14/06/15 21:53:31.59 hpolLC5f0
「はい!?」
驚くほど細い体がしだれかかってきた。フードからはみ出すジンジャーレッドの巻き毛がかぐわしくも艶めかしい匂いを
漂わす。それだけで剛太の心臓はドキリと金縛りだ。さらに鼻にかかった甘い声。
「言ったでしょ? ボウヤきっと将来いい男になる……って。セックスすれば原石が宝石になって魅力増すわよん」
芸術品のように美しい人差し指が剛太の乳輪をグリグリとかき回す。ムズ痒い快楽に剛太は理性をなくしそうになる。
「オトコに必要なのは自信でしてよ? クライマックスに色々見せられて傷ついたんでしょ? だったら自分を磨かないと」
熱い吐息交じりの囁き。鼓膜から脳髄をじわじわ蝕む甘い毒。指はもう露骨だ。剛太の胸全体を処女にするよう優しく
愛撫し始める。首筋に吸い付いた唇は蛭のよう。思わぬ倒錯の快美に情けなく呻く少年を誰が責められよう。
「ほら。乳首も硬くなりましてよ。坊やの体もこんなに欲しいと言ってるじゃない。我慢は……毒よ?」
優しく、まるで聖母のように微笑みながらグレイズィングは剛太の手を取り……胸へ導く。
「ほら。揉んでみて。怖がらなくていいのよ。最初は誰だって初めてなのよ。ワタクシが優しく手ほどきしてあげるわ……」
ややハスキーな声でしかし陶然と慈悲をも交え触らせる胸は細身からは想像もつかないボリュームだった。服越しとは
いえ初めて性的なニュアンスで触れる女性の胸の柔らかさと弾力に剛太はとうとう我を忘れ……そうになり。
「だ、だから触るんじゃねえ!!」
首振りつつ必死になって突き飛ばす。金星の幹部は尻餅をついたままキョトリとしていたが、すぐに白い歯を零した。
「誘惑されないなんて大したものよ坊や。愛の力……津村斗貴子への想いは本物と」
「るせえ! いい加減戦えよ!! 戦わなきゃ格好つかないだろうが!!」
「心外ですわね。いやらしいコトするのがワタクシのバトルスタイルでしてよ? 戦場で好みのタイプ見つけたら性別も年齢
も問わず取り敢えずヤッちゃいますの」
(性別って……)
聞き捨てならない単語にブルリと身を震わせる剛太。立ち上がった女医は胸に手を当てる。
「そ。女のコでもいけるクチでしてよワタクシ。鐶がレティクルに居る頃だって狙ってましたし」
「オイ」
「ま、あいにくリバースに取られちゃいましたケド」
(取られた!? え、なにアイツ義姉にヤバイことされてた訳!?)
「クス。大丈夫でしてよ。せいぜいファーストキス奪われて、お風呂場で押し倒されておっぱいにおっぱい押し付けられた
程度のお話。お互い女のコですもの。初めては大事な人に取っておきたいと一線踏み越えなかったそうよん」
(過激すぎる……)
女医曰くウィル除く幹部全員仕留め損ねているらしい。(ウィルって誰……ああ小札の因縁の相手か)、どうでもよかった。
「ちなみにワタクシのクスって笑いはセックスのクスですの」
どうでもよかった。
「ふふ。冷めちゃいましたか? なら昂ぶるまで普通に攻撃させて貰いますわね」
グレイズィングの背後で光が影を結んだ。現れたのは看護師のような自動人形。
(ハズオブラブ。総角が複製した奴とは少し違う。複製時(10年前)から変わったってコト?)
機械的な意匠こそ目立つが整った目鼻立ちの少女だった。少し化粧をするだけで人間と見分けがつかないな……剛太は
そう思った。ピンクのナースルックは紛れもなく市販品。(そーいやニンジャ小僧の兵馬俑も手縫いだっけ)、聞きかじりの知識
が蘇る。同じ自動人形でも、御前やキラーレイビーズと違って着るようだ。
(……服はともかく自動人形呼んだ狙いは)
同時攻撃。背筋に冷たい汗が流れる。ただでさえレティクル最強を自称できる身体能力の持ち主が、秋水を苦しめた自
動人形を平然と跳ね返せる衛生兵と共に攻撃する。恐ろしい想像だった。
(落ち着け。2対1になるのは織り込み済みだろうが。覚悟の上で引き剥がしたんだ。食い止めなきゃ─…)
ギャゴポゥッ! 妙な音が響いた。剛太は見た。自動人形の腕を一本引き抜くグレイズィングを。
「え」
「ワタクシのバタルスタイル……」。肘から先のない腕を無造作にぶら下げながら全身フードは歩を進める。剛太という上が
りめがけて。
「ワタクシのバトルスタイルは……至極単純。クス。せっかく回復役たる御身を自衛できるよう医療知識を総動員し強い体を
造りあげたんですもの。生身ならレティクル最強の身体能力を徹底的に活かしぬく……それだけですわよ」
垂れ目は捉える。身長160cm弱とさほど大きくない幹部の体が威容を湛えるのを。
「すなわち!!」
54:永遠の扉
14/06/15 21:54:38.94 hpolLC5f0
腕を掴んでいる細腕の周囲でフードが裂けた。布きれが舞い散る中、白樺のように頼りない腕が爆発的に膨れ上がる。
(!?)
プレイメイトからボディボルダーのそれに変じた筋肉満載の野太い腕。(ブラボー……いや、戦部よりぶっとい!!)、波
打つ筋繊維と血管に気圧され後ずさる間にも女医は嗤う。腕以外は相変わらず細いまま……そこが却って不気味である。
「ワタクシのバトルスタイル!! それは!!」
「ひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらぁ」
「ひたすら力を込めてェ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
「ブン殴るッ!!!」
右腕より先が現世から消失した。ズヮヶブンッ! マッハ28で擦れ合うバーミキュライトのようなノイズを奏でた腕のしなり
は不可視領域。(何が何だかだがとにかくマズい!) スカイウォーカーモードの応用で後ろめがけ急速発進、メロスになり
損ねたブルータスこと早坂秋水が遡行した角をぐわんと曲がる。減速。角地から1m南下した地上で戦輪を1つ旋回させ土
くれを巻き上げる。それを眺める剛太の体は風と共に8m流れた。
(攻撃力は高いだろうがリーチは自動人形の腕程度! 仮に投げるにしろ角曲がった以上直撃は避けられる!)
よしんば追尾性能があったとしても土煙を見れば予兆ぐらいつかめる。
(土煙を避けるっつーならむしろ願ったりだ! 遠回りするぶん迎撃体制を─…)
結論からいえば剛太が打ったのは……限りない最善手だった。未知の搏闘(はくとう)を機動力で全力回避。咄嗟ながらも
隠された特性をも警戒したのは特筆に価する。
唯一綻びがあるとすれば『せっかくのマークを外し、グレイズィングに他の幹部と合流するスキを与えた』─…
ではなく。
『敵を自分基準で見過ぎていた』
である。
ただしそれは悪癖というべきものではない。剛太の頭脳水準はとみに高い。にも関わらず敵を侮らず、むしろ自分以上の
悪辣を持ち合わせていると警戒し、常に十重二十重の善後策を存分に講じる用心深さはそれ自体が得がたい才能だ。常人
ならば六度命を失いかけてようやく至るに至る境地をまっさらな新人状態で事もなげに自得しているのは一種の奇跡だ。
故に『敵を自分基準で見過ぎていた』事実は決して過失ではない。最善手の1つに過ぎない。過ぎないのだが次の瞬間
剛太は思い知る。
レティクルエレメンツ幹部。通称マレフィックたちの。
常識を遥か超えた……脅威を!!
惑星爆発級の衝撃が剛太の精髄を痛打した! (直撃!?」 まさか腕……いや本体でも後ろに来たか!?)、レッド
アラートの世界の中で振り返るルーキーだが現状はそれより遥かに悪い。背後には何も無い。千切れた腕もグレイズィング
も。ホッとできたのはしかし一瞬だ。正面へ戻る途中の眼球は確かに捉えた。
景色が、動くのを。
電車に乗っていれば運賃分の時間好きなだけ体感できる現象だ。建物が後ろに流れていくアレだ。それが児童養護施設
で再現された。それ自体は決して珍しい現象ではない。先ほど逃げるとき剛太は同じ風景を見た。溶けつつ後ろに流れる
窓や壁を視界の外で茫洋と捉えた。(…………)。足元を見る。車輪はとっくに止まっている。とっくに。一滴の汗が頬を伝う。
ボコギチャヅククッ。建物が南めがけ進軍する。……建物が。鉄骨の軋む嫌な音が心を確実に確実にかき乱す。
(まさか)
土煙を見る。先ほど巻き上げた土煙を。
サンドブラウンの嵐は、建物の角から2m北でもうもうと立ち込めていた。
問題。
『先ほど角から1m南で発生させた筈の』土煙が─…
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
建物の角から2m北で立っているのは何故?
55:永遠の扉
14/06/15 21:55:11.92 hpolLC5f0
「野郎!! まさか!!?」
潜行した衝撃波が養護施設の外壁を膨張させて波打たせる。剛太は見た。確かに見た。角が2mほど浮き上がっている
のを。建物が急ブレーキをかけ『跳ねた』。
「殴って動かしやがったのか!? 馬鹿な!! 演劇だけで100名以上収容できる施設だぞ!?」
壁が砕け散り窓が割れる。範囲30m。剛太が視認できる限り総ての施設が骨組みだけになった。バックドラフトの爆轟
のなか焦げ臭い毒蛇どもが何匹も何匹も外に溢れた。赫々たる瞬きはしかし建物が『着地する』衝撃に呑まれ消え果てる。
爆発が外装を吹き飛ばしたのではない。外装が吹き飛ばされたから爆発が起こったのだ。逆の因果に慄然とする。
(フザけんな。女で医者でしかも回復役なのに何なんだよこの攻撃力。反則だろ。在り得ねェ)
身体能力については先ほどご高説を賜っている。『他者を癒す存在だからこそクランケ以上に頑強たるべき』……筋は
通っている。誰も虚弱で病弱な医者など信じない。剛太自身そんな輩に診て貰いたいとは思わない。だが限度というもの
がある。
(戦う医者おおいに結構。だがもっとこう、同じ”強い”でも色々あるだろ! 人体構造知り尽くしているから関節とか秘孔
破壊したりとか、注射器やらメスやら使うとか色々!!! それがただ殴るだけって何だよ!? 捻れよ医者!)
小細工のない相手は破り辛い……とまでは思わない。むしろ直線的すぎるからこそ、小回り重視のモーターギアの本領
発揮といけるだろう。しかしそういう利点を得てなお釈然とせぬのが偽らざる実情だ。
(やだよこんなゴリラみたいな回復役! 腕っぷし強い癖にエロいし! スタイルいいのが逆に嫌だ!!)
グレイズィングが筋骨隆々のいかにもなガテン系なら先ほどの攻撃力も納得できる。顔が見えなくても「敵の幹部に1人
は居る妖艶な美女だなコイツ」と分かる雰囲気の彼女が「いわゆる知性ゼロで自分のコトおでとか呼ぶパワーファイター
な幹部」みたいなコトしたのが大変嫌だ。
「クス。ウォーミングアップなしだと……やっぱり外れますわね」
角を……いや、厳密にいえば「先ほどまで角があった」、建物の轍の横を女医が悠然と曲がってきた。「……」剛太は
チラりと横目を這わす。溝はそこにもあった。15cmはあろうかという溝の傍で建物の基盤が、コンクリートらしき灰色の
基礎の側面で見るからに冷たい濡れた土を真新しく光らせているのは悪夢だった。
(思慮も何もあったもんじゃねえ! 力込めて殴る! 単純! だがそれ故に度を外れた強力!!)
土鳩が新幹線にぶつかる動画を見たコトがある。衝突という概念すら成り立たぬ世界だった。骨格も筋肉も羽毛も水滴
だった。少しばかり掃除が困難な汚水……土鳩の命はそう定義され消滅した。砕け散るのだ。速度と衝撃において圧敗す
る者は肉と消化物の匂い混じりの通過の霧と消えるのだ。
(どこに当たろうが……死んでた。衝撃波が建物30m以上砕くんだ。指に掠っただけで……いや、完全に躱したとしても、
腕が傍にある何がしかの物質と衝突したら…………余波だけで、死ぬ)
回避という選択自体は正しい。正しいがそれゆえ剛太は敗北以上のおぞましさをタップリと呑まされた。
(鐶の義姉……身体能力で劣るリバースでさえストレイトネットを引き千切ったんだ。自称最強のコイツなら恐らく)
汗は施設の炎ゆえではない。恐らく当たっているであろう最悪の想像が三斗どころではない冷汗を滴らせる。
「コイツなら恐らく、素手でシルバースキン攻略できる)
女医は近づいてくる。
「クス。一撃で跡形無き蘇生不能になれるなら幸せよん。生き返る限り拷問ヤッちゃうワタクシ─…」
「『どすけべ女医 金断の診察室(マレフィックビーナス)』……グレイズィング=メディック相手ならねん」
(落ち着け。相手が脳筋ならむしろやりやすい。腕含め何か投げてくるかも知れねえが、どっちみち近づくのはマズいんだ)
土煙を巻き上げていた戦輪が戻ってくる。予めインプットした通りに。
(小回りと応用の効くモーターギアで先輩達の居ない方向へ誘導(早坂の居る方へ来ちまっているが不可抗力。逃げなきゃ
死んでた)。どうせ手傷を負わせても回復されるんだ。こっちからは仕掛けねえ。回避全振りだ)
残る問題は自動人形の捕捉だ。単体でも他の幹部を癒しにいく可能性がある。最後に見たのは角の向こうだ。進退を
見極めるためにはグレイズィングとすれ違わなければならない。
56:永遠の扉
14/06/15 21:55:51.02 hpolLC5f0
(……マズいな。どうする? 屋根の上へ行くか? けどさっきの衝撃が衝撃だ。全壊してねえ保証はねえ。あちこち破れて
るだけでも走破は困難。炎ともども機動力を削ぐ、追いつかれる。そもそも登った所をドン! カブトムシかイガグリにするよ
う建物を叩き俺を落とす可能性も…………)
「クライマックスは薄い本が大好きですのよ」
思考を遮る声。顔を上げる。歩を止めたグレイズィングの下半分しか見えない顔が養護施設の炎に赤く炙られていた。
(薄い本……? ページ数の少ない小冊子……なのか?)
クス。思考を読んだように女医は嗤う。
「漫画とかのキャラが痴漢されたりラブラブなエッチしたり或いは適当なモブに輪姦されて全身精液ドロドロでアヘ顔ダブル
ピースしたりする本ですわよ」
(うわオタク趣味かよ! エロ漫画ってだけでアレなのにアニメキャラとか使うのかよ!)
