!!」
『あららディプちゃん。それって由緒正しい負けフラグよー?』
ゴチャゴチャいわずさっさと仕留めればいい、喋っていいコトなんか1つもない……。そうタイプし困ったように微笑むリバース
だが加勢する気配はない。
「震えろ!! 後悔しろ!! マレフィックマーズを舐めやがったコトを懺悔してくたばれ!!」
つくづくディプレスは小者だった。言葉のチョイスがどうしようもなく平凡だった。
なのに絶対優勢を確信した顔付きで斗貴子を見上げ唾液を散らす。
「さあさあさあ! ジワジワ恐怖を味わってションベン漏らすか! それとも意を決して、いま絶賛かじられ中の可動肢を切
断、独り立ちしたそれブッ叩いて神火飛鴉どもの輪の遥か外めがけ飛び……オイラの自動防御込みの体当たりを浴びる
か!! 好きな死に方どちらか選べ!!」
(……絵に描いたような小者ぶりね)
桜花は噴き出すのを通り越してただ呆れた。勝手に斗貴子へ激高して武装錬金を使い、それが通じないとなると独りよがり
な攻撃を仕掛け意のままに操ろうとしている。彼はここまで火力で勝りながらさんざ翻弄され主導権を握れなかった。冷静に
考えれば分かるだろう。「ちょっと攻撃を変えた程度で盤は覆らない」……と。にも関わらず陳腐な自尊心と支配欲に目が
眩み……状況を見誤っている。
(相手は津村さんなのよ。一時期揺らいでいたけど立ち直った)
ディプレス曰く「パワーアップなどねえ。プラマイゼロに戻るだけだ」というが、合ってようがいまいが関係ないのだ。
(武藤クンが月に消える以前の津村さんでも…………十分強い。そのうえ生きる意志が備わったなら)
格が違う。
理解しながら桜花は……笑う。ディプレス=シンカヒアの『最善手』を潰すべく策動する。
「津村さんにご執心のようだけど、どうせまた私を狙うんでしょ?」
やや冷やりとした口調にディプレスの顔がメリメリ歪むのが見えた。図星ではないが、だからこそ一層自尊心を傷つけられた
模様。
「あらあら外しちゃったからかしら? でも今から私を狙うと恥ずかしいわよね。リバースさん……仲間が傍にいるんだもん。
私は多分殺せるでしょうけど、後で『唯一相手を圧倒できなかったマレフィックマーズが、一番弱い早坂桜花に目論み暴か
れて逆上して殺した』……惨めな横紙破りでやっと勝ち星1になったって……仲間たちから言われ続けるんじゃないかしら」
「ぷっ」
74:永遠の扉
14/06/18 20:57:19.18 mrqJoZqv0
笑顔の少女が顔を背け噴き出した。天使のような声だがだからこそ火星の顔面に浮かぶ無数の血管が太くなる。海王星
は拳で口を押さえていた。嫌いな咳の防ぎ方で押さえていた。小者の耐えがたきを加速させたのはそれだった。
「(煽り耐性ゼロね)。あと私を狙った隙に津村さんが何をするか分からないわよ? 津村さんは勝利のためなら仲間なんか
平気に囮にしちゃうんだから。私に何かするのは結構だけど、津村さんの動向にはお気をつけて」
「てめえ……」
「あら? でも津村さん1人”さえ”持て余していたディプレスさんが、2人”も”相手にして適切な判断ができるのかしら?」
黒々とした笑みを向ける。ハシビロコウの殺気が爆発的に膨れ上がる。それを認めると、今度は困ったような、具体的に
いえば駄目人間を生温かく見守るようなスマイルを頬に算出。
「感情に任せて私を、お仲間さんの獲物を横取りした挙句、本命の、どうしても雪辱を果たしたい津村さんに隙つかれて負
けて死んだら洒落にならないでしょうね。生還した他のマレフィックたちに『ディプレスとは何だったのか』とずっと小馬鹿にさ
れる……」
理性がプッツン切れた輩がどれほど予想を飛び越えるか桜花は十分理解している。ディプレスが理も何もかもかなぐり
捨てて標的を変えるコトも十分織り込み済みだ。
(その場合、津村さんが私の命と引き換えに彼を斃してくれるでしょうけど……)
強さを信頼している。
笑ってもいる。
だが冷汗は収まらない。種族全体からみれば小者でも、人間から見れば十分すぎる脅威を備えているのだディプレスは。
シルバースキンさえ分解してのけた彼の矛先を叩きつけられれば桜花は死ぬ。
(いやよ。死にたくない。私だってまた劇したいのよ。秋水クンとまひろちゃんの行く末だって見届けたいし、女のコらしいコト
だって沢山したいし…………剛太クンの恋がどうなるかだって興味津津、あんなヘンな鳥に殺されるなんて嫌よ絶対)
心の中の桜花は童女のような表情で涙ぐんでいる。狙われませんように狙われませんようにと必死こいて祈ってる。
だからこそ、彼女はまた不意打ちが来ないよう、前もって封じ込めにかかっているのだが、藪蛇という言葉もある、叩いた
ばかりに石橋が崩壊するのではないかと戦々恐々だ。
リバースは溜息をついた。
『煽ってくスタイルねー。ディプレスちゃん、普段自分がやってるコトされてるの分からない? 見え見えの挑発よ。桜花さんの
真の目的は別にある』
「……」
わずかに鼓動が跳ね上がったが桜花は平静を取り繕う。
『私めは『憤怒』の幹部。だから怒りがどれだけ最善手を打てなくするか……分かってる。桜花さんはつまりあなたの頭を
沸騰させるのが目的よ』
沸騰させてどうしようというのか。たたた。地に解答が刻まれる。
『本当の最善手……、つまり、鳥型のディプちゃんが、上空高く、斗貴子さんが跳んでも絶対届かない距離まで舞いあがり、
絶対無敵の神火飛鴉を、爆撃機のように遠慮斟酌なく降らせて降らせて一方的に降らせ続ける、そんな悪夢のような状況を
阻止しようと…………話題を逸らした。斗貴子さんか桜花さんかという二択しか見えなくした』
文字はディプレスの前に次々と現れる。両者の距離は20m以上。その間を自動人形が歩いているし、神火飛鴉の周遊
コースで吹っ飛ばされた破片だって散ってくる。そういった夾雑物の隙間を空気弾はすり抜けて文字を刻む。PCで印刷した
ような整然たる文字列を。
しかもリバースは桜花を凝視しながら撃っている。斜め53度北西のディプレスの足元をノールックで撃っている。サブマ
シンで文字を刻むだけでも頭の構造が疑われる芸当なのに、である。
『……ってトコでしょ桜花さん。健気にも汗だくになりつつ安い挑発を繰り出した理由』
(見抜かれた……)
無邪気な笑顔でおぞましい暴露を行うリバースに何度目かの身ぶるいがした。彼女は歪んでいる。義妹の瞳が輝きがなく
なるまで監禁し折檻するほど歪みきっている。なのにその理性は、真っ当な人間よりも遥かに研ぎ澄まされているようだった。
だからこそ、アンバランスさが不気味だった。常時怒り狂っている怪物なら、まだ対処しようもある。実力で勝る小者さえつい
今しがたハメようとしたのだ桜花は。リバースは……色々と、読めない。
75:永遠の扉
14/06/18 20:57:57.06 mrqJoZqv0
(でも……悔しいけれどリバースさんの指摘通り。相手は鳥型。きっと津村さんも気付いているでしょうけど、空高くから攻撃
された場合、本当に打つ手がなくなる。御前様じゃ無理だし。それでも対抗手段は1つだけあるけど……)
『光ちゃんだったら、救出した人たちの護衛に回っている。クラちゃんの自動人形ひしめくこの地獄だもの、交代もなしに場を
離れるコトはまずできない。よしんばできたとしてもよー?』
にこり。彼女の義姉は微笑んだ。
『私が、行くなって、言うわよ?』
何の脅迫も孕まない文章だった。だがそれだけで桜花の背中は冷えるのだ。鐶はリバースを恐れている。先ほどその実情
を目撃した。あれほど強い彼女が義姉の過剰なスキンシップにされるがままだったのだ。空飛ぶディプレスを追わんとしても、
リバースが一言制止すれば……萎縮し飛べなくなるだろう。
(つまりディプレスを空にやる前にどうにかしなくちゃ……私たちは確実に負ける!! 別の場所で戦う秋水クンや剛太クン
も不意を突かれて殺されかねない!)
ならばせめて捨て石になり斗貴子に活路を……そう考えディプレスめがけ走り出した桜花を意外な声が痛打した。
「うるせえ!! エビフライぶつけんぞ!!」
「エビフライ!?」
火星の幹部は……地上を強く踏みしめた。怒鳴ったのはリバースに、らしい。
「ザケやがって!! 私めは頭回りますよーってかクソが!! ちょっとばかしリヴォの研究で俺より成果出したからって調子
乗ってんじゃあねーぜッ!! てめえのそういう部分が憂鬱なんだよ!!!」
『まぁまぁ落ち着いて。私めたちは仲間じゃない? 助言し合って、1人じゃ気付けないトコ補い合って、みんなが夢見る世界
めがけて共に力合わせて前進しましょうよ。ね。ディプちゃんには私めにないいいところ沢山あるんだし』
「うるせえ!! てめっ! てめーそりゃあリア充の了見だよななああああ!! 嫌ってる癖に連中と同じ綺麗事吐いてんじゃ
あねーーー!!! それとも何か!! 俺ぁ非リアのてめえがリア充気取って接するコトができるほど底辺のクソだとでも!!
こう! 言いたいってのか!?」
(じょ、助言したリバースさんに噛みついた……。どれほど小者なのこの幹部!?)
どうやら劣等感を抱いているらしい。だから従わぬという無意味な片意地。つくづくどうしようもない男である。
「テメーーーーーーーーーーーーーーーーーーエの指図なんざ受けねえ!! 受けたら俺がテメエよりも桜花よりも下って
コトになるじゃねえか!! 飛ぶだあ!? フザけんな!! 射程外からチマチマ削らなきゃあ勝てねえ弱卒だって言いふ
らすようなモンじゃねえか!! 俺ぁヘタレで小者だが……卑屈じゃねえ!! 男なんだよ!! 神火飛鴉使う以上はテメ
エや! デッドや! イソゴばーさんのような搦め手なんざやりたくもねえ!! 遠くで戦勝結果眺めてニヤつくなんてのぁネッ
トでやり飽きているし満たされねえ!! テメエだってそうだろうが! 違うかッ! リバース!!」
『……』
「団欒丸出しの家族狙って! 父親暴れさせて崩壊させて! そーいうことチマチマチマチマ繰り返してスカッとしねーのは
とっくにご存じだろうが! 怒り丸出しで俺やらクライマックスやらズタボロにする方が僅かだが気ィ、晴れるだろうが!!」
(家庭崩壊……そんなコトまでしてるの…………)
桜花の驚きをよそに、ハシビロコウ、吼える。
「だから俺は! 戦う以上は!! 相手の見える場所に居る!! 正々堂々なんざクソ喰らえだ! 不意打ちはする!
