【2次】漫画SS総合スレへようこそpart77【創作】at YMAG
【2次】漫画SS総合スレへようこそpart77【創作】 - 暇つぶし2ch35:永遠の扉
14/06/09 23:42:02.50 fw2Tl00u0
 一時的にとはいえ同盟を結んでいた桜花ゆえに血色は褪せる。考えられないコトだった。傲岸不遜ゆえにどれほど追いこ
まれようと首の皮一枚で勝利を掴み取る執念の持ち主が……バタフライや戦部、ムーンフェイスといった強豪を降し続けて
きた彼が。
武藤クン以外の相手に……負けた? ウソよ。有り得ない。ヴィクトリアさんと共謀している以上察しがつくわ。『もう1つの
調整体』はきっと白い核鉄の基盤(ベース)になってる。武藤クンに捧げるための大事な代物をむざむざ奪われるなんて、
絶対におかしい! あの性格だもの。命がけで守る筈!)
 カズキを救いたいという思いを一度とはいえ共有した相手なのだ。執念の底にある敬意だって見てきた。そんな彼が、
相通じる者を畏敬と共に覚えているパピヨンが敗亡する様を桜花は見たくない。勝って退けたから敵の能力が別口(病院)
に向いた……そう信じたかった。

 千歳が瞬間移動し鐶もまた飛び立つ。
 秋水。桜花。斗貴子。剛太。毒島。彼らは目を交わし……頷き合う。
(幹部たちを足止めするぞ)
(ブラボーさんたちへの追撃を防ぐのね)
(実力差こそあるが数の上では互角)
(……で、隙を見て離脱って訳ですね)
(特訓の成果があるとはいえ無理は禁物です)
 各々の武装錬金を臨戦態勢にシフトする戦士たちにリバースはニコリと笑った。
『そう来ると思ってたわよ。でもさせない。マレフィックアースの器確保は急務だもの』
 徐に取り出した何かのスイッチを彼女が押した瞬間、先ほどの爆発音など比較ならぬ圧倒的な轟音が戦士たちの鼓膜を
つんざいた。
「!!」
 秋水たちは見る。火を吹く養護施設を。来客用のスペースも子供たちの居住空間も事務室も……演劇発表の会場も、
何もかもが紅蓮の炎を吐きだす巨獣と化して呻いているのをむざむざと見せつけられた。
「wwwwwwwww 何のためにリバースが養護施設に潜り込んでいたと思うんだよwwwwww」
「爆発物を仕込んでおきましたのよ」
 得意気に笑う幹部2人に秋水は激高した。高校時代の総ての結実……部員や、まひろと共に過ごしたかけがえのない
場所の惨状を見ては怒声も上がろうというものだ。
「馬鹿な! 生徒たちの所在はもう掴んでいるのだろう!? 今さら腹いせに壊す理由が……!」
 人好きのするエビス顔が─もっとも今はフードに隠されているので、それを斗貴子が見たのはかつて師事した記憶の
もたらす幻影だ─揉み手をした。
「にひっ。別に腹いせじゃありませんよ」
「何……?」
「ただこーやって爆破したら、ブラボーさんたち……救助する他ねーですよねえ? 何しろ身寄りなく慎ましく暮らす子供
たちや彼らを懸命に支える職員さんたちが中に居るんですから。あと秋水っちたちの劇に感動して資金援助を申し出て
下さってる観客さんも何人か事務室で話してるようでしたよ?」
 演技の神様の声はどこまでもにこやかだった。
「まだ生きている……或いは重傷ですが総角さんのハズオブラブを使えば救命可能な人たちがまだあの中に居るっての
に、生徒さんたち守るためだけ聖サンジェルマン病院に急行するのは……できませんよねえ? 戦士……そして人外な
がらも心正しく生きてこられたお師匠さんたち音楽隊の『枠』は……決して見捨てられませんよ。助けに戻る他ない」
(確かに養護施設に点在する人間総て助けるには相当の人員が居る)
(人命を優先すれば幹部に振り分けられる戦力は激減)
(そう踏んだから爆破……。私がいうのも何だけど……最悪ね)
 桜花が嫌悪を催す中─…
 爆発音を聞きつけたようだ。音楽隊と防人搭載の鐶が舞い戻り、養護施設に突入した。千歳も恐らく合流するだろう。
(……無関係な人間を巻き込んでおいて何故笑える! 貴様は母上の弟子ではないのかっ!?)
 鐶の上で根来直伝の火消し独楽をそこかしこに撒く無銘はブレイクを睨む。睨まれた方は涼しげに微笑した。
(さっすが無銘っちすね~~~。そーいう心正しいところ、気に入ってますよ。へへ)
「ぬぇぬぇぬぇ~。簡単には救助させませんよこの上なく! メンツ的に早期解決間違いなしですからね!」
 鐶を追ってクライマックスが炎に飛び込む。
「徹底的にこの上なく足を引っ張ります! すぐ全員救助されて聖サンジェルマン病院へ向かわれないよう邪魔するのです!」
「幹部が!! クソ!!」
 駆けだす斗貴子たちの前に幹部4人が立ちふさがる。
「クス。総角が万能ゆえ火事場に行くのも予測済み」
「これで俺っちたちも心おきなく武装錬金使えるってもんでさ」

36:スターダスト ◆C.B5VSJlKU
14/06/09 23:43:47.67 fw2Tl00u0
 悪辣な言葉。燃え盛る養護施設。戦士たちの感情は、もはや破裂寸前だ。
「どけ!! 身勝手な理由で人々の暮らす場所を……日常を踏みにじりさせはしない!!!」
「www おーおwww 正義のヒーローぽくてカッコいいじゃないのwww まwwこーなったのリバース相手にグダったせいだけどなw」
「貴様……」
 斗貴子はディプレスと相対した。
「毒島さんは養護施設へ。気体操作は消火向きよ」
『なるー。いい判断ねそれ。じゃあ私めは『色々伝えたいコトもあるし』、桜花さんの相手……しちゃうねー』
(……弓対銃。射撃対決ですら分が悪そうね。護身術も特訓したけど……ブラボーさん相手に見せた格闘には無力……)
 桜花はリバースを見て冷や汗を流す。
「姉さん! そいつは色々危険すぎる! 相手なら俺が─…」
「っと。青っちに刀振りかざすってぇ暴挙……ちぃっとばかし見過ごせませんねえこりゃ」
「……。演技の恩義はある。しかし悪いが……そこをどけ!」
 秋水の日本刀とブレイクのハルバードが互いめがけ殺到し……
「完全防御のブラボー。瞬間移動可能な千歳さんに亜空間使いの根来。そして炎程度じゃ死なない音楽隊」
「救助にはピッタリの面子ですわね。ま、だからこそ養護施設に火を付けたんですケド」
「ったく。なんで俺が最強っぽい奴と……。重力通じんの? コレって」
 剛太はグレイズィングをため息交じりに眺めた。

 かくて戦局は動く。

【養護施設救出組】

 防人衛。
 楯山千歳。
 根来忍。
 毒島華花。
 総角主税。
 小札零。
 鳩尾無銘。
 鐶光。
 栴檀貴信。
 栴檀香美。


【対幹部組】

 早坂秋水。
 早坂桜花。
 津村斗貴子。
 中村剛太。


 そしてどこかで闇が蠢く。


「ひひっ。概ね予定通りに動いておるわい。後はうぃる坊とわしがどこで動くか、じゃの」


以上ここまで。

37:ふら~り
14/06/10 21:44:09.78 lFkGQQ8R0
>>スターダストさん
我が人生最古の記憶としては、ウォーズマンたち5人vsバッファたち5人ですが。こういう、
同時団体戦は燃えますっっ! 戦力分断の手段・手際も実に悪役らしく見事でしたし、そこから
流れるようにこの展開! いろんなアニメ・特撮の、そういうBGMが脳内で響いてますっっ!

38:永遠の扉
14/06/11 23:40:32.37 FvT/12T+0
 養護施設南部。演劇が発表された大部屋。

 念のため観客を探しに来た防人たち再殺部隊と総角率いる音楽隊は40体近い自動人形の襲撃を受けていた。

「ぬぇーっぬぇぬぇ!! 燃え盛る養護施設に残された人たちの救出、この上なく妨害しますよ!!」
 紅蓮の炎と40体からなる人形の向こうで腰に手を当て笑う冴えないアラサー・クライマックスを26の瞳がチラリと見て
すぐに流した。
「フム。ここには要救助者はいないようだ。なら手筈どおり毒島は気体調合で鎮火。千歳と根来は亜空間から要救助者の
捜索。必要に応じて瞬間移動や引き込みを行え。俺は音楽隊と同じく、施設内部を捜索する」
「いや!! 聞いてくださいよ!! てか構ってくださいよぉー!! 自動人形がこんなにいっぱい居るんですよこの上なく!」
「フ。出でよ月牙の武装錬金・サテライト30」
 24体の総角が自動人形の針路上に立ちふさがった。
「10年前はいなかった幹部……か。フ。誰の後釜だ。ミッドナイトかLiSTか……」
「あー、LiSTさんって人の後釜らしいですよこの上なく。私冥王星ですから」
 のほほんと応じたクライマックスだが、総角以外の面々が炎の中を駆け抜けていくのを見て「うぎゃあー!」頭を抱えた。
「ほ、ほとんど全員にこの上なく逃げられました!! これじゃ追撃買って出た面子が……!!」
「フ。面子ならお互い様だ。元は月の幹部……レティクルナンバー2だった俺が末席の足止めとはな。ま、養護施設の者
どもを助けるにはこれが最善手……だろうが」
 剣閃が瞬いた。四分五裂した自動人形が炎の中で膝をつき消滅する。
「んが!? 40体いた私のしもべがこの上なく一瞬d……ガフ!!」
 左胸(章印のある場所)を刀で貫かれたクライマックスのフードがブレて一瞬無機質な人形を露にし……消えた。
「フ。やはり囮の人形か。創造者に化けられるフォームがあるとなると……他にも」


 養護施設東部。無銘・鐶組

「パワーフォームですこの上なく!!!」
 壁や床を殴りぬきながら迫ってくる自動人形の群れに2人は溜息をついた。
「斃せない相手ではないが、無尽蔵、か」
 忍法天地返しで無力化した人形6体を鐶のダチョウの足で蹴り抜いた瞬間、増援が来た。
「スパロボなら稼ぎどころですけど……現実だと…………鬱陶しいだけ…………です」
 適当にあしらいながら要救助者を求め駆け抜ける。

 養護施設西部。小札・貴信・香美組

「スピードフォームですこの上なく!!!」
 風が巻き起こり炎を揺らす。
『あまり構いたくは無いが!! 周囲を飛ばれると捜索がし辛い!!』
「こいつらあたしが引き受けるからあやちゃん皆さがすじゃん!!」
「はい!!」
 オノケンタウロス状態の小札が子供を乗せて駆けていく。

 養護施設北部。防人。

「テクニカルフォーム!!」
「ガンフォーム!!」
「ン?」
 カンフーを繰り出す自動人形を無造作に掴んで投げる防人。直撃を受けた銃使いの人形が爆裂したが些細な問題だ。
「心眼・ブラボーアイ!!」
 指輪を目に当てた防人は燃え盛る廊下で右顧左眄していたが、とある部屋に目を留めると千歳に電話をかけた。
「そうだ。毒島だ。救助者を見つけたがドアが閉まっていてな。バックドラフトが怖いから連れてきてくれ。酸素濃度を下げて
からドアを開く。ん? ああ、もちろん音楽隊の面々にも伝えてある。ところで火渡は……まだか。居れば助かるんだが」

 毒島の手助けにより無事ドア開放。内部の炎も完全に鎮火した。

「ひとまず職員8名確保」
「一酸化炭素……消滅させました。バックドラフトの危険ありません」
 震える大人たちに「もう大丈夫だ。施設を少々壊すが許して欲しい」。そう告げて彼らと壁の間で息を吸う。

39:永遠の扉
14/06/11 23:44:17.20 FvT/12T+0
「粉砕・ブラボラッシュ!!」

 地響きすら伴う衝撃の中、火災現場から外界に繋がる風穴が開いた。

「どこの誰だか存じませんがありがとうございます」
 外。深々と頭を下げる職員へ挨拶もそこそこに防人は告げる。
「入居者と今日出勤している職員、それから外来者のリスト。場所を教えてくれ。燃えないうち取りに戻る」
「点呼に使うんですね……しかし、炎の中に戻って大丈夫なんですか?」
「問題ない! この服は特注! 火災なんかへっちゃらだ!!」
 胸を張る。ここで総角が合流したので鐶の元へ瞬間移動するよう指示。方向音痴の彼女は捜索よりむしろ一箇所に留まり
避難者たちを護衛─またレティクルが狙わないとも限らない─する方がいいと判断したのだ。
 鐶が到着するころにはもう防人は事務室から一通りの名簿を回収。
 職員の何人かが非常用にと持ち歩いていたそれと照会し最新版であるコトを確認すると、残りの要救助者の数を捜索中
の面々に一斉送信。リアルタイムの情報共有体制を立ち上げる旨も伝え捜索再開。さらに職員から安否不明の同僚に電
話したいという申し出があったのでこれを採用。不明職員の7割の所在が加速度的に明らかになった。電話に出られるも
のは場所を伝え、重度の火傷などで出られない者も電話の音を頼りに香美・無銘といった耳の良いものが探し当てる。
(総角がいてくれて助かったな……)
 ハズオブラブ。衛生兵の武装錬金の持ち主はヘルメスドライブをも有していた。つまりケータイで重傷者の存在を知らさ
れれば如何なる難路の置くであろうと直ちに駆けつけ治療ができる。軽傷者は貴信や小札の回復能力で肩を借りて歩ける
程度には回復する。
 自動人形が闊歩する建物の中で根来と千歳のタッグは驚くほど多くの人命を救った。他の面々が一種の陽動的役割を
担うため、元々捕捉されづらい特性の持ち主達はいよいよ影の中ひそかに立ち回る。
 毒島もまた役割を果たした。炎を鎮め、自動人形たちを液化窒素で足止めし、自らも要救助者を抱えて飛びまわる。