露骨に嫌悪感を示す剛太。アヘ顔ダブルピースの意味はよく分からないが、とにかく碌な表情でないコトは理解した。
「ワタクシも借りますのよ。三次元もいいですけど、二次元の少年少女は現実にない清らかさがありますもの。フフ。それらが
羞恥に悶える姿はヘタなAVより刺激的。本と同じ体位しながらバイブ出し入れして「んほお!」とかイクの楽しいんですの」
炎の照り返しの中でも分かるほど頬を染め手を当ててくねくねするグレイズィングに、「で、薄い本が何?」冷めた目で問
いかける。
「いつも7ページから読むんですのよワタクシ」
「は?」
「だいたい前フリが……あ、前戯じゃありませんわよ。ヤッちゃうまでの過程、ちぃともエロくない部分がだいたい6ページ
ほどあるのでソートー興味惹かれない限り一周目は飛ばしますの」
「だから何だよ!? お前の性癖とか知らねェよ!!」
「『なぜワタクシが女医にも関わらずブン殴るか』……その説明でしてよ。殴るってのは6ページすっ飛ばす行為ですの。7
ページ以降のめくるめく世界を一刻も早く掴み取るための儀式ですの。相手の特性だの戦法だのはエロに至る前のゴチャ
ゴチャとしたしょうもない前説にすぎませんのよ。シンプルかつ、とっとと。最適かつ最速の攻撃を叩き込んで6ページすっ
飛ばして、好みな敵さん毒牙にかけて楽しみたいんですの。防御固めてベホマ毎ターンかけて突っ込み、カンストした攻撃
力で特性も戦法も……捻じ伏せる!! されば戦闘はいつだって7ページ目になりますの。だから殴るんですのよワタクシ」
恐ろしく即物的な意見に剛太は変化を感じる。
風の変化を。流れの移ろいを。
「クス。察したようですわね。アナタはよっぽど面白そうな薄い本。1ページ目から順々読んで来ましたけど……」
(マズい! 来る!!)
「今しがた捲くれましてよ6ページ!」
愉悦を歌うように叫び、彼女は地を蹴る。今度は足がマッシブだった。
「カモシカの脚力で踏み込みゴリラの腕力でぇ~~~~~殴る!!」
瞬間移動した如く眼前に迫る死の影。圧倒的絶望の中、剛太は─…
養護施設南部・庭。
『お姉ちゃん同盟結成のお知らせ。
一緒に同盟に入って光ちゃんを可愛がりませんか? 入会費・年会費は無料。
光チャンワッショイ
+
. + /■\ /■\ /■\ +
( ´∀`∩(´∀`∩) ( ´ー`) 来たれ来たれー
+ (( (つ ノ(つ 丿 (つ つ )) +
ヽ ( ノ ( ヽノ ) ) )
(_)し' し(_) (_)_) 光チャンワッショイ』
(………………)
庭に書かれた手紙を見た桜花はただ呆然とした。表情は横線に埋め尽くされ窺い知るコトはできない。
「A4サイズぐらいの狭さにアスキーアートまで書きやがった……」
ついに毎秒14発に達した射撃を撃墜しながらこの余裕。御前に至っては呆れを通り越して感服だ。
『フー』
トリガーに指をかけながら額を拭うリバースはひどく満足そうだった。アホ毛がヘリよろしくグルグル旋回した。
「あら?」
『むむむのむ?』
麗しい少女ふたり、同時に東を見たのは地響きのせいである。
57:永遠の扉
14/06/15 22:01:26.62 hpolLC5f0
.
迫ってきたのは。
(桜花は海王星の幹部の銃撃を走って避け始めた。弓矢(アーチェリー)では全部捌き切れない上にガス欠を招くからだ。
もっとも理由はそれだけじゃないがな)
お姉ちゃん同盟の古戦場に滑り込んだ斗貴子はダブル武装錬金で『弾く』。銃撃を相殺できなかった矢、地面に刺さる
矢を弾くのだ。大部分はディプレスに向かうが一部は桜花と撃ち合うリバースを狙う。
(クリーンヒットとは行かないがな)
アホ毛がぺちぺち動いて矢を砕くのは閉口だ。斗貴子としてはせめて後学のため、話に聞く自動人形ぐらい援護防御に
引きずり出したいのだが、それさえ叶っていない。
とにかく現状は桜花との奇妙な共同戦線だ。スペックで海王星に劣る彼女。火星に攻撃したいが近接すれば分解の餌食
になりかねない斗貴子。矢を地面に林立する素っ気ない行為が双方を上手く補っている。斗貴子がリバースの注意をわずか
なりと逸らし桜花がディプレス用の『弾』を捻出する。
(あの夜、屋上でやりあった時は想像もしなかったな)
あの夜といえば桜花の矢、地面に撃ち込まれるやすぐ消滅していた。今はしかし消えずに残っている不思議、これもまた
秋水のソードサムライXの硬度上昇と同じく桜花の成長の証であろう。
「けどwwwwwwwwwwああ憂鬱wwww奴の矢にゃあ限度があるwwww」
何百本目かの矢をスペースデブリならぬディプレスデブリ、周囲を漂う塵芥に作り替えた幹部は手を叩き嘲け笑う。
「随分本数を増やしてるようだがそれでも毎分360発は競り負けているんだよ桜花www つまりwwwいwっwぱwいwいwっw
ぱwいw これ以上てめえに回る矢が増えるコトはねーぜw 万が一増やしたとしても精神力の方が先に尽きるww ああ憂鬱w」
いちいち舞い込む挑発に斗貴子が平然としていられるのは日常あらばこそだ。
(戦士長。剛太。毒島。秋水。そして桜花。彼らが私の戦う理由を問いかけ……見つめ直す機会を与えてくれたから乱れず
に居られる。安い挑発に乗ってやる必要はない。日常。戦う理由。答えはまだ出ない。だが……見つける。生きて必ず見つ
ける)
とは思うもののディプレスに対する決定打が欠けているのも否めない。矢は絶対的に不足している。
敵の周囲を見る。ボールペン程度の大きさした黒いカラスが何羽も舞っている。
(何発も攻撃を加えた結果分かったが……あれは自動防御だ。奴はご自慢の分解能力を自分の周りに展開している)
小石を蹴る。ディプレスの30cm圏内に入ったそれの周りで黒い風が吹き荒れた。それだけで小石は世界から消えた。
(あのザマだ。バルキリースカートで攻撃してもたちどころに分解されるだろう)
だが同時にこの状況が成り立つコトそのものに斗貴子は光明を見出している。
(近づくもの皆総て分解できるというなら、あれを纏ったまま私や桜花に特攻すれば片はつく。今は人間の姿をしているが、
鐶曰く奴の本領発揮は動物形態……ハシビロコウの時だという。ならその形態で自動防御を展開し高速機動! 誰でも
思いつく戦法だ。実際戦団の記録では10年前の決戦でもそうやって何人も葬ったという)
にも関わらず女性戦士2人にそれを敢行しない
(初手で武装錬金を使わなかった相手だ。手の内を知られるコトを恐れている。つまり自動防御含め分解能力には何か決定
的な弱点があるというコトだ。攻撃力の高さと引き換えにした……使ってなお、私か桜花どちらかに生存されれば見抜かれ
る……単純な弱点が)
翻せばそれは手数さえあれば破れるというコトだ。物量で位押しに押し続ければいつか破綻が見え攻略できる。
(……せめてもっと大きな物が転がっていれば。石や土、矢よりももっと大きな『何か』さえあれば、弱点、暴けるのだが)
思考に割り込み割り開いたのは舌打ちである。
「うぜえ」
全身フードがボコボコと沸騰するのを斗貴子は見た。それがいかな素材で出来ているか知るよしはないが、少なくても伸縮
性に富んだ材料が使われているのだけは分かった。なぜなら中肉中背だったディプレスの姿が見る見ると肥大化し、2mほど
の……無銘の兵馬俑よりも巨大な体格に変じてなおフードが全身像の露呈を妨げたからだ。
「ハシビロコウ、か。姿を変えたというコトはつまり」
目こそ見えないがネズミ色の羽毛と傷だらけのクチバシを見れば十分だ。体の半分ほどある後者はオーバーサイズ、到底
フードに収まる代物ではなかった。
「憂鬱だよなあ!! 脛に傷ある野郎が如何にも立ち直りましたって顔でこちとらの手の内読む! 憂鬱だよなあ!」
58:永遠の扉
14/06/15 22:04:47.35 hpolLC5f0
自動防御は継続するディプレスの周囲で陽炎が揺らめき影を結んだ。神火飛鴉翼の生えたボールペンという風体の武装錬金が
轟然と飛んだ。
桜花めがけて。
(なっ!) 斗貴子は不覚を悔いた。
「タイマンやってるときによぉーーー! 別な相手に粉かけるようなマネおっ始めたのはテメエらだからよおーーーー!!
ターゲット変えても卑怯って吐(ぬ)かせる道理……ねーよなあ!!」
クチバシを大きく開けて歪んだ炎の笑いを撒き散らかすディプレス。フードから片方だけ見えた三白眼は血走っている。
危機。しかし桜花は何故かリバースと2人して東を見ている。普段なら斗貴子は怒鳴るだろう。必中必殺の能力が背後から
迫っているにも関わらず敵と雁首そろえて彼方を見る。獅子の如く憤然と叱責すべき事柄だ。
だが……斗貴子は。視線を追った斗貴子は。
笑った。
「鎌は6本だが仕方ない。見様見真似……九頭龍閃!!!」
神速を発揮し神火飛鴉を追い抜く。更に地面に轍がつくほど踵を踏み込みブレーキをかけると桜花の視点のその向こう
めがけ処刑鎌を最大速度で伸ばしきる。異様な手ごたえと重みが走った。それらに大腿部の骨を軋ませながら右踵を地軸
にねじ込まん勢いで半回転。
桜花を狙っていた神火飛鴉。それは自動人形と紫電と共に霧散した。鎌が軌道上に差し出した人形とともに。
火星の幹部から悪態が漏れた。
「チッ。あの馬鹿。さては気付いていないな。羸砲の能力使ったせいで自動人形のスペック、いつもの4割程度だって事によぉ」
『ついでに言うと公園程度の広さしかないこの庭じゃ全然本領発揮できないのよねー』
リバースの笑顔も若干引き攣っている。
桜花は見た。斗貴子も見た。群れ……最低でも60体の自動人形が庭を埋め尽くしつつある現状を。
「クソ! なんなんだよコイツら!」
壁を忍者よろしく垂直に駆けながら剛太は愚痴る。
「空気読めない援軍ねん。津村斗貴子が対ディプレスに利用するの分かりそうなものなのに」
剛太を追って走るグレイズィングの口からため息が漏れた。
(ぬぇーぬぇぬぇぬぇ!! 膠着状態を破る援軍です! この上なく援軍送ってみなさんを補佐するのです!)
屋根から燃え盛る施設のエアダクトの中へと移動し隠れたクライマックスは内心で笑う。
(マーキュリービーナスアースマーズ、ジュピターサターンウラヌス、プルート&ネプチューン! 校則で高速で制服で征服!)
養護施設南西・外郭。
「…………」
自動人形は秋水の戦局にも影響を及ぼした。特性を使う、そう公言したブレイクへ警戒に次ぐ警戒を向けていた剣客の
頭上から自動人形6体が飛びかかった。それ自体は造作もない相手だった。壁を蹴り星型の軌道を描くだけで軌道上の
敵は一掃された。だが……警戒心が一瞬、毫釐(ごうり)ほど僅かな間だけ外れた瞬間、ブレイクは動いた。
(来るか特性。だが光にさえ気をつければ防げる!)
秋水はずっと発光に備えていた。以前一度、演技指導を乞うたとき記憶を消したのは眩い光芒だった。既に一度受けて
いる以上、禁止能力が色に由来すると知った以上、圧倒的ルクスという色彩の最大現象を警戒するのは当然だろう。
斧が跳ね上がる。空中の秋水を又の付け根から両断せんとするうねりにしかし秋水は日本刀を合わせた。これも上手い。
ハルバートが光というエネルギーを放つのならたちどころに吸収されただろう。そのうえ物理攻撃を物理的に阻めるの
だから選択に間違いはなかった。
しかし変化は正解の中で起こった。
(……?)
宙で斧を支えに浮かび上がる秋水の体がガコリと落ち込んだ。転落独特の酩酊感のなか彼は見た。
開く、斧を。
(ライトでも仕込んでいるのか?)
訝しむ秋水が見たのは……直線と正方形の組み合わせである。線にはところどころ色がついていた。青、緑、赤……。
米字型交差する色つきの線分は、決して蛍光灯の類ではない。斧の内側に書かれた純然たる二次元世界の紋様だった。
にも関わらずそれが俄かに輝きだした。
(!?)
愛刀の反応を確かめる。エネルギーの手ごたえはない。
(馬鹿な。この奇妙な紋様を傷つけるほど喰い込んでいるんだぞ。なのにどうして輝きを……エネルギーを吸収できない!?)
「美術の便覧に乗ってませんでしたか? 今のネオンカラー効果って言うんでさ」
59:永遠の扉
14/06/15 22:05:35.26 hpolLC5f0
にひひと笑う呟きに秋水はただ「何?」と問い返すコトしかできなかった。
「色のついた線分を交差させ黒い線で以て延長すると……光が滲み出てるように見えるんですよ」
(やられた! つまり錯視でも構わないというコトか! 俺が、対象者が輝きを感じさえすれば実際の光のあるなしは関係
ないと……!!)
数日前小屋の前で露骨に見せた輝きそれ自体が罠だったようだ。「物理的な輝きがキー。それさえ防げば禁止能力は
及ばない」。そう思わせるための。そして殆どの一般人が知らない色彩知識で光を見せる……巧妙かつ悪辣な手段。
……色彩。そして光。それらは人間の眼球が織りなす相対的な感覚である。ニュートンは光を絶対のものとし、人間の想
像力には左右されないといった。反撃したのはゲーテである。色とは人間の生理的・心理的作用がもたらすものだ……そう
述べた。
目や脳は時に存在しない光さえ勝手に作りだす。その具体例の1つがネオンカラー効果である。
(間違いない。彼の真骨頂はハルバートの腕じゃない。色彩心理)
「にひっ。俺っちは『虚飾』の幹部。枠に色つけて騙すのは得意でさ」
瞠目しつつもしかし、開いた斧の蝶番めがけ斬撃を繰り出す秋水は果敢だった。
(可動域を全力で撃つ。空中にいるんだ、体重を乗せればヒビぐらい入る! そこから壊すコトも─…)
斧槍全体が黒く染まった。そして……発せられるブレイクの、言葉。
「力を込めるコトを禁ずる」
「っ……!!」
言葉と共に押し上げられたハルバート。体重を以て押しつけんとした秋水の全身が、しかしひどく重みを増した斧槍に
成すすべくもなく吹き飛ばされた。
(ブレイクの武装錬金が……急激に重さを増した? いや。これが禁止能力? 脱力したのか? 俺が?)
膝をつく秋水。ブレイクはエビス顔で……笑う。
「光さえ一旦生じれば……俺っちの特性、かけ放題ですねえ」
「余裕な、訳だ。エネルギーなしで光を作れるとあらば……俺の武装錬金など恐れるに足らないな」
異変に戸惑う秋水に、ブレイクはゆっくり歩み寄る。その背後から無限とも思える自動人形が続々と歩いてくる……。
養護施設南部・庭。
ふつう大群に包囲されればマズいと青ざめ突破するだろう。しかし斗貴子は逆を行く。
(どんな特性か知らないが敵の自動人形なんだ! 盾にしようが武器にしようがこちらに一切痛痒なしだ!!)