騙し討ち! 人質!! 凶器の使用! お上品な戦士どもが顔をしかめる汚い手段なんざ幾らでも使うッ!!」
だが。叫びが庭をつんざいた。
「やるのはあくまで敵が見える場所だ!! ルール違反犯すからてめえも反撃されるリスク背負うべきとか小綺麗なコトぬ
かすつもりはまったくねえ!! けどよお!! そーでもしなきゃ晴れねえんだよお!! 俺のクソみてえな外道な攻撃に
虚を穿たれ敗亡する雑魚どもの! 何でだよって歪むマヌケ面ァ直接見て「ざまあwwwwwwwwwww」嘲ってやらなきゃ晴れ
ねーーーーんだよ!! 俺の抱えた憂鬱はよォ!」
「闘る以上は相手の視界内にいるッ! この義足を大地につけて騙して謀って尊厳踏みにじって……真向から蹂躙して!
テメエらはテメエらが見下している俺より劣る底辺だって元連中の粉の前、大口開けて嘲るのさ!!」
76:永遠の扉
14/06/18 20:58:38.23 mrqJoZqv0
「だからぜってー飛ぶ訳にゃいかねえ!! それで勝とうが憂鬱は晴れねえ!! 第一! 広域爆撃をやったばかりに間
違って兄弟を殺しちまったら7年が無駄になる!! 決着を待ち続けた7年総てが無駄になる!!」
「だから……飛ばねえ! リバースてめえの指図なんざ何を言われようが……受けねえ!!」
『……どうやら書いて『伝えて』も無駄なコトがあるようね』
リバースはリバースで笑顔が露骨に引き攣っている。理知的にも関わらず早々と説得と諦めたその態度に桜花は「おや?」
と首を傾げた。
(匙を投げた? 私の目論見を見抜くほど鋭いのに……ディプレスの意固地の原因は…………分からない?)
いや。第一印象を振り払う。
(分かっているからこそ『何を言っても無駄』と諦めた……? でも変よそれ。いつも笑顔なのよ。私も最近よく笑うから分かる。
笑うと心が柔らかくなる。他人の少々の悪意なんか気にならなくなる。なのにあれほどの洞察力を持っている彼女が…………
付き合うのをやめた?)
不可解だった。これが付き合いの薄いもの同士なら納得もできる。
(けど2人は仲間の筈よ。光ちゃんの話から考えると2年ぐらいの付き合いはある。つまり……ディプレスの人柄なんてとっくに
分かってる筈。一度怒鳴られてなお物腰柔らかく説得しようとしたのがその証拠。本当に仲が険悪で、反目し合っているなら
そもそも私の目論み自体伝えない筈。なのに……リア充どうこう怒鳴られただけで説得を諦めた?)
人柄を知っているのなら悪罵もまた承知の上だろう。なのに関わるのをやめた。
(何か地雷を踏まれた? リア充とかいう単語が気に触れた? それともあの最低極まる─まあ実のところ、ちょっと共感
しない訳でもないけど。清々しいほど小者ね本当─どうしようもない本音の吐露に同族嫌悪でも催した? 光ちゃん監禁
して力づくで思い通りにした過去とダブって嫌になった?)
だとしても……とリバースを見る。怒りはない。そもそも怒れば防人にしたような暴れっぷりを披露するのがリバースだ。
怒気は隠しようがない。だから散見できないのは『無い』というコトだ。
桜花は見た。笑顔が、失意とわずかな寂寥に彩られているのを。
それはディプレス個人にと言うより、もっと広い範囲に向けられていて─…
(私や秋水クンが昔よく浮かべていた表情に)
近い。
(…………)
桜花は御前を操作する。目指す場所は、ただ1つ。
斗貴子は円周上から飛んだ。
「ハッ! 俺に特攻されて散るのがお好みか! なら望み通りに─…」
地を蹴り飛翔したディプレスが目を丸くしたのは、周囲に何やら漢数字が現れたからだ。
すなわち。
壱から伍の、衝撃波に彩られた幻影が、火星の幹部を取り巻いていた。
(あれは劇で何度か見せた……九頭龍閃!)
「なるほど!! 総角経由で覚えたか!! だが!!)
(相手は自動防御を展開済み! バルキリースカートじゃヒットしてもダメージにはならない! むしろ壊れるのは処刑鎌!)
「幾重にも展開した神火飛鴉! 貫(ぬ)く前にテメエの武器ぁバラバラだ!!」
互いめがけ吸い込まれていく斗貴子とディプレス。
そして。
(なっ!)
ディプレスは見た。自分に迫ってくる処刑鎌が─…
77:永遠の扉
14/06/18 20:59:11.94 mrqJoZqv0
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
寸止めされ、巻き戻るのを。
「誰が当てると言った?」
次の瞬間斗貴子はディプレスの背後に着地していた。
(うまい! そう言えば秋水クンから聞いたけど九頭龍閃を使うとどういう訳か相手をすり抜けるらしいわ! 原理は不明で
斗貴子さん自身ぶきみがっていたけどこれが真の狙い!)
「確かに俺の体当たりを回避するには持ってこい……いや違うだろ! フザけんな!! 納得いかねえぞそんな避け方!!」
腹立ちまぎれに神火飛鴉を20以上飛ばす。
斗貴子はそれを……真正面から受けた。
「あ、ああああ……」。少しばかり情けない声あげ震える火星の幹部を毅然たる視線が射すくめる。
「周遊の中で持ちこたえている時からもしやと思っていたが……どうやら私相手では分解速度、落ちるようだな」
何故かはわからないが、呟きながらゆっくりと近づいてくる斗貴子。どうやら方針は完全回避から効力射に移ったようだ。
小者は……戦慄した。
(フ! フザけるな! 裏返しを分解したんだぞ!? それがなぜあんな細身の鎌1つ一瞬で粉砕できない!?)
「迂闊に飛び込めば死ぬ状況に変わりはない。敵がホムンクルスである限り、私の方が不利だろう」
だが特性の一端ぐらいは掴んで見せる。油断も慢心もなく鋭い金の瞳を静かに滾らせ近づいてくる斗貴子は……脅威
だった。
(自動人形を貫通しねえコトといい、一瞬で分解できた筈の処刑鎌が周遊の中で持ちこたえたコトといい、なんなんだよっ、こ
の馬鹿げた補正は!? 死ぬ死なないが作者の裁量1つで決まる漫画じゃねーんだ!! この憂鬱な補正にだってキチっと
した理由がある筈! 何だ!? 何が俺のスピリットレスの無敵性を乱している!? どんな補正がここにあるッ!?)
補正。補正という言葉にディプレスの思考が止まる。
(待て。それが掛かってるの……津村じゃなく、俺なんじゃねえのか? そもそも小者な俺が『分解』っつー無敵能力を発動
できてるコトじたい既におかしいんだ。10年以上使ってて今さらだが、武装錬金とは精神の具現、使い手そのまま反映する
機構だ。いろいろ逃げ続けて悪に堕ちた俺ごときが、『何でも分解できる』神にも等しい能力……無条件で使えるのがおかし
かったんだ。分不相応。にも関わらずこれまで敵をバラして来れたのは何故だ? 津村相手におかしな弱体化しているのは
何故だ? 分解能力は無条件じゃなかったのか? デッドのムーンライトインセクトみたいな複雑極まる発動要件が……
実はあるのか?)
シルバースキンは一瞬で分解できた。バルキリースカートはそれができない。
(キャプテンブラボーが持ちえず、津村斗貴子が有するもの。俺の特性に、不可思議でねじれた逆転現象を引き起こす決
定的な差異、奴らの違い。それは……)
何だ? 考えて……気付く。
─「辛ぇ時期乗り越えさえすりゃ力が上がる!? 馬鹿ぬかせ!! 残んのは虚無だ! 疲弊だ!!」
先ほど斗貴子の精神状態について言及した。「乗り越えたから強くなる」、できぬせいで魔道に堕ちたディプレスには到底
認められない現象だ。だが……そこに原因があるとすれば? 武装錬金は本人の精神を反映する。潜水艦に憧れるものが
決して飛行機を発動できないように、『至れない領域』へ干渉する特性は決して持ちえぬものなのだ。ディプレスは、行く手を
塞ぐ扉を決して越えられないと確信している。向きあうコトさえしたくない。扉の表面を見るだけで様々な憂鬱が込み上げて
きて……死より辛い苦痛に苛まれる。斗貴子は扉の向こうへ行った。防人はまだこちら側。その差がスピリットレスの特性
に影響しているとすれば? 扉とは海面だ。沈降を選ぶ潜水艦(ディプレス)と、月を目指して天かけるロケット(斗貴子)を
絶対的に区分する壁だ。隔絶され……届かない。低きものは高きものへと届かない。
(立ち直っている奴には一撃必殺足りえないのか分解能力!? いや、厳密にいえば時間をかければ分解するコトはできる!
けどそれはドリルとかチェーンソーでガリガリ擦るようなアレだ! 武装錬金でいう『特徴』であって『特性』ではない! 物理
現象と論理能力ぐらいの差があるってぇ言うのか!? そして『一撃必殺の分解能力』という特性、論理能力が通じるのは
……俺と同じ側に立つ者!! 圧倒的な挫折感! 満たされなさと不遇に喘ぐ最低野郎に限定されるッ…………!?)
78:永遠の扉
14/06/18 20:59:42.30 mrqJoZqv0
突拍子もない論理だが、そうとでも考えなければシルバースキンとバルキリースカートの分解に関するねじれ現象への
説明がつかない。ただ……細かい穴もある考えだ。
(疑問がある。俺が殺してきた戦士やホムンクルス、全員が挫折者だったってのか? いや有り得ねえだろそんな奇跡。そ
れこそ俺が嫌う補正そのものじゃねえか。夢に燃えてる若い戦士もいた。再起を誓うあまり恐ろしく粘る共同体のボスもいた。
『立ち直りました』ってだけで防げるチャチな能力じゃねえだろスピリットレス! 撃墜数(スコア)に賭けてまだある筈だ条件!