「ぐぬぬぬ……。10分と立たない間に養護施設の8割が鎮火。中にいた人たちも7割近くが救助されうち9割がすでに完全
回復…………演劇といいこの上なくスペック高すぎですみなさん……」
 クライマックスの妨害さえなければ8分で火災が収まり全員救助されただろう。
「自動人形斃さない方針が……逆に厄介なのです。どうも千歳さんと総角さんってば密かに全部モニターしてるようです……。
子供襲ったり、ケータイの音頼りに居場所突き止めたりすると、途端にこの上なくどちらかやってきてかっ攫います……」
 なら新たな自動人形を出せばいいようなものだが、狭い建物だ、増やしすぎると身動きできなくなる。
「羸砲さんの力は……。あー、やっぱりダメです。使えるようになるまでまだこの上なく少しかかりそうです。やる夫さんたちが
乱入した時なにか小細工されたようで、解除しようとしてるんですがなかなか……」
 屋根の上で盛大な溜息をつくクライマックスの耳めがけ四方八方から鬨の声が飛び込んだ。
「……仕方ありません。庭で戦ってるディプレスさんたちにこの上なく加勢しましょう。タイミング……見計らって」


 少し時間は巻き戻る。


 早坂秋水はブレイク=ハルベルドと。

 早坂桜花はリバース=イングラムと。

 津村斗貴子はディプレス=シンカヒアと。

 中村剛太はグレイズィング=メディックと。

 戦い始めたその頃に。


(自動人形を引っ込めている今がチャンス! まずは回復役を引き剥がす!! それだけでも斗貴子先輩有利になる筈!)
 最初に動いたのは剛太。踵から土砂を巻き上げた彼の姿はもうグレイズィングの直前だ。
「モーターギア! スカイウォーカーモード!!」
 細長い足が鞭のようにしなる。所詮は人間の膂力……妖艶だが明らかな嘲笑と共に右ガードを上げたグレイズィングの
体がわずかだが浮き上がった。
「!!」
(うまい。ガードごと相手を持ち上げた!)
(早速特訓の成果が出たな。重力。突撃からの蹴撃……幹部に通用するほど磨き抜いたというコトか)

40:永遠の扉
14/06/11 23:44:42.75 FvT/12T+0
 上段回し蹴りを貫徹し旋回する剛太の左踵から右拳へと戦輪が転がる。相手に背を向けた時にはもうほとんど屈み込ん
た剛太の右踵のモーターギアが爆発的に加速したのはアキレス腱の弾性が上方めがけ解放される瞬間だ。バネのように
伸び上がる剛太の体を一層勢いづけるように繰り出された右アッパーはクロスガードに受け止められてなお敵を屋根より
高く打ち上げた。
「www やるじゃないのwww ボディコントロール良好のグレイズィングさん吹っ飛ばすたぁwwwww」
 口笛が鳴り響く中、新米戦士は武器を一輪放り投げそちらめがけ跳躍した。水平に回転する戦輪が足裏に密着したきり
ピトリと静止する歯車とかみ合って剛太をグルリとスイングさせ……吹っ飛ばす。
(空中で加速した!)
 桜花が目を剥く中、矢のように突貫した剛太の飛び蹴りは回復役を屋根向こうへ弾き飛ばした。


(クス。食べ甲斐ありそうな可愛いボウヤですもの。最初ぐらいリードをとらせてあげるべき……)


 瓦の上を水平に飛んでたなびくフード。そこから覗く唇はひどく赤い。


 空気を裂く鋭利な衝撃同士が無限にぶつかり合い消えていく。消えては再発し再発しては消え波濤の如く繰り返す。

 御前は少し心が折れかけていた。
(チクショー!! 特訓で速射性能上げまくったのに!!)
 本人は恥ずかしくていえないが、毎秒7発、まさしく「矢継ぎ早」に打ちまくっている。にもかかわらず悉く空気の弾に撃墜
され地に落ちる。
『どんまいどんまい。アーチェリーで毎分1200発撃てるサブマシンガンに対抗できるってスゴいコトよ? 一応桜花さんも
回復役だしなるべくさっさと重傷負わそうかなーって結構本気で撃ってるのに倒れないんだもの。すごいすごい。わーい』
「……本気、ねぇ。私の足元に文字書きながらよく言うわ」
 桜花は溜息をつく。その間にもボウ・ストリングスが打ち震える。右腕に陣取った御前が指─射る時に出る─から
出る矢をひっきりなしに撃ち込んでいるのだ。
『ねーねー。ふと思ったけどその射撃って桜花さんいらなくない? 御前ちゃんの両手さ弓矢にしてもっと射撃特化にした方
が効率よくない? 実質ボーっと突っ立ってるだけよね桜花さん』
「痛いトコ突くわね」
 苦笑するほか無い。ピッチを上げていよいよ毎分500発の大台に乗ったというのに見えざる弾丸に総て撃墜されている
のも含めて。
(いちおう照準定めているし、私じゃなきゃここまで大きな弓矢使えない訳だけど……それはともかく長引けば不利ね。御前
様の矢って私の精神が具現化した物なのよ。向こうの弾丸は空気。取り込むのに幾ばくかの精神力を使っているでしょうけ
ど「空気を銃口に送る」と「矢を作り出す」じゃどっちが負担多いか考えるまでもない)
 桜花は聡明である。自らの非力をよく心得ている。
(嘆いても仕方ないわね。勝ち目が無くても幹部を1人ひきつけているのは全体から見ればアドバンテージよ。津村さんた
ちが一対一で戦えてるもの。幹部1人がブラボーさんたちを追って行ったようだけどむしろあの程度で済んだとみるべき。
私達が幹部4人をひきつけておけばそれだけ養護施設の人達が助かる可能性が出てくる。救出組の聖サンジェルマン
病院急行も早くなる)
 つまり桜花の命題は「勝つコト」ではなく「生き延びるコト」だ。リバースでも誰でもいい。幹部を1人引き付けておきさえす
れば他の戦士や音楽隊が動きやすくなる。
(火渡戦士長も必ず来る。それまで現状維持よ。勝てないなら勝てないなりにこれ以上の戦況悪化を食い止めるだけ)
 ばちん。矢がリバースのアホ毛に弾かれ……頬を掠めた。
「……動くんだそれ」
「…………」
 無言の笑顔がブイサインをした。



「オイオイオイオイwwwww何だよ随分トロくせえじゃねえかよ津村斗貴子wwwwwwwwwさっきから近づきもしねーwwwwww
土だの缶だの落ちてるもんブツけてくるだけwww 何www鐶ブっ倒した高速機動戦闘にwwww自信ないの?wwwwwwwww」
「接触を避けているからだ。話に聞く『分解』……先ほど裏返しさえ無効化した貴様の能力。迂闊に懐へ飛び込むのは危険
だからな」
 処刑鎌に巻き上げられた石ころがディプレスに吸い込まれ……弾かれた。
「なるww オイラがw防御ないし迎撃目的で出すの待っているとwww 観察して弱点見つけて一撃必殺狙ってるとww」
 斗貴子の戦略も桜花と概ね一致していた。

41:永遠の扉
14/06/11 23:45:21.84 FvT/12T+0
(シルバースキンさえ破る武装錬金……。野放しにすれば一瞬で2~3人殺されるコトもありうる。できれば斃したいが私
が無茶をすればここの戦線が一気に崩れる。釘付けにしつつ……できれば能力を暴きたい)
 一見完全無敵の分解能力だが、武装錬金である以上、必ず何がしかの弱点がある筈だ。冷然とそれを探る斗貴子の
耳に陰鬱な笑い声が刺さる。笑っていて、大きいのに、聞くだけで気分の滅入るザラつきが……刺さる。
「それともアレかwwwww 好きな男が月に消えちまったから殺る気でねーのかwwwwwwwwwww」
 思考が怒りに塗り固められる瞬間の冷ややかな硬直が斗貴子を支配した。
「ああ憂鬱wwwwwそんなに恋しいならとっとと月に行って取り返しゃいいじゃねーかwwwwそれもせず白い核鉄も作ろうと
しない癖にwwwwwイラつくばかりww周りに当たり散らして泣くばかりwwwwwwwww」
 ああ。コイツは煽り立てているのだな。乾いた笑いを禁じえない。

「まったく憂鬱だよなあwwwwwwww武藤カズキは総てを捨てて今も必死にヴィクターと戦ってるかも知れねーのにwwwww」

「残されたてめェは何だよwwwwww アイツの得になるコト一つでもやれてんのか?wwww ああ?wwwwwwwwww」

 風の唸りの根元で甲高い切断音がした瞬間、嘲りに歪む口元がびくりと固まった。

「ほう。殺すつもりで放ったが軽傷、か。やはり鐶の師匠、流石だと褒めてやる」

 2本になった処刑鎌を静かに引き上げながら、瞑目し、静かに笑う。
 ディプレスの顔にかかるフードが……破られていた。赤黒い染みさえボロ布に広がっていく。
 3本目の鎌はそこにあった。敵の右目に刺さっていた。

「ところで貴様の話だが、確かに目玉1つ程度じゃカズキの得にはならないな。月? 言われずとも行くさ。必ずな」
「デスサイズ……振った瞬間に根元切断して…………飛ばしやがった…………」
 呻きながら力篭もらぬ手で引き抜きほうり捨てるディプレス。乾いたカラカラを聞きながら吐き捨てる。
「自業自得だ。ホムンクルス如きが出し惜しむからそうなる。もっとも章印(左胸)に放った鎌だけは分解したようだな。大し
た精密性だ。フードの内側に仕込みつつも……服まで分解しなかったとはな」
 胸の破れから章印が覗く。それを庇うように黒いボールペン型の物体が幾つ幾つも滲み出て……埋め尽くす。再び鎌を
投げても阻まれるだろう。そう判断した斗貴子は2つ目の核鉄を握り締める。
「人々に仇なす貴様らレティクルエレメンツは総て殺す。それが私にカズキにしてやれるせめてもの償いだ」
 敵の体からドス黒い紫の波濤が巻き起こる。
「片目……イカれちまったようだがそれが何だっつーんだ。え?」
 笑いが消えた。ひどくトーンダウンした声が濁った熱さを噴き上げる。
「そんなに俺の武装錬金に殺されてえっつーんならよおおおお! 望みどおりにしてやらあ! 来なッ! 鬱極まる世界の
泥沼で不毛にやり合おうじゃねーか! なあ! オイ!!」
(高速機動で撹乱。いかに攻撃力が高かろうと避け続ければいい話だ)
 迫りくるディプレスを前にダブル武装錬金が発動した。


 刃と穂先が交差し石火を散らす。反動の赴くまま引かれた腕が大きくしなり舞い戻る。逆胴。秋水必殺の轟然たる一撃
が虹を削った。
(石突で捌いたか)
 踏み込んだ瞬間刃筋が逸れた。掌にかかる不自然な重圧、よろめく足。秘密はハルベートの柄にあった。穂先を右旋回
させたブレイクは放胆にも右手を外し左掌の上で180度クルリと回した。当然ながらそうするとハルベートは後ろに行った
穂先の重みで傾くのだ。その重量を孕んだ傾斜は、彼の前面に出現した石突が秋水の逆胴を下から捌くのに一役買った。
 体制を崩したまま左に流される秋水の右眼球は確かに捉えた。頭上で唸る超重の殺意を。断頭台にも勝る肉厚の斧刃
(あックス・ブレード)を。刀を捌くや振り上げたらしい。1kgを超える金属の塊。加速。ホムンクルスの高出力。アンサンブ
ルが直撃すれば肩口など造作もなきだ、肺腑ごと斬り飛ばされるだろう。
「くっ」
 咄嗟に交わした秋水だが斧の落下地点から30cmと離れていない足底が衝撃で軽く痺れた。真白な剣道着に降りかかる
土くれと煙を厭う暇もあらばこそ。りゅうりゅうと柄をしごくブレイクに呼応するが如くハルベートが跳ね上がり胴着を薄く切り
裂いた。身を引く秋水。続々と繰り出される刺先(スパイク)を紙一重で避けるものの後退を余儀なくされる。リバースと交戦
中の桜花からグングンと離れていく。背中に強まる熱気に横目を這わせば燃え盛る建物が刻一刻と近づいてくる。

42:永遠の扉
14/06/11 23:45:52.34 FvT/12T+0
 一説によれば剣で槍に立ち向かうには3倍の力量が要るという。ポンポンと突きを繰り出すブレイクは秋水に1倍していた。
阿諛追従しがちなエビス顔に似合わぬ武芸者である。両者の距離は2mと離れていない。ゆえに穂先をかわした秋水が前
進しようとするたびしかしそれを斧の反対側にしつらえられた何本かの鉤状突起─錨爪(フルーク)─の引きが阻む。
剣であればまず来ない攻撃に脇腹を薄く斬られてからこっち秋水は積極的に前進できない。
 何度目かの突きが繰り出された瞬間、ブレイクは穂先をひっくり返した。かねてより秋水を苛んでいる鉤状の突起がそれ
らの間にソードサムライXの上身をがっきと咥え込んだ。膠着。押そうにも引こうにも相手の高出力に阻まれできぬ秋水は
刀槍の押し合い圧し合いの中しばし震え─…
 愛刀を輝かせた。
 両刃から迸る光波が柄を伝いブレイクを灼く。鉤状突起を押さえ込む力が弱まり刀が自由に。飾り輪はその背後58cm
の施設の中にあった。いつの間に放り込まれたのか、火炎で溶けたガラス窓のやや向こうで燃焼をエネルギーに変換しソー
ドサムライX本体に送り込んでいた。
 秋水が熱の篭もる下げ緒を弾く。前進。斧と鉤と槍を載せた豪勢な穂先が舞い戻る。負けじと建物より飛来した飾り輪が
その先端で爆発した。蹣跚(まんさん)の手番はブレイクへ。斧槍を引くさなか穂先で起こったエネルギーの解放は操者の
”引き”を予想外に加速させ重心を崩した。跳躍する秋水。だがブレイクの反応の方が一瞬早い。引きに強要された強引な
加速をあろうコトか利用した。両手で柄を掴んだまま膝から上をブリッジの要領でひん曲げて……ハルベート勃興。斧が
跳ね上がる。空中の秋水を狙う。羽根無き彼に吸い込まれる。
「はああああああああああああああああああああ!!!」
 秋水の足裏と斧の中間点で再び飾り輪が爆ぜた。燃焼エネルギーの圧倒的な解放がハルベートと鬩ぎあう輝きの中で秋
水は左旋回し……刀を投げる。体を立てる最中のブレイクはコバルトブルーの閃きに身を捩る。章印の横の左脇が5cmほ
ど抉られた。反攻せんと動くブレイクの色無き灰色の世界さえ眩む圧倒的光量は飾り輪が全エネルギーをベットした爆発ゆ
えである。噴水のごとき裂光に止められていた穂先がとうとう競り負け地面に激突。その衝撃のもたらす姿勢制御の危うさ
と爆発による眩暈(げんうん)は、天王星の幹部が飛刀を奪取するという最善手を見事に阻んだ。秋水は下げ緒を掴んで
いる。飾り輪から40cmほどの地点を摘んでなお秋水の身長ほど余る緒は繋がる刀を引き戻すコトに成功した。
「いやー。演技教えてるときから確信してましたけど、お強いっすねー」
 着地した秋水を迎えたのは歓迎の言葉だった。物腰の柔らかさから秋水はついこれが演劇の続きだと思いそうになるが
頭を振って否定する。章印を仕留め損ねた傷が血を流しつつも修復を始めている。鉄臭い匂いは戦場のものだった。
「よく言う。特性なしの君に特性を使ってようやく互角という所だ。しかも武技は恐らく君の専門ではない」
「いやいや。レティクルの幹部……俺っちたちマレフィック相手に死なれないだけでも大したものかと。へへ」
「……」
 剣に総てを捧げた秋水が、ブレイクの余技相手に剣客としては邪道もいい所の武装錬金を加味してやっと死なずに済むと
いった状況は好ましくない。褒められるからこそその余裕が恐ろしいのだ。俗に言う三倍段うんぬんを抜きにしても、刀が
槍相手に孕む不利を抜きにしても、秋水は非常な厄介さをブレイクに覚えている。
(そう。あの槍はまだ特性を使っていない)
 ハルベルト(斧槍)。ハルベートと言ったほうが通りが良いだろう。
 一般に穂先といえば槍の尖端を想起するが、ハルバートにおける穂先とは以下3つの武器の総合名称だ。