6本の鎌で手近な人形の胴体を手当たり次第に貫いてはディプレスに投げる。桜花の旗色が悪ければリバースに……。
「ハッwwwwwww 故あってチカラ6割減の雑魚どもで! 随分舐めたマネしてくれるじゃねーか!!!」
決してパワー型ではないバルキリースカートが成人男性ほどある人形を10体以上立て続けに投げつけた。そこかしこの
可動肢が悲痛な軋みを上げる中、ディプレス=シンカヒアは気炎をあげる。
「クライマックスの自動人形だろうが何だろうが分解できねえモンなんざねーんだよ!!! このオイラ─…」
「『炎の如く(マレフィックマーズ)』、ディプレス=シンカヒアさんにゃよオオオオオオオオオ!!!」
航空機ほどの速度で迫る巨塊10個が無数の丸い粒へほぐされた。粒たちは更に粉となり風に流れる。
(原子レベル……ともすれば量子分解級の能力!! 裏返しを破っただけのコトはある!!)
神火飛鴉の群体が飛んでくる。30は下らない。塵に還った人形たちを貫通してなお斗貴子を狙うものもある。
「はああああああああああああああああああああああ!!!」
飛びかかってきた人形を突き刺し……振りぬく。団子のように4体串刺しにした鎌もある。戦団広報部から年に2度はモデ
ルの依頼をかけられるほどスラリとした美しい大腿部に莫大な重量が圧し掛かる。今にもヘシ折れそうな軋みのなか、しかし
斗貴子は迫る人形どもを刺して刺して投げ捲くる。
「死ィねやあああああああああああああああああああああああ!!!!」
もはや砲撃であり戦争だった。もうディプレスは自動防御などとっくに解いている。体の周りから蜥蜴サイズの鴉の群れを
重機関銃のごとく連射する。ほぼ同等の速度で斗貴子は人形たちを投げ続ける。
『変則的だけど凄いラッシュねー。ゲームならボタン連打確実な場面じゃないアレ?』
おっとりとした深窓の令嬢のような笑み─フードで前が隠れている。見えるのは口だけだ。にも関わらず雰囲気は紛れ
もなく令嬢だった─を浮かべながらサブマシンガンを撃つリバース。
60:永遠の扉
14/06/15 22:06:28.45 hpolLC5f0
「よいしょと」
ロングスカートを閃かせつつ人形の背後へ。敵は振り向こうとしたが……マリオネットになる。銃弾という繰り糸に打ち震え
るマリオネットに。
「盾お疲れ様。楽になっていいわよ」
リバースに負けじ劣らずの上品な笑顔を浮かべながら当たり前のように人形を突き飛ばす。右膝と左大腿部中央を噛み
破られていた人形は成す術なくつんのめり、弾丸嵐へ。高速連射の贄と消えた。
『むー。人形来てからやり辛いなー。盾にしまくりだよ桜花さん。ちょっと位置どり変えようかなー』
鐶の義姉は撃つのを止めた。
(初歩とはいえブラボーさんに護身術習っておいて正解だったわね)
桜花はリバース含め8体の敵に囲まれている。包囲網の外は斗貴子の投擲のおかげで何もいない。ただ50m先には歩
いてくる人形たち。屋根にも影はあり、もたけつば屋外ながらも寿司詰めという破目になる。
漆のように光沢のある髪を揺らしながら1m圏内を見る。居るのは人形4体。前後左右に各1体。
(ムーンフェイスと同じね。数が多い分、精密操作まではできない、か)
包囲は等間隔ではない。歪だった。左より右の方が後ろの敵にやや近い。
【桜花基準の配置図。以下文章中の呼称は括弧内に倣う】
● 後ろ(敵A)
右(敵D) ● ○ 桜花 ● 左(敵B)
● 前(敵C)
(まずは、と)
右に流れる。秋水仕込みの歩法がもたらす移動速度の急激な変化に人形達が反応し歩みを進める。
Dが拳を繰り出した。桜花はそれを掌で受け流しつつ反動を利し、包囲線ADを突破。さらにリバースの射撃を警戒しつ
つバックステップ。陣形が崩れた。ADのラインが縮む。両者桜花に近づいたからだ。更にDの後からCが来る。
桜
○ ●A
●D ●B
●C
桜花はAと反対方向に水平移動。DとCの拳や蹴りをスウェーで交わしつつ御前を飛ばし……Bを撃たせる。
「グオオオオオオオオオオオ!!」
針鼠散華を合図にしたかの如くADCが直線に。リバースを見る。桜花から見てCから7時方向4mの距離で銃を構えて
いた。
「ちょっと動いてくださいねー」
御前がCの踝を射抜き傾かせる。桜花は駆けつつAの背後に回る。外側から手首と肩口を掴み連行するようゆっくり引き
……1時方向へ。
陣形は、こうなった。
○
●A
●D
●C □御前
▲リバース
『もー! これじゃ射撃通らないじゃないのよ! むぅ~。ま、でも最小の労力で一番強い私から身を守る……大した物ねー。
左の敵(B)を刈ったから増援来るまで安心して盾にできるし』
(彼女の身体能力なら一気に5時方向へ回りこめるでしょうけど、いま掴んでる敵(A)を盾にすればしばらく凌げる)
もっとも御前は回り込めないよう牽制射撃を行っている。弓がないため速射性こそ激減しているが(毎秒平均5射が限度。
矢自体は一瞬で作れるが、ターゲットロックからスローイングまでどうしても2秒かかる。桜花と精神を共有しているため、
独立行動中の処理速度は実質半減といえた。御前を操っている間にも彼女はリバースを警戒しつつ直近の人形たちをも
処理……忙しかった)、全長30cmあるかどうかの小兵ゆえに弾幕を避けやすいというメリットがある。
「ハッハーン! 空気弾は見えねーけど銃口向いてない場所飛べば絶対大丈夫!」
61:永遠の扉
14/06/15 22:07:13.25 hpolLC5f0
御前はリバースの頭上を取る。いかなる武術を極めようとそこは絶対の死角なのだ。子供に負けたガリガリくんが言って
るのだから間違いない。
「しかも上から後頭部を狙う!! さあどうする桜花狙う余裕は─…」
『よいしょと』
笑顔の少女は余裕だった。文字を書いてから肘を曲げ、肩ごとめいっぱい後ろに倒す。御前は見た。逆さのイングラムを。
背負うように持たれたサブマシンガンの銃口は明らかに御前を狙っていた。
(やば! 移動しながら撃って牽制!)
そしてリバース。
背後から迫る30本近い矢を、動きもせず、振り返りもせず、総て無傷で撃墜した。
「ウソォ!!?」
被弾したのはむしろリバースを直視し、回避運動すらとっていた御前の方だ。かすり傷だが手足が数ヶ所、破損した。
『牽制するなら声出さない方がいいわよ~。生成音や投擲音、風切音なんかもね。私めは静寂が好きだから物音には敏感
なのだっ!!』
御前が慄然としたのは文字の内容ではない。大きさだ。
「ウソだろ……」
汗を流しながら再読する。
『空中8mの距離に浮かんでいる御前でさえ読めるほど』
『大きな』
『文字たちを』
「1文字1文字がA4ノート1ページ分まるまる使ったほど大きい……。それを御前様迎撃しながら書くなんて…………」
桜花はやっと気付く。遊ばれていると。そもそも防人すら建物の中から外へ強制排出するほどの身体能力の持ち主な
のだ。香美に武装錬金を発動させる訓練中かれは「一歩も動かず攻撃総て受けきる」という条件を自ら課したコトがある。
素手でもツボに入ればシルバースキンを爆ぜさせ一瞬ながらも素肌を覗かせるコトのできるネコ型が、どれほど勢いを
つけようが投げたり転ばしたりできないのが防人なのだ。負傷したりとはいえボディーコントロールは健在、重力を論ずる
だけあり重心の取り方は神懸っている彼をリバースは……力任せで屋外に出した。
(やっぱり。その気になれば、銃を使わず素手で暴れれば……私なんか一瞬で斃せるのよ彼女は)
にも関わらず、矢を捌きつつ文字を書けるほど余裕があるにも関わらず、接近する気配が一切ない。
『どうして殺さないの? そんな顔ねー』
たたた。土へのタイプを軽く読む。言葉は出ない。文字は足元なのだ。ちょっと弾道を逸らされるだけで足の指が吹っ飛ぶ
……丁寧で明るい文章だが、腹黒い桜花だからこそ感じ取ってしまうのだ。『いつでも動けなくできる。動けなくして自動人形
の餌食にできる。でもしないのよ? ね。私……優しいでしょ?』という武威を湛えた非情な余裕が。
(…………にも関わらず笑顔が純真極まるのが……恐ろしいわね。私ですら脅迫するときは相応の冷笑なのに)
『私めはね。友達が欲しいのよ。桜花さんをお姉ちゃん同盟に誘うのも、同年代の友達が欲しいからなの』
ニコニコと口元を綻ばせる少女。フードから覗く乳白色のショートボブは絹糸のようにふわふわ波を打っている。肌の白さ
といい華奢な体といい、美貌に絶対なる自信を持つ桜花ですら見惚れてしまう清純極まる雰囲気だ。そんな彼女が友人を
欲する……奥ゆかしい言動だが、やはりどこか高圧的で鬱屈の響きもある。
『光ちゃんを可愛がってくれたんですもの。私めと友達になって欲しいの。友達になって、まるで同一人物ってぐらい一緒に
過ごしましょうよ。光ちゃんを可愛がった記憶ごと私と1つになりましょう。殺さないわ。殺したら1つになれないでしょ。光
ちゃんの可愛い仕草や反応が永遠に貴方だけのものになっちゃうもの。それはダメよ。殺させない。誰にも誰にも桜花さん
を殺させない。私が守るの。光ちゃんとの記憶総て引き出して、私のものにするの。光ちゃんが、私を、桜花さんと錯覚する
まで、光ちゃんが昔桜花さんにしたコトを私にしたって錯覚するまで、桜花さんと1つになって、私が桜花さんだって伝え続ける
の。桜花さんと過ごしたときそこに居たのが私だって置き換えるの。桜花さんとの思い出を私との思い出にすり替えるまで
桜花さんが死ぬようなコトがあっちゃ駄目なの。死なれたら光ちゃんの中で桜花さんが永遠になっちゃうもの。気の迷いと
はいえ私以外の人をお姉さんと呼び慕った記憶が悲しみと共に定着するの。永続しちゃうの。嫌よそれは絶対嫌。だから
守るの。桜花さんを守るの。あらゆる災厄から守って守って守り続けてあげるのよ……』
読み終えた桜花は遠い目をした。
「映画大脱走って主要人物死にまくりな癖して余韻爽やかなの何故かしら」
62:永遠の扉
14/06/15 22:07:46.65 hpolLC5f0
「逃げたいのかよ! 逃げたら殺されそうで怖いけどそっちのがハッピーじゃないかってぐらい怖がってるのかよ!!」
ある意味1人ボケツッコミ。御前の叱責で正気に戻る。
(お、お母さん(早坂真由美)といい津村さんといい、どうしてビョーキな人ばかり私の周りに寄ってくるのよ…………)
泣きたい気分だった。「お前いま私を貶しただろ!」斗貴子はがなった。あと桜花も人のコトはいえない。(鐶がなついた時
ちょっと監禁したくなった。むしろ不幸なのは鐶であろう)
『『波(マレフィックネプチューン)』、リバース=イングラム参上っ!』
少女は笑い、そして撃つ。桜花の脳内映画館、大脱走に次ぐ上映は……ミザリー。
養護施設北東・穴のある一角。
「しまった!!」
自動人形とグレイズィングの猛攻を躱しながら疾駆していた剛太。彼方に救助者たちの一団を認める。
(ここに避難していたのかよ! くそう。こんなコトになるならやっぱ職員とガキども生徒と一緒に避難させりゃ良かったんだ!)
◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■
劇終了から少し後。
「避難しない、ですか?」
防人は目を丸くしていた。職員達は頷いた。(ちなみに防人、自己紹介したものの顔も本名も晒さないせいで「どこの誰だ
か分からない」不審人物扱いを以後ずっと受け続ける)
「ヒヒヒっ、俺達まで逃げてみなァ? 敵は演劇見た観客達にまで手ぇ広げるぜェー」
(むしろお前が敵だよ)。とは右目の周りに緑色の星のペインティングをした職員Aへの剛太ツッコミ。髪はモヒカン。ナイフ
を長い舌で舐めていた。性別はもちろん女性だ。
「君たちの相手の劇団、顧客満足度の調査とかいう名目で観客達を尾行してるよ。おっと、劇団員は人間のようだよ。敵は
相当お金を掴ませたようだね。尾行のおかしさに首を傾げながらもやっている」
街の監視カメラをハッキングした。ノートPCを見せる痩せぎすの男。血色は悪く右の前髪がやけに長い。あと歯に矯正器具
をつけていた。
(いや誰だよお前。誰なんだよ)
液晶画面の中では確かに見覚えのある劇団員たちがこれまた見覚えのある観客を尾けている。
「ふぇひょひょほほ! 奴らめ! ここが蛻の空じゃったバヤイこの様子をオンシらに知らせる腹積もりのようじゃのほぉ!!
助けたくば聖サンジェルマン病院の防衛をやめ駆けつけよという積りじゃはあああああああああああ!!」
乱杭歯で側頭部に綿のような毛が辛うじてついている眼帯の老爺が杖をカッタンカッタン床に打つ。
(うるせえよ! つかなんで濃いんだよここの職員ども!! 必要なのかその格好!! 本当に必要なのか!!)