不自由で難儀な条件抱えつつも! 俺を見下してきたクソどもほぼ総て─戦部やアオフといったごく一部を除いて─
始末してきた神火飛鴉! 知らなかった要件はある! だがその陰にもう1つぐらいあるだろ! 知らずして満たしてきた
要件が!! 俺の! 俺の執心を見事反映した俺ならではの特性要件!! それは……何だ!?)
─『煽ってくスタイルねー。普段自分がやってるコトされてるの分からない?』
気付かせたのは皮肉にも仲間の言葉。先ほど指図は受けないとつっぱねたリバースの描いた文字。たまたま目に入った
それが…………気付きを生む。
(煽り……? 相手の心を揺さぶる……。怒らせる……。悲嘆を見舞う……。言葉で相手を引きずり降ろそうとする我執。
それがヒットしたとき敵が俺の領域にまで堕ちてきているとすれば? そうだ。戦闘機だって潜水艦相手に無敵とはいかねェ。
飛び道具ブツけられりゃ墜落するだろうが。海ん中の俺の領域にようこそじゃねえか。飛び立つまでやられ放題じゃねえか。
とても手の届きそうにねえ奴だってこっち側に引きずり下ろすコトはできる。…………。意図して煽ってた訳じゃねえが、
結果としてそれが、俺のどうしようもない底辺的な思考法が武装錬金の特性と上手く噛み合い性能を引き出していた……か)
斗貴子はとっくに飛び込んできている。特性を暴きつつ万が一の致命傷を避ける……そんな慎重さを孕みつつも気迫は
存分、並みのホムンクルスなら位負けして勝手に致命の隙を供出しているだろう。そういった恐ろしい攻撃をのらりくらりと
躱しながら特性について考える程度の余裕はあった。ただしそれはハード的な話においてだ。ソフト面ではまったくどうしよう
もなく憂鬱だったディプレスだが…………不可解なねじれ現象、斗貴子に手間取る原因が分かると……失地の領土戦が
近く見えた。
「なるwwwwwwww立ち直っていて、しかもオイラの煽りすらクールに返せるレジェンドレアだからwwwww 分解能力の通りが
悪かった訳だwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
片翼で処刑鎌を受け止める。斗貴子の顔にバッと警戒感が広がった。と見るやとっくに彼女は5歩以上後ずさっている。
「いいねその反応ww オイラの豹変、そしてこれまで無かった肉体的な防御www その両方いっぺんに不吉な予兆感じて
咄嗟に距離を取るwww 見事wwww 後ずさるのに邪魔な自動人形、見もせず全部斬り裂いたのも含めてwwww」
斗貴子の足元には自動人形の生新しい残骸が散らばっている。人形の数は相変わらず多い。彼女はディプレスを攻め
つつも、横やりを入れてくる人形を捌き、従前通り武器にしていた。
「wwww どうやらお前が触れたり投げたりした自動人形もwwwお前の一部と見なされていたようだwww だから平生のwww
今の2.5倍は強い人形さえ貫通できる神火飛鴉がwwww 通らなかったとwwwwww」
「(弱体化、か。これの3倍近いのが無数に……) …………余裕を取り戻したようだが、切り札でも出すのか」
「あるにはあるけどwww 出さないよオイラwww 出せばお前は全力で避ける。避けながら観察しwww 他の連中に報告www
1人でも犠牲が減るよう分析しこれを無力化するwwwww お前は強いwww オイラとの相性も悪いwww マレフィックマーズと
いえど切り札1つで殺せるとは見縊らないwwwww でも、負けないよww」
「………………」
「www 残念だったなwww うまく行けば幹部1人犠牲にしつつ見極めができたのに」
謎めいた問いかけに斗貴子が固まる間にも……言葉は続く。
「なあリバース」
「お前www 声wwww小wさwいwよなwwwwwwww」
ハシビロコウから発せられた声に乳白色の髪の少女が一瞬唖然とし……強膜をドス黒く濁らせた。
風が舞い衝撃が交錯する。轟然と放たれた海王星の拳をディプレス=シンカヒアは慣れた様子で受け止めた。
79:永遠の扉
14/06/18 21:00:18.19 mrqJoZqv0
「殺す殺す殺す殺す殺す私の忠告無視した上にコンプレックス刺激するなんて許さない許さない許さない許さない」
「でwww桜花www 鐶の様子はどうだったwwww」
呪詛のような言葉の羅列にしかし陽気な笑いを浮かべるディプレスは、開いている方の翼を後ろにやり……
ある物をヒョイとブラ下げた。
「てめ、この離せ!!」
ジタバタするのはエンゼル御前。桜花の顔がやや褪せた。
「つくづく便利な人形だよなあwww 矢を作れて、ライトもついて、メシも食えて、魂の汗まで漏らすコトができるwwww」
とくればだ。隠者めいた凶鳥はエンゼル御前を持ち替えた。
そして……ピキリと外層がスライドし、内部構造が露わになったハート型のアンテナめがけ呟く。
「なあwwwお前から見てグレイズィングってどうよwwwww」
「ミダラ! ミダラ! ミダラ! ミダラ! ……です…………。え……。ディプレスさん……? あ、あれ……? です」
御前の頭から、虚ろな、辛気臭い声が漏れた瞬間、リバースのドロドロした空気が一気に清浄された。
「何コレ! 光ちゃんとお話できる機械なの!? 欲しい! いくら! 500万ぐらいまでなら動かせるわよォ、ドルで!!
あ、それよりそれより光ちゃん聞こえる! お姉ちゃんよ! お姉ちゃんいま頑張って忌まわし……可愛い桜花さんと1つ
になって楽しい記憶を光ちゃんと共有しようとしてるのよー!」
「サヨナラっていう……です。ガチャリ」
「もー光ちゃんってば照れてぇ~。グヘヘヘヘ。お姉ちゃん唸るリビドー、力に変えちゃうわよー」
きゃーきゃーいうリバースをよそにディプレスは御前を解放した。
「元凶はコイツだ。左小手の指輪を鐶に渡し、俺の後ろへ移動。通信機能によって鐶のオイラの声真似をリバースに聞か
せて……暴走を誘引。俺とブツける、か。いい策じゃねーの早坂桜花wwww」
「…………」
「さっきリバースが俺の説得を諦めた時www悟ったんだろwwコイツの大体の性格とwwwコンプレックスwwww」
桜花は黙った
「もし俺が津村の挑発に乗って切り札を使っていたら、憂鬱にもフレンドリーファイア、仲間使って効力実証していた訳だw」
『あ、さっきの光ちゃんの声真似だったんだ。助言無視するディプちゃんにちょっとムカチンだったからてっきり脈絡なく悪口
言ったとばかり』
リバースはニコニコ笑いながら……自分ソックリの自動人形を出現させた。
『ディプちゃんはもう許すわ。だって光ちゃんに何かのロボットアニメの歌を歌わせてくれたんですもの。音楽史はきっと
さっきのミダラミダラを奏でる一瞬のためだけに発達してきたのよ。宇宙開闢をもたらした女神のような神聖で荘厳で萌え萌え
で有害な重金属98%のヘドロさえ虹色の甘露にしっとり濡れるダイヤの山に変えるほどの歌声だったわ……』
「妹バカwww テラ妹バカwwww」
『バカでも妹という単語と一緒なら本望よ。私イコール光ちゃん、光ちゃんイコール私……。ああ。なんて官能的な言葉なの。
妹バカ。ウヘヘ。妹バカなんだ私、いいなー。うんっ! ディプちゃんへの怒りはもうない。許すわ!」
「バカ呼ばわりされたのに許すんだ……」
『うん。光ちゃんの歌聞かせてくれた上に素敵な言葉までくれたんですもの。ディプちゃんは…………許すわ。ディプちゃんは、ね』
笑顔が人形ごと残影と化し……消えた。
「桜花! 後ろだ!!」
「え?」
彼女が振り返るより早く、首筋に手刀が叩き込まれた。
光沢のある黒髪がさらさらと流れ地面に吸い込まれ…………桜花は、横たわる。リバースは笑顔のままじっと見下す。
『あのね。人の義妹使って、人のコンプレックスを刺激しちゃう悪いコは、ちょっとだけお仕置きが必要と思うの。大好きで尊
敬しているお姉ちゃんの悪口をあの穢れのない小さな唇で紡ぐ時、光ちゃんの聖母のような心がどれだけ傷ついたと思うの』
意識が薄れる少女の傍に文字が刻まれる。
『大丈夫。殺さないわ。言ったでしょ? 1つになるって。1つになるんだから、その前にケガレを落とすの。禊って奴よ。汚れ
た人と1つになったら私めは光ちゃんに嫌われちゃうもの。だからちょっと反省してね。アリスインワンダーランド受けたコト
ある? 大丈夫よ。アレと同程度の地獄を15分ばかり見せるだけよ。死なないわよ。今を見れば分かるでしょ。まだお腹
蹴られて呻ける程度の意識あるでしょ。加減して首叩いたんですもの。殺意がないの……分かってくれるわよね?』
80:永遠の扉
14/06/18 21:00:48.52 mrqJoZqv0
リバース似の人形が、光と共に銃口へ接続された。
「マズい! あの幹部恐らく特性を─…」
「正解。だがお前の相手はオイラだぜwwww」
駆け出そうとした斗貴子の前に2m超のハシビロコウが立ちはだかった。
「…………」
彼女は堪えた。見透かした。気絶寸前に追い込まれ、未知の攻撃に晒されかけている桜花を、助けんと走る自分をこ
れ見よがしに妨害するディプレスの悪意を。精神を乱し、隙に付け入り、あわよくば桜花の危機から戦線全体を崩壊させ
んと目論んでいる……。彼女から受けた励ましの数々が蘇る中、すぐ救援に向かえない実情に心をひどく重くしながらも、
後ろに飛び、神火飛鴉を弾き、決定的な致命傷を上げないよう『裂帛の叫びを上げ続け』、ディプレスと互角以上の戦いを
……繰り広げた。
(wwwwwww 感情を堪え最善を尽くしたが故の幸運って奴かwwww)
ディプレスは膠着状態を繰り広げながら……笑う。朋輩たる彼はリバースの武装錬金・マシーンの特性を知っている。回避
不可能かつ必殺という、ツボに嵌れば神火飛鴉以上のおぞましさ故に、発動要件をも熟知している。
(もし仲間可愛さに俺を振り切り『無言』で駆けていれば、よほどイレギュラーな事態が起こらない限り桜花は特性の餌食www
皮肉だが、俺との対決を選んだからこそ桜花はマシーンの必中必殺の餌食にならない。なりようがないwwww)
苛立ちを紛らわすように獅子吼し、時折ディプレスにクライマックスの自動人形をぶつける斗貴子。
彼女を引き攣った笑顔で眺めるリバースが目に入った。
(www いまなら津村斗貴子を無力化できるがwww そうなると桜花に自分の特性を『客観的』に見抜かれるから嫌らしいwww
同じ見抜かれるなら『主観的』……苦しんで苦しんで苦しみ抜いた挙句の方がいいとwww 執着だねえwww ま、さっきアイツの
助言を聞かなかった俺がドーコーいう権利はねーわなwwww さて……後は)
斗貴子には分解能力の「特性」は適用されない。一撃で解体されるコトはない。
だが『特徴』による分解……すなわち、通常生ずる武器同士の衝突、物理的な破壊は刻一刻と進行している。
(XLIV(44)の核鉄の方は比較的軽傷……だが)
LXXIV(74)の方はもはや鎌一本を残すのみだ。それももはや崩壊寸前。
(マズイな。XLIV(44)だけでもしばらくは凌げるが─…)
核鉄は希少である。その損傷は戦士そのものの負傷と何ら変わらない。例え創造者が無傷でも、支給分の核鉄が発動不
可とあれば戦死したのと同じである。
(25%。25%以上損傷すれば、大戦士長の救出作戦に参加できなくなる。継戦能力に疑問ありと見なされるんだ。他の核鉄
を借りようにも、戦団は決戦前、予備は少ないと見るべき。戦士長たちは銀成市を守る使命がある。手薄にはしたくない)
つまり処刑鎌に単純換算して2本。あと2本粉砕されれば戦略的な敗北が確定する。
(どうする……? 火渡戦士長の到着を待つか? それとも一か八かディプレスに挑むか……?)