 刺先(スパイク)        …… 他の槍で言う「穂先」。
 斧刃(アックス・ブレード) …… 先端部側面の斧。
 錨爪(フルーク)         …… 斧刃の反対側に存在する鉤状の突起。

(同じ槍でも武藤の突撃槍(ランス)や戦部の十文字槍とは全く違う。斬る。突く。叩き潰す。掛ける……それだけの技を今し
がたのわずかな攻防で見せられるほど攻め手は多様。故にながらく欧州では花形でありつづけた。期間は原型の完成を
見た13世紀からマスケット銃にとって代わられる16世紀まで。およそ300年に亘る愛用を見ればこの武器が如何に万能
か分かるだろう。
(敵に備えるため古今東西の武器について触り程度だが調べた)

43:永遠の扉
14/06/11 23:46:44.89 FvT/12T+0
 錨爪を見る。アルファベットの「B」を浜菱の実の如く四方八方へささくれ立たせたような形だ。「色」の象形文字を鋭敏に
してみましたとはブレイクの弁。
(大きい物だけでも4つある錨爪。鉤状の突起。斧ほど大きくない為、一見すると大したコトはないが……本来のハルバー
トなら兜割りができるという。敵の頭を防具ごと粉砕し造作もなく殺す。矮小な突起だからこそ振りおろせば重量が一点集
中だ。斧刃は馬から騎兵を引きずり降ろし、或いは足払いにも使われる。もちろん槍として扱うコトも可能)
 突撃主体のカズキ。高速自動修復によるゴリ押しの戦部。同じ槍使いでもブレイクは毛色が違う。ひどくトリッキーだ。
(手合わせで見せた細かさと柔軟性の数々……技巧派だ。それでいて斧刃や錨爪による力押しも辞さない。ホムンクルス
だからな。高出力という利点は活かす、か)
 斧だけでもヴィクターのフェイタルアトラクション並みの大きさだ。銀成学園を襲撃した巨大な真・調整体程度なら真向唐竹
割りにできるだろう。
 秋水を苦しめているのは万能性だけでない。
(刀槍の例に漏れないが……間合い)
 全長2mほどあるハルバートを見る。白銀色をベースに金やヒアシンスブルーのレリーフが随所にあしらわれており、さな
がら皇帝直下の親衛隊が持つような荘厳な雰囲気を漂わせている。先ほど逆胴を弾いた石突は、普通の槍とはかなり異な
る形状だ。大中小の虹色したパイナップルの輪切りを大きさ順に重ねたような形……というべきか。単純な段々重ねではな
くある箇所が欠け、ある箇所が歪に盛り上がっているため大変形容し辛い物体だ。
 視線を感じたブレイクは愛槍を持ち上げ愛想よく指差した。
「俄かには分からねえっすよね。説明しましょうか? コレ何か」
「知っている。マンセルの色立体だな」
「よくご存じで」
「美術の時間、ヒマ潰しに日本刀ないかと捲っていた便覧で確か見た」
 色の三属性。色相、彩度、明度を3次元で構成した物体だ。先だって逆胴が削った『虹』というのはこの色立体を構成する
輪切りの欠片だ。輪1つとっても10色相に分割されているのだ。色相は1つあたり最大10色に分類される。青、赤、緑……
実にカラフルな石突は揺らめくだけで虹を生むのだ。
 斧には丸い穴が3つ、縦に並んで開いている。穴の左右にはほぼ同じサイズの四角がある。
「それは……カラーチャート。果物の色などを確かめる特殊な器具か」
「意外に詳しいっすね。色彩関係」
「いやそれも美術の時間、ヒマ潰しに日本刀ないかと捲っていた便覧で確か見た」
「……便覧好きっすね」
「違う。便覧が好きなんじゃない。日本刀が好きなんだ」
「ま、まあ人それぞれっすね。『枠』ってのは」
 身を乗り出すとブレイクはやや引き気味に微苦笑した。
 それはともかくカラーチャート。
 果物の色などを確かめるため使われる特殊な器具─穴に対象物を通し、左右の四角染めし色と見比べる─とマン
セルの色立体があるとなれば女性関係において朴念仁な秋水でも察しがつこうというものだ。
「君の特性は……恐らく『色』に関係する!」
「ホホー」。感嘆の声をあげるブレイクに刀が迫る。踏み込まれたのだ。そして剣戟は再開する。

 再会してからこっちやっと彼に対する記憶を取り戻した秋水だ。だから演技の修行を終えいよいよ帰ろうかという時なにが
起こったか思い出した。
「あのとき君は俺と津村の前で彼は核鉄を使い─…」
 ハルベートを光らせた。そして一言。『思い出すコトを禁ずる』。網膜に何か強烈な色が流れ込んだ。
「色彩心理を使った一種の暗示と見ていい。戦士長や毒島が時々挙動不審だったのも君の仕業だな? レティクルと接触
した記憶を語れないよう操作した」
 防人にさえ効能が及ぶ……恐るべき事実だ。ABC兵器をシャットアウトできるシルバースキンさえ禁止能力はくぐり抜けた。
ひとえにそれは「色」……ひいては「光」という人間なら誰しも頼らざるを得ない事象を操ったが故だ。視界を確保するため
目元だけは開けている防人の、人間であるが故の致命的な弱点と、ある意味では最高の相性を有したが故に通用した。
(戦士長が、ブラボーアイとは違う、本当の意味での心眼を有していたなら)
 筋肉や血管の音を聞き分けられる異常聴覚を有し視界不要であればブレイク程度の特性は簡単に防げたであろう。
(三強(1) → 物体粉々にする。三強(3) → 速すぎて映らない。三強(2) → 亀の甲羅で視界を塞ぎ手槍で突く!)

44:永遠の扉
14/06/11 23:47:15.30 FvT/12T+0
 成人後読むと余りの落差に却ってほんわかするあの人のコトはさておき、「突く!」がジワジワ来るのはさておき、秋水は
内心穏やかではない。穂先に数撃叩き込みブレイクに肉迫すると……囁く。
「君たちはどうやら演劇練習の裏で密かに動いていたようだな」
「おや。『接触を伝えるコトを禁ずる』……ブラっちたちがその支配下にあったのご存じでしたか。しかしハルバートと日本刀
目当ての便覧知識だけでそこまで見抜かれるとは、やはり剣客さんっすね。読み合いで培った洞察力がいい感じに武装錬
金同士の戦いに影響しつつあるようで。にひっ。いいもんですねー。若い人の成長って奴ぁ。20超えるとつくづく思いやすよ」
「…………」
 褒められると朴訥さゆえに黙るのが秋水だ。多弁は調子に乗っているようで自分が少し許せなくなる。そういう機微を察
したのか、ブレイクは、やや力任せに刀を剥がすと、にひひと笑い言葉を継ぐ。
「お考えの通りっすよ。記憶操作程度なら先ほど俺っちを見て思い出されたように簡単に解けます。制限対象を見れば呆
気なく取り戻せますよ記憶」
「自らバラすというコトは……まだ何かあるようだな」
 再び間合いはブレイク有利に。突きを躱し、或いは捌きながら秋水は語る。
「ま、そこはまだ秘密ってコトで。とにかく薄々気づいておられるようですけど、禁止能力が及ぶのは術かけてから数日って
トコなんでさ。ま、精神弱き一般の方なら1週間は持続しますけど、戦士さんがたには数日……仮にいま逢わなかったとし
ても明日ぐらいには秋水っちもブラっちも島っちも……ああ、毒島さんのコトすよ、名字の前半に”ち”つけるの女のコにゃ
失礼すからね、後半呼びす。島っちも『色々と』思い出していたでしょうね~」
(禁止能力、か。つまり精神操作以外にも何かできる。とくれば『心臓を動かすコトを禁ずる』といった即死能力は……恐ら
くだがないと見るべきか? 可能なら効能時間に関わらず俺たち全員にする筈だ。数日後心臓が動くにしても脳などが酸欠
で死んでいれば意味がない。ハルバートもある。腕前もある。動かぬ戦士にトドメを刺せる……即死させぬ理由がない)
 もちろん組織の方針がブレーキをかけている可能性もあるが……低いとみる。見ながらも警戒する。
(以前総角のアリスをソードサムライXの特性で防いだが……果たして同じ手段で対抗できるのか?)
 色の、光のエネルギーを吸収するという手段もなくはない。
 だがブレイクは余りに警戒感がなさすぎた。原理だけいえば封殺可能なソードサムライXの特性を目撃しておきながら、
一切の恐怖や焦り、足元を崩すなという憎悪がない。秋水の剣客としての感覚、相手から察する『ニオイ』はまったく何も
感じないのだ。相手の動揺の一端さえ漂ってこない。
(完封されるのを承知で平然としている? それとも俺の能力など歯牙にもかけていない? ……いずれにせよ、揺らがぬ
相手というコトだ。『穂先・柄問わず彼の武装錬金の一部が目前に来た時は警戒』、いつでも目を閉じ飾り輪を投げられる
よう備えるぞ)
「ってコト考えてますね。結構す結構す。不意打ちとはいえ一度は喰らってしまった特性すから、警戒するのは、ま、当然
でしょうね。さればこそ格も下がらず枠もまた守られる」
(……嫌な気配だ。総角と戦っている時に似ている。手の内にあるような、足元が彼という泥濘に知らず知らずの内にすっか
り埋め尽くされ捕らわれているような…………そんな感じだ)
 やや腰がネバついた。特性抜きでもブレイクは強い。ハルバートの使い方に熟達している。秋水が大きく踏み込んだ瞬間、
わざと穂先を落として身をかがめ、敵に柄をまたがせるような真似もした。歩法を崩されよろめく秋水の軸足を刈った余勢
で一気に槍を後ろに引きつつ斧を下から跳ね上げる膂力と技巧。辛うじて躱した美剣士不覚にも心燃えるのを感じた。
(早く姉さんを助けなければいけないのに……)
 防人や貴信、総角と武術対決をしているときのような高揚感が湧いてくる。それは本能だった。桜花を天秤にかけてなお
傾きかねない剣客特有の本能だ。数々の戦いが呼び起こした強者と戦う感奮は押さえつけるのに苦労する。
 先ほど三倍段を除外しても……と書いたが、純粋な武術者としてみなした場合でも厄介なのだブレイクは。武の攻めとは
体と心の2つに分けられる。如何なる神業を体が弾き出しても、相手の心を攻められなければ意味が無い。

45:永遠の扉
14/06/11 23:47:45.79 FvT/12T+0
 踏み込み穂先を切りつける。手の甲まで痺れる硬い手ごたえ。ハルバートは頑丈だった。(無銘の龕灯ほどある。何度か
攻撃すれば可能性もあるが)……手数がそれを許さない。ただでさえいつ使われるとも知らぬ特性……色を載せた光輝に
対処せんと余力と余裕を残しつつ戦っているのだ。斬撃1つ1つに全力が乗せられない。そのうえ繰り出される突きや薙ぎ
は弾けるほど遅くもない。斬ったと思えば残像で次の攻撃がもうみぞおちに迫っているというコトもザラだ。

(ただの悪なら綻びも見つけられるが、リバース同様どこかが違う。レティクルエレメンツの幹部たち……マレフィックは)
 身体能力が高いとか武装錬金が強力だとか、そういった要素とは異なる『強さ』……複雑な悪意が感じられるブレイクは。

 秋水を。

 褒めた。

 ……彼は元褒め屋という太鼓もちの極致のような職業に就いていたのだが、無論秋水の知る所ではない。

「にひっ。俺っちの特性見抜かれたんでこちらもお返しをば。ソードサムライXの特性……。本来は刀身で吸い取ったエネ
ルギーを飾り輪から放出するって話ですけど、さっき養護施設の炎でやったのは逆っすよね。飾り輪で火のエネルギーを吸
い取り刀身から解放……。真逆ですが入出力の『枠』ってのはあやふや。マイクだって出力の端子に入れりゃスピーカーに
ならんコトもないですから、これはもう成長の証、演劇でいろいろ培った発想や思考法が秋水っちに柔軟性を与え変化を促
したと、へへ。俺っちそう思う次第でさ」

 相好を崩し額をぺちりと叩くウルフカットの青年。物腰は大変柔らかい。リバース(鐶の義姉)の心からの笑顔を見たとき
同様俄かに敵とは信じがたい秋水だ。だが彼は紛れもなく敵に加担している。