ヒグマをつれている筋骨隆々の中年もいる。「もーアイツら殺しちゃっていいんじゃないのー? キヒヒ!」とか笑っているの
は、大玉にのってジャクリングしているピエロ少女だ。(まっさきにやられるタイプだ! まっさきにやられるタイプだ!) 無銘
は剛太の袖を引き指差す。目はキラッキラだった。
(てかニンジャ小僧いたのかよ……)
全身呪符だらけのフルボディ水着とか日本刀を持ったライダースーツの女とか訳の分からない連中ひしめく事務室を無銘
は「忍法帖みたいだ! 忍法帖みたいだ! うおおー!」ひどく気に入った様子だが剛太はただゲンナリした。
「ここに私達が居れば観客さんたちにまで手出しはしないでしょう」
品のいい老婦人─養護施設の長。所長─がにこりと笑った。顔だけ見ればマトモだがどういう訳かボンテージだ。鞭を持っており、ギャグポールを
つけたスキンヘッドの男が椅子だった。
(やっすい映画の敵アジトかよ)
乾いた笑いを浮かべると腕が小突かれた。横を見る。口を押さえ目を真赤にした桜花がぷるぷる震えながら睨んでいた。
小声でやるツッコミがいちいちツボに入っているらしい。
「いや中村違うぞ。これは映画というよりむしろ漫画の」
「いいから黙れ早坂。お前のツッコミはどっかズレてる」
シュンとする剣客。顔面騎乗を助けなかったのはこの恨みあらばこそだ。
「しかしあなたたちが残るとなると相応の危険が」
「それでも街のそこかしこに散らばった観客さんたち守るよりは楽じゃなくて?」
「ぶぐふうっ!!」
桜花が盛大に吹いたのは、所長がとつぜん葉巻を咥えたからだ。黒服黒サングラスの男が慣れた様子で火をつけた辺りで
彼女の腹筋は死んだ。
「キューバ産……あれ絶対キューバ産……」
63:永遠の扉
14/06/15 22:08:15.54 hpolLC5f0
「だからなんだよ……」
くつくつ震える桜花に呆れるほかなかった。箸が転がってもおかしい年頃、という奴だろうか。
とにかく養護施設側に対する事情説明は終了済み。留まれば危険、生徒達と避難しよう……。彼らはその話を聞いた上
で残留を選んだ。「養護施設と地域社会の交流の一環たる劇を見てくれた人たちを危険に晒せない、第一自分たちだけ
助かっても、観客たちが一斉に危害を受ければすぐさま世間の知るところとなり色々生き辛くなる」と。
(風評の問題って奴か。自分たちだけ生き延びてもその為に観客達犠牲にしたら後々厄介と)
剛太としては「じゃあいま尾行されてる観客たちとっとと助けりゃいいんじゃね?」であるが、ハッカー氏は首を振った。
「いい手だがだからこそ予測してるよ敵さんは。僕なら劇団員に言うね。不審な人物がマルタイに接触したらすぐ連絡しろっ
て。恐らく満足度調査を依頼するとき言い含めたんだよ。『実は彼らを狙う奴が居る。尾行は護衛でもあるのさ』……フフ。
ある意味じゃ真実、だって自分たちがそうだからね。なのにむしろ倫理的に正しい立場と錯覚させつつ……お金貰って
人をつけるというえげつない行為さえ、守護の名の下許容できるよう仕向けたと見るべきさ」
(だからお前誰だよ)
まったく不明だが、とにかく職員達は残留決定。
「じゃあせめてガキ……いや、子供達、避難させやすい場所にまとめるべきじゃね?」
女所長は首を振った。
「さいきんあのコたちったら防災意識が低いんですのよ」
「……まあ、そりゃ子供だからな」
「ええ。ここには最新鋭のスプリンクラーが900基あるんだ、これで全焼する訳があるまいとか、消防設備がらみの資格試
験に全員合格してるから防災設備のチェックは万全だとか、非常口の前に荷物置いてないか1日6回検査してるんだ、イザ
というとき逃げ遅れる訳がないとか、週1で抜き打ちの避難訓練繰り返したお陰で地震によらない通常火災なら警報鳴って
から3分で全員外に出られるとか、人間の命は儚いんだ、不覚にも炎に呑まれ朽ち果てても笑って死ねるよう日々全力で
生きているから恐れるものなど既にない、まったく良い人生だったとか…………油断しまくってるんですのよ」
「それ油断じゃねえよ、覚悟だ。ぜってー逃げられる。子供たちぜってー逃げられるわコレ。あと意識高いからな防災の」
「でも社会は残酷よ! いつアルキルアルミニウムを撒く放火犯が現れないとも限らない!! あれは水や消火器じゃ駄目
なのよ! どっちにしろ燃える! 砂かけて収まるの待つしかないのよ! 過酸化ナトリウム……粉末のアルミ……重油……
ニトログリセリンに硝酸…………この世はヤバイ物品で溢れているのよ! 私達程度じゃ適切な初期消火をした上、深入り
はせず最寄の消防署に通報するのが精一杯!」
(完璧すぎるわっ!)
「もちろん最新鋭の耐火建築だし可燃物は一極集中していませんし通報だって自動でできるようなってますけど、世間って
ば残酷ッ!! 親が子供見捨てたせいでココ存続してるんですもの! おぞましいこれ以上の裏切りがあると子供達に教
えてあげなくれば、嗚呼っ! 施設を出た後たくましく生きていけるかどうか!!」
泣いてすがる女所長に防人はひどくヒいていた。教育をしたい、だから子供達は予備知識なしで残留…………一種狂気
を孕んだ教育方針を見かねたのか、密かに子供達を集め状況を説明した。すると。
「まあ世界ってそんなもんっしょ?」
「そーそー。腹ぁ痛めた子供ですら無関係って捨てるだべ?」
「悪の組織っぽいもんが襲撃して火ぃつけるってなら、ドンと構えますぜこっちは」
「だよだよ。お父さんもお母さんもいないからこそ堂々だよ!」
「火事が起こるまでいつも通り暮らすよ! ビビるのは悪に屈するってコトだから!」
「いや、待て。俺達はキミらを助けたいんだ。一箇所にまとまってくれてるほうが安心だし確実なんだが……」
「天意を得たいんだよボクらは」
「て、天意?」
珍しく驚愕する防人。子供達はひどく大人びた顔で語りだす。
「そうさ。天意だ。僕らは孤児だからね。無手無策の状態からこの命どれほど続くか試したい」
「覚悟自体はブラボーだが……しかし無謀すぎるんじゃないか?」
丸坊主に産毛が生えた程度の鼻の垂れた5歳児が、みそっ歯で笑いながら手を振った。
「理解(ワカ)っちゃいませんねー。理不尽な火事1つで尽きるような命運ならむしろいらないんですよ」
「親に見捨てられ親戚からも疎まれる私達が幸福になるには、なにか巨大な力が必要なんですよ」
64:永遠の扉
14/06/15 22:08:46.30 hpolLC5f0
「それはお金なんかじゃない。札束目当てで品性を捨てるような大人にはなりたくない」
「利につくものは縁を捨てる。生活の楽のため捨てられたのが僕たちとすれば、親以上の品位……得て然るべきでしょう」
「だから、天意か?」
「ええ。天意ですよ。天に生かされているという確信ッ! 感謝そして敬い! それらの品位あってこそ」
「超越した境地に至り……確固たる人間本来の幸福に辿り付ける!」
「金にも色にも権力にも惑わされない……真の幸福へと」
「それを得た時この施設は今以上の豊かさを手にし……後に続く不幸な子供達をも救うでしょう」
「天意に浴する機会を奪われてまで生きようとは思わない! 避難に適す体勢を整えよというならむしろこの身紅蓮に捧げて
くれるわぁーーー! わっはっはっーーー!」
フリフリのピンクのワンピを来たサイドポニーの少女が胸を張って笑った。
斗貴子や千歳、桜花に秋水といった常識人たちは皆悉く黙った。
なんかもういろいろブッ飛びすぎていて、黙るほかなかった。
(迷惑すぎるだろ……どいつもこいつも)
(だいたい天意どうこういうくせに防災体制整えてるのは何でだよ)
「我々のいう天意とは人として最善を尽くした上での話です。杜撰な防災体制は天意の純度を下げます」
「だったら最善尽くして逃げやすいところに全員固まれよ」
「けど呆気なくタターって逃げたら「あ、コイツら察知してたな」って見抜かれて観客さん達に矛先向かいますよ?」
「そーそー。僕らがギリギリのトコで命張ってブラボーさんたちが救助に手間取った方が」
「結果としては楽じゃないですか? 町中に散らばる観客全員助けるよりは」
「どーせ悪党どもは思い通り八つ当たりできたって知ったらさっさと帰りますよ」
「根気と粘り強さがなく、場当たり的な感情を発露してはますます袋小路に追いつめらてる人たちなんですから」
「養護施設燃えてるの見て「ブラボーたちめザマ見ろ」ってチャチな優越感得たら満足しますよ。多分」
多分で命を張られても困るのだ戦士達は。粘り強く迅速な避難体制を整えるよう説諭したが議論は平行線。
「誰か死んでも気にしないでください。天意ですから。死ぬべきものがただ死んだ。それだけ、なのですよ」
3歳の愛らしい男児が寂滅する99歳の老僧のような表情で数珠を揉み揉みいう養護施設はかなりキていた。
「いいんスかブラボー。連中に好き勝手やらすと後々不利になりますよ」
防人は嘆息した。
「仕方ない。防衛任務にはよくあるコトだ。常に理想通りやれるとは限らない。守るべき人たちの事情を汲まなければなら
ないコトも当然ある」
絶対安静の病人、千歳にも運べぬガタイの元気な認知症患者……。そういった人たちが護衛対象に含まれる場合、セオ
リーを無視した防御体制で敵を迎え撃つ必要が出てくる……防人はそう述べた。
「住んでいる場所から離れたくない、なるべく壊さずに済ませて欲しい。そういう依頼に比べられば幾分楽だ。ココの人たちは
火災保険が降りるから燃えてもいい、建て直すつもりだったし別にいいと割り切っているし」
「……それでも十分厄介スね」
襲撃されると分かっていながら平生どおり過ごすと言い張るのだ。肝が座っているというか危機感ゼロというか。
「あとは養護施設見学に来てる人たちにも事情を……」
「あ、それ私がやります! お姉ちゃん達に伝えます!」
洟を垂らした5歳ぐらいの女のコが無邪気に手を挙げた。皮肉にもそれがリバース激昂の、ひいては爆破火災の遠因なの
だから難儀な話である。
◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■
とにかく剛太の行く手に50m先に仮の避難所がある。凸型の避難所の北壁に沿って走っていたら遭遇した。
きょうび打ち切り漫画にもいないだろうという雑魚くさい幹部風の職員達と、悟るあまり一種の宗教めいた恐ろしさを孕む
子供達とがあちこち焦げたボロを着て佇んでいる。
(どうする!? この距離だ! 幹部も人形も気付いている! 今から俺が引き返しても得たりとばかり襲うだろう!)
救いなのは鐶が護衛に回っていたコトだ。向こうも気付いたようでダガー片手に構えている。
(どうせタイマンじゃねェんだ。アイツと合流して防衛! あとは職員にケータイ渡して)
救出組全員に近づかないよう呼びかけよう……そう思った瞬間である。
65:永遠の扉
14/06/15 22:09:33.65 hpolLC5f0
自動人形の群れが剛太を追い抜いた。どうやら狙いを変えたらしい。我先にと避難場所へ走っていく。
あー。呆れる剛太は予見した。鐶が居るのだ。剛太でさえ対グレイズィングの片手間に倒せる自動人形どもの未来は暗い。
実際いちはやく現着した3体構成の先遣隊がニワトリ少女の蹴り1発で粉々になった。
「隙ありですわ!」
剛太の背後で爆発音。振ってくる砂利と視界の脇を抜き去る残影に彼は慄くより早く踵のギアの回転数を上げた。
(グレイズィングまで抜きやがった! てか加速できるっつーコトは今までのお遊びかよ!)
精神が焼きつくほど全速力で─モーターギアの加速は武装錬金ゆえ、体力より精神を削る─疾駆していた剛太の
限界を超えた加速はしかしまったく追いつかない。グレイズィングは舞うような優雅な仕草で鐶の前で立ち止まる。
(アイツは強いが相性悪い!)
瀕死時限定の自動回復能力を有する鐶ではあるが、それも短剣への年齢蓄積あらばこそだ。精神力ひとつで好きなタ
イミングに回復できるグレイズィングとは似ているようでかなり違う。後者は回復魔法の使い手だ。レベル相応にたっぷり
あるMPと引き換えにHPを癒す。前者は格ゲーの固有技でライフゲージを充填する。攻撃を当てねば溜まらない必殺技
ゲージを使うのだ。消費量は「12」だがそれは年齢でつまり干支一周分という、パラメータに設定するにはあまりに長すぎ
る単位だから、収集には一苦労。要するに宿屋に泊まれば全開するグレイズィングのMPと違い、雑魚狩り必須の溜め辛い
ゲージなのだ。鐶の回復の源泉は。
(ええい。考えても仕方ない! とりあえず鐶を補佐しつつ職員達の安全も確保! 自動人形は幹部の衛生兵含め警戒!)
腹を括る剛太。鐶は拳を繰り出す。グレイズィングはそれを滑らかな手つきで捌き─…
振り返るや自動人形を殴りぬいた。
「くォらぁお馬鹿さんたちィ! ワタクシの患者に手ぇ出そうなんざ許せませんわ!!!」
誘蛾灯に群がる羽虫のごとく押し寄せる人形達に銀の断線が驟雨の如く降り注いだ。
ピッ。手を止めるグレイズィングの手にメスが握られているのを剛太は確かに目撃した。
と同時に20体ほどの─何割か建物から出てきたようだ─人形が五体バラバラになって地面に落ちた。
「……どういうコトだ? 仲間の武装錬金じゃねえのかよ」
だいたい爆破炎上の際、人命云々など無関心という顔をしていたではないか。何故助けるのだろう。ワタクシの患者と
いうのも不可解だ。
「クス。総角はどうやらワタクシから複製したハズオブラブで皆さん治しているようねん」
メスを立て、艶かしく舐め上げるグレイズィング。
「けど治し方……雑すぎよん。軽度の一酸化炭素中毒は見逃している。皮膚の治癒も甘い。気管支に煤と共に入った発ガン
性物質の除去もしていない。今だけ助かればいいや的な杜撰な処置……本業としては見逃せなくてよ」
クルリとメスを回し胸元にしまう幹部はフードからわずかに見える白衣と相まって明らかに女医だった。
「あと誰とは言いませんがガン患者の方3名いましてよ。うち1人は数ヵ月後異変を察知し病院へいくも末期といわれ死ぬ
ほかないレベル。脳卒中予備軍は7名。動脈硬化は50代以上の職員全員。若いながらに糖尿病になりかけの方は2名
……甘いもの控えて運動なさい若いんだから。あとは軽い消化不良にちょっと痛い程度の虫歯、アトピーに薄毛その他
もろもろの細かい不調…………総てとりあえず治療済みよん」
(んなアホな! 衛生兵の影さえ見えなかったぞ!?)
傍に居た鐶も首を振った。まったく気付かなかったらしい。
職員と子供たちから「そういえば楽になった!」「四十肩が治った!」「視力回復!」「ニキビ完治!」と声が上がる。
(アイツ……自動人形を倒しながら出した衛生兵で診察と治療……一瞬で終わらせたってのかよ。40人は超えてる患者達相手に)
恐るべき回復能力だった。
「ワタクシ傷ついてる人たち見ますとつい治したくなっちゃうんですの。昔戦団のお馬鹿さんたちに大事な大事なクランケ皆殺し
にされちゃいましたから、『救えそう』って思うと治すのガマンできないんですわ」
「…………」
「フフ。大丈夫でしてよ。ちゃあんと完治してますわ。おかしなウィルスや病気の元なんて仕込んでませんわ。インフォームド
コンセント。殺したり拷問したり命弄んだりする場合は、予めその旨説明しますもの……」
どこからかとりだしたティーカップを啜るグレイズィング。ひどい余裕だ。直近の鐶でさえ手出しが躊躇われるようで愕然と
している。
66:永遠の扉
14/06/15 22:11:20.41 hpolLC5f0
.