「挑むのでしたらお早めに」
嫣然たる声がした。ディプレスは口笛を吹き、リバースもニコリと微笑んだ。
庭にきたフード姿の女性は…………真赤な口紅でティーカップを啜っていた。
(確か……グレイズィングとかいう幹部! 馬鹿な! 剛太は!?)
嫌な予感を察したのか。彼女は引きずっていたモノを無造作に投げた。
それは気絶している剛太だった。外傷はない。だが目を瞑っており斗貴子の呼び掛けには答えない。あと頬に無数のキス
マークがあった。
「クス。『色欲』だからって犯してはいませんわよ。可愛いからちょっとチュッチュしましたけど、貞操は無事……」
「フザけるな。剛太だぞ。戦力分断を引き受けた以上、勝てないにしろ逃げまわる位は」
「ええ。楽しい追いかけっこでしたわ。ただ……もうそろそろ潮時ですので、僅かばかり本気出させて貰いましたわ」
斗貴子の姿がかき消え、代わりにディプレスの周囲に漢数字が浮かんだ。
「あらん。九頭龍閃。盟主様がむかし習得し損ねた技ですわね。覚えるなんてスゴイ……流石は音に聞こえた津村斗貴子」
褒めながらも悠然と紅茶を呑む女医。
「ただ」
ディプレスの背後で大息をつく斗貴子の全貌が嫌な鼓動と共に暗転した。
81:スターダスト ◆C.B5VSJlKU
14/06/18 21:01:44.27 mrqJoZqv0
「クク。動揺したな津村斗貴子。桜花、中村と次々仲間を倒された怒りと焦りで……僅かだが水面下に心……突っ込んだな」
「すり抜ける……のはさっき証明済み。だから背中を撃ってやった。焦りでそういう可能性考えるの……忘れたか?」
津村斗貴子のわずかに開いた口にヒビが入った。それは両頬の中心を通るヒビで、下顎のラインと平行だった。ヒビは
首筋を通り肩を流れ、脇に落ち、わき腹をスゥーっと斬り下げてから臀部と太ももの境目で合流した。
パカリ。
無機質で、単純で、牧歌的で、やや滑稽な音と共に。
斗貴子は2つに割れた。
それは人間を縦に両断したような姿だった。厳密にいえば、背中と両腕、首の後半分と頭全部に下顎以外の顔全部から
なるAグループと、両足、腹部、胸部、首の前半分と下顎からなるBグループに分かたれた。
「九頭龍閃とは本来9つの斬撃があって初めて成立するもの……。ディプレスの攻勢によって5本まで減じた鎌でやっても
威力はない……。しかも彼は自動防御を展開している」
『動揺しちゃったねー斗貴子さん。せっかく分解無効化してたのに、最後の最後で動揺して適用内になっちゃった』
(なんだコレは……? なぜ分解されたのに……意識がある? 前後2つに分けられ内臓さえ視認できるのに…………
クソ、私がブチ撒けられるとは皮肉だな。とにかくそんなコトを考える余裕があるのは……一体どういう訳なんだ?)
Aグループの斗貴子は愕然としていた。心臓がもう半分……Bグループで脈打っているのが見えるのに……生きている。
苦しさはまったくない。体温も下がらず、流血もない。
「次元を分解したのさ」
ディプレスは事もなげに言った。
(な……に……?)
「知らないのかwww ホーキングの描いた二次元世界の犬www 口から肛門まで1本の管通ってるけどよwww その上下
で体が真っ二つになっちまうんだよwwwww」
「クス。人間に色々な穴が、そう『穴』がッ! あるのに分解されずに済んでるのは、三次元世界で生きてるからですの」
『でもディプちゃんはねー、斗貴子さんを構成する次元を1つ……分解したの。つまり二次元にしちゃったの。馬鹿なって
思うだろうけど、7年前以降、修練を重ねていろいろ分解できるようになったのよー』
「そんな! 二次元行くのこの上なく夢なのに行ったらこんな、この上なくグロくなるんですかぁーーーー!!」
ゴロゴロ、ドシン。何か音がした。何事かと見ると(よくよく考えると二次元状態で目が動くというのも奇妙な話だが、二次元
方向・上下左右への移動ぐらいは可能なようだ)、フード越しでも「ああコイツ冴えないな」と分かる雰囲気の女性がお尻を
さすりさすり立ちあがる所だった。
「待て!」
更に影が3つ。防人、無銘、貴信。続々と降り立った彼らは庭の惨状を見ると警戒レベルを最大にまで引き上げた。
「姉……さん。津村……。中村…………」
更に秋水の声。彼は来たというより叩き叩き運ばれてきたという有様だった。剣気は十分、傷も浅いが、わずかに足が
よろめいている。
「禁止能力……恐るべき力だ……」
「にひ。いやいや、アレほど身体能力低減したにも関わらず、傷数カ所と疲労で済む秋っちの方がスゴいかと」
彼の傍から飛び立った─2m超のハルバードを軽々と抱えたまま─ブレイクは当然のようにリバースの傍に立つ。
「お師匠さんは多分総角さんと別行動。光っちは職員さんたちのガード。千歳さんと根来さんと島っちは救助組……。にひっ。
つまりここでいま戦える戦士さんがたは4人。少しばかり分が悪いっすねー」
(……認めたくないが)。斗貴子は思う。
(個人個人のスペックでは、私たちの方が遥かに下だ。連携しなければ勝ち目はないが)
(5対4……しかも敵には多数の自動人形を操る者がいる。ムーンフェイスが居るような状態で)
打開、できるのか? ソードサムライXを握りしめる早坂秋水の手が汗で湿った。
以上ここまで。
82:ふら~り
14/06/18 21:50:07.73 l/X8yb2Y0
>>スターダストさん
前々から思ってましたが今回は特に。ディプは、本作の中では珍しい単純明快なゲス悪役(あくまで
本作基準で、ですが)だなぁと。と思ってたらしっかりクレバーなところも見せて。「聡明」からの
遠さは青っちの方が上ですかね。そしてここにきて、ある意味予想通り、斗貴子がザックリ……!
83:永遠の扉
14/06/20 20:18:25.39 gtIRjsjJ0
「よぉキャプテンブラボーwwww こんなトコで油売ってていいのかいwwwwwwwwwwww」
嘲るような声。防護服がハシビロコウを見た。
「ここのガキども1人でもくたばったらようwwwww 辛いよなあwwww 『また』死なれたらwwww悲しいよなあwww」
一体何が言いたい。分解状態の斗貴子が訝る中、致命的な、触れてはならぬ禁忌が冒される。
「7年前赤銅島でwwwたくさんの生徒見殺しにしちまったんだwwww 同じ轍踏みたくねえだろ?w 戻れよw ホラw助けにwww」
防人の動揺の気配にいち早く気付いたのは秋水である。
(……傷口に塩を塗りこむような真似を)
(にひっ。どうやら旦那……標的変えたようですねえ)
(斗貴子さんが手強いから……。さっき裏返し破った、与しやすい)
(まだ立ち直っていない気配が濃厚な、しかもこの上なくケガが治っていないブラボーさんを……甚振ろうと)
最低だった。正義とは無縁な幹部達ですら白眼視せざるを得ないほど最悪な選定だった。
「クス。つくづく小者ねん。己より強いメンタルの持ち主は挫けず、弱い者と見れば加虐の限りを尽くす…………。スピリット
レスの特性─ワタクシたち薄々なにが要件満たすか気付いてましたけど、本人のようやくな実感に改めて思う─その
ものの最低極まる男だこと」
付記すれば標的にさだめられた防人が、実は裏返しを破られた瞬間から既に対策を練り始めているコトにディプレス=
シンカヒアは気付いていない。それを抜きにしても、戦っている最中に立ち直られ、優勢が一転、先ほど斗貴子に味合わさ
れた恐怖と不可解に追い込まれる可能性だって充分に存在しているのだ。にも関わらず火星の幹部は……確信する!
(勝てる!! ブラボー程度になら絶対……勝てるぜ!!)
「ディプレスとかいう幹部はどうでもいいが…………どうして攻撃して来ない?」
「あ゛!? どうでもいいつったっか早坂秋水!!? オイオイオイオイ!! このディプレスさんをどうでもいいとぬかすなんざ
面白ぇじゃねえか!! いい度胸じゃねえか!! いいぜいいぜ! 防人の前にお前だ!! まずはテメエから血祭りに─…」
お黙り。グレイズィングの裏拳を顔面に軽く浴びた幹部は黙り込む。
「攻撃? あらん? なんでワタクシたちが仕掛ける必要があるのかしらん?