「随分と俺たちの劇を買っているようだな」
 静かだが語調は強める。その源泉が武技の命取りと知ってはいるが抑えられなかった。
「あー。もしかしてココの爆破見逃したコト怒ってますか? 困りましたねー。本当別に恨みとか怒りとかねーんですよ俺っち。
秋水っちのコト、秋(あき)っちって呼んでいいすかね。劇が盛り上がったのはきっと秋っちと斗貴っちの熱演あらばこそで、
んで、熱演の土台の何割かは俺っちの指導にあると思うんすよ。演技に関わるものとしちゃあそりゃあもう冥利……じゃねー
ですか? だから舞台になったこの場所を燃やしちまうってのは、へへ。お師匠のナイスなナレーションもありましたし、後味
悪いなーとまあ思ってる訳でして」
 だから防人達の救出劇が大成功し、死者ゼロで終わり、かつ建物も鐶の年齢操作で見事復元するのを祈っている、今晩
の生活の『枠』が昨晩とまったく同じであるのを願っている…………演技の神様はそう述べた。
「……仮に施設の人々が命を救い建物が元に戻ったとしても」
「にひ」
「聖サンジェルマン病院にいる生徒たちの誰かが攫われるかも知れないんだ。…………かつて自分のためだけに彼らを
生贄にせんとした俺だ。君たちを糾弾する権利はない。だが…………だからこそ行動で示す。守らなければならないんだ」
「お気持ちは分かりますよ。ま、いいじゃないですか。改心したというなら。自分を取り巻く『枠』の本当の価値に気付き、
守りたいと欲する。無粋な精神攻撃の付けどころにゃしませんよ俺っち。肯定しますよ。足止めしてるのだって青っちのトコ
に行かさない為すから。いざ鎌倉とばかり病院へ行かれるなら、青っちに危害加えない限りお見送り。演技教えた間柄ゆえ
の手心加えて見せやしょうー」
 ブレイクはしかし「仲間に生徒攫わぬよう口利きする」とは言わない。自分が間接的に熱演の種を撒いた劇に関わる彼ら
の平穏を名前通り壊すコトに一切の躊躇がないようだ。武装錬金を発動した生徒、つまりはアース候補の中には六舛もい
る。彼とは知り合いの筈なのに─そもそも秋水と斗貴子がブレイクに出逢ったのは六舛の紹介だ─身を案ずる言葉
が出ない。
 異常だった。悪意こそ露骨に振りまいていないが……明らかにおかしかった。
 何度目かの交差、刀と穂先が絡み合う。その向こうでブレイクは米つきバッタのようにヘコヘコと軽く礼。

46:永遠の扉
14/06/11 23:48:50.15 FvT/12T+0
「もうとっくに気付いているでしょうけど、俺っちたちの目的はマレフィックアースの器の確保。勢号始……つっても秋っちは
知らないでしょうけど、最強で文化系で嫁スキルカンストしてる癖に女のコとしての自信激薄なトコか~わいいオレっ娘さんの
……まあ、青っちには遠く及ばないんすけど、とにかくマレフィックアースたる彼女を復活させるのに必要な器……どーして
も手に入れたいと、ま、こーいう訳なんでさ」
 ブレイクは笑う。穏やかな笑みだった。師匠の小札が劇の最後に見せた「目だけ笑っていない」状態ではない。灰色の瞳
をも笑みに溶かして頬を緩める。
「最低でも3年もすれば社会に飛び立つ学生さんたち。ですがね、社会ってのぁ嫌~な方が結構おられるんすよね。年相応
に仕事をしない方、せっかく権力持ってるのに自分のためにしか使わない方。大した努力もせずただ人の足を引っ張るコト
しかできない方。にひっ。マレフィックは三番目の人種だと仰りたそうな顔ですね? でも皆さんああ見えて結構努力してき
てましたよ。一番アレなディプレスの旦那にしたって恩師のためにと頑張り抜いた時期、ありますしねー。なのに何故悪と
呼ばれる立場に居るのか? ひとえに勝手な方々が悪い。苦境の中、ささやかなりと幸福を求め努力したのに横合いから
何もかもブチ壊すような方々が悪い」
 過去が過去だし分かりますよね? 見透かしたような灰色の瞳に黙る他ない秋水だ。
 去来したのは早坂真由美。そして諍う実の両親。開かない扉。助けを無視した人々。
 それがあるから身上は清廉潔白からほど遠い。カズキを刺した罪業の苗床は社会の暗部だ。
「秋っちを苦しめているのは、青っちを追い詰めたのは、それなんすよねー。1つ1つは大したコトのない悪意。法には触れ
ぬ悪意。叩き潰そうと拳を上げればむしろ何故我慢できなかったと糾弾されるほどささやかな……悪意。ですがねー。大き
な傷を負い『枠』破られた人にとっちゃ、ちっぽけな、満ち足りた人から見れば耐えられて当然の悪意でさえ、絶望、っす」
「それが……部員たちや、アースの器とどういう関係がある?」
「簡単でさ。アースを適合者に降ろせば、誰も傷つかない世界ができる。世界全体に安らぎが敷衍(ふえん)し、悪意を撒く
お歴々はどれほど法に触れないよう知恵尽くされていても駆除されて、いなくなる。戦争も差別もない世界になるんすよ。
誰も誰かを傷つけない。誰もが自分を高めるために努力する。誰1人他人の足を引っ張らない……。理想の世界ができる
んすよ」
「…………」
「だから部員さんたちは社会に出てもずっと傷つかずに居られる。当然すよね。保身しか頭にない上司。過去の成功体験
にしがみつき現実も見ず古い手段を押しつける先輩。己の利益のためだけに社員さんたちを絞り上げる社長……。無能
な政治家もいなければ理不尽な犯罪もない。そんな綺麗に整えられた『枠』で世界を飾りたいから……俺っちはレティクル
に居るんすよ」

「天空のケロタキス。~または像の息~(マレフィックウラヌス)……ブレイク=ハルベルトはね」

 恐ろしく綺麗な文言だからこそ秋水は言い知れぬ恐れと不快感を覚えた。
 斗貴子なら「世迷い事を。誰かを犠牲にするコトを良しとする貴様らの作る世界が楽園になろう筈がない! そもそもマレ
フィックアースが悪意を消し去る保証がどこにある!」と斬って捨てるだろう。というより秋水の生真面目な部分の本音が
それだ。にも関わらず言葉にできないのは前歴ゆえだ。脛に傷持つ秋水が剣を振るうだけで世界総てを良くできるのかと
いう疑問がある。まひろ1人いまだに本当の意味で救えていないのだ。他者の提示する救済策を否定するにはあまりに
脆い……立場。ブレイク吐きしは斗貴子や防人のような生粋の戦士でなければ斬って落とせぬ妄言だ。

47:永遠の扉
14/06/11 23:49:21.17 FvT/12T+0
「1人の生贄で世界全体が救われるなら……それでいいじゃないっすか。アニメや漫画なら絶対間違いだといいますが、
しかし現実をご覧くだせえ。誰だって属する組織のトップに巨大な流れへの裁定を任せているじゃあないですか。負担の
総て押しつけているじゃあないですか。総理大臣が国家の難事のため何日も眠らぬ時、国会議事堂に毎日ありがとうご
ざいますと垂れ幕持った暖かな群衆きますかね? ないでしょう。所詮民衆さんたちは嵐あらば誰かに舵を任せきりです。
政治家だけじゃあありませんよ。優れた資質を持つ方はいかな職業であれ矢面に立たされる。儲けたい。欲望を叶えたい。
そう願う方々の露骨な牙を浴び続ける。支えていると仰る方が現場で代わりに傷を浴びるのは稀。仮に稀が叶ったら世間
は美談と称えるでしょう。想いの丈に感動したと皆さん拍手なされるでしょう。だがそもそもそこがおかしい。1人を生贄に
するのを防いだだけで万雷の拍手が起きる世界は実のところ異常でしょう。常態でないというコトっすよ、優れた人が生贄
回避するってのが」
 それじゃ駄目だ。ブレイクはやや芝居がかった調子で首を振る。
「ただ、ま、現状の世界が良しとしてるなら文法には従いますよ。俺っちたちは生徒さんの中からアースの器1人生贄にし
ます。誰にも文句は言わせませんよ。何しろ誰だって偉い人優れた人を無言のうちに生贄としてますからね。だから皆さん
にもなって貰いましょう。人を犠牲にする以上、犠牲にもされる。それでこそフェアってもんじゃないですか。殉死って奴です
よ。俺っち友を失った生徒さんに無残な追撃加えて犠牲にするつもりはねーですが、他の人、誰かに痛みを撒いてきた方
は殉死させますよ。構造改革にはコストが必要ですからね。もう誰も傷つかねえ世界、生贄1人もいらない世界、それを
作るには結構な数の人間さんに死んでもらう必要ありますが、ま、後のコト思えばいいんじゃないすかね」
「…………」
「微弱で、撥ね退けられない鬱陶しい痛みをこの先何億世代もの人間が味わい、大した精神の変化もないまま、不毛な、
どこかで誰かが既にやったありきたりの争いばかり繰り返し、地球という枠の中の、資源を浪費し、環境を汚し、生物と
して史上初めて自ら住めない世界を作り先細って絶滅していくコトを思えば……にひっ。ここらで人類数百人単位に絞って
永劫に続く綺麗な世界目指して再出発する方が、まだ望みもあるでしょう」
「…………」
「大きな負担抱え込んで苦しんでる人あらば、仕事だの役職どのの『枠』ブチ破って駆けつけて、痛み分かちあう世界じゃ
なきゃあ、職務放棄が何万件起ころうがすぐさま別の人が代位できる、優秀で優しい人に満ち溢れた世界じゃなきゃあ、
何年平和が続こうといつか破綻しますよ人類は。所詮現状は不服と不満と、それを改善しようとしない努力不足の先送り
で辛うじて成り立っているんすよ? 利潤構造の保持を目指す一握りのお偉いさんに使われる、目先の賃金目当ての方々
の、生活を破綻させたくないという水準の低い同意が倫理の体を成して虚飾した秩序が辛うじて世界を回してるだけであっ
て、内実はひどく不健康なんす。文明は向上しても精神は向上しない。『枠』を破り成長する機会を大多数の方々が自ら放棄
し目先を追い、テキトーやっては誰かに迷惑をかけ傷つけ……生贄とする。変えるべきでしょう世界」
「…………」
「気付きやしょう。デモ行進するしか能のない方々が多数を占める構造がそもそもおかしいのだと。枠の中に害虫が満載さ
れている環境の劣悪さ……1つ改善してましょうよ」
「…………」
 文言はともかく強い男だとは思った。小札の弟子らしいとも。
(演説じみた言葉を並べたてる間にも俺と互角以上に切り結んでいる。姉さんすら見えなくなった)
 いつの間にやら秋水は建物を回りこんでる。リバースの銃撃さえ遠くなった。桜花の安否についてぞっとする想像が湧いて
くるがここで押し切られてはわずかな可能性さえ費えると何度も精神を震わせた。その甲斐あって猛攻を受けながら傷は
数箇所で済んでいる。いずれも浅い。ただし特性なしの相手に戦略目的─桜花を助ける─をくじかれている現状は決
して明るいとはいえない。秋水は総角との戦いから一段も二段も伸びている。防人の太鼓判だ。劇前数日間の地下特訓で
手合わせした音楽隊もそれは認めている。剛太同様重力を意識してから攻撃力は格段に跳ね上がったし、精神面もまひろ
との交流で強くなった。ゆえにソードサムライXの硬度も増した。特性の使い方だって劇を通して以前よりグンと幅を広げた。

48:永遠の扉
14/06/11 23:49:53.34 FvT/12T+0
剣客に必要な洞察力、相手の心理を読む術も演劇の練習の細かな打ち合わせの中で向上。ディプレスの一言で聖サンジェル
マン病院襲撃を察知したり、ハルバートの特性に気付いたり……剣術一筋の朴強漢から脱しつつあるのだ秋水は。

 なのにあらゆる要素を総動員して立ち向かうブレイクは─…

 戦いながら長広舌に及ぶ余裕がある。息1つ切らしていないのだ。最善のタイミングで放つ最大限に重力を活かした逆胴
が何発も何発も話途中に防がれた。

 秋水は、黙った。
(武藤さんもアースの器の可能性がある)

 劇完結後すぐの話だ。まひろと並んで歩く秋水の元へ総角が来た。

「フ。なあ秋水よ。さっきそのお嬢さんに武装錬金出させるために色々苦労してたそうだな」
「?  ああ、そうだが。千歳さんたちとの演技のとき現れた『もう1人の武藤さん』。彼女が武装錬金かどうか試したかった」
「なんか検査するみたいだよ金髪の人! 何日かかかるそうだけど……」
「アレ俺名前覚えられてないひょっとして!? いやそれよりもだ、フ、その、だな、お前たちの努力を無駄にする提言なのだが」
「なんだ総角。言いたいことがあるなら早めに頼む」

「フ。さっきのがそのお嬢さんの武装錬金かどうか試したいなら……」

「髪採って俺の認識票に当てれば良くね?」

 ちょっと呆れた様子の音楽隊リーダーを前に秋水は黙り。

 黙り。
 ひたすら黙り。

「その手があったか!!!」

 全力で叫んだ。

「……。気付かなかった俺も悪いが。どうしてすぐ言いに来なかったんだ総角? まさか今気付いたのか?」
「フ。来てくれるのを待っていた。『気付いたか流石秋水』って褒めて頼れる友人的な態度で願いを叶えるタイミングを、だな」
「伺っていたのか……。君最近なんかしょうもないな…………」
 うん。なんかゴメン。ちょっと照れくさそうに目を伏せ、ほっぺに紅色の楕円を浮かべる総角であった。
 あとディエンドにFFRされいいように使われたショックで色々しばらく吹っ飛んでいたらしい。
「フ。しかし髪を抜くとなると……痛いぞ?」
「斬るのも忍びないしな……。さっき舞台で根来たちのカマイタチが千切った髪、アレを探すか……?」
「え? え? 何の話? 髪? あれなら床屋さん行く手間省けてむしろラッキーって感じだよ!」
 目を白黒するまひろの背後から沙織が忍び寄った。
「枝毛発見! 抜いちゃう! もー身だしなみしっかりしなきゃダメだよまっぴー。主演女優なんだから」
「フ」
「……」
「な、なんなの。ぬ、抜いちゃダメだった……?」
 指先でふわふわ揺れる栗色の髪を凝視する生徒会副会長と美丈夫に沙織は狼狽えた。

「「Σb」」ビッ!