「しかし……そろそろ潮時かも知れませんね。何しろクライマックスの自動人形…………」
「うぜえーーーーーんだよクライマックス!! 津村に武器与えるせいで分解できねえじゃねえか!!」
『本当邪魔! 桜花さんへの射撃が通らない!! 身動きできなくして1つになりたいのにぃ!』
「にひひ。いけませんねえ。秋っちという花形が戦う時ゃあ斬られ役は倒れるもんでさ。……いけませんねえ」
大量の自動人形により混線模様の各戦場。苛立っているのは戦士よりもむしろ幹部達だ。
「甘い? 酸っぱい? それとも苦い? 直感を信じて行くのですこの上なく!!」
屋根の上で仲間の迷惑も顧みずに歌うクライマックス。
彼女は気付かない。
火災によって開いた穴から……大別すれば左右と後ろの穴から。
無銘。防人。貴信。救助が進み残る根来たちに後を託しても大丈夫と踏んだ男たちが。
攻撃の機会を窺っているコトを。
「地下壕の生徒達と合流する?」
総角の申し出に千歳は驚いていた。理由を聞くと彼は頷いた。
「聖サンジェルマン病院に何らかの爆発が迫りつつあるのは知っているな?」
「ええ」
「貴信はどうやら覚えがあるようだ。記憶が不明瞭というコトは7年前に関わるコトだろう」
「確か彼、ホムンクルスになった直後、何らかの攻撃を受けて当時の記憶があやふや……だったわね」
「ああ。7年前絡みとなれば月の幹部の仕業だ。ディプレスと組んでいるのをこの目で見た。すぐ逃げられたが……」
それが一体地下壕の生徒達と如何なる関係があるのだろう。
「フ。回りくどくて済まないな。ディプレスと組む以上おそらく後衛……それも超長距離攻撃が得意なタイプだ。加えてパピヨン
殿相手に『もう1つの調整体』を奪わんとする以上、『1つ所に留まった状態で遠方の物体を奪える能力』を持っていると見て
いい。現に7年前ニアミスしたとき奴は自分と相方のDNA情報を有するもの総て回収した」
「あなたに武装錬金を複製されないために、ね」
会話する間にも自動人形は襲ってくる。もっとも総角の敵ではない。要救助者1人発見。千歳は避難場所へ瞬間移動。
グレイズィングの姿に戦慄したが剛太の飛び蹴りを躱わした彼女、自動人形の腕を振り回しながら追いかけていった。
再び総角の元へ。彼の話を要約するとこうだった。
「つまり……『せっかく遠くの物を奪える瞬間移動能力を持っているのに、どうして聖サンジェルマン病院めがけジワジワと
爆発を起こしているのか?』あなたの疑問はそれなのね?」
「フ。そうだ。いろいろ制限があるのかも知れないが、あのパピヨン殿を相手にするほど自信に溢れている幹部がだ、なぜ
マレフィックアースの器候補が居ると『俺達が思うであろう』病院めがけ侵攻する気配を見せる? 自信家というのは芸術的
で鮮やかすぎる圧倒的勝利を求めるものだ。能力の見せ場へつまらぬ横槍入れられるコトは好まない」
「……。考えてみればそうね。私なら作戦決行までに段取りを整える。目的地に直行できるよう、そこに必ずいる人物を予め
直接見て瞬間移動できるよう準備する」
「フ。流石だ。そう。特性が使えるよう知恵を巡らせるものなんだ」
「貴方が皆神市で私と戦士・根来の血液を密かに回収したようにね」
懐かしいな、いやあの時は悪かった。総角は微苦笑した。なお運命とは皮肉なもので、あのとき千歳たちに流血をもたらした
久世夜襲なるホムンクルス、実はいま話題に上っている幹部ことデッド=クラスターのクローンなのである。
「とにかく使い辛い特性の持ち主ほど下拵えは入念にする。攻勢に転じた瞬間勝てるよう……入念にな」
「なのにこれ見よがしに爆発を繰り返しているのは……」
推測になるが。音楽隊のリーダーはそう前置きしてこう述べた。
「敵はもしかすると、攻撃開始時点で所在が不確定だった『何か』を探しているんじゃないのか?」
67:永遠の扉
14/06/15 22:12:17.84 hpolLC5f0
「そしてその『何か』が……」
総角の最初の話に繋がる。すなわち、地下壕を避難している生徒達へと。
「フ。敵の本当の狙いは病院ではなく、あのお嬢さん(ヴィクトリア)たちの誰かかも知れないな」
俄かには信じがたい話だが……千歳は考える。劇で武装錬金を発動したまひろたちを守るため聖サンジェルマン病院
が使われるのは当然予想されているだろう。何しろ戦団お抱えの施設なのだ。それぐらい知られているに決まっている。
加えて敵は瞬間移動に準ずる能力を持っている。禁止能力が解けた防人や毒島曰く、数日前から幹部達は既にこの街
にいたという。
(つまり準備期間はあった。にも関わらず予見しうる場所への瞬間移動能力の条件は満たしていない……)
戦士の巣窟でいわば敵地、深く侵入するのは色々リスクがあるだろう。だが……。
つい今しがた目撃したからこそ『彼女』の言葉が蘇る。
─「同じ医療関係者として敬意を以て把握してますけど、性……もとい聖サンジェルマン病院に詰めているお医者さんた
─ちは前述のとおり医療関係者ゆえ屈強な方揃い」
─「院長と事務局長とナース長の戦闘力はいずれも戦士長クラス」
─「戦部には及びませんが20位以上の記録保持者(レコードホルダー)だって7名はいる」
─「有事の際は研究用の核鉄6個を定められた戦士に貸与し核鉄持ち以外が補佐するシステムだって整備されている……」
(グレイズィングは病院の内情を把握していた。把握できるというコトは内部に干渉する何らかの手段がある。なら瞬間移動
能力を発動しやすくする段取りだって組めた筈)
にも関わらず徐々に爆発を迫らせるという、非常に悟られやすい手段を取っている。秋水が病院の危機を察知したのは
爆発より先だが、仮に彼が気付かなかったとしても、(爆発に)縁深い貴信や総角があの場に居たのだ。過去遭遇していた
となれば貴信の記憶喪失は前向きに捉えず、むしろ総て覚えられていると警戒し、ますますローラー作戦など忌避するので
はないか……千歳はそう推理した。
「分かりました。貴方は地下壕の方へ。念のため小札零も送るわ」
総角が瞬間移動してきたのを見るとヴィクトリアは露骨に嫌そうな顔をした。
「何よ。楯山千歳とロバ型が一緒に飛んできたと思ったらアナタまで。ここ大丈夫じゃなかったの?」
「フ。いろいろあるのさ。話せば長くなるが─…」
爆発音が響いた。地下ゆえどこまでも跳ね返る音に生徒達が顔をしかめた瞬間、それは来た。
『ああもう!! 一手遅かったか!!!』
爆発のあった場所に……渦があった。半径およそ30cm。
シアン色に光り輝き反時計回りするそれを見た生徒たちが何人か叫んだ。
「目だ!」
「疵のある目が……浮かんでいる!!」
強膜……つまり白目に”Z”が刻まれた目が一座をグルリと見回すと怒りに燃えた。
『だあもう!! ウチ結構苦労したんやで!! 数ヶ月前から結構な投資して始めた新事業! 本来媒介にならへんモノを
無理くりやって媒介にして、ほんでようやく今日その成果が実る思たのにこれかい!!』
(フ。やはりこちらが目当てだったか)
(一見乱雑なローラー作戦は所在不明のココをば突き止めるための手段)
『ホンマもう大概にせーよ!! 総角おったら十分使えへんやんかウチの能力!』
か
『『彼方離る月支(マレフィックムーン)』……デッド=クラスターの商売道具!』
関西弁だ。しかも女のコだ。ぜったい可愛いタイプだぜ。目の疵萌え~。そんな生徒の声を彼女は蹴散らした。
68:永遠の扉
14/06/15 22:12:48.27 hpolLC5f0
『うっさいわボケ殺すぞお前ら!! か、可愛ないわウチなんか! 実物みたらドン引きやぞドン引き!! 乳ないしな!
あと萌え萌え萌え萌えきしょいわ!!! ま、まあ褒めた奴はいてこますのやめたるけどな! 一度だけやぞ調子のんな
クルァ!!!』
最後はやや嬉しそうだった。
「可愛い」「可愛いな」「やっぱ関西弁は強いよ」「しかも強気で貧乳。いいね~」
「も、もー。うっさいゆうとるやろ……///」
満更でもなさそうだった。
「フ。俺の記憶が確かなら……7年前は遠巻きに絶叫や話し声を聞いた程度だったかな。直に会話を聞くのは恐らくコレが
初めて。成程。確かに可愛い声ではある。……フ」
(……うぅ)。小札はちょっとションボリした。他の女性が褒められると妙に傷つくタチなのだ。
一方お褒めの言葉を賜ったデッドの口調は大変乱れた。
「ややややかましいぞコラぼけ! ちょ、ちょっと盟主様に似とるからって調子こいてイケボかますなカス!! お前なんか
全然似とらんからな!! ウチ愛しの盟主さまのが遥かにナイスミドルやからな!! つかネコ型来とらへんな!? おら
んよな!!? 渦で見えへんトコにおったら殺すからな!! ほほほほ本当全力で殺すよって覚悟せえや!! しゃー!」
「? ああ成程。フ。香美に7年前ひどく痛めつけられたのがトラウマなのかお前」
「つまりネコ嫌いになられたと……」
小札が会話に加わると渦が露骨にビクリと揺れた。
「ぼぼぼぼぼぼボケナス!! ちゃうわ! ネコなんか全然こわないわ!! 余裕や余裕! あんなちまっこい生き物な
んぞ500匹は飼っとるわ!! ウチもうめっちゃネコ屋敷ですわ!! 1歩歩くだけでネコ踏んじゃった歌えますわ!!」
「お。香美。遅れてきたか渦の後ろへ」
「フみゃ亜ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
渦がびょんと前方に飛んだ。器用にもグルリと振り返った渦がもう一度振り返り、総角を睨む。
「お! おらへんやんかネコ型!! ビビらせんなボケ! ひとでなし!! ウチめっちゃネコ怖いんやぞ飼えるかボケぇ!!」
渦の瞳は泣いていた。
「強気だけどネコ怖いんだ」
「ポイント高いね」
「だ!! 黙れやボケ!! いまの怖いは饅頭怖いの怖いや!! もっとこうドンと来いっちゅうギャー。あかんあかんキティ
ちゃんのアクセ渦に近づけるの本当やめて怖いです怖いですごめんなさいウチ強がってましたネコ怖いですだから離して
堪忍して堪忍して本当堪忍して……」
生徒Aはアクセごと渦から離れた。ホッとしたデッドは傲然と叫ぶ。
「ククク愚民どもめ!! ウチはお前達に危害加えにきた悪魔の使者やぞ!! 覚悟せーやコラッ!!」
「ネコ使えば大丈夫じゃないですか!!?」
「ネ、ネコは禁止や!! つつつつこたらそっちソッコーで行っておおおお前ら殺すからな!!」
「渦越しのキティちゃんさえダメだったのに直接来れるの?」
「そ、そこはお前あれやわ。賭けるしかあらへんやんか。ネコがこっちグワー来る前に生徒ボグリって殴り殺せる僅かな可能
性にかけるほかあらへん。来る前なんかもうアレやで? 水さかずき。クイって呑んでオチョコがしゃんって割るわ。割るわー」
(すごいようなすごくないような覚悟だ……)
よっぽどネコが怖いらしい。
「フ。で、お前は一体何を目当てにやってきた?」
「やっと話進めたか総角! そーいやお前ウチの先輩やったな! マレフィックムーン! んーまあ盟主様よりはイケメン
度下がるけど同じ細胞つことるよしみや。顔はまあまあって言うたるわ! 感謝せーよ!!」
総角は薄く笑った。
「貴信はいまもお前を救おうとしているようだぞ。ディプレス相手にそう言っていた」
「……」
急にデッドの口数が少なくなった。いろいろ思うところがあるらしい。
総角は一歩踏み出した。
「さて。小札よ。お前は無銘たちに好かれている。戦士達との関係もそれなりに良好……。問題はないといえる」
「……はい」
ヴィクトリアは首を傾げた。何か神妙な気配が感じられたのだ。
「フ。デッドよ。先ほど今日のために色々備えたと言っていたな。つまりお前は用意周到」
金髪の美丈夫の姿が消えた。
……。
ヴィクトリアが振り返ったのは、そこで2つの物音がしたからだ。
1つは総角の声。手にヘルメスドライブ。瞬間移動したようだ。
「無駄に思えるお喋りは……コレのため、だろ?」
もう1つは…………黒い帯がうねる音だった。
69:スターダスト ◆C.B5VSJlKU
14/06/15 22:13:29.48 hpolLC5f0
(何よコレ)
避難壕のレンガ造りの壁が安っぽい書き割りのドアのごとく開いていた。覗いているのは果てしの無い虚無だ。
帯はそこから伸びていた。凄まじい速度だった。もし総角が突き飛ばさなければ間違いなく自分が呑まれていただろうと
ヴィクトリアに確信させるほど凄まじい勢いだった。
「!! ちょっとアナタ! 私に恩を着せる気!?」
「フ。違うさ。敵の狙いは恐らく……お嬢さん。お前だ」
「な……」
劇の妨害者については聞いている。
「マレフィックアースとかいう存在の器を探しているんでしょ!? でもそれは劇で武装錬金を発動した武藤まひろたちじゃ─…」
「フ。どうもレティクルの事情は込み入っているようだ。なぜお前を狙ったか分からないが」
「お嬢さんが器の可能性も僅かにある。フ。そう心得た方がいいのかもな」
総角が緩やかに虚無めがけ吸い込まれていく。
ヴィクトリアは少し焦れたように小札を見る。助けないのと大声で言えない辺り微妙な関係性が滲み出ている。もっとも
何もせず見捨てないあたり破綻していないのも確かだ。
「……フ。心配するな。天の配剤だ。俺は俺の役目を……果たしに行く…………だけだ」
声が遠ざかる。レンガ造りを貼り付けた奇妙な扉も閉じていく。
そしてそれが閉じた時からしばらく……総角主税は舞台を去る。
(ドアの隙間から見えた。カード。カードだったわ。何かの……カード)
総角は持っていた。扇形にそろえた何かのカードを……。
駆け出しそうになっていた小札がそれを見た瞬間、太ももの前で拳を握っていたのが印象的だ。
ヴィクトリアは記憶を辿る。チラリと見えた『3枚のカード』の図案を懸命に思い出す。
(そうだわ。アレは……)
(メイドカフェ常連のやる夫社長。彼が劇のとき総角主税に渡していたカード)
1枚目が顔だったと思い出す。
(……メガネで、金髪で、先が虹色の…………そう、確か、話を聞いたわ、確か……)
(名称は……法衣の……)
たどり着きかけた真実をシャットダウンするのは地響き、だった。
『ウィルのアホめ。しくじったな! 総角を呑んだ今、時空の扉は迂闊に開けへん! こっからは強引な手段! 巻き添え
喰らうの嫌やからウチは逃げる!!』
渦が消えた。
地響きは一層強くなる。
「これは─…」
ヴィクトリアはそして……見た。
以上ここまで。
恐らく第二章まで総角フェードアウト。
70:ふら~り
14/06/17 21:23:14.10 uxRsWicp0
>>スターダストさん
斗貴子の脚は、細すぎて色気に欠けてませんか広報部の皆さん。むしろ、だからか? そんな
斗貴子への、毎度の操立てっぷりがいじらしい剛太。毎度斗貴子には伝わってないし。青っちや
グレイズィングは特性以外の強さも充分見せ付けて、結局今回はほぼ押されっぱなしでしたね。
71:永遠の扉
14/06/18 20:55:22.04 mrqJoZqv0
.