「……ブレイクとかいう幹部が先ほど言っただろう。『戦える戦士達は4人』『分が悪い』と。……そちらは5名だ」
女医を睨みつけながら、無銘。眼光は先ほどよりいよいよ以て鋭いが、数的不利を鑑みたのだろう。今にも飛びかかって
行きそうな全身を必死の精神力で何とかその場に釘付けているという様子だ。奥歯をぎりりと噛み締めて、拳からは多分に
漏れぬ血の雫。
それらをクスクス笑いながら一望した金星の幹部は意外なコトを告げた。
「分が悪いのはワタクシたちの方でしてよ?」
不可解な言葉。真意を測りかねた秋水たちは言葉に詰まる。
「クス。そう……まさか救助のために頭数裂かせてなお、4名”も”残るなんて思ってもみませんでしたわ。ディプレス以外は
せいぜい普段の3割程度の力しか出していませんでしたけど……それでも当初の試算では、防人衛と総角主税、鐶光以外
の戦士と音楽隊全員……戦闘不能になって然るべきでしたのよ」
(……随分と見くびられたものだな)
斗貴子は思う。3割の力でほぼ殲滅できるという胸算用、まったく以て過信と侮りに満ちている。
「ぬぇっぬぇっぬぇー。そうなんですよこの上なくそうなんですよ。救出に向かった毒島さんたちは私の武装錬金で包囲して
殲滅。秋水さんは槍を持つブレイクさんが三倍段の優位で仕留める筈でした」
胸をはるクライマックスにリバースも続く。
『けど実際倒せたのは、ここにいる戦力の中で、身体能力と武装錬金がほぼ最低ランクの剛太さんと桜花さんぐらい。斗貴
子さんも戦闘不能状態だけど、途中まで焦って怯えて加減する余裕なんかまるで無かったディプちゃんの糞火力相手に生
き延びているコト自体すごい奇跡なのよ』
「にひっ。いやー。正直見くびってましたねー。流石はみなさん。お師匠さんと協力しているだけのコトはある……」
額をぺちりと叩くブレイク。秋水は問う。
「それでも今この場では君たちの方が1人多い。しかも……クライマックス、だったか、彼女の武装錬金はムーンフェイスと
同じかそれ以上の戦力を供給できる。戦闘だけを考えるなら『分が悪い』訳がない。……もっとも、戦闘だけを考えるのなら、
だが」
84:永遠の扉
14/06/20 20:19:26.70 gtIRjsjJ0
含みのある言い方に……金星の幹部の赤銅色の巻き髪が揺れた。
「ふふっ。ワタクシ美形すぎる方は却って欲情できないタチですのよね。上手すぎる絵では抜けないってアレですの。ただ……
アナタ個人は気に入りましてよ。その鋭いひ・と・み。服の下どころか大陰唇の奥深くまで見通してしまいそうな洞察力に、
いま思わず……やん。濡れちゃいましたわ」
わずかに覗く頬をサーモンピンクに染めて太ももをモジモジと擦り合わせるグレイズィング。彼方の秋水は鋩を向ける。
「君達が盟主から帯びた任務は俺達の抹殺じゃない。演劇妨害を見ても分かるように主題はあくまでマレフィックアースの器
の確保。それは恐らくだが、大戦士長の救出作戦前に行わなければならない何らかの事情がある」
「フフ。いいですわよ。その推測。秘所が疼くわ
「つまり君たちは……これから撤退し、『器』を攫いに行こうとしている。分が悪いと言ったのは追っ手が想像以上に多いからだ」
「撤退を決めたという論拠は?」
「簡単だ。先ほどから養護施設の火勢がひどく弱い。全員救助までそうはかからないだろう。つまり今もたつけば、この場に
いない鐶や、根来たちが……最低でも4人の戦力が君たちの追捕に加わる。戦えば倒せる自信はあるだろう。だがそれを
挫いてでも『器』を救出作戦前に攫うべき理由が君たちにはある。引き際を誤り、『器』を攫う邪魔をされ、或いは攫ったとし
ても追撃の果てに奪還され……千歳さんに遠く離れた安全圏へ隔離されると言った事態は……避けたい筈」
「100点満点中82点って所ですわね。完全回答ではありませんけど、大筋ではだいたいそう」
にも関わらず秋水達が斬り込めないのは、ディプレスが先ほどからニヤニヤと見渡して来ているからだ。
(……。彼の武装錬金の強さは7年前充分見た。記憶が一部剥落してなお本能が警戒するほどの強さ)
(我も7年前、奴の神火飛鴉に兵馬俑を一蹴されている)
(裏返しを破られて間もない。どうする? 貴信と無銘は脅威を知っているようだ。秋水にいたっては同系統……逆向凱の
操るライダーマンズライトハンドの165分割を知っている。あれ以上の武装錬金とあらば警戒せざるを得ないだろう)
防人は逡巡した。戦士長なのだ。診方3名が膠着状態にある今だからこそ、無理を押してでも先ほどの着想……重ね当て
による打倒法を試すべきではないか……?
しかしディプレスの背後には3体の仲間が控えている。最大火力の火星に一斉攻撃を仕掛けたとしても、彼らはまず邪
魔をするだろう。一見弱そうなクライマックスですら、ムーンフェイスと同等の能力を有している。専守防衛はお手の物だ。
例えそれとブレイクとリバースの妨害を掻い潜ってディプレスを殺せたとしても、グレイズィングが存在する。総角の話では
「塵に還らない限りは」、死後24時間以内の蘇生が可能……。勝負を賭け全力で斃したマレフィックマーズが次の瞬間に
はもう復活するのだ。だから剛太が引き離したグレイズィング。彼女から殺そうとすればそれこそディプレスたち4名の魔人
にも等しい抵抗で返り討ち……キャプテンであるからこそ防人はそう考えた。
「www 甘いんだよブラボーwww てめえの采配はよwww 養護施設爆破されてもwww 救出なんか後回しにしてよwwww
戦力全部こっちにベットしてwww何が何でもグレイズィング始末すべきだったwwww 総角、鐶、津村斗貴子に早坂秋水w
最強クラスを投入してwww 犠牲覚悟で他の連中にオイラたち足止めさせてwww 回復役からブッ叩けばこんな袋小路
の状況にはならなかったwww」
防人の揺らぎを見るや揺さぶりにかかる。小者らしい卑劣な手段である。
「なwwのwwにwwww 救出とやらに戦力の大半を割くからwwww せっかくの大駒どもが逐次投入になっちまってwww 個々
の能力で勝るオイラたちに各個撃破されwww いよいよ不利にwww お前にゃ戦士長の資質なんざねーんだよwwww」
秋水はスッと息をついた。
「まあ?w 7年前やらかしちまってるから?w もwうw誰w一w人wwww殺したくねえ訳だww 怖くて怖くてたまらねえ訳だww」
それには気付かぬ幹部はなおも煽る。
「だがテメエ最近死なせてるよなあ!w ほらよぉ、あの剣持真希「逆胴!」
誰もが目を剥いた。肉薄されたディプレスはおろか、他のマレフィックたちや貴信、無銘、斗貴子もまた驚愕した。
(ほー。スゴいですわね。15mは離れてたのに気配を悟らせず詰めるとは)
(そんな。ブレイクさんと戦ってたんですよ!? 速度反射筋力……あらゆる身体能力、発揮するコトこの上なく禁止され、
恐らく普段の3割程度にしか動けない筈なのに! なんなんですかこの速さ!?)
85:永遠の扉
14/06/20 20:24:05.74 gtIRjsjJ0
(気迫……っすね。禁止を無理やり跳ね除けた……。俺っちとの戦いでもできたんでしょうけど、多分アレすね。弱ったフリ
してたんじゃないでしょーか。こっちが油断した所をザクゥ! 起死回生と)
総ては一瞬だった。足元に転がる姉の武器がごとく飛び込んだ秋水の前方仰角180度に半円状の斬撃痕が瞬いた。
それはヌっと繰り出されたハルバートの穂先を轟然と撥ね返しただけでは飽き足らず、ディプレスを守護すべく現れた6体
の自動人形の車先─腹部─をも水平に断ち割り吹き飛ばした。たたたっ。残骸を噛み破る螺旋の空気297弾、無謀
なる剣客の前面総て穿たんと迫っていく。秋水は、止まらない。整った口がしかし虎の如く牙を剥く。
「はああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
裂帛の気合が300発近いリバースの敵意とぶつかり合って縺れ合った。生まれたのは無軌道なカマイタチ、踏み込まんと
したブレイクの手の甲足の甲に無数の傷を刻み込み牽制する。章印直撃を懸念したのかそこを庇いつつリバースの前へ
移動するブレイク。「…………」。追撃の弾丸もまた裂かれる。
(たった1人で幹部達の迎撃を!)
(さばいたじゃん!!)
(気勢の差だ!! 全力を出さず今正に撤退を考えているディプレスたちと! 半ば相打ち覚悟で死力を振り絞る秋水氏
では土壇場で差が出る!!)
猛る秋水。冴えないアラサーが「当てられて」人形召還もできず竦む中、彼女の、車先から切断され気流に刻まれた無数
の破片が警護対象に7発19発と直撃する。
それらは自動防御に衝突した。塵と化した。弾丸嵐と白熱から成る気圧刃の混群をも防ぎきった。
だが秋水はとっくに次の行動へ移っていた!! 破片とカマイタチが当たるのも構わず更に踏み込み! 鼻先がディプ
レスと当たるほど密着し!!!
「逆胴!!!!」
(間髪入れずもう1発!?)
(何と言う速度だ! 師父の九頭龍閃にも匹敵する!!)