 無言のサムズアップ2つ。そして─…

(やはり武装錬金だった。DNA経由で発動した。もう1人の武藤さんは『影武者』。影武者の武装錬金)

(……というか武藤さん、床屋で髪を切るのか? 美容院じゃないんだ………………)
 まひろらしくて、ちょっとおかしみがこみ上げたが、過日その指で行った洗髪プレイが蘇り慌てて首を振る。「赤くなった顔
をブレイクに見られはしなかったかと彼を見る」が、「彼は色の変化に全く気付いていないよう」だった。

 ともあれまひろが劇のさなか武装錬金を発動したのが確定したため、今は聖サンジェルマン病院地下50階に移送済み
だ。なお、六舛たち他の生徒が発動した武装錬金は劇終了とともに解除され今に至る。

49:永遠の扉
14/06/11 23:50:23.79 FvT/12T+0
(しかしどうやって発動したんだ? 根来の話では異物がなかったという。彼がそういうなら絶対だ)

 上演中、大道具始め何人もの生徒が虫(?)と目される何かに取りつかれていた。それについてはシークレットトレイルの
亜空間─根来のDNAを含む物以外総て弾き出す─によって除去された。(根来曰く、対象者に着せる衣装は、DNAを
編み込みつつも「穴」ある方が良いらしい。そうすると寄生物がたちどころに出ていくという。「いやだが、穴から対象者の肉
片が飛んだりしないのか?」と聞くと彼は嫌そうな顔をした。「ならない」「何故?」「私の亜空間だ。私がそうなるなと思えば
若干の融通は聞く。肉は飛ばない。寄生した虫などだけ飛ぶのだ」「え、いや、でも」「虫などだけ飛ぶのだ」「そんな適当な」
「適当ではない」。ちょっと可愛い答え方するねごっちーであった)。

(後半……中村最後の主演を皮切りに現れた武装錬金とも毛色が違う。岡倉たちの武装錬金は『演劇で昂っていないにも
関わらず』発動した。武藤さんは逆だ。熱演……劇に対する想いが高まった瞬間、影武者が……)
 出た。かつてあった「衣装に縫いつけられた核鉄の呼応」と非常に似ていた。当初想定していたレティクルの狙いともそれ
は合致している。だが岡倉達のはもっと何か別の……『何者かの武装錬金で強制的に発動されたような』、強引さがある。
(一体あのとき武藤さんの体の中で何が起こっていたんだ? 誰がどんな方法で影武者を発動したんだ?)
 不明だが、六舛たち同様、レティクルエレメンツが器と見なす可能性は必ずしもゼロではない。
 もちろん、まひろ含む23名の発動者たちの中に器が居ると決まったわけではない。何しろレティクルたちですら誰が器か
分からないのだ。だから漠然と「演劇部員の誰か」と狙いを定めアトランダムに武装錬金を発動させた。未発動の誰かが
実は器という線もある。

─「お兄ちゃんは先輩たちにちゃんと前に進んで欲しいから、痛いのも怖いのも引き受けたんだと思うよ」

─「だから刺しちゃったコトばかり気にして何もできなくなったら、お兄ちゃんきっとガッカリしちゃいそうだし……」

─「だから手助けしたいの」



─「まだ私に『悪いなー』と思ってくれてたら」

                                               ─「まだだ!! あきらめるな先輩!!」


─「お兄ちゃんがいったコトだけはちゃんと守ってあげてね。それからさっきの言葉も」


                                         ─「君が武藤と再会できるその日までこの街は必ず守る」


─「そうじゃないとお兄ちゃんに胸を張ってちゃんと謝れないと思うから」


「…………」
 ブレイクの言葉を否定するほど口は巧くない。断罪できる圧倒的正義の背景も持っていない。まひろ1人救えていない秋
水が、世界の趨勢にどうこうと口を出しブレイクを詰るのは筋違いだろう。

「……だからこれは、正義でもなんでもない、俺の個人的な事情だ」
「ん?」
「武藤への贖罪と……武藤さんへの恩義のため…………誓ったんだ。再会までこの街は必ず守ると」
「ほうほう」
「生徒達の誰か1人でも欠ければ……戻ってきた武藤は…………絶対に悲しむ。津村と決別してまで守ろうとした世界が
変貌すれば……何のために彼女や武藤さんを悲しませたか分からなくなって…………悲しむんだ」
「…………」
「だから、彼の、守ろうとした理念は、守られた俺達が守らなくてはならない。彼の守りたかった姿を守らなくてはならない」

─「だってお兄ちゃんはみんなの味方だよ。で、私はみんなの中の一人! それなら戦いで受けた傷は私のせい! 
─……って思ったんだけど違うのかな?」

─「とにかくね、お兄ちゃんが戦ってくれたのは私たちのためなんだから、ケガさせちゃったコトは一度ちゃんと謝らなきゃ。
─じゃないと悪いし、いま秋水先輩の気持ちをちゃんと解決してあげれない以上は一緒に謝るべきだよ!」

50:スターダスト ◆C.B5VSJlKU
14/06/11 23:50:55.55 FvT/12T+0
「……だから俺は君たちを止める! 世界はまだ1人では歩けない。従って君たちの望みが正しいか否か語るべき故はな
い」
「ですが武藤カズキさんの理念を蝕むものであるなら…………阻むと」
 灰色の瞳が少し細まった。
「ま、尊重したくはありますねー。頭ごなしの一般論よりはまだしっかりした『枠』をお持ちのようですし、そーいう万人に通じ
ない意見を敢えて選ぶ方……嫌いじゃあねーです」
 ただ……。柄でトントンと首筋を叩きながらブレイクは困ったように吐息をついた。苛立たしげというよりはどこかユーモラス
な雰囲気だった。
「そーなっちまうとですねー、俺っちの理念、望みが叶わなくなっちまうんですよ。さっきの演説ってのぁ結局のところ青っちが
幸せになれる世界のためすからねー。果てさて。それを貫くと秋っちの恩人さんや憎からず思われるまひっちの世界まで壊
れる……どーなんでしょうねえ。青っちリア充嫌いですけど、カズキさんいなくなって悲しんでるお二方には寛容でしょうし」
 どうしたものか。考えても答えは出ないようで、だからブレイクは眉を寄せた。
「結局、男ってのはどちらが正しいか、勝負して決めるほかねーんでしょうね」
「だな。戦わねば守れない。それが世界だ。そこだけは……嫌というほど味わった」
 秋水は正眼に構える。
「だったら俺っち特性をば使いやしょう。ハルバートの武装錬金『バキバキドルバッキー』の特性を」
 斧槍を包み込む位相が……緩やかに曲がり始め─…


 一方、剛太は。


「んふふ。人気の無い倉庫の裏に年上のワタクシ連れ込むだなんて……素敵ねん」
 シャツが捲くれ上半身がほとんど露になった状態で押し倒されていた。
 眼前にそびえるのはボタンの外れたブラウスと黒い下着とホクロが飲まれそうな豊かな谷間。
 下半身はまだスカートを穿いているが、剛太の腹の上で艶かしくくゆっている。

(……俺の貞操ピンチ!!!)

 果たしてどうなるのか。続く。

以上ここまで。

51:ふら~り
14/06/15 19:20:12.38 GIPOZjxC0
>>スターダストさん
ず~っと前から。ディプ相手に斗貴子や剛太で勝負になるか、と心配してましたがいきなり、
トラウマを踏み越えつつ流石の有効打! ディプ側も、この手のキャラの義務(と私は決めてる)
であるマジギレモードを見せてくれてコワ面白嬉しい! 剛太は……これはこれで心配?

52:永遠の扉
14/06/15 21:52:32.26 hpolLC5f0
 養護施設北西・角の近くで。

 激しく切り結ぶ秋水とブレイク。バキバキドルバッキーの特性はまだ使われていない。
(引き続き警戒だ)
 切り結んでいるうち随分移動したらしい。養護施設北西の角が見えた。
(そういえば中村が金星の幹部を吹き飛ばしたのもこちらの筈。戦況はどうなんだ?)
 一瞬のわずかな切れ目の中で考えながらブレイクともども角を曲がる。

 顔面騎乗だった。

 グレイズィングは剛太の顔に跨っていた。

 下半身はフードのほか何も身につけていない。白い太ももが剥きだしだった。

(…………)
 錚々(そうそう)たる剣戟の音を撒き散らしながら秋水とブレイクはもと来た道を引き返した。


「ほほへよ!!(戻れよ!)」
「あん」
 秋水へ叫びながら立ち上がる剛太。フード姿の女医は体をビクリとさせ艶かしい声を上げ、
「いやん。いきなり鼻を挿入だなんて。初めてなのにマニアックね」
 下半身裸の状態でリンゴのような頬に手を当ていやいやと首を振る。
「ひはう!!(違う!)」
 どういう訳か言語不明瞭な新人戦士は口に手を突っ込んだ。何か黒い塊が出てきた。地面に叩き付けられべっとりと
広がったそれは黒いショーツだった。
「おまえなんてコトしてくれたんだよ!!」
「顔面騎乗ですけど」
「ですけどじゃねェよ!! いきなりなんてコトしてんだ本当に!!」
 顔面に残る生暖かい感触に赤くなったり青くなったり忙しい剛太である。
「ふふ。どうでした初めて見る秘所は? 女体の神秘、堪能しまして?」
「見! 見てないぞ俺は何も見てない!!」
「ちなみに坊やの口に突っ込んだのはワタクシの脱ぎ立てホカホカの「言うな!!!」
 むせ返るような独特の匂いに吐きそうだ。
(つか口に入れる前から濡れて─…)
 首を振る。深く考えると死にそうだった。凄まじい精神攻撃だった。
(くっそ早坂の野郎~~~!! よくも見捨てやがったな! 決めた!! 生き延びたら色々嫌がらせしてやる!!)
 考えていると真白な両足が目に入った。わざわざフードをたくし上げている辺り、非常に目の毒だった。
「ん!!」
 とりあえず辺りに散らばっていたスカートやらストッキングやら下着をひとまとめにして差し出す。
「あら紳士ねん。けどいらないわん。オンナの脱衣は決意の証。行為が始まりもしないうちに再び着るのは名折れでしてよ」
「うるせえ! さっさと着ろ!!」
「クス。顔真赤にしちゃって可愛いわねん。童貞さんには刺激強いかしらん?」
「だ! 黙れっての! 例え敵でも女にみっともない格好させられるかってんだ!!」
 わずかだが目を丸くした(厳密にはフードで見えないが、雰囲気的に)グレイズィングはクスクス笑った。
「アナタきっと将来いい男になってよ。保証しますわ。今はいろいろ未完成で雑いけど、磨けばきっと光るってねん」
「別にてめえのためじゃねえ! 勝つにしろ負けるにしろ相手が下半身丸出しの女なんて余りにも情けねえだろうが!! 
先輩だってきっと呆れる!!」
 はいはい。どうやら剛太を気に入ったらしい。金星の幹部は着衣、露出をやめた。
(やっとコレでまともに戦える……)
 特にこれといった攻防は無いが変態的行為2つに剛太はすっかり疲労困憊。うなだれる。肩にズッシリ重みが来た。
「ちなみにさっきアナタの顔面に乗った女体の神秘、津村斗貴子も持っていましてよ?」
「!!」
「クス。早坂桜花も栴檀香美も若宮千里も、カッコ良くても美人さんでも天真爛漫でも大人しげでも……オンナなら誰しも、
さっきボウヤのお顔に乗った神秘……足の付け根に持ってますの」
 剛太の脳裡に様々な女性の顔が浮かぶ。凛々しいショートボブの先輩、黒髪ロングの一見清楚な生徒会長、ニャハハ
と八重歯剥き出しで笑うネコ少女、演劇でちらほら見かけた眼鏡の文学少女……虹色の点描のなか次々浮遊する彼女
らの顔に、先ほど目を閉じる寸前焼き付いた強烈な真実がグングンとオーバーラップしていく。
(あ、あんなグロいのが先輩にも……)。ゴクリ。生唾を飲み込む剛太へ更に凄まじい言葉が浴びせられる。
「ねえ、セックスしちゃいましょう」

53:永遠の扉
14/06/15 21:53:31.59 hpolLC5f0
「はい!?」
 驚くほど細い体がしだれかかってきた。フードからはみ出すジンジャーレッドの巻き毛がかぐわしくも艶めかしい匂いを
漂わす。それだけで剛太の心臓はドキリと金縛りだ。さらに鼻にかかった甘い声。
「言ったでしょ? ボウヤきっと将来いい男になる……って。セックスすれば原石が宝石になって魅力増すわよん」
 芸術品のように美しい人差し指が剛太の乳輪をグリグリとかき回す。ムズ痒い快楽に剛太は理性をなくしそうになる。
「オトコに必要なのは自信でしてよ? クライマックスに色々見せられて傷ついたんでしょ? だったら自分を磨かないと」
 熱い吐息交じりの囁き。鼓膜から脳髄をじわじわ蝕む甘い毒。指はもう露骨だ。剛太の胸全体を処女にするよう優しく
愛撫し始める。首筋に吸い付いた唇は蛭のよう。思わぬ倒錯の快美に情けなく呻く少年を誰が責められよう。
「ほら。乳首も硬くなりましてよ。坊やの体もこんなに欲しいと言ってるじゃない。我慢は……毒よ?」
 優しく、まるで聖母のように微笑みながらグレイズィングは剛太の手を取り……胸へ導く。
「ほら。揉んでみて。怖がらなくていいのよ。最初は誰だって初めてなのよ。ワタクシが優しく手ほどきしてあげるわ……」
 ややハスキーな声でしかし陶然と慈悲をも交え触らせる胸は細身からは想像もつかないボリュームだった。服越しとは
いえ初めて性的なニュアンスで触れる女性の胸の柔らかさと弾力に剛太はとうとう我を忘れ……そうになり。
「だ、だから触るんじゃねえ!!」
 首振りつつ必死になって突き飛ばす。金星の幹部は尻餅をついたままキョトリとしていたが、すぐに白い歯を零した。
「誘惑されないなんて大したものよ坊や。愛の力……津村斗貴子への想いは本物と」
「るせえ! いい加減戦えよ!! 戦わなきゃ格好つかないだろうが!!」
「心外ですわね。いやらしいコトするのがワタクシのバトルスタイルでしてよ? 戦場で好みのタイプ見つけたら性別も年齢
も問わず取り敢えずヤッちゃいますの」
(性別って……)
 聞き捨てならない単語にブルリと身を震わせる剛太。立ち上がった女医は胸に手を当てる。
「そ。女のコでもいけるクチでしてよワタクシ。鐶がレティクルに居る頃だって狙ってましたし」
「オイ」
「ま、あいにくリバースに取られちゃいましたケド」
(取られた!? え、なにアイツ義姉にヤバイことされてた訳!?)
「クス。大丈夫でしてよ。せいぜいファーストキス奪われて、お風呂場で押し倒されておっぱいにおっぱい押し付けられた
程度のお話。お互い女のコですもの。初めては大事な人に取っておきたいと一線踏み越えなかったそうよん」
(過激すぎる……)
 女医曰くウィル除く幹部全員仕留め損ねているらしい。(ウィルって誰……ああ小札の因縁の相手か)、どうでもよかった。
「ちなみにワタクシのクスって笑いはセックスのクスですの」
 どうでもよかった。
「ふふ。冷めちゃいましたか? なら昂ぶるまで普通に攻撃させて貰いますわね」
 グレイズィングの背後で光が影を結んだ。現れたのは看護師のような自動人形。
(ハズオブラブ。総角が複製した奴とは少し違う。複製時(10年前)から変わったってコト?)
 機械的な意匠こそ目立つが整った目鼻立ちの少女だった。少し化粧をするだけで人間と見分けがつかないな……剛太は
そう思った。ピンクのナースルックは紛れもなく市販品。(そーいやニンジャ小僧の兵馬俑も手縫いだっけ)、聞きかじりの知識
が蘇る。同じ自動人形でも、御前やキラーレイビーズと違って着るようだ。
(……服はともかく自動人形呼んだ狙いは)
 同時攻撃。背筋に冷たい汗が流れる。ただでさえレティクル最強を自称できる身体能力の持ち主が、秋水を苦しめた自
動人形を平然と跳ね返せる衛生兵と共に攻撃する。恐ろしい想像だった。
(落ち着け。2対1になるのは織り込み済みだろうが。覚悟の上で引き剥がしたんだ。食い止めなきゃ─…)
 ギャゴポゥッ! 妙な音が響いた。剛太は見た。自動人形の腕を一本引き抜くグレイズィングを。
「え」
「ワタクシのバタルスタイル……」。肘から先のない腕を無造作にぶら下げながら全身フードは歩を進める。剛太という上が
りめがけて。
「ワタクシのバトルスタイルは……至極単純。クス。せっかく回復役たる御身を自衛できるよう医療知識を総動員し強い体を
造りあげたんですもの。生身ならレティクル最強の身体能力を徹底的に活かしぬく……それだけですわよ」
 垂れ目は捉える。身長160cm弱とさほど大きくない幹部の体が威容を湛えるのを。