ディプレス=シンカヒアは『小者』である。
レティクルエレメンツという反社会勢力……平たくいえば『悪の組織』にいる以上、弱きを助け強きを挫く品行方正、慈悲
溢れる存在でないコトは明白すぎるほど明白だが、そんな常識を差し引いてなお、どうしようもないほどに、小者である。
自ら何も変えようとしない。そのくせ世界を見るコトはやめない。動いている人間を嘲笑混じりに眺めている。対象がしく
じればそれ見たコトかと手を叩き、成功されれば嫉み破滅を願う。政府の決定で生活が苦しくなれば不服を抱き政治家を
罵倒するが選挙にはいかない。不祥事を起こした芸能人がフラッシュの中で涙ぐみ、頭を下げる様が大好きだ。テレビで
ネット上の面白動画が紹介されると無性に腹が立つ。幼い子供を殺した犯人の、勝手極まる動機に憤然たる声をあげる身
綺麗なアナウンサーや芸能人が、「さて次は」と無難な顔に戻る瞬間いつも自分だけが彼らの欺瞞に気付いていると確信
しほくそ笑む。
ブログの炎上には加担しない。続伸するコメント欄そのものに代弁を感じ溜飲を下げてはいるが、しかし用益を供してく
れている筈の発言者たちを愚かだと見下している。何人か過激な脅迫で逮捕されるとただ一言。「馬鹿乙w」。ただしその馬
鹿の発言記録自体はあらゆる手段で残しており、時々思い出してはニヤニヤと眺めている。
握りこぶしの、親指と人差し指がある方の側面を、口から5cmほどの距離に置き、咳き込む輩を見ると無性に腹が立つ。
菌と唾液の飛散が止められる訳が無い、よって不合理、掌か服で押さえろ……そう思っている。映画館でアニメ映画を見て
いるとき背もたれを蹴った後ろの幼児は、何度舌打ちしてもやめさせなかった母親ともども上演終了後すぐ始末した。ギャン
ブルはしない。不当に儲けている連中を襲えば利得がそっくりそのまま転がり込むからだ。風俗にはいかない。いつも眠く
気だるいからだ。アジト近くにある、小じんまりとした街の、古びた個人商店で買い物をすると郷愁をかきたてられ、何度も通い、
地域振興とばかり高額商品を購入するが、店員の言動に立腹すると二度と行かない。
左足首から先が義足で、いつもびっこを引いてはいるが、善意の席には座らない。普通席に座っていても杖つくお年寄りく
ればすぐ譲る。24缶入りの段ボールなど、主婦が重い物を運び苦しんでいるときは手伝いを申し出る。そして持ち逃げする
……コトを恐れる。自分の中にある悪意が不意に弾けて、欲しくもない荷物を奪って逃げるんじゃないかと想像し、ただ怯
える。何事もなく、指示された場所に運びきり、労力からすればごく僅かの、奪う選択をした場合の成果から見ればスズメの
涙ほどの、缶ジュースや飴玉といった報酬を貰ったときただ心からホッとする。
禁煙席で喫煙したものは必ず殺す。映画館でネタバレを連れに囁いたリピーターは殺す。
ティッシュ配りの少女が輝くような笑顔を浮かべていると、つい受け取り、大事に保管する。
女性は処女でない方が楽だと実感しており、よっていわゆる処女厨ではないが、クライマックスに薦められたエロゲーで、
散々と主人公以外の男に股を開いていた女が、攻略後処女でないコトを恥じ、赤い顔で泣きながら詫びるシーンにはグッ
とくる。褐色で筋肉質な巨女が大好き。感動のアンビリーバボーで、泣く。しかし月9は大嫌い。
そんな小者である。ディプレスは。
咎や悲劇を育むのはいつだって小者である。膨れ上がった悪意を手近な武力と化合させたとき刑法という琴線が打ち
震える。拳……鉄パイプ……銃…………そして神火飛鴉の武装錬金・スピリットレス。”いくじなし”という俗称を持つこの
武装錬金は本来、戦士8名を相手にしてなお殲滅できるほどの火力がある。触れた物を分解できるのだ。映画席を蹴る
襟足の長い子供だろうと拳で咳を受ける50代前半の家電メーカーの太陽電池推進特別セクションチーフだろうと塵にで
きるしそうしてきた。物証は残らない。60兆の細胞総て、そこにある二重螺旋の情報ごと雑多なタンパク質以下の粒子に
して風に流す。死後24時間であれば蘇生可能なグレイズィングでさえ蘇生不可能な─彼女の存在あらばこその徹底
とも言えるが─無敵極まる能力だ。真向戦い敗れるものは数少ない。
朋輩たるマレフィックたちでさえ条件次第で葬れる。
(なのにどうして!!)
津村斗貴子は生きている!?
叫びだしたい気分でディプレスは戦場を見る。相手はたった1人の戦士だ。武装錬金も『高速精密機動』、笑ってしまう
ほど脆く弱い特性だ。
72:永遠の扉
14/06/18 20:56:17.72 mrqJoZqv0
(にも関わらずどうして分解できねえ!?)
冗談のような光景だった。斗貴子は希代の策謀をめぐらせている訳ではない。覚醒し新た且つ強力なバルキリースカートを
発現した訳でもない。ただ─… 『投げている』。無限に湧出する自動人形を黒い神火飛鴉めがけ投げつけているだけだ。
たったそれだけ。処刑鎌を周囲に伸ばし、刺し、投げる。単純極まる三連動作を繰り返しているだけだ。
(なのに俺の神火飛鴉が無力化されている!!? 馬鹿な!! クライマックスの自動人形程度、貫通できるのは検証済み!
さっきシルバースキンの裏返し分解したとき中のリバースを無事に解放できたのは、貫通できなかったのは、相手が戦団最硬
の武装錬金だからこそだ! 言い換えれば銀肌並みの硬度と修復能力を持たない武装錬金なら絶対貫通できる! 機動力
皆無だからこそ頑丈極まるデッドのムーンライトインセクト(月光蟲)、グレイズィングでさえ破壊にゃ手間取るクラスター爆弾
さえ一瞬で解体し貫く! しかも今相手している自動人形は、創造者がヌヌの能力使った余波で全パラメータ普段の40%
程度まで弱体化した奴! おかしいだろ! 普通に考えりゃとっくに貫通し、向こうの津村の顔面ブチ抜いてる筈なのに!)
現状は違う。万全でも分解し『貫ける』人形が盾になるという不可解な状況が続いている。
リバースを見る。同じフィールドで桜花をまったく寄せ付けていない仲間を。
ブレイクを想う。秋水が姉の救援に来ないのだ、ほぼ完封しているだろう。
グレイズィングを考える。先ほど建物が揺れたのだ、剛太程度に遅れを取る訳がない。
クライマックスは相変わらず自動人形を産生し続けている。救援組と交戦しても凌ぐのは明らか。
ディプレスだけが。
碌に相手(斗貴子)を圧倒できていない。
鳴り物入りで現れた幹部たちの中で唯一敵対者を圧倒できていない現状は……
『憂鬱』だった。
(そーいや兄弟と初めてあった7年前、デッドのヤローにハメ喰らって色々難儀してたっけなあ!! クソ! 今度はクライ
マックスの武装錬金に邪魔されて鬱抱えるのかよ!! なんだよコレ! 味方運なさすぎだろ俺!!)
嘆いてみるがそれは事実究明に繋がらない。繰り返すが、本来スピリットレスの前では、冥王星の自動人形など紙切れ
1枚程度の防御力しかない。原則だけ述べるなら邪魔されようが利用されようが影響ない筈なのだ。
(それが何故いま……まさかヌヌか。ヌヌが何か妨害してんのか? いや─…)
内心で首を振る。彼女を封じ込めたウィルという少年曰く武装錬金が全壊状態、戦士を直接支援するのは不可能という。
(だとすると)
斗貴子に原因があるとしか思えない。
「クソ補正かッ!? 立ち直りましたってェ輩のお披露目の為だけに理屈も特性も力量差も格も位置づけも何もかもガン無
視され小者くせえ敵蹂躙されるってオチになるお決まりのアレか!!? 『仲間のお陰で辛かった時をくぐり抜けて精神
治ってパワーもアップ!』……そんな胡散臭ぇ開運グッズの広告みたいな補正、反吐が出らぁ!!!」
神火飛鴉に変化が見られた。無数のそれが、斗貴子の投げた人形の前で急旋回と乱高下をし……『避けた』。
「現実は違うしクソ苦ぇんだよ!! 辛ぇ時期乗り越えさえすりゃ力が上がる!? 馬鹿ぬかせ!! 残んのは虚無だ!
疲弊だ!! 中年以上のリーマンどもが生活に疲れたカオしてんのはそのせいなんだよ!! ゲームじゃねえんだ!!
地獄のような日々(てき)ブッ倒したら経験値入ってきてテレレテッテッテーで体力精神力全快で上限アップなんてコトねー
んだよ!! 『憂鬱』ってなあ怪我だ! 病気だ!! 治ってようやくプラマイゼロ、筋力や体力ぁ従前、パワーアップなんざ
ねーんだよ!!」
顔を歪め身をよじる斗貴子。その頬を神火飛鴉が掠めた。迫りくる後続部隊。彼女は犠牲を覚悟した。すなわち棒高跳び
のように全身を上昇させるため地に刺さり、しんがりを務めたとある一本の鎌の生存を……捨てた。無数の神火飛鴉たちが
突撃し、喰らい尽くし、何もなくなってもなお怒涛の如くうねうねと通り過ぎていく。黒く獰悪な稚魚のようなおぞましさがあった。
73:永遠の扉
14/06/18 20:56:48.59 mrqJoZqv0
そして鎌は……可動肢によって斗貴子と繋がっている。彼女は見た。円を組み回遊し始める稚魚たちを。半径およそ6mは
下らない。地上に現れたトビウオたちの周遊コースは可動肢の浮かぶ立体点と容赦なく重複していた。
円は斗貴子を中心に展開していない。彼女が居るのは時計でいう「10時」方向だ。12時から8時までの広角240度はもはや
もはや荒れ狂う死の旋盤領域だった。運悪く近づいてくる自動人形あらば一瞬で粉砕される。残る9時から11時の狭い範囲は
それ以上の地獄だった。10m先に動くものがあれば人形だろうとたまたま降り立ったスズメだろうとリバースの空気弾であろうと
容赦なく引き裂き塵に返した。
『斗貴子さんの落下地点を絞るためね。自動人形が近づけばそのぶん足場が増えて特定困難になる。攻防兼ね備えた投擲
をもされかねない』
桜花は動きを止めている。リバースの銃弾が撃墜されるという天恵あらばこその選択だ。もっとも敵の方は「動けば分解必至」
という状況で、平然とトリガーを引き、文字を量産している。神火飛鴉どれほどツブされるか算出済みらしく、土文字は一切の
誤字脱字なしである。アホ気が揺れた。神火飛鴉が9発殺到してきたがみょろみょろ複雑に揺れて全回避。慣れているよう
だった。
その間にも斗貴子を支える武装錬金は細くなっていく。
「ヒャハハハ!! どうだ!! ご自慢のバルキリースカートがゴリゴリゴリゴリ削られていく感覚はよォーーーー!! 一撃
で粉砕できねえのは不思議だが、そのままじっとしてりゃ炎天下の氷柱の様にズドロンズドロン細くなってって2分もせぬうち
棒倒しだ!! 周遊コースからオイラちゃんの武器をチョイと巻きあげりゃ宙に浮くテメェを狙い撃つなんざ訳もねえーが!