火星の幹部の胸が薙がれた。
青白い一文字の瞬きが”そこ”に吸い込まれ。
消えて─…
胸部の中央水平線、試し斬りでいうところの「乳割り」を。
赤々と肉裂きにした。
「ふぐうあああああああ!!? 刀!!? 刀が当たっただと!? 用心のため自動防御展開していたのにっ!?」
鳥の胸から噴水の如く迸る血しぶきを浴びながら秋水は冷然と呟く。
「用心、か。確かに章印の防御は万全……殺すつもりだったがやはりマレフィック。一筋縄ではいかないようだ。そして─…」
章印を守る神火飛鴉は死骸に正に群がる鴉のよう……乾いた感想と共に刀を翻した秋水の目が冷然と細まった。
「君ごときに戦士長を愚弄する権利はない!!」
「ひっ、ひぃええええええええ!!?」
正眼に振り下ろされる刀。恐ろしい気迫。頼みの自動防御が通じない斗貴子現象の再来もあって火星の幹部は情けなく
も後ずさり……尻餅をついた。果たしてコバルトブルーの刃の軌跡が轟然たる両断を見舞わんと迸り─…
「いやー。流石にブッちゃけ今の旦那にゃヒきましたけど、一応仲間なんでさ。防がせて貰いますよ」
斧槍に受け止められた。手首と、腰から下を精密機械の如く駆動させ斧を外した秋水は風のごとく飛びのいた。その残影
を無数の銃弾が噛み破った。蛇行しながら後ろへ後ろへ飛んで行く秋水をブレイクが追ったとき……それは過ぎった。
「!?」
敵陣に流れ込んだかぐわしい影を、ただでさえディプレスの重傷に愕然としていたクライマックスはどうするコトもできず
見送った。気付いた時にはもう総てが決着していた。
栴檀香美が敵陣を横断し、意識なき桜花と剛太を抱えて逃げ去っていた。
「フン。人質にされかねん連中を奪還、か。まぁ初動自体は我の方が早かった」
兵馬俑もまた分割中の斗貴子を抱えて飛びのく。
「しまった! 最初からこれがこの上なく目当て!! ああ!! こんなコトなら自動人形出して人質にしとけばーー!!」
頭を抱えるクライマックスに呆れた様子のグレイズィングは衛生兵を出し、ディプレス修復。
ダメージは無効化されたが人質というカードも消えた。イーブンである。
「お馬鹿さんねえ。彼は津村斗貴子の生存そのものから気付いたのよ。『脆いバルキリースカートと脆い自動人形しか使え
なかった彼女がなぜ分解能力相手に生存できたのか』。つまり……立ち直ってる方には切削工具程度の分解しかできない
……弱きを挫き強きに媚びる実にアナタらしい特性の弱点に。だから果敢にも敵中深く飛び込んだ」
86:永遠の扉
14/06/20 20:24:36.10 gtIRjsjJ0
「お、おう……」
傷が治ったディプレスはやや虚脱状態だ。秋水をなるべく見ないようにしている。震えている。
「ぬぇーぬぇっぬぇ!! ディプレスさん顔真赤ですよこの上なく!! ひえーって言って尻餅つくなんてヘタレすぎです!!
この上ない黒歴史をリアルタイムで目撃しました!! 本当メンタル強い人ニガテですよねダメダメさんデス! プギャー!」
「うるせえ」。ゴヅリ。クライマックスはグーで殴られた。涙目の彼女、両手で頭を抑え屈み込んだ。
「DVです……! このうえなく最低です……!! 私ってばこの上なくダメな男にひっかかっています……。うぅ」
「ひ! ひっかかってねえよ! てか好くなよマジで!! テメーに好かれたらどんな武装錬金持ってようと死ぬんだからな!?」
『本当ヘタレねディプちゃん。マジ引くわー』
銃撃を仲間の足元に刻むリバース。無言で想い人に目配せする。
「そうっすね青っち。……にひっ。深追いはやめますか。身から出た錆、仇討つ義理もないでしょう」
ブレイクは心得た男で、人質を後衛に置いた香美、無銘といった連中が秋水めがけ移動しているのを見ると追撃をやめ
引き下がる。
「…………」
仲間にいろいろディスられている火星の幹部を黙然と見据える防人の下に秋水が帰還した。
「凶賊の戯言です。津村が気付き俺が試したように……分解能力にも弱点があります。奴の罵詈雑言はそれを補うための
物。真に受けるべきでは……」
「……分かっているさ」
頷くが……心は少し温度を下げたようだ。敵は確かに真希士の名を口にした。防人の采配に従った末に死んだ部下の名を。
7年前に防人は本名を捨てた。防人衛という名を捨てた。そしてキャプテンブラボーという仮初の名と共に歩んできた。最良の
道の筈だった。だが真希士は……死んだ。死なせてしまった。7年前、斗貴子を除く赤銅島の人々全員を助けられなかった
時から、与えられた任務の中で最良の結果を上げようと生きてきたのに……気のいい大型犬のような、楽園を夢見る暖かな
青年を死なせてしまった。
立ち直れない人間はいる。確かにいる。年を重ねるたび復活の確率は低くなる。若人は、斗貴子は、秋水は。若さゆえに
早く立ち直るだろう。だが防人衛という青年は、彼らより長じた頃に、二十歳の頃に挫折した。そして7年……あてどもなく
燻り続けた。同じ7年の逡巡でも斗貴子はまだ若い。秋水は咎を抱えてまだ半年と経っていない。
炎の匂いのように染み付いた挫折感。揺らめく影は蘇る悪夢。断とうにも断てぬ敗北感が心に鬆(す)を作り……脆くし
ている。
(……若さ、か)
若さとは熱量なのだ。カズキもまたそうだった。秋水は防人が判断に迷う局面の中、恐れもせず迷いも無く飛び込んだ。
防人にそれほど熱量は残されていない。だから……手を拱いた。長として先陣を切るべき場面で、迷った。
「wwww そこがテメエの限界www オイラに決して勝てない理ゆ」
「愚弄するなと、言った筈だ」
「ヒィ!?」
秋水の青白い眼光に射すくめられたディプレスはクライマックスの後ろに隠れた。そしてガクガクと震えながら叫んだ。
「きょ、兄弟!! そいつちょっと黙らせろ!! じゃ、じゃないとお前と子猫ちゃんキレーに分割する約束、ほ、反故に
しちゃうんだぜ!!?」
『……それはそれ!! これはこれだ!! 煽る方が悪いと僕は思う!!! あとその口調何!?』
「ヒ、ヒドイ……!! じゃ、じゃあ子猫ちゃん!! 子猫ちゃんからも何か言ってやってくれよう!!!!」
「しゃー!! 知らん! あんた気に食わん!! つかトリ! あんた誰さ!!? 何なのさ!!」
「え!! ひょっとして俺忘れ去られてるのか!!? 7年前逢ったじゃねえかよ!! ほら、胸の中で泣いたり色々……!」
「知らん!!」
「そんなあ!!!」
涙ぐむ幹部。まったくスピリットレス(いくじなし)という武装錬金に恥じぬ男だった。ディプレスは。
一方で、逡巡する防人に元に、
「指揮する以上、迷って当然なのだ」
『そうだ!! もりもり氏だって躊躇しない訳じゃない!』
「そ! そ! よー分からんけど、そ!!」
ずらずらと集まってくる音楽隊の面々。一座の指揮官は帽子を深く被り直した。
(そうだな。結局何を言われようと信じる他ない。俺の選んだ道を─…)
カズキに、言ったのだ。
87:永遠の扉
14/06/20 20:25:09.83 gtIRjsjJ0
【善でも! 悪でも! 最後まで貫き通せた信念に偽りなどは何1つない!!】
【もしキミが自分を偽善と疑うならば戦い続けろ武藤カズキ!】
(そして千歳にも……誓った!)
─「戦士・斗貴子に促す以上、俺たちもそろそろ踏み出してみないか? 未来に」
明日に、ああ繋がる今日ぐらい。
「数で劣るが……1人でも多く食い止めるぞ。俺達が引き付ければ病院の面々や総角たちの戦いがその分楽になる」
「……ええ」
構える。秋水の頬が僅かだが綻んだ。居直りを察知したらしい。
攻勢は整った。残存兵力4名が踏み出すべく構えた。
総角主税がヴィクトリア=パワードの背後で不可解な黒い帯に絡め取られ謎の扉の彼方に消えたのはその時だ。
地響きによろめいていたヴィクトリアの鼓膜が軋んだ。ステンドグラスが崩壊するような大音声と共に周囲の景色が割れ
飛んだ。自分でも辛気臭くて陰湿だと見るたび吐息を付きたくなるレンガ造りの通路が鏡の破片と化して……消え去った。
(何が起こってるの? 生徒たちは……どうなったの?)
絶句しながらも左右を見渡すヴィクトリア。共に避難していた部員達の姿はない。ただ漆黒の空間が広がっているだけだ。
浮遊感に足元を見る。何も無い。立つべき場がないにも関わらず……落下しない奇妙さ。
(これも……メルスティーンたちの仕業? レティクエレメンツの攻撃、なの?)
地響きは養護施設でも発生した。
よろめく秋水達をグレイズィングは紅茶を啜りながらうっとり眺めた。
「さっきの撤退うんぬんの推測ですけど……言いましたわよね。82点って。当て損ねた18点こそ……コレよん」
破滅的な音と共に景色が砕け闇に墜ちた。
(どう……なってる)
(施設の人々は無事なのか……?)