「すなわち!!」

54:永遠の扉
14/06/15 21:54:38.94 hpolLC5f0
 腕を掴んでいる細腕の周囲でフードが裂けた。布きれが舞い散る中、白樺のように頼りない腕が爆発的に膨れ上がる。
(!?)
 プレイメイトからボディボルダーのそれに変じた筋肉満載の野太い腕。(ブラボー……いや、戦部よりぶっとい!!)、波
打つ筋繊維と血管に気圧され後ずさる間にも女医は嗤う。腕以外は相変わらず細いまま……そこが却って不気味である。

「ワタクシのバトルスタイル!! それは!!」

「ひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらひたすらぁ」

「ひたすら力を込めてェ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

「ブン殴るッ!!!」

 右腕より先が現世から消失した。ズヮヶブンッ! マッハ28で擦れ合うバーミキュライトのようなノイズを奏でた腕のしなり
は不可視領域。(何が何だかだがとにかくマズい!) スカイウォーカーモードの応用で後ろめがけ急速発進、メロスになり
損ねたブルータスこと早坂秋水が遡行した角をぐわんと曲がる。減速。角地から1m南下した地上で戦輪を1つ旋回させ土
くれを巻き上げる。それを眺める剛太の体は風と共に8m流れた。
(攻撃力は高いだろうがリーチは自動人形の腕程度! 仮に投げるにしろ角曲がった以上直撃は避けられる!)
 よしんば追尾性能があったとしても土煙を見れば予兆ぐらいつかめる。
(土煙を避けるっつーならむしろ願ったりだ! 遠回りするぶん迎撃体制を─…)
 結論からいえば剛太が打ったのは……限りない最善手だった。未知の搏闘(はくとう)を機動力で全力回避。咄嗟ながらも
隠された特性をも警戒したのは特筆に価する。
 唯一綻びがあるとすれば『せっかくのマークを外し、グレイズィングに他の幹部と合流するスキを与えた』─…

 ではなく。

『敵を自分基準で見過ぎていた』

 である。
 ただしそれは悪癖というべきものではない。剛太の頭脳水準はとみに高い。にも関わらず敵を侮らず、むしろ自分以上の
悪辣を持ち合わせていると警戒し、常に十重二十重の善後策を存分に講じる用心深さはそれ自体が得がたい才能だ。常人
ならば六度命を失いかけてようやく至るに至る境地をまっさらな新人状態で事もなげに自得しているのは一種の奇跡だ。
 故に『敵を自分基準で見過ぎていた』事実は決して過失ではない。最善手の1つに過ぎない。過ぎないのだが次の瞬間
剛太は思い知る。

 レティクルエレメンツ幹部。通称マレフィックたちの。

 常識を遥か超えた……脅威を!!

 惑星爆発級の衝撃が剛太の精髄を痛打した! (直撃!?」 まさか腕……いや本体でも後ろに来たか!?)、レッド
アラートの世界の中で振り返るルーキーだが現状はそれより遥かに悪い。背後には何も無い。千切れた腕もグレイズィング
も。ホッとできたのはしかし一瞬だ。正面へ戻る途中の眼球は確かに捉えた。

 景色が、動くのを。

 電車に乗っていれば運賃分の時間好きなだけ体感できる現象だ。建物が後ろに流れていくアレだ。それが児童養護施設
で再現された。それ自体は決して珍しい現象ではない。先ほど逃げるとき剛太は同じ風景を見た。溶けつつ後ろに流れる
窓や壁を視界の外で茫洋と捉えた。(…………)。足元を見る。車輪はとっくに止まっている。とっくに。一滴の汗が頬を伝う。
ボコギチャヅククッ。建物が南めがけ進軍する。……建物が。鉄骨の軋む嫌な音が心を確実に確実にかき乱す。
(まさか)
 土煙を見る。先ほど巻き上げた土煙を。

 サンドブラウンの嵐は、建物の角から2m北でもうもうと立ち込めていた。

 問題。

『先ほど角から1m南で発生させた筈の』土煙が─…

  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 建物の角から2m北で立っているのは何故?

55:永遠の扉
14/06/15 21:55:11.92 hpolLC5f0
「野郎!! まさか!!?」

 潜行した衝撃波が養護施設の外壁を膨張させて波打たせる。剛太は見た。確かに見た。角が2mほど浮き上がっている
のを。建物が急ブレーキをかけ『跳ねた』。
「殴って動かしやがったのか!? 馬鹿な!! 演劇だけで100名以上収容できる施設だぞ!?」
 壁が砕け散り窓が割れる。範囲30m。剛太が視認できる限り総ての施設が骨組みだけになった。バックドラフトの爆轟
のなか焦げ臭い毒蛇どもが何匹も何匹も外に溢れた。赫々たる瞬きはしかし建物が『着地する』衝撃に呑まれ消え果てる。
 爆発が外装を吹き飛ばしたのではない。外装が吹き飛ばされたから爆発が起こったのだ。逆の因果に慄然とする。
(フザけんな。女で医者でしかも回復役なのに何なんだよこの攻撃力。反則だろ。在り得ねェ)
 身体能力については先ほどご高説を賜っている。『他者を癒す存在だからこそクランケ以上に頑強たるべき』……筋は
通っている。誰も虚弱で病弱な医者など信じない。剛太自身そんな輩に診て貰いたいとは思わない。だが限度というもの
がある。
(戦う医者おおいに結構。だがもっとこう、同じ”強い”でも色々あるだろ! 人体構造知り尽くしているから関節とか秘孔
破壊したりとか、注射器やらメスやら使うとか色々!!! それがただ殴るだけって何だよ!? 捻れよ医者!)
 小細工のない相手は破り辛い……とまでは思わない。むしろ直線的すぎるからこそ、小回り重視のモーターギアの本領
発揮といけるだろう。しかしそういう利点を得てなお釈然とせぬのが偽らざる実情だ。
(やだよこんなゴリラみたいな回復役! 腕っぷし強い癖にエロいし! スタイルいいのが逆に嫌だ!!)
 グレイズィングが筋骨隆々のいかにもなガテン系なら先ほどの攻撃力も納得できる。顔が見えなくても「敵の幹部に1人
は居る妖艶な美女だなコイツ」と分かる雰囲気の彼女が「いわゆる知性ゼロで自分のコトおでとか呼ぶパワーファイター
な幹部」みたいなコトしたのが大変嫌だ。
「クス。ウォーミングアップなしだと……やっぱり外れますわね」
 角を……いや、厳密にいえば「先ほどまで角があった」、建物の轍の横を女医が悠然と曲がってきた。「……」剛太は
チラりと横目を這わす。溝はそこにもあった。15cmはあろうかという溝の傍で建物の基盤が、コンクリートらしき灰色の
基礎の側面で見るからに冷たい濡れた土を真新しく光らせているのは悪夢だった。
(思慮も何もあったもんじゃねえ! 力込めて殴る! 単純! だがそれ故に度を外れた強力!!)
 土鳩が新幹線にぶつかる動画を見たコトがある。衝突という概念すら成り立たぬ世界だった。骨格も筋肉も羽毛も水滴
だった。少しばかり掃除が困難な汚水……土鳩の命はそう定義され消滅した。砕け散るのだ。速度と衝撃において圧敗す
る者は肉と消化物の匂い混じりの通過の霧と消えるのだ。
(どこに当たろうが……死んでた。衝撃波が建物30m以上砕くんだ。指に掠っただけで……いや、完全に躱したとしても、
腕が傍にある何がしかの物質と衝突したら…………余波だけで、死ぬ)
 回避という選択自体は正しい。正しいがそれゆえ剛太は敗北以上のおぞましさをタップリと呑まされた。
(鐶の義姉……身体能力で劣るリバースでさえストレイトネットを引き千切ったんだ。自称最強のコイツなら恐らく)
 汗は施設の炎ゆえではない。恐らく当たっているであろう最悪の想像が三斗どころではない冷汗を滴らせる。
「コイツなら恐らく、素手でシルバースキン攻略できる)
 女医は近づいてくる。
「クス。一撃で跡形無き蘇生不能になれるなら幸せよん。生き返る限り拷問ヤッちゃうワタクシ─…」

「『どすけべ女医 金断の診察室(マレフィックビーナス)』……グレイズィング=メディック相手ならねん」

(落ち着け。相手が脳筋ならむしろやりやすい。腕含め何か投げてくるかも知れねえが、どっちみち近づくのはマズいんだ)
 土煙を巻き上げていた戦輪が戻ってくる。予めインプットした通りに。
(小回りと応用の効くモーターギアで先輩達の居ない方向へ誘導(早坂の居る方へ来ちまっているが不可抗力。逃げなきゃ
死んでた)。どうせ手傷を負わせても回復されるんだ。こっちからは仕掛けねえ。回避全振りだ)
 残る問題は自動人形の捕捉だ。単体でも他の幹部を癒しにいく可能性がある。最後に見たのは角の向こうだ。進退を
見極めるためにはグレイズィングとすれ違わなければならない。

56:永遠の扉
14/06/15 21:55:51.02 hpolLC5f0
(……マズいな。どうする? 屋根の上へ行くか? けどさっきの衝撃が衝撃だ。全壊してねえ保証はねえ。あちこち破れて
るだけでも走破は困難。炎ともども機動力を削ぐ、追いつかれる。そもそも登った所をドン! カブトムシかイガグリにするよ
う建物を叩き俺を落とす可能性も…………)

「クライマックスは薄い本が大好きですのよ」

 思考を遮る声。顔を上げる。歩を止めたグレイズィングの下半分しか見えない顔が養護施設の炎に赤く炙られていた。
(薄い本……? ページ数の少ない小冊子……なのか?)
 クス。思考を読んだように女医は嗤う。
「漫画とかのキャラが痴漢されたりラブラブなエッチしたり或いは適当なモブに輪姦されて全身精液ドロドロでアヘ顔ダブル
ピースしたりする本ですわよ」
(うわオタク趣味かよ! エロ漫画ってだけでアレなのにアニメキャラとか使うのかよ!)
 露骨に嫌悪感を示す剛太。アヘ顔ダブルピースの意味はよく分からないが、とにかく碌な表情でないコトは理解した。
「ワタクシも借りますのよ。三次元もいいですけど、二次元の少年少女は現実にない清らかさがありますもの。フフ。それらが
羞恥に悶える姿はヘタなAVより刺激的。本と同じ体位しながらバイブ出し入れして「んほお!」とかイクの楽しいんですの」
 炎の照り返しの中でも分かるほど頬を染め手を当ててくねくねするグレイズィングに、「で、薄い本が何?」冷めた目で問
いかける。
「いつも7ページから読むんですのよワタクシ」
「は?」
「だいたい前フリが……あ、前戯じゃありませんわよ。ヤッちゃうまでの過程、ちぃともエロくない部分がだいたい6ページ
ほどあるのでソートー興味惹かれない限り一周目は飛ばしますの」
「だから何だよ!? お前の性癖とか知らねェよ!!」
「『なぜワタクシが女医にも関わらずブン殴るか』……その説明でしてよ。殴るってのは6ページすっ飛ばす行為ですの。7
ページ以降のめくるめく世界を一刻も早く掴み取るための儀式ですの。相手の特性だの戦法だのはエロに至る前のゴチャ
ゴチャとしたしょうもない前説にすぎませんのよ。シンプルかつ、とっとと。最適かつ最速の攻撃を叩き込んで6ページすっ
飛ばして、好みな敵さん毒牙にかけて楽しみたいんですの。防御固めてベホマ毎ターンかけて突っ込み、カンストした攻撃
力で特性も戦法も……捻じ伏せる!! されば戦闘はいつだって7ページ目になりますの。だから殴るんですのよワタクシ」
 恐ろしく即物的な意見に剛太は変化を感じる。
 風の変化を。流れの移ろいを。
「クス。察したようですわね。アナタはよっぽど面白そうな薄い本。1ページ目から順々読んで来ましたけど……」
(マズい! 来る!!)
「今しがた捲くれましてよ6ページ!」
 愉悦を歌うように叫び、彼女は地を蹴る。今度は足がマッシブだった。
「カモシカの脚力で踏み込みゴリラの腕力でぇ~~~~~殴る!!」
 瞬間移動した如く眼前に迫る死の影。圧倒的絶望の中、剛太は─…