コケにされたんだ! ひと思いにゃあ殺さねェ!!」
『あららディプちゃん。それって由緒正しい負けフラグよー?』
ゴチャゴチャいわずさっさと仕留めればいい、喋っていいコトなんか1つもない……。そうタイプし困ったように微笑むリバース
だが加勢する気配はない。
「震えろ!! 後悔しろ!! マレフィックマーズを舐めやがったコトを懺悔してくたばれ!!」
つくづくディプレスは小者だった。言葉のチョイスがどうしようもなく平凡だった。
なのに絶対優勢を確信した顔付きで斗貴子を見上げ唾液を散らす。
「さあさあさあ! ジワジワ恐怖を味わってションベン漏らすか! それとも意を決して、いま絶賛かじられ中の可動肢を切
断、独り立ちしたそれブッ叩いて神火飛鴉どもの輪の遥か外めがけ飛び……オイラの自動防御込みの体当たりを浴びる
か!! 好きな死に方どちらか選べ!!」
(……絵に描いたような小者ぶりね)
桜花は噴き出すのを通り越してただ呆れた。勝手に斗貴子へ激高して武装錬金を使い、それが通じないとなると独りよがり
な攻撃を仕掛け意のままに操ろうとしている。彼はここまで火力で勝りながらさんざ翻弄され主導権を握れなかった。冷静に
考えれば分かるだろう。「ちょっと攻撃を変えた程度で盤は覆らない」……と。にも関わらず陳腐な自尊心と支配欲に目が
眩み……状況を見誤っている。
(相手は津村さんなのよ。一時期揺らいでいたけど立ち直った)
ディプレス曰く「パワーアップなどねえ。プラマイゼロに戻るだけだ」というが、合ってようがいまいが関係ないのだ。
(武藤クンが月に消える以前の津村さんでも…………十分強い。そのうえ生きる意志が備わったなら)
格が違う。
理解しながら桜花は……笑う。ディプレス=シンカヒアの『最善手』を潰すべく策動する。
「津村さんにご執心のようだけど、どうせまた私を狙うんでしょ?」
やや冷やりとした口調にディプレスの顔がメリメリ歪むのが見えた。図星ではないが、だからこそ一層自尊心を傷つけられた
模様。
「あらあら外しちゃったからかしら? でも今から私を狙うと恥ずかしいわよね。リバースさん……仲間が傍にいるんだもん。
私は多分殺せるでしょうけど、後で『唯一相手を圧倒できなかったマレフィックマーズが、一番弱い早坂桜花に目論み暴か
れて逆上して殺した』……惨めな横紙破りでやっと勝ち星1になったって……仲間たちから言われ続けるんじゃないかしら」
「ぷっ」
74:永遠の扉
14/06/18 20:57:19.18 mrqJoZqv0
笑顔の少女が顔を背け噴き出した。天使のような声だがだからこそ火星の顔面に浮かぶ無数の血管が太くなる。海王星
は拳で口を押さえていた。嫌いな咳の防ぎ方で押さえていた。小者の耐えがたきを加速させたのはそれだった。
「(煽り耐性ゼロね)。あと私を狙った隙に津村さんが何をするか分からないわよ? 津村さんは勝利のためなら仲間なんか
平気に囮にしちゃうんだから。私に何かするのは結構だけど、津村さんの動向にはお気をつけて」
「てめえ……」
「あら? でも津村さん1人”さえ”持て余していたディプレスさんが、2人”も”相手にして適切な判断ができるのかしら?」
黒々とした笑みを向ける。ハシビロコウの殺気が爆発的に膨れ上がる。それを認めると、今度は困ったような、具体的に
いえば駄目人間を生温かく見守るようなスマイルを頬に算出。
「感情に任せて私を、お仲間さんの獲物を横取りした挙句、本命の、どうしても雪辱を果たしたい津村さんに隙つかれて負
けて死んだら洒落にならないでしょうね。生還した他のマレフィックたちに『ディプレスとは何だったのか』とずっと小馬鹿にさ
れる……」
理性がプッツン切れた輩がどれほど予想を飛び越えるか桜花は十分理解している。ディプレスが理も何もかもかなぐり
捨てて標的を変えるコトも十分織り込み済みだ。
(その場合、津村さんが私の命と引き換えに彼を斃してくれるでしょうけど……)
強さを信頼している。
笑ってもいる。
だが冷汗は収まらない。種族全体からみれば小者でも、人間から見れば十分すぎる脅威を備えているのだディプレスは。
シルバースキンさえ分解してのけた彼の矛先を叩きつけられれば桜花は死ぬ。
(いやよ。死にたくない。私だってまた劇したいのよ。秋水クンとまひろちゃんの行く末だって見届けたいし、女のコらしいコト
だって沢山したいし…………剛太クンの恋がどうなるかだって興味津津、あんなヘンな鳥に殺されるなんて嫌よ絶対)
心の中の桜花は童女のような表情で涙ぐんでいる。狙われませんように狙われませんようにと必死こいて祈ってる。
だからこそ、彼女はまた不意打ちが来ないよう、前もって封じ込めにかかっているのだが、藪蛇という言葉もある、叩いた
ばかりに石橋が崩壊するのではないかと戦々恐々だ。
リバースは溜息をついた。
『煽ってくスタイルねー。ディプレスちゃん、普段自分がやってるコトされてるの分からない? 見え見えの挑発よ。桜花さんの
真の目的は別にある』
「……」
わずかに鼓動が跳ね上がったが桜花は平静を取り繕う。
『私めは『憤怒』の幹部。だから怒りがどれだけ最善手を打てなくするか……分かってる。桜花さんはつまりあなたの頭を
沸騰させるのが目的よ』
沸騰させてどうしようというのか。たたた。地に解答が刻まれる。
『本当の最善手……、つまり、鳥型のディプちゃんが、上空高く、斗貴子さんが跳んでも絶対届かない距離まで舞いあがり、
絶対無敵の神火飛鴉を、爆撃機のように遠慮斟酌なく降らせて降らせて一方的に降らせ続ける、そんな悪夢のような状況を
阻止しようと…………話題を逸らした。斗貴子さんか桜花さんかという二択しか見えなくした』
文字はディプレスの前に次々と現れる。両者の距離は20m以上。その間を自動人形が歩いているし、神火飛鴉の周遊
コースで吹っ飛ばされた破片だって散ってくる。そういった夾雑物の隙間を空気弾はすり抜けて文字を刻む。PCで印刷した
ような整然たる文字列を。
しかもリバースは桜花を凝視しながら撃っている。斜め53度北西のディプレスの足元をノールックで撃っている。サブマ
シンで文字を刻むだけでも頭の構造が疑われる芸当なのに、である。
『……ってトコでしょ桜花さん。健気にも汗だくになりつつ安い挑発を繰り出した理由』
(見抜かれた……)
無邪気な笑顔でおぞましい暴露を行うリバースに何度目かの身ぶるいがした。彼女は歪んでいる。義妹の瞳が輝きがなく
なるまで監禁し折檻するほど歪みきっている。なのにその理性は、真っ当な人間よりも遥かに研ぎ澄まされているようだった。
だからこそ、アンバランスさが不気味だった。常時怒り狂っている怪物なら、まだ対処しようもある。実力で勝る小者さえつい
今しがたハメようとしたのだ桜花は。リバースは……色々と、読めない。
75:永遠の扉
14/06/18 20:57:57.06 mrqJoZqv0
(でも……悔しいけれどリバースさんの指摘通り。相手は鳥型。きっと津村さんも気付いているでしょうけど、空高くから攻撃
された場合、本当に打つ手がなくなる。御前様じゃ無理だし。それでも対抗手段は1つだけあるけど……)
『光ちゃんだったら、救出した人たちの護衛に回っている。クラちゃんの自動人形ひしめくこの地獄だもの、交代もなしに場を
離れるコトはまずできない。よしんばできたとしてもよー?』
にこり。彼女の義姉は微笑んだ。
『私が、行くなって、言うわよ?』
何の脅迫も孕まない文章だった。だがそれだけで桜花の背中は冷えるのだ。鐶はリバースを恐れている。先ほどその実情
を目撃した。あれほど強い彼女が義姉の過剰なスキンシップにされるがままだったのだ。空飛ぶディプレスを追わんとしても、
リバースが一言制止すれば……萎縮し飛べなくなるだろう。
(つまりディプレスを空にやる前にどうにかしなくちゃ……私たちは確実に負ける!! 別の場所で戦う秋水クンや剛太クン
も不意を突かれて殺されかねない!)
ならばせめて捨て石になり斗貴子に活路を……そう考えディプレスめがけ走り出した桜花を意外な声が痛打した。
「うるせえ!! エビフライぶつけんぞ!!」
「エビフライ!?」
火星の幹部は……地上を強く踏みしめた。怒鳴ったのはリバースに、らしい。
「ザケやがって!! 私めは頭回りますよーってかクソが!! ちょっとばかしリヴォの研究で俺より成果出したからって調子
乗ってんじゃあねーぜッ!! てめえのそういう部分が憂鬱なんだよ!!!」
『まぁまぁ落ち着いて。私めたちは仲間じゃない? 助言し合って、1人じゃ気付けないトコ補い合って、みんなが夢見る世界
めがけて共に力合わせて前進しましょうよ。ね。ディプちゃんには私めにないいいところ沢山あるんだし』
「うるせえ!! てめっ! てめーそりゃあリア充の了見だよななああああ!! 嫌ってる癖に連中と同じ綺麗事吐いてんじゃ
あねーーー!!! それとも何か!! 俺ぁ非リアのてめえがリア充気取って接するコトができるほど底辺のクソだとでも!!
こう! 言いたいってのか!?」
(じょ、助言したリバースさんに噛みついた……。どれほど小者なのこの幹部!?)
どうやら劣等感を抱いているらしい。だから従わぬという無意味な片意地。つくづくどうしようもない男である。
「テメーーーーーーーーーーーーーーーーーーエの指図なんざ受けねえ!! 受けたら俺がテメエよりも桜花よりも下って
コトになるじゃねえか!! 飛ぶだあ!? フザけんな!! 射程外からチマチマ削らなきゃあ勝てねえ弱卒だって言いふ
らすようなモンじゃねえか!! 俺ぁヘタレで小者だが……卑屈じゃねえ!! 男なんだよ!! 神火飛鴉使う以上はテメ
エや! デッドや! イソゴばーさんのような搦め手なんざやりたくもねえ!! 遠くで戦勝結果眺めてニヤつくなんてのぁネッ
トでやり飽きているし満たされねえ!! テメエだってそうだろうが! 違うかッ! リバース!!」
『……』
「団欒丸出しの家族狙って! 父親暴れさせて崩壊させて! そーいうことチマチマチマチマ繰り返してスカッとしねーのは
とっくにご存じだろうが! 怒り丸出しで俺やらクライマックスやらズタボロにする方が僅かだが気ィ、晴れるだろうが!!」
(家庭崩壊……そんなコトまでしてるの…………)
桜花の驚きをよそに、ハシビロコウ、吼える。
「だから俺は! 戦う以上は!! 相手の見える場所に居る!! 正々堂々なんざクソ喰らえだ! 不意打ちはする!
騙し討ち! 人質!! 凶器の使用! お上品な戦士どもが顔をしかめる汚い手段なんざ幾らでも使うッ!!」
だが。叫びが庭をつんざいた。
「やるのはあくまで敵が見える場所だ!! ルール違反犯すからてめえも反撃されるリスク背負うべきとか小綺麗なコトぬ
かすつもりはまったくねえ!! けどよお!! そーでもしなきゃ晴れねえんだよお!! 俺のクソみてえな外道な攻撃に
虚を穿たれ敗亡する雑魚どもの! 何でだよって歪むマヌケ面ァ直接見て「ざまあwwwwwwwwwww」嘲ってやらなきゃ晴れ
ねーーーーんだよ!! 俺の抱えた憂鬱はよォ!」
「闘る以上は相手の視界内にいるッ! この義足を大地につけて騙して謀って尊厳踏みにじって……真向から蹂躙して!
テメエらはテメエらが見下している俺より劣る底辺だって元連中の粉の前、大口開けて嘲るのさ!!」
76:永遠の扉
14/06/18 20:58:38.23 mrqJoZqv0
「だからぜってー飛ぶ訳にゃいかねえ!! それで勝とうが憂鬱は晴れねえ!! 第一! 広域爆撃をやったばかりに間
違って兄弟を殺しちまったら7年が無駄になる!! 決着を待ち続けた7年総てが無駄になる!!」
「だから……飛ばねえ! リバースてめえの指図なんざ何を言われようが……受けねえ!!」
『……どうやら書いて『伝えて』も無駄なコトがあるようね』
リバースはリバースで笑顔が露骨に引き攣っている。理知的にも関わらず早々と説得と諦めたその態度に桜花は「おや?」
と首を傾げた。
(匙を投げた? 私の目論見を見抜くほど鋭いのに……ディプレスの意固地の原因は…………分からない?)
いや。第一印象を振り払う。
(分かっているからこそ『何を言っても無駄』と諦めた……? でも変よそれ。いつも笑顔なのよ。私も最近よく笑うから分かる。
笑うと心が柔らかくなる。他人の少々の悪意なんか気にならなくなる。なのにあれほどの洞察力を持っている彼女が…………
付き合うのをやめた?)
不可解だった。これが付き合いの薄いもの同士なら納得もできる。
(けど2人は仲間の筈よ。光ちゃんの話から考えると2年ぐらいの付き合いはある。つまり……ディプレスの人柄なんてとっくに
分かってる筈。一度怒鳴られてなお物腰柔らかく説得しようとしたのがその証拠。本当に仲が険悪で、反目し合っているなら
そもそも私の目論み自体伝えない筈。なのに……リア充どうこう怒鳴られただけで説得を諦めた?)
人柄を知っているのなら悪罵もまた承知の上だろう。なのに関わるのをやめた。
(何か地雷を踏まれた? リア充とかいう単語が気に触れた? それともあの最低極まる─まあ実のところ、ちょっと共感
しない訳でもないけど。清々しいほど小者ね本当─どうしようもない本音の吐露に同族嫌悪でも催した? 光ちゃん監禁
して力づくで思い通りにした過去とダブって嫌になった?)
だとしても……とリバースを見る。怒りはない。そもそも怒れば防人にしたような暴れっぷりを披露するのがリバースだ。
怒気は隠しようがない。だから散見できないのは『無い』というコトだ。
桜花は見た。笑顔が、失意とわずかな寂寥に彩られているのを。
それはディプレス個人にと言うより、もっと広い範囲に向けられていて─…
(私や秋水クンが昔よく浮かべていた表情に)
近い。
(…………)
桜花は御前を操作する。目指す場所は、ただ1つ。
斗貴子は円周上から飛んだ。
「ハッ! 俺に特攻されて散るのがお好みか! なら望み通りに─…」
地を蹴り飛翔したディプレスが目を丸くしたのは、周囲に何やら漢数字が現れたからだ。
すなわち。
壱から伍の、衝撃波に彩られた幻影が、火星の幹部を取り巻いていた。
(あれは劇で何度か見せた……九頭龍閃!)
「なるほど!! 総角経由で覚えたか!! だが!!)
(相手は自動防御を展開済み! バルキリースカートじゃヒットしてもダメージにはならない! むしろ壊れるのは処刑鎌!)
「幾重にも展開した神火飛鴉! 貫(ぬ)く前にテメエの武器ぁバラバラだ!!」
互いめがけ吸い込まれていく斗貴子とディプレス。
そして。
(なっ!)
ディプレスは見た。自分に迫ってくる処刑鎌が─…
77:永遠の扉
14/06/18 20:59:11.94 mrqJoZqv0
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
寸止めされ、巻き戻るのを。
「誰が当てると言った?」
次の瞬間斗貴子はディプレスの背後に着地していた。
(うまい! そう言えば秋水クンから聞いたけど九頭龍閃を使うとどういう訳か相手をすり抜けるらしいわ! 原理は不明で
斗貴子さん自身ぶきみがっていたけどこれが真の狙い!)
「確かに俺の体当たりを回避するには持ってこい……いや違うだろ! フザけんな!! 納得いかねえぞそんな避け方!!」
腹立ちまぎれに神火飛鴉を20以上飛ばす。
斗貴子はそれを……真正面から受けた。
「あ、ああああ……」。少しばかり情けない声あげ震える火星の幹部を毅然たる視線が射すくめる。
「周遊の中で持ちこたえている時からもしやと思っていたが……どうやら私相手では分解速度、落ちるようだな」
何故かはわからないが、呟きながらゆっくりと近づいてくる斗貴子。どうやら方針は完全回避から効力射に移ったようだ。
小者は……戦慄した。
(フ! フザけるな! 裏返しを分解したんだぞ!? それがなぜあんな細身の鎌1つ一瞬で粉砕できない!?)
「迂闊に飛び込めば死ぬ状況に変わりはない。敵がホムンクルスである限り、私の方が不利だろう」
だが特性の一端ぐらいは掴んで見せる。油断も慢心もなく鋭い金の瞳を静かに滾らせ近づいてくる斗貴子は……脅威
だった。
(自動人形を貫通しねえコトといい、一瞬で分解できた筈の処刑鎌が周遊の中で持ちこたえたコトといい、なんなんだよっ、こ
の馬鹿げた補正は!? 死ぬ死なないが作者の裁量1つで決まる漫画じゃねーんだ!! この憂鬱な補正にだってキチっと
した理由がある筈! 何だ!? 何が俺のスピリットレスの無敵性を乱している!? どんな補正がここにあるッ!?)
補正。補正という言葉にディプレスの思考が止まる。
(待て。それが掛かってるの……津村じゃなく、俺なんじゃねえのか? そもそも小者な俺が『分解』っつー無敵能力を発動
できてるコトじたい既におかしいんだ。10年以上使ってて今さらだが、武装錬金とは精神の具現、使い手そのまま反映する
機構だ。いろいろ逃げ続けて悪に堕ちた俺ごときが、『何でも分解できる』神にも等しい能力……無条件で使えるのがおかし
かったんだ。分不相応。にも関わらずこれまで敵をバラして来れたのは何故だ? 津村相手におかしな弱体化しているのは
何故だ? 分解能力は無条件じゃなかったのか? デッドのムーンライトインセクトみたいな複雑極まる発動要件が……
実はあるのか?)
シルバースキンは一瞬で分解できた。バルキリースカートはそれができない。
(キャプテンブラボーが持ちえず、津村斗貴子が有するもの。俺の特性に、不可思議でねじれた逆転現象を引き起こす決
定的な差異、奴らの違い。それは……)
何だ? 考えて……気付く。
─「辛ぇ時期乗り越えさえすりゃ力が上がる!? 馬鹿ぬかせ!! 残んのは虚無だ! 疲弊だ!!」
先ほど斗貴子の精神状態について言及した。「乗り越えたから強くなる」、できぬせいで魔道に堕ちたディプレスには到底
認められない現象だ。だが……そこに原因があるとすれば? 武装錬金は本人の精神を反映する。潜水艦に憧れるものが
決して飛行機を発動できないように、『至れない領域』へ干渉する特性は決して持ちえぬものなのだ。ディプレスは、行く手を
塞ぐ扉を決して越えられないと確信している。向きあうコトさえしたくない。扉の表面を見るだけで様々な憂鬱が込み上げて
きて……死より辛い苦痛に苛まれる。斗貴子は扉の向こうへ行った。防人はまだこちら側。その差がスピリットレスの特性
に影響しているとすれば? 扉とは海面だ。沈降を選ぶ潜水艦(ディプレス)と、月を目指して天かけるロケット(斗貴子)を
絶対的に区分する壁だ。隔絶され……届かない。低きものは高きものへと届かない。
(立ち直っている奴には一撃必殺足りえないのか分解能力!? いや、厳密にいえば時間をかければ分解するコトはできる!