戦士と凶つ星の中間点でプラズマが走った。と見るや青黒い点が爆発的に膨れ上がり、相対する両陣営を包み込んだ。
ラウンドリーブルーとインディゴの縞が波打つ球体の中は嵐だった。散会させられ円周に沿って吹き荒れるほかない戦士た
ち。レティクルエレメンツの面々は平然と浮かんだまま上昇し……クスクスと嘲る。
「ウィルの加護がないアナタたちにはどうしようもない状況よ。ま、デッドは念のため逃げたようですケド」
貴信や無銘は攪拌の憂き目に遭いながらも流星群や銅拍子といった投擲武器を投げつけるが届かない。
「そして……ここからが本番」
グレイズィングが手を挙げると、球面に腔(こう)が開き、見慣れた小さな影が吐き出された。
瞬く間にグレイズィングに腕を絡め取られたそれは─…
セーラー服で、金髪で、髪を何本かの筒(ヘアバンチ)に纏めた、冷たい目つきの少女。
「ヴィクトリア……!?」
不可解な登場だった。部員の避難先導を引き受けた筈の彼女が何故ここに……。訝る目線を察したのか、幹部達は口々
に囁く。
「彼女こそマレフィックアースのこの上ない最有力候補なのです」
「何だと」。無銘は攪拌の苦鳴まじりに問い返す。
『だとすれば不可解だ!! どうして劇の途中、あんな回りくどい方法で部員達に武装錬金を発動させようとした!!?』
ヴィクトリアは盟主の知己……能力などとっくに知られている、確かめる必要性がないとは貴信。
「www 兄弟よぉーww お前の言うとおりだww 確かにオイラたちは器に100%適合する武装錬金の持ち主を探していたwww」
「けど……こうは考えられませんかねー。『万一見つからなかった場合、最後の幹部を空席のままにしておくだろうか?』と」
秋水は短い沈黙のあと、こう述べた。
88:永遠の扉
14/06/20 20:25:54.41 gtIRjsjJ0
「一理はあるが不可解だな。俺たちを嘲弄するに足る自負を持っている君たちにしては些か消極的すぎる。戦士でもない
ただの人間の部員達を、たった1人しか攫えない……? 先ほどがウソのような謙虚さだな」
「? 何さ、白いの何が言いたいのさ。わからん!」
『ええとだ。まずあのブレイクという幹部は『器が見つらなかったので、補欠としてヴィクトリア氏を攫う』と言った!』
それに対する秋水の文言を防人が補綴する。
「だが『劇で武装錬金を発動した者全員』あるいは『部員全員』攫わないのは不可解……彼はそう聞いたんだ。どういう手段
か分からないが、彼らは既に絞り込んでいたんだ。『今日の劇の参加者の誰かが器ではないか?』と」
「ならば、目論見がバレたいま、全員を攫い手当たり次第に武装錬金を発動させる位……するだろう。奴らは、グレイズィン
グどもは悪逆の徒だからな。嫌な話だが、最悪ハズレでも食料にできるしな」
「むがー!! それ腹立つじゃん! 腹立つ!! ん? つかそれならさ、なんで最初からガーっと来んだのさアイツら」
『いや香美! 劇の途中まで彼らは秘密裏に動いていた! そもそも自分たちがマレフィックアースの器を探しているコト
じたい気取らせまいと画策していた!! あくまで武装錬金の発動が、劇の途中の、過去例がある不可解な現象に見える
ようしたかった! ようだ!』
「にも関わらず、どうしてヴィクトリア1人だけを狙う? 断っておくが『ヴィクターの娘だからホムンクルスたちの旗頭になる』
といった弁明1つで解決できると思わないコトだ。仮にそうだとしても、生徒の中にいるかも知れない、未知の超エネルギー
を行使できる存在を捨て置く必要はない。器は器。旗頭は旗頭……ヴィクトリア用に幹部の席を新設ぐらいするだろう」
君たちは自分をひどく買っている、弱い存在相手なら一石二鳥など当然目論むだろう……皮肉交じりの疑惑に
(おおー! そういえばこの上なくそうです!! 鋭いですね秋水さん! あれ? ならなんでやってないんでしょ?)
クライマックスは感心するやら腕組みしてフムフム考えるやら忙しい。
「フフ。ブレイクの言葉を忘れて? 『分が悪い』。想像以上にアナタたちが残られましたから、部員全員攫う余裕ありません
のよ。犬型のボウヤ風に言えば、古人に云う、二兎を負う者は一兎も得ず……。旗頭になりえるヴィクトリアちゃんをまず
は確実に確保という所……」
その腕でもがいていたヴィクトリアだがビクともしない状況に方針を変えたようだ。会話に加わった。
「旗頭、ね。大戦士長の救出作戦が間近の時に随分と余裕じゃない。アナタ頭良さそうだから聞くけど、理解している筈よ
ね? 私は旗頭なんかになるつもりはサラサラないけど、ホムンクルスたちをその下に集めるには、奪還作戦に投入される
であろう大勢力相手に生き延びる必要がある。全滅したら旗頭どころじゃないもの。それとも、今から作戦実行までの数時
間で世界各地からホムンクルスを集められるとか寝言いうつもり? だとすればおめでたいわね誰も彼も」
「クス。不可能ですわね。数時間で集めるのは」
「なら順序が逆じゃないかしら? 私を利用するなら救出作戦よりずっと前に攫うべき。戦闘部門の最高責任者を誘拐した
のよ? 戦団が全力を挙げて押し寄せてくるのは当然予見できた筈。劇でコソコソやるほど頭がいいと自負しているのなら、
粉かける前に軍備を整える。私を引き入れてからホムンクルスを集め、戦力を増やし、それから坂口照星を攫う。それがあ
るべき順序よ。盟主は私を知っている。事情も背景も知っている。利用するならまず第一に攫って然るべき」
貴信も無銘も感嘆した。香美に至っては頭がパンクしたらしく目をグルグルだ。
とにかくヴィクトリアの毒舌よ。金星の幹部の論理の穴が悉く浮き彫りだ。すなわち暴露の1丁目、旗頭うんぬんに隠された
陰謀が白日の元に晒される……誰もがそう思った瞬間、
「『やる夫社長の持っていたカード』」
意外な単語が飛び出した。全員が硬直する。思考が少し追い抜かれた。
「クス。あのカードに刻まれていた法衣の女……ワタクシたちにとって脅威でしたのよ」
「それがどうした?」 秋水の反問にグレイズィングは真白な歯を覗かせた。
「彼女がこの時系列に存在している限り『正史』にない行動は取れませんでしたの。ヴィクトリアちゃんを攫うという行為は
まさに禁忌に抵触する行為。そしてあの法衣の女が消えたのは、まさに大戦士長・坂口照星を誘拐した鉄火場…………。
それが8月29日。今日は9月16日。およそ3週間近く……探し始めてから確保するまでの期間としては充分リアルじゃない
かしらん?」
89:永遠の扉
14/06/20 20:26:27.04 gtIRjsjJ0
「動向だけなら誘拐以前からでも─…」
「その行為じたいが『正史』にない行為とみなされたら……ウィルさまの長年の計画が水泡に帰しますもの。フフ。ワタクシと
してもヴィクトリアちゃんが指摘したようなもどかしさは抱いてましたけど、仕方ありませんの。泥臭くて慌しいですけど、次善
の策という奴ですわ。キャプテンブラボーさんならば分かりますわよね? 戦いとは常に最善手を打てるものではない……
時には不合理な手を打たざるを得ないコトもある。時には逆に、論理性なき馬鹿げた行動こそ何もかも救う場合もある」
カズキの姿を思い描き危うく納得しかけた防人は首を振る。
(筋が通っているようだが……敵が内情を晒すほうがそもそもおかしい)
少し考えれば分かる。グレイズィングは肝心なコトを何1つ云っていない。茫漠たる味方の情勢に私見と安い一般論を
調合しただけのインチキ投薬だ。なのに防人の体質や病歴そのものに合致しているのだから始末が悪いプラシーボだ。
「……『正史』というのは何だ?」
「文字通り本来の歴史ですわよ? そしていまアナタたちがいる時系列は……正史から分岐したもう1つの世界であり……
歴史。付記すれば正史において音楽隊という共同体は……存在しませんでしたの」
「……。詐欺の常套だな。大きな話題で疑問を逸らす。証明しろといってもしようはないのだろう。真実だとしても、知りうる
だけで、そこに含まれる何がしかの強制力に逆らえなかった君たちだ。現象を以て示せるほどの権限は、ない」
「論理的かつ振り出しに戻す言葉ねん。『なぜヴィクトリアちゃんだけ攫うのか。他の生徒に手を出さないのは不可解だ』、
なまじ弁舌に自信がないからこそ論破を諦めただ一点のみ穿ち続ける……」
だから何を話しているじゃん、香美はプスプス煙を噴きながら嫌そうに鳴いた。
「とっくに答えてますわよん。『予想以上にアナタたちが残ったから、全員攫うという手間暇のかかるコトは避けた。だから
予定通り器ではなく旗頭の方を攫おうとしている。救出作戦前に泥縄的なコトしてるのは法衣の女のせい……』。充分
筋は通っていると思いますけど?」
食えない女だ。そんな声が無銘から上がった。答えているようで韜晦しているような気配がある。そもそも彼女1人が
答弁者という状況じたい既に胡散臭い。幹部総てが代わる代わる述べるなら総意と取れなくもないが、ただ1人が長広舌
に及ぶとなると「ボロが出ぬよう口達者が矢面に立っている」懸念さえ湧こうというものだ。
(戦士・秋水)
(ええ)
攪拌のさなかすれ違った防人と美剣士は視線を交わし頷きあう。
(ヴィクトリアは旗印であってマレフィックアースの器じゃない。候補はまだ他にいる。突き止めているかどうかは不明だが、
撤退という言葉……信じる訳にはいかない。不確定要素が多すぎる)
不安がある。まひろ。劇のさなか影武者の武装錬金を発動した彼女。『器』なのではないか? 危惧に刀を強く握る。
もちろん以前考えたように……他に発動した者だっている、何十人という居る部員の中で一番最初に発動したまひろが
『器』というのは確率的に言ってきわめて低い。
「クス。ところで不思議に思わないのかしらん? せっかくヴィクトリアちゃんを捕らえておきながら、逃げもせず、ただお喋り
に興じている不思議」
「……。何を企んでいようと足止めするだけだ」
秋水が静止した。防人も香美も無銘もようやく謎めいた遠心力を抜けたと見え続々止まる。
「逃げないのは……迎えが来ないからですの」
「成程。迎えが来ない」
生真面目な鸚鵡返しを返してから、秋水は黙った。黙って、幹部達を凝視する。
真先に目を逸らしたのはディプレスだ。クライマックスは気まずそうに頬をかいた。リバースは相変わらず笑顔だが、頬
に冷や汗が浮かんでいる。ブレイクに至っては微苦笑している。
それらを順々に眺めてから改めてグレイズィングを見据え、聞く。声はやや上ずっていた。
「まさかこの空間を作った味方が君たちを回収しに来ない……のか?」
女医はちょっとビクウっと震えてから、若干肩を落とし、困ったように返答した。
「…………。ええまあ。段取りではこの空間がビヤヤーって広がってワタクシたち呑んだらすぐアジト付近と直通する筈でし
たの。ヴィクトリアちゃんは道中回収、それで済むって話だったんですけど……」
90:永遠の扉
14/06/20 20:26:57.78 gtIRjsjJ0
おかしいとは思っていた。ヴィクトリアが降って来た時から不穏な物を感じていた。ただ悪の組織の幹部なので、そういう
ボロを言うと格好がつかないので、悠然と会話に興じて余裕を見せていた……グレイズィングは若干情けない声で説明し
た。言葉が進むたび戦士たちはどんどんと白けていった。
「場を繋いでいればそのうち何とかなるだろうと思っていたんですけど……時間にうるさいウィルさまがいつまで経っても計
画を実行に移さないところを見ると…………ずっとこの空間に閉じ込められてしまうかもですわね……」
「ひとつ聞くが、君たちの能力じゃ……その……出れないのか?」
秋水の問いに幹部達は一瞬露骨に目を逸らし、やがて頷いた。
「おかしいですわよね!! さっきまで結構押してたじゃありませんのワタクシたち!! だったら普通、逃げるときもワーム
ホールみたいなのグワーーーーって出て! バギュゴーーーン! って逃げてくんじゃなくて!? そういう場面でしてよ!?