 養護施設南部・庭。

『お姉ちゃん同盟結成のお知らせ。
一緒に同盟に入って光ちゃんを可愛がりませんか? 入会費・年会費は無料。

    光チャンワッショイ
                            +
.   +   /■\  /■\  /■\  +   
      ( ´∀`∩(´∀`∩) ( ´ー`)     来たれ来たれー
 +  (( (つ   ノ(つ  丿 (つ  つ ))  +
       ヽ  ( ノ ( ヽノ   ) ) )
       (_)し'  し(_)  (_)_)  光チャンワッショイ』

(………………)
 庭に書かれた手紙を見た桜花はただ呆然とした。表情は横線に埋め尽くされ窺い知るコトはできない。
「A4サイズぐらいの狭さにアスキーアートまで書きやがった……」
 ついに毎秒14発に達した射撃を撃墜しながらこの余裕。御前に至っては呆れを通り越して感服だ。
『フー』
 トリガーに指をかけながら額を拭うリバースはひどく満足そうだった。アホ毛がヘリよろしくグルグル旋回した。
「あら?」
『むむむのむ?』
 麗しい少女ふたり、同時に東を見たのは地響きのせいである。

57:永遠の扉
14/06/15 22:01:26.62 hpolLC5f0
.
 迫ってきたのは。

(桜花は海王星の幹部の銃撃を走って避け始めた。弓矢(アーチェリー)では全部捌き切れない上にガス欠を招くからだ。
もっとも理由はそれだけじゃないがな)
 お姉ちゃん同盟の古戦場に滑り込んだ斗貴子はダブル武装錬金で『弾く』。銃撃を相殺できなかった矢、地面に刺さる
矢を弾くのだ。大部分はディプレスに向かうが一部は桜花と撃ち合うリバースを狙う。
(クリーンヒットとは行かないがな)
 アホ毛がぺちぺち動いて矢を砕くのは閉口だ。斗貴子としてはせめて後学のため、話に聞く自動人形ぐらい援護防御に
引きずり出したいのだが、それさえ叶っていない。
 とにかく現状は桜花との奇妙な共同戦線だ。スペックで海王星に劣る彼女。火星に攻撃したいが近接すれば分解の餌食
になりかねない斗貴子。矢を地面に林立する素っ気ない行為が双方を上手く補っている。斗貴子がリバースの注意をわずか
なりと逸らし桜花がディプレス用の『弾』を捻出する。
(あの夜、屋上でやりあった時は想像もしなかったな)
 あの夜といえば桜花の矢、地面に撃ち込まれるやすぐ消滅していた。今はしかし消えずに残っている不思議、これもまた
秋水のソードサムライXの硬度上昇と同じく桜花の成長の証であろう。
「けどwwwwwwwwwwああ憂鬱wwww奴の矢にゃあ限度があるwwww」
 何百本目かの矢をスペースデブリならぬディプレスデブリ、周囲を漂う塵芥に作り替えた幹部は手を叩き嘲け笑う。
「随分本数を増やしてるようだがそれでも毎分360発は競り負けているんだよ桜花www つまりwwwいwっwぱwいwいwっw
ぱwいw これ以上てめえに回る矢が増えるコトはねーぜw 万が一増やしたとしても精神力の方が先に尽きるww ああ憂鬱w」
 いちいち舞い込む挑発に斗貴子が平然としていられるのは日常あらばこそだ。
(戦士長。剛太。毒島。秋水。そして桜花。彼らが私の戦う理由を問いかけ……見つめ直す機会を与えてくれたから乱れず
に居られる。安い挑発に乗ってやる必要はない。日常。戦う理由。答えはまだ出ない。だが……見つける。生きて必ず見つ
ける)
 とは思うもののディプレスに対する決定打が欠けているのも否めない。矢は絶対的に不足している。
 敵の周囲を見る。ボールペン程度の大きさした黒いカラスが何羽も舞っている。
(何発も攻撃を加えた結果分かったが……あれは自動防御だ。奴はご自慢の分解能力を自分の周りに展開している)
 小石を蹴る。ディプレスの30cm圏内に入ったそれの周りで黒い風が吹き荒れた。それだけで小石は世界から消えた。
(あのザマだ。バルキリースカートで攻撃してもたちどころに分解されるだろう)
 だが同時にこの状況が成り立つコトそのものに斗貴子は光明を見出している。
(近づくもの皆総て分解できるというなら、あれを纏ったまま私や桜花に特攻すれば片はつく。今は人間の姿をしているが、
鐶曰く奴の本領発揮は動物形態……ハシビロコウの時だという。ならその形態で自動防御を展開し高速機動! 誰でも
思いつく戦法だ。実際戦団の記録では10年前の決戦でもそうやって何人も葬ったという)
 にも関わらず女性戦士2人にそれを敢行しない
(初手で武装錬金を使わなかった相手だ。手の内を知られるコトを恐れている。つまり自動防御含め分解能力には何か決定
的な弱点があるというコトだ。攻撃力の高さと引き換えにした……使ってなお、私か桜花どちらかに生存されれば見抜かれ
る……単純な弱点が)
 翻せばそれは手数さえあれば破れるというコトだ。物量で位押しに押し続ければいつか破綻が見え攻略できる。
(……せめてもっと大きな物が転がっていれば。石や土、矢よりももっと大きな『何か』さえあれば、弱点、暴けるのだが)
 思考に割り込み割り開いたのは舌打ちである。
「うぜえ」
 全身フードがボコボコと沸騰するのを斗貴子は見た。それがいかな素材で出来ているか知るよしはないが、少なくても伸縮
性に富んだ材料が使われているのだけは分かった。なぜなら中肉中背だったディプレスの姿が見る見ると肥大化し、2mほど
の……無銘の兵馬俑よりも巨大な体格に変じてなおフードが全身像の露呈を妨げたからだ。
「ハシビロコウ、か。姿を変えたというコトはつまり」
 目こそ見えないがネズミ色の羽毛と傷だらけのクチバシを見れば十分だ。体の半分ほどある後者はオーバーサイズ、到底
フードに収まる代物ではなかった。
「憂鬱だよなあ!! 脛に傷ある野郎が如何にも立ち直りましたって顔でこちとらの手の内読む! 憂鬱だよなあ!」

58:永遠の扉
14/06/15 22:04:47.35 hpolLC5f0
 自動防御は継続するディプレスの周囲で陽炎が揺らめき影を結んだ。神火飛鴉翼の生えたボールペンという風体の武装錬金が
轟然と飛んだ。
 桜花めがけて。
(なっ!) 斗貴子は不覚を悔いた。
「タイマンやってるときによぉーーー! 別な相手に粉かけるようなマネおっ始めたのはテメエらだからよおーーーー!! 
ターゲット変えても卑怯って吐(ぬ)かせる道理……ねーよなあ!!」
 クチバシを大きく開けて歪んだ炎の笑いを撒き散らかすディプレス。フードから片方だけ見えた三白眼は血走っている。
 危機。しかし桜花は何故かリバースと2人して東を見ている。普段なら斗貴子は怒鳴るだろう。必中必殺の能力が背後から
迫っているにも関わらず敵と雁首そろえて彼方を見る。獅子の如く憤然と叱責すべき事柄だ。
 だが……斗貴子は。視線を追った斗貴子は。

 笑った。

「鎌は6本だが仕方ない。見様見真似……九頭龍閃!!!」
 神速を発揮し神火飛鴉を追い抜く。更に地面に轍がつくほど踵を踏み込みブレーキをかけると桜花の視点のその向こう
めがけ処刑鎌を最大速度で伸ばしきる。異様な手ごたえと重みが走った。それらに大腿部の骨を軋ませながら右踵を地軸
にねじ込まん勢いで半回転。
 桜花を狙っていた神火飛鴉。それは自動人形と紫電と共に霧散した。鎌が軌道上に差し出した人形とともに。
 火星の幹部から悪態が漏れた。
「チッ。あの馬鹿。さては気付いていないな。羸砲の能力使ったせいで自動人形のスペック、いつもの4割程度だって事によぉ」
『ついでに言うと公園程度の広さしかないこの庭じゃ全然本領発揮できないのよねー』
 リバースの笑顔も若干引き攣っている。

 桜花は見た。斗貴子も見た。群れ……最低でも60体の自動人形が庭を埋め尽くしつつある現状を。


「クソ! なんなんだよコイツら!」
 壁を忍者よろしく垂直に駆けながら剛太は愚痴る。
「空気読めない援軍ねん。津村斗貴子が対ディプレスに利用するの分かりそうなものなのに」
 剛太を追って走るグレイズィングの口からため息が漏れた。


(ぬぇーぬぇぬぇぬぇ!! 膠着状態を破る援軍です! この上なく援軍送ってみなさんを補佐するのです!)
 屋根から燃え盛る施設のエアダクトの中へと移動し隠れたクライマックスは内心で笑う。
(マーキュリービーナスアースマーズ、ジュピターサターンウラヌス、プルート&ネプチューン! 校則で高速で制服で征服!)

 養護施設南西・外郭。

「…………」
 自動人形は秋水の戦局にも影響を及ぼした。特性を使う、そう公言したブレイクへ警戒に次ぐ警戒を向けていた剣客の
頭上から自動人形6体が飛びかかった。それ自体は造作もない相手だった。壁を蹴り星型の軌道を描くだけで軌道上の
敵は一掃された。だが……警戒心が一瞬、毫釐(ごうり)ほど僅かな間だけ外れた瞬間、ブレイクは動いた。
(来るか特性。だが光にさえ気をつければ防げる!)
 秋水はずっと発光に備えていた。以前一度、演技指導を乞うたとき記憶を消したのは眩い光芒だった。既に一度受けて
いる以上、禁止能力が色に由来すると知った以上、圧倒的ルクスという色彩の最大現象を警戒するのは当然だろう。
斧が跳ね上がる。空中の秋水を又の付け根から両断せんとするうねりにしかし秋水は日本刀を合わせた。これも上手い。
ハルバートが光というエネルギーを放つのならたちどころに吸収されただろう。そのうえ物理攻撃を物理的に阻めるの
だから選択に間違いはなかった。
 しかし変化は正解の中で起こった。
(……?)
 宙で斧を支えに浮かび上がる秋水の体がガコリと落ち込んだ。転落独特の酩酊感のなか彼は見た。
 開く、斧を。
(ライトでも仕込んでいるのか?)
 訝しむ秋水が見たのは……直線と正方形の組み合わせである。線にはところどころ色がついていた。青、緑、赤……。
米字型交差する色つきの線分は、決して蛍光灯の類ではない。斧の内側に書かれた純然たる二次元世界の紋様だった。
 にも関わらずそれが俄かに輝きだした。
(!?)
 愛刀の反応を確かめる。エネルギーの手ごたえはない。
(馬鹿な。この奇妙な紋様を傷つけるほど喰い込んでいるんだぞ。なのにどうして輝きを……エネルギーを吸収できない!?)
「美術の便覧に乗ってませんでしたか? 今のネオンカラー効果って言うんでさ」

59:永遠の扉
14/06/15 22:05:35.26 hpolLC5f0
 にひひと笑う呟きに秋水はただ「何?」と問い返すコトしかできなかった。
「色のついた線分を交差させ黒い線で以て延長すると……光が滲み出てるように見えるんですよ」
(やられた! つまり錯視でも構わないというコトか! 俺が、対象者が輝きを感じさえすれば実際の光のあるなしは関係
ないと……!!)
 数日前小屋の前で露骨に見せた輝きそれ自体が罠だったようだ。「物理的な輝きがキー。それさえ防げば禁止能力は
及ばない」。そう思わせるための。そして殆どの一般人が知らない色彩知識で光を見せる……巧妙かつ悪辣な手段。
 ……色彩。そして光。それらは人間の眼球が織りなす相対的な感覚である。ニュートンは光を絶対のものとし、人間の想
像力には左右されないといった。反撃したのはゲーテである。色とは人間の生理的・心理的作用がもたらすものだ……そう
述べた。
 目や脳は時に存在しない光さえ勝手に作りだす。その具体例の1つがネオンカラー効果である。
(間違いない。彼の真骨頂はハルバートの腕じゃない。色彩心理)
「にひっ。俺っちは『虚飾』の幹部。枠に色つけて騙すのは得意でさ」
 瞠目しつつもしかし、開いた斧の蝶番めがけ斬撃を繰り出す秋水は果敢だった。
(可動域を全力で撃つ。空中にいるんだ、体重を乗せればヒビぐらい入る! そこから壊すコトも─…)
 斧槍全体が黒く染まった。そして……発せられるブレイクの、言葉。
「力を込めるコトを禁ずる」
「っ……!!」
 言葉と共に押し上げられたハルバート。体重を以て押しつけんとした秋水の全身が、しかしひどく重みを増した斧槍に
成すすべくもなく吹き飛ばされた。
(ブレイクの武装錬金が……急激に重さを増した? いや。これが禁止能力? 脱力したのか? 俺が?)
 膝をつく秋水。ブレイクはエビス顔で……笑う。
「光さえ一旦生じれば……俺っちの特性、かけ放題ですねえ」
「余裕な、訳だ。エネルギーなしで光を作れるとあらば……俺の武装錬金など恐れるに足らないな」
 異変に戸惑う秋水に、ブレイクはゆっくり歩み寄る。その背後から無限とも思える自動人形が続々と歩いてくる……。

 養護施設南部・庭。

 ふつう大群に包囲されればマズいと青ざめ突破するだろう。しかし斗貴子は逆を行く。
(どんな特性か知らないが敵の自動人形なんだ! 盾にしようが武器にしようがこちらに一切痛痒なしだ!!)
 6本の鎌で手近な人形の胴体を手当たり次第に貫いてはディプレスに投げる。桜花の旗色が悪ければリバースに……。
「ハッwwwwwww 故あってチカラ6割減の雑魚どもで! 随分舐めたマネしてくれるじゃねーか!!!」
 決してパワー型ではないバルキリースカートが成人男性ほどある人形を10体以上立て続けに投げつけた。そこかしこの
可動肢が悲痛な軋みを上げる中、ディプレス=シンカヒアは気炎をあげる。
「クライマックスの自動人形だろうが何だろうが分解できねえモンなんざねーんだよ!!! このオイラ─…」

「『炎の如く(マレフィックマーズ)』、ディプレス=シンカヒアさんにゃよオオオオオオオオオ!!!」

 航空機ほどの速度で迫る巨塊10個が無数の丸い粒へほぐされた。粒たちは更に粉となり風に流れる。
(原子レベル……ともすれば量子分解級の能力!! 裏返しを破っただけのコトはある!!)
 神火飛鴉の群体が飛んでくる。30は下らない。塵に還った人形たちを貫通してなお斗貴子を狙うものもある。
「はああああああああああああああああああああああ!!!」
 飛びかかってきた人形を突き刺し……振りぬく。団子のように4体串刺しにした鎌もある。戦団広報部から年に2度はモデ
ルの依頼をかけられるほどスラリとした美しい大腿部に莫大な重量が圧し掛かる。今にもヘシ折れそうな軋みのなか、しかし
斗貴子は迫る人形どもを刺して刺して投げ捲くる。
「死ィねやあああああああああああああああああああああああ!!!!」
 もはや砲撃であり戦争だった。もうディプレスは自動防御などとっくに解いている。体の周りから蜥蜴サイズの鴉の群れを
重機関銃のごとく連射する。ほぼ同等の速度で斗貴子は人形たちを投げ続ける。

『変則的だけど凄いラッシュねー。ゲームならボタン連打確実な場面じゃないアレ?』
 おっとりとした深窓の令嬢のような笑み─フードで前が隠れている。見えるのは口だけだ。にも関わらず雰囲気は紛れ
もなく令嬢だった─を浮かべながらサブマシンガンを撃つリバース。

60:永遠の扉
14/06/15 22:06:28.45 hpolLC5f0
「よいしょと」
 ロングスカートを閃かせつつ人形の背後へ。敵は振り向こうとしたが……マリオネットになる。銃弾という繰り糸に打ち震え
るマリオネットに。
「盾お疲れ様。楽になっていいわよ」
 リバースに負けじ劣らずの上品な笑顔を浮かべながら当たり前のように人形を突き飛ばす。右膝と左大腿部中央を噛み
破られていた人形は成す術なくつんのめり、弾丸嵐へ。高速連射の贄と消えた。
『むー。人形来てからやり辛いなー。盾にしまくりだよ桜花さん。ちょっと位置どり変えようかなー』
 鐶の義姉は撃つのを止めた。
(初歩とはいえブラボーさんに護身術習っておいて正解だったわね)
 桜花はリバース含め8体の敵に囲まれている。包囲網の外は斗貴子の投擲のおかげで何もいない。ただ50m先には歩
いてくる人形たち。屋根にも影はあり、もたけつば屋外ながらも寿司詰めという破目になる。
 漆のように光沢のある髪を揺らしながら1m圏内を見る。居るのは人形4体。前後左右に各1体。
(ムーンフェイスと同じね。数が多い分、精密操作まではできない、か)
 包囲は等間隔ではない。歪だった。左より右の方が後ろの敵にやや近い。

【桜花基準の配置図。以下文章中の呼称は括弧内に倣う】

          ● 後ろ(敵A)

 右(敵D) ●  ○ 桜花   ● 左(敵B)

           ●  前(敵C)


(まずは、と)
 右に流れる。秋水仕込みの歩法がもたらす移動速度の急激な変化に人形達が反応し歩みを進める。
 Dが拳を繰り出した。桜花はそれを掌で受け流しつつ反動を利し、包囲線ADを突破。さらにリバースの射撃を警戒しつ
つバックステップ。陣形が崩れた。ADのラインが縮む。両者桜花に近づいたからだ。更にDの後からCが来る。

 桜
 ○ ●A
   ●D   ●B
   ●C

 桜花はAと反対方向に水平移動。DとCの拳や蹴りをスウェーで交わしつつ御前を飛ばし……Bを撃たせる。
「グオオオオオオオオオオオ!!」
 針鼠散華を合図にしたかの如くADCが直線に。リバースを見る。桜花から見てCから7時方向4mの距離で銃を構えて
いた。
「ちょっと動いてくださいねー」
 御前がCの踝を射抜き傾かせる。桜花は駆けつつAの背後に回る。外側から手首と肩口を掴み連行するようゆっくり引き
……1時方向へ。
 陣形は、こうなった。

        ○
       ●A  
      ●D   
     ●C    □御前


  ▲リバース

『もー! これじゃ射撃通らないじゃないのよ! むぅ~。ま、でも最小の労力で一番強い私から身を守る……大した物ねー。
左の敵(B)を刈ったから増援来るまで安心して盾にできるし』
(彼女の身体能力なら一気に5時方向へ回りこめるでしょうけど、いま掴んでる敵(A)を盾にすればしばらく凌げる)
 もっとも御前は回り込めないよう牽制射撃を行っている。弓がないため速射性こそ激減しているが(毎秒平均5射が限度。
矢自体は一瞬で作れるが、ターゲットロックからスローイングまでどうしても2秒かかる。桜花と精神を共有しているため、
独立行動中の処理速度は実質半減といえた。御前を操っている間にも彼女はリバースを警戒しつつ直近の人形たちをも
処理……忙しかった)、全長30cmあるかどうかの小兵ゆえに弾幕を避けやすいというメリットがある。
「ハッハーン! 空気弾は見えねーけど銃口向いてない場所飛べば絶対大丈夫!」

61:永遠の扉
14/06/15 22:07:13.25 hpolLC5f0
 御前はリバースの頭上を取る。いかなる武術を極めようとそこは絶対の死角なのだ。子供に負けたガリガリくんが言って
るのだから間違いない。
「しかも上から後頭部を狙う!! さあどうする桜花狙う余裕は─…」
『よいしょと』
 笑顔の少女は余裕だった。文字を書いてから肘を曲げ、肩ごとめいっぱい後ろに倒す。御前は見た。逆さのイングラムを。
背負うように持たれたサブマシンガンの銃口は明らかに御前を狙っていた。
(やば! 移動しながら撃って牽制!)
 そしてリバース。
 背後から迫る30本近い矢を、動きもせず、振り返りもせず、総て無傷で撃墜した。
「ウソォ!!?」
 被弾したのはむしろリバースを直視し、回避運動すらとっていた御前の方だ。かすり傷だが手足が数ヶ所、破損した。
『牽制するなら声出さない方がいいわよ~。生成音や投擲音、風切音なんかもね。私めは静寂が好きだから物音には敏感
なのだっ!!』
 御前が慄然としたのは文字の内容ではない。大きさだ。
「ウソだろ……」
 汗を流しながら再読する。

『空中8mの距離に浮かんでいる御前でさえ読めるほど』

『大きな』

『文字たちを』

「1文字1文字がA4ノート1ページ分まるまる使ったほど大きい……。それを御前様迎撃しながら書くなんて…………」
 桜花はやっと気付く。遊ばれていると。そもそも防人すら建物の中から外へ強制排出するほどの身体能力の持ち主な
のだ。香美に武装錬金を発動させる訓練中かれは「一歩も動かず攻撃総て受けきる」という条件を自ら課したコトがある。
素手でもツボに入ればシルバースキンを爆ぜさせ一瞬ながらも素肌を覗かせるコトのできるネコ型が、どれほど勢いを
つけようが投げたり転ばしたりできないのが防人なのだ。負傷したりとはいえボディーコントロールは健在、重力を論ずる
だけあり重心の取り方は神懸っている彼をリバースは……力任せで屋外に出した。
(やっぱり。その気になれば、銃を使わず素手で暴れれば……私なんか一瞬で斃せるのよ彼女は)
 にも関わらず、矢を捌きつつ文字を書けるほど余裕があるにも関わらず、接近する気配が一切ない。
『どうして殺さないの? そんな顔ねー』
 たたた。土へのタイプを軽く読む。言葉は出ない。文字は足元なのだ。ちょっと弾道を逸らされるだけで足の指が吹っ飛ぶ
……丁寧で明るい文章だが、腹黒い桜花だからこそ感じ取ってしまうのだ。『いつでも動けなくできる。動けなくして自動人形
の餌食にできる。でもしないのよ? ね。私……優しいでしょ?』という武威を湛えた非情な余裕が。
(…………にも関わらず笑顔が純真極まるのが……恐ろしいわね。私ですら脅迫するときは相応の冷笑なのに)
『私めはね。友達が欲しいのよ。桜花さんをお姉ちゃん同盟に誘うのも、同年代の友達が欲しいからなの』
 ニコニコと口元を綻ばせる少女。フードから覗く乳白色のショートボブは絹糸のようにふわふわ波を打っている。肌の白さ
といい華奢な体といい、美貌に絶対なる自信を持つ桜花ですら見惚れてしまう清純極まる雰囲気だ。そんな彼女が友人を
欲する……奥ゆかしい言動だが、やはりどこか高圧的で鬱屈の響きもある。
『光ちゃんを可愛がってくれたんですもの。私めと友達になって欲しいの。友達になって、まるで同一人物ってぐらい一緒に
過ごしましょうよ。光ちゃんを可愛がった記憶ごと私と1つになりましょう。殺さないわ。殺したら1つになれないでしょ。光
ちゃんの可愛い仕草や反応が永遠に貴方だけのものになっちゃうもの。それはダメよ。殺させない。誰にも誰にも桜花さん
を殺させない。私が守るの。光ちゃんとの記憶総て引き出して、私のものにするの。光ちゃんが、私を、桜花さんと錯覚する
まで、光ちゃんが昔桜花さんにしたコトを私にしたって錯覚するまで、桜花さんと1つになって、私が桜花さんだって伝え続ける
の。桜花さんと過ごしたときそこに居たのが私だって置き換えるの。桜花さんとの思い出を私との思い出にすり替えるまで
桜花さんが死ぬようなコトがあっちゃ駄目なの。死なれたら光ちゃんの中で桜花さんが永遠になっちゃうもの。気の迷いと
はいえ私以外の人をお姉さんと呼び慕った記憶が悲しみと共に定着するの。永続しちゃうの。嫌よそれは絶対嫌。だから
守るの。桜花さんを守るの。あらゆる災厄から守って守って守り続けてあげるのよ……』
 読み終えた桜花は遠い目をした。
「映画大脱走って主要人物死にまくりな癖して余韻爽やかなの何故かしら」

62:永遠の扉
14/06/15 22:07:46.65 hpolLC5f0
「逃げたいのかよ! 逃げたら殺されそうで怖いけどそっちのがハッピーじゃないかってぐらい怖がってるのかよ!!」
 ある意味1人ボケツッコミ。御前の叱責で正気に戻る。
(お、お母さん(早坂真由美)といい津村さんといい、どうしてビョーキな人ばかり私の周りに寄ってくるのよ…………)
 泣きたい気分だった。「お前いま私を貶しただろ!」斗貴子はがなった。あと桜花も人のコトはいえない。(鐶がなついた時
ちょっと監禁したくなった。むしろ不幸なのは鐶であろう)

『『波(マレフィックネプチューン)』、リバース=イングラム参上っ!』

 少女は笑い、そして撃つ。桜花の脳内映画館、大脱走に次ぐ上映は……ミザリー。


 養護施設北東・穴のある一角。

「しまった!!」
 自動人形とグレイズィングの猛攻を躱しながら疾駆していた剛太。彼方に救助者たちの一団を認める。
(ここに避難していたのかよ! くそう。こんなコトになるならやっぱ職員とガキども生徒と一緒に避難させりゃ良かったんだ!)

◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ 

 劇終了から少し後。


「避難しない、ですか?」
 防人は目を丸くしていた。職員達は頷いた。(ちなみに防人、自己紹介したものの顔も本名も晒さないせいで「どこの誰だ
か分からない」不審人物扱いを以後ずっと受け続ける)
「ヒヒヒっ、俺達まで逃げてみなァ? 敵は演劇見た観客達にまで手ぇ広げるぜェー」
(むしろお前が敵だよ)。とは右目の周りに緑色の星のペインティングをした職員Aへの剛太ツッコミ。髪はモヒカン。ナイフ
を長い舌で舐めていた。性別はもちろん女性だ。
「君たちの相手の劇団、顧客満足度の調査とかいう名目で観客達を尾行してるよ。おっと、劇団員は人間のようだよ。敵は
相当お金を掴ませたようだね。尾行のおかしさに首を傾げながらもやっている」
 街の監視カメラをハッキングした。ノートPCを見せる痩せぎすの男。血色は悪く右の前髪がやけに長い。あと歯に矯正器具
をつけていた。
(いや誰だよお前。誰なんだよ)
 液晶画面の中では確かに見覚えのある劇団員たちがこれまた見覚えのある観客を尾けている。
「ふぇひょひょほほ! 奴らめ! ここが蛻の空じゃったバヤイこの様子をオンシらに知らせる腹積もりのようじゃのほぉ!!
助けたくば聖サンジェルマン病院の防衛をやめ駆けつけよという積りじゃはあああああああああああ!!」
 乱杭歯で側頭部に綿のような毛が辛うじてついている眼帯の老爺が杖をカッタンカッタン床に打つ。
(うるせえよ! つかなんで濃いんだよここの職員ども!! 必要なのかその格好!! 本当に必要なのか!!)
 ヒグマをつれている筋骨隆々の中年もいる。「もーアイツら殺しちゃっていいんじゃないのー? キヒヒ!」とか笑っているの
は、大玉にのってジャクリングしているピエロ少女だ。(まっさきにやられるタイプだ! まっさきにやられるタイプだ!) 無銘
は剛太の袖を引き指差す。目はキラッキラだった。
(てかニンジャ小僧いたのかよ……)
 全身呪符だらけのフルボディ水着とか日本刀を持ったライダースーツの女とか訳の分からない連中ひしめく事務室を無銘
は「忍法帖みたいだ! 忍法帖みたいだ! うおおー!」ひどく気に入った様子だが剛太はただゲンナリした。

「ここに私達が居れば観客さんたちにまで手出しはしないでしょう」
 品のいい老婦人─養護施設の長。所長─がにこりと笑った。顔だけ見ればマトモだがどういう訳かボンテージだ。鞭を持っており、ギャグポールを
つけたスキンヘッドの男が椅子だった。
(やっすい映画の敵アジトかよ)
 乾いた笑いを浮かべると腕が小突かれた。横を見る。口を押さえ目を真赤にした桜花がぷるぷる震えながら睨んでいた。
小声でやるツッコミがいちいちツボに入っているらしい。
「いや中村違うぞ。これは映画というよりむしろ漫画の」
「いいから黙れ早坂。お前のツッコミはどっかズレてる」
 シュンとする剣客。顔面騎乗を助けなかったのはこの恨みあらばこそだ。
「しかしあなたたちが残るとなると相応の危険が」
「それでも街のそこかしこに散らばった観客さんたち守るよりは楽じゃなくて?」
「ぶぐふうっ!!」
 桜花が盛大に吹いたのは、所長がとつぜん葉巻を咥えたからだ。黒服黒サングラスの男が慣れた様子で火をつけた辺りで
彼女の腹筋は死んだ。
「キューバ産……あれ絶対キューバ産……」

63:永遠の扉