けどそれはドリルとかチェーンソーでガリガリ擦るようなアレだ! 武装錬金でいう『特徴』であって『特性』ではない! 物理
現象と論理能力ぐらいの差があるってぇ言うのか!? そして『一撃必殺の分解能力』という特性、論理能力が通じるのは
……俺と同じ側に立つ者!! 圧倒的な挫折感! 満たされなさと不遇に喘ぐ最低野郎に限定されるッ…………!?)
78:永遠の扉
14/06/18 20:59:42.30 mrqJoZqv0
突拍子もない論理だが、そうとでも考えなければシルバースキンとバルキリースカートの分解に関するねじれ現象への
説明がつかない。ただ……細かい穴もある考えだ。
(疑問がある。俺が殺してきた戦士やホムンクルス、全員が挫折者だったってのか? いや有り得ねえだろそんな奇跡。そ
れこそ俺が嫌う補正そのものじゃねえか。夢に燃えてる若い戦士もいた。再起を誓うあまり恐ろしく粘る共同体のボスもいた。
『立ち直りました』ってだけで防げるチャチな能力じゃねえだろスピリットレス! 撃墜数(スコア)に賭けてまだある筈だ条件!
不自由で難儀な条件抱えつつも! 俺を見下してきたクソどもほぼ総て─戦部やアオフといったごく一部を除いて─
始末してきた神火飛鴉! 知らなかった要件はある! だがその陰にもう1つぐらいあるだろ! 知らずして満たしてきた
要件が!! 俺の! 俺の執心を見事反映した俺ならではの特性要件!! それは……何だ!?)
─『煽ってくスタイルねー。普段自分がやってるコトされてるの分からない?』
気付かせたのは皮肉にも仲間の言葉。先ほど指図は受けないとつっぱねたリバースの描いた文字。たまたま目に入った
それが…………気付きを生む。
(煽り……? 相手の心を揺さぶる……。怒らせる……。悲嘆を見舞う……。言葉で相手を引きずり降ろそうとする我執。
それがヒットしたとき敵が俺の領域にまで堕ちてきているとすれば? そうだ。戦闘機だって潜水艦相手に無敵とはいかねェ。
飛び道具ブツけられりゃ墜落するだろうが。海ん中の俺の領域にようこそじゃねえか。飛び立つまでやられ放題じゃねえか。
とても手の届きそうにねえ奴だってこっち側に引きずり下ろすコトはできる。…………。意図して煽ってた訳じゃねえが、
結果としてそれが、俺のどうしようもない底辺的な思考法が武装錬金の特性と上手く噛み合い性能を引き出していた……か)
斗貴子はとっくに飛び込んできている。特性を暴きつつ万が一の致命傷を避ける……そんな慎重さを孕みつつも気迫は
存分、並みのホムンクルスなら位負けして勝手に致命の隙を供出しているだろう。そういった恐ろしい攻撃をのらりくらりと
躱しながら特性について考える程度の余裕はあった。ただしそれはハード的な話においてだ。ソフト面ではまったくどうしよう
もなく憂鬱だったディプレスだが…………不可解なねじれ現象、斗貴子に手間取る原因が分かると……失地の領土戦が
近く見えた。
「なるwwwwwwww立ち直っていて、しかもオイラの煽りすらクールに返せるレジェンドレアだからwwwww 分解能力の通りが
悪かった訳だwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
片翼で処刑鎌を受け止める。斗貴子の顔にバッと警戒感が広がった。と見るやとっくに彼女は5歩以上後ずさっている。
「いいねその反応ww オイラの豹変、そしてこれまで無かった肉体的な防御www その両方いっぺんに不吉な予兆感じて
咄嗟に距離を取るwww 見事wwww 後ずさるのに邪魔な自動人形、見もせず全部斬り裂いたのも含めてwwww」
斗貴子の足元には自動人形の生新しい残骸が散らばっている。人形の数は相変わらず多い。彼女はディプレスを攻め
つつも、横やりを入れてくる人形を捌き、従前通り武器にしていた。
「wwww どうやらお前が触れたり投げたりした自動人形もwwwお前の一部と見なされていたようだwww だから平生のwww
今の2.5倍は強い人形さえ貫通できる神火飛鴉がwwww 通らなかったとwwwwww」
「(弱体化、か。これの3倍近いのが無数に……) …………余裕を取り戻したようだが、切り札でも出すのか」
「あるにはあるけどwww 出さないよオイラwww 出せばお前は全力で避ける。避けながら観察しwww 他の連中に報告www
1人でも犠牲が減るよう分析しこれを無力化するwwwww お前は強いwww オイラとの相性も悪いwww マレフィックマーズと
いえど切り札1つで殺せるとは見縊らないwwwww でも、負けないよww」
「………………」
「www 残念だったなwww うまく行けば幹部1人犠牲にしつつ見極めができたのに」
謎めいた問いかけに斗貴子が固まる間にも……言葉は続く。
「なあリバース」
「お前www 声wwww小wさwいwよなwwwwwwww」
ハシビロコウから発せられた声に乳白色の髪の少女が一瞬唖然とし……強膜をドス黒く濁らせた。
風が舞い衝撃が交錯する。轟然と放たれた海王星の拳をディプレス=シンカヒアは慣れた様子で受け止めた。
79:永遠の扉
14/06/18 21:00:18.19 mrqJoZqv0
「殺す殺す殺す殺す殺す私の忠告無視した上にコンプレックス刺激するなんて許さない許さない許さない許さない」
「でwww桜花www 鐶の様子はどうだったwwww」
呪詛のような言葉の羅列にしかし陽気な笑いを浮かべるディプレスは、開いている方の翼を後ろにやり……
ある物をヒョイとブラ下げた。
「てめ、この離せ!!」
ジタバタするのはエンゼル御前。桜花の顔がやや褪せた。
「つくづく便利な人形だよなあwww 矢を作れて、ライトもついて、メシも食えて、魂の汗まで漏らすコトができるwwww」
とくればだ。隠者めいた凶鳥はエンゼル御前を持ち替えた。
そして……ピキリと外層がスライドし、内部構造が露わになったハート型のアンテナめがけ呟く。
「なあwwwお前から見てグレイズィングってどうよwwwww」
「ミダラ! ミダラ! ミダラ! ミダラ! ……です…………。え……。ディプレスさん……? あ、あれ……? です」
御前の頭から、虚ろな、辛気臭い声が漏れた瞬間、リバースのドロドロした空気が一気に清浄された。
「何コレ! 光ちゃんとお話できる機械なの!? 欲しい! いくら! 500万ぐらいまでなら動かせるわよォ、ドルで!!
あ、それよりそれより光ちゃん聞こえる! お姉ちゃんよ! お姉ちゃんいま頑張って忌まわし……可愛い桜花さんと1つ
になって楽しい記憶を光ちゃんと共有しようとしてるのよー!」
「サヨナラっていう……です。ガチャリ」
「もー光ちゃんってば照れてぇ~。グヘヘヘヘ。お姉ちゃん唸るリビドー、力に変えちゃうわよー」
きゃーきゃーいうリバースをよそにディプレスは御前を解放した。
「元凶はコイツだ。左小手の指輪を鐶に渡し、俺の後ろへ移動。通信機能によって鐶のオイラの声真似をリバースに聞か
せて……暴走を誘引。俺とブツける、か。いい策じゃねーの早坂桜花wwww」
「…………」
「さっきリバースが俺の説得を諦めた時www悟ったんだろwwコイツの大体の性格とwwwコンプレックスwwww」
桜花は黙った
「もし俺が津村の挑発に乗って切り札を使っていたら、憂鬱にもフレンドリーファイア、仲間使って効力実証していた訳だw」
『あ、さっきの光ちゃんの声真似だったんだ。助言無視するディプちゃんにちょっとムカチンだったからてっきり脈絡なく悪口
言ったとばかり』
リバースはニコニコ笑いながら……自分ソックリの自動人形を出現させた。
『ディプちゃんはもう許すわ。だって光ちゃんに何かのロボットアニメの歌を歌わせてくれたんですもの。音楽史はきっと
さっきのミダラミダラを奏でる一瞬のためだけに発達してきたのよ。宇宙開闢をもたらした女神のような神聖で荘厳で萌え萌え
で有害な重金属98%のヘドロさえ虹色の甘露にしっとり濡れるダイヤの山に変えるほどの歌声だったわ……』
「妹バカwww テラ妹バカwwww」
『バカでも妹という単語と一緒なら本望よ。私イコール光ちゃん、光ちゃんイコール私……。ああ。なんて官能的な言葉なの。
妹バカ。ウヘヘ。妹バカなんだ私、いいなー。うんっ! ディプちゃんへの怒りはもうない。許すわ!」
「バカ呼ばわりされたのに許すんだ……」
『うん。光ちゃんの歌聞かせてくれた上に素敵な言葉までくれたんですもの。ディプちゃんは…………許すわ。ディプちゃんは、ね』
笑顔が人形ごと残影と化し……消えた。
「桜花! 後ろだ!!」
「え?」
彼女が振り返るより早く、首筋に手刀が叩き込まれた。
光沢のある黒髪がさらさらと流れ地面に吸い込まれ…………桜花は、横たわる。リバースは笑顔のままじっと見下す。
『あのね。人の義妹使って、人のコンプレックスを刺激しちゃう悪いコは、ちょっとだけお仕置きが必要と思うの。大好きで尊
敬しているお姉ちゃんの悪口をあの穢れのない小さな唇で紡ぐ時、光ちゃんの聖母のような心がどれだけ傷ついたと思うの』
意識が薄れる少女の傍に文字が刻まれる。
『大丈夫。殺さないわ。言ったでしょ? 1つになるって。1つになるんだから、その前にケガレを落とすの。禊って奴よ。汚れ
た人と1つになったら私めは光ちゃんに嫌われちゃうもの。だからちょっと反省してね。アリスインワンダーランド受けたコト
ある? 大丈夫よ。アレと同程度の地獄を15分ばかり見せるだけよ。死なないわよ。今を見れば分かるでしょ。まだお腹
蹴られて呻ける程度の意識あるでしょ。加減して首叩いたんですもの。殺意がないの……分かってくれるわよね?』
80:永遠の扉
14/06/18 21:00:48.52 mrqJoZqv0
リバース似の人形が、光と共に銃口へ接続された。
「マズい! あの幹部恐らく特性を─…」
「正解。だがお前の相手はオイラだぜwwww」
駆け出そうとした斗貴子の前に2m超のハシビロコウが立ちはだかった。
「…………」
彼女は堪えた。見透かした。気絶寸前に追い込まれ、未知の攻撃に晒されかけている桜花を、助けんと走る自分をこ
れ見よがしに妨害するディプレスの悪意を。精神を乱し、隙に付け入り、あわよくば桜花の危機から戦線全体を崩壊させ
んと目論んでいる……。彼女から受けた励ましの数々が蘇る中、すぐ救援に向かえない実情に心をひどく重くしながらも、
後ろに飛び、神火飛鴉を弾き、決定的な致命傷を上げないよう『裂帛の叫びを上げ続け』、ディプレスと互角以上の戦いを
……繰り広げた。
(wwwwwww 感情を堪え最善を尽くしたが故の幸運って奴かwwww)
ディプレスは膠着状態を繰り広げながら……笑う。朋輩たる彼はリバースの武装錬金・マシーンの特性を知っている。回避
不可能かつ必殺という、ツボに嵌れば神火飛鴉以上のおぞましさ故に、発動要件をも熟知している。
(もし仲間可愛さに俺を振り切り『無言』で駆けていれば、よほどイレギュラーな事態が起こらない限り桜花は特性の餌食www
皮肉だが、俺との対決を選んだからこそ桜花はマシーンの必中必殺の餌食にならない。なりようがないwwww)
苛立ちを紛らわすように獅子吼し、時折ディプレスにクライマックスの自動人形をぶつける斗貴子。
彼女を引き攣った笑顔で眺めるリバースが目に入った。
(www いまなら津村斗貴子を無力化できるがwww そうなると桜花に自分の特性を『客観的』に見抜かれるから嫌らしいwww
同じ見抜かれるなら『主観的』……苦しんで苦しんで苦しみ抜いた挙句の方がいいとwww 執着だねえwww ま、さっきアイツの
助言を聞かなかった俺がドーコーいう権利はねーわなwwww さて……後は)
斗貴子には分解能力の「特性」は適用されない。一撃で解体されるコトはない。
だが『特徴』による分解……すなわち、通常生ずる武器同士の衝突、物理的な破壊は刻一刻と進行している。
(XLIV(44)の核鉄の方は比較的軽傷……だが)
LXXIV(74)の方はもはや鎌一本を残すのみだ。それももはや崩壊寸前。
(マズイな。XLIV(44)だけでもしばらくは凌げるが─…)
核鉄は希少である。その損傷は戦士そのものの負傷と何ら変わらない。例え創造者が無傷でも、支給分の核鉄が発動不
可とあれば戦死したのと同じである。
(25%。25%以上損傷すれば、大戦士長の救出作戦に参加できなくなる。継戦能力に疑問ありと見なされるんだ。他の核鉄
を借りようにも、戦団は決戦前、予備は少ないと見るべき。戦士長たちは銀成市を守る使命がある。手薄にはしたくない)
つまり処刑鎌に単純換算して2本。あと2本粉砕されれば戦略的な敗北が確定する。
(どうする……? 火渡戦士長の到着を待つか? それとも一か八かディプレスに挑むか……?)
「挑むのでしたらお早めに」
嫣然たる声がした。ディプレスは口笛を吹き、リバースもニコリと微笑んだ。
庭にきたフード姿の女性は…………真赤な口紅でティーカップを啜っていた。
(確か……グレイズィングとかいう幹部! 馬鹿な! 剛太は!?)
嫌な予感を察したのか。彼女は引きずっていたモノを無造作に投げた。
それは気絶している剛太だった。外傷はない。だが目を瞑っており斗貴子の呼び掛けには答えない。あと頬に無数のキス
マークがあった。
「クス。『色欲』だからって犯してはいませんわよ。可愛いからちょっとチュッチュしましたけど、貞操は無事……」
「フザけるな。剛太だぞ。戦力分断を引き受けた以上、勝てないにしろ逃げまわる位は」
「ええ。楽しい追いかけっこでしたわ。ただ……もうそろそろ潮時ですので、僅かばかり本気出させて貰いましたわ」
斗貴子の姿がかき消え、代わりにディプレスの周囲に漢数字が浮かんだ。
「あらん。九頭龍閃。盟主様がむかし習得し損ねた技ですわね。覚えるなんてスゴイ……流石は音に聞こえた津村斗貴子」
褒めながらも悠然と紅茶を呑む女医。
「ただ」
ディプレスの背後で大息をつく斗貴子の全貌が嫌な鼓動と共に暗転した。