なのにウィルさましくじるとかどういうコト!? このままじゃワタクシたち全員干からびて死にますわよ!!? いや死んでも
ワタクシの武装錬金で復活できますけど!! アホらしくなくてそういうの!? こんなワケの分からない空間で死んで蘇って
生きて死んで蘇って時々セックスして乱交してまだ死んで生き返る!! いやですわよ!!」
「フム。妖艶な女幹部と思いきや意外にサバサバしているなグレイズィング」
「戦士長。指摘すべき点がズレています」
「クス。妖艶ってコトはエロいってコトでしてよ。エロい女は下品ですの。つまり世俗的なのよ。誰にでも股を開く女がお嬢様
の如く上品と思って?」
胸に手を当て誇らしげに語る金星の幹部。
「ワタクシ飲み屋で知らない殿方と野球の話で盛り上がったりお尻触らせて楽しく日本酒呑むの好きですの。事故って社会
死状態の方見ると『来ましたわ! これハズちゃん無しのガチな医療技術で治したら燃えですわ!』とばかりテンションばり
上がりですし、まして飛行機でお決まりの”お客様の中にお医者様は居ませんか”と聞かれたら事情知らないうちから『よっしゃ!』
と腕まくりして大興奮」
『はは!! 医者としては正しいけど!! 悪の組織の幹部としてはどうなのそれ!!?』
「あら失敬ね。7年前デッドの5000の爆弾で腕吹っ飛ばされたアナタ……治してあげたのワタクシよん?」
腰の後ろで手を組み前かがみになるグレイズィング。巻き髪が揺れる仕草が年甲斐もなく愛らしい。
「ワタクシは人壊すの好きデスけど、治すのも好きですの。拷問ヤりまくると適応規制で救命したくなりますの」
「……で、どうすんだよ。何かヘンなトコ来てるけど」
剛太が呻いた。「お、気付いた」。感心する防人の傍で桜花も上体を起こし─…
養護施設北東・救助者たちの避難場所。
「全区画消火終了しました」
「お疲れ様。こちらも全員の無事を確認したわ」
総角がヴィクトリアとの合流を申し出た段階で既に職員・入居者・来訪者全員救助されていた。(であるからこそ衛生兵を
使役可能な彼が移動したのだ)。残された千歳は根来ともども念のため施設を巡ってみたが要救助者は居なかった。
「問題は……戦士長たちだな」
庭での異変は既に救助組も掴んでいる。幹部ともども消えた彼ら。
「ヘルメスドライブにも反応はないわ。…………。いつも肝心な時に使えないわね…………」
千歳は相変わらずの無表情だが、ややションボリしている。まったく不運な武装錬金だ。
「ところで…………剛太さんの……モーターギア……落ちてました」
グレイズィングに倒されたとき手元を離れたようだ。
鐶は戦輪の引っ付いた掌を下顎の前でかざして見せた。
「我ら遊星歯車装置。世界の夢を現わす者……です」
「はぁ」
何か伝えたいらしいが伝わらない。鐶はションボリした。
「気落ちしているようね彼女。桜花さんと青空さんが戦ったと聞いてショックなのよ」
「……いや、明らかに別なところに原因があるような」
「そういえば……桜花さんと……お姉ちゃん……戦ってましたね……」
ちょっと俯くニワトリ少女。赤い三つ編みごとフルフル揺れる。毒島はその心理を考察した。
(成程。先ほどの訳の分からない一発芸は……せめてもの強がりなのですね)
姉のように慕う桜花。長年1つ屋根の下で暮らしてきた義姉リバース。
彼女らの骨肉の争いはいろいろ思うところがあるらしい。
91:永遠の扉
14/06/20 20:27:30.22 gtIRjsjJ0
(ヘンなコト……戦士・斗貴子の話では恐らく何かのロボットアニメの真似なんでしょうけど、そういうコトをしないと心の均衡
が保てないほど、今の彼女は傷ついているのでしょう……)
愛する者2人の争い。どちらが勝っても悲しみの残る不毛な戦い。
それをただ傍観するほかない心痛を毒島は悟った。
「ナギサvsプリスケン……。ナギサvsプリスケンの夢の対決……です……。見たかった……です」
「あ、違うんですね!? どっか別のところ見てるんですね!? 遥か彼方のどこかを見てるんですね!?」
両目は前髪に隠れて見えないが、唯一見える口元をワクワクした微笑に綻ばせる音楽隊副長。どこまでもマイペースだった。
そんな彼女のミニスカートのポケットから紙きれが1枚、ひらりと落ちた。
毒島は拾った。文字列が見えた。それは─…
──────────────────────────
ディプレスさんのエースボーナス
自分より下のレベルの相手に対する最終ダメージ +400%
自分より上のレベルの相手に対する最終ダメージ -75%
相手の精神コマンド「脱力」「分析」「必中」無効
自軍の精神コマンド「努力」「応援」「感応」無効
修理・補給を行った場合、代わりに精神コマンド「自爆」の効果が得られる
獲得経験値 -80%
ディプレスさんの特殊技能
躁鬱(撃墜数50体未満の場合、出撃時の気力50。50体以上の場合、出撃時の気力120)
挫折者(エースボーナス未所持の場合、最大Lv50。獲得後は最大Lv99。自分より上のレベルの相手と交戦時、
本来の気力増減に加えて気力-10。自分より下のレベルの相手と交戦時、本来の気力増減に加えて+10)
ユニット能力
自動防御(パイロットより下のレベルの相手からのダメージ12000まで無効。相手に無効化分のダメージを与える(相手の
精神コマンド「ひらめき」「集中」「鉄壁」「不屈」無効)。パイロットより上のレベルの相手からダメージを受けた場合装甲ダウンLv3)
フルブロック
ディプレスさんの性格:超弱気
精神 Lv SP
加速 1 1
突撃 1 15
脱力 12 15
直撃 18 35
熱血 26 50
友情 33 5
ツイン精神コマンド 戦慄(消費SP 1)
技量はマレフィック中最低。
射撃系/大器晩成型。
──────────────────────────
「色々扱い辛い!? というか鐶さん! 職員さんたち守っている間何を書いてるんですか!?」
「だって……自動人形…………弱すぎて…………退屈……だった……です」
桜花経由でディプレスvs斗貴子の戦況を聞き、推測したらしい。
「……頼みますからマジメにですね」
「ちなみにディプレスさんは……50まで修理で上げてからエースボーナスつければ中盤たぶん神ユニット……です。終盤は
体力限界まで上げてボス的に隣接して味方ユニット修理すれば……いい感じの鉄砲玉に……ですね……」
「貴様の頭をまず修理しろ」
根来の冷徹な指摘に千歳ややウケ。
92:スターダスト ◆C.B5VSJlKU
14/06/20 20:28:20.72 gtIRjsjJ0
「え……でも根来さん……ずっと前第四次の暗剣殺がどうこうと……」
「古い話だ」
詳しくはネゴロ終盤参照。
「とにかくディプレスさん……敵の時は……レベルを上げて……物理で殴れば……おkです……成す術なく……くたばります」
「成す術なくくたばります!?」
毒島は追求をやめた。
謎の空間にて。
(どうする。幹部はともかく俺たちは……)
脱出できなければ死ぬ。秋水の頬を汗が伝った。
以上ここまで。
93:作者の都合により名無しです
14/06/21 10:01:34.67 mPONJlqz0
wwwwwwww汗他ちまつまゆぬやになやは。らはら、444445881日間39965524ふら、6666669wwww
94:ふら~り
14/06/21 19:29:16.87 54EvxW4T0
>>スターダストさん
ディプ株がいろんな意味で急降下してますねえ……巻き返しはあるのか? って流石になさそう。
とはいえ、彼にしか出来ないこと・言えないセリフを立て続けに見せてますから、メタ的には
キャラ冥利に尽きる展開なのかも。中核である斗貴子にも防人にも深く切り込んでますしね。
95:永遠の扉
14/06/21 19:35:10.07 cgUXMpvk0
時の狭間でウィルという少年はゲンナリしていた。
(困ったコトになった。ボクの武装錬金でヴィクトリアを捕らえようとしていたのに総角に邪魔された。しかも彼は法衣の女……
羸砲ヌヌ行の救出を目論んでいるらしい。武装錬金と頤使者(ゴーレム)で追撃しているが……流石は元月の幹部。悉く返り
討ちだ。ありとあらゆる武装錬金で抵抗している)
中には時空を揺るがすほど強力なものもある。
(『獅子王の力』……そういえば彼は知り合いだったね。10年前共闘していた。他にも勢号の忘れ形見を幾つか所持している)
ウィル……重晶石のように白く透き通った肌と燃え盛る赤色巨星色の瞳を持つ少年だ。『正史』を改竄し新たな歴史を作った
張本人で、その武装錬金は時系列に介入する激甚の重力を有している。
(それを総角は揺るがしている。グレイズィングたちの回収が遅れているのはそのせいだ)
遅延。ケルトの血を引き『かつて遠郷マン島のバイクレースで上位5位を優先した』バイクメーカー社長への憧憬をして些か
病的な時間能率主義に目覚めた彼にとって遅延とは最も唾棄するものだ。
「いかな妨害があろうとグレイズィングたちは回収する。タイムスケジュールに致命的な狂いが生じる前に」
「『水鏡の近日点(マレフィックマーキュリー)』、ウィル=フォートレスの名にかけて」
俯瞰図の前で。
─わたしの力を借りるとは相当切羽詰ってるようね。
「もりもりさんはもりもりさんの使命を果たしているのです。不肖も動かねばならないのです」
─理解してるわ。元よりこの命捧げる他ない身だし。
「その……苦労をかけて申し訳ありませぬ」
─死なれるよりマシよ。死なれたらわたしも消滅する。
─そういう『因果』なのよ。わたしと『小札零』は。
─見えたわよ。準備はいいわね?
小札零は頷き、ロッドをかざした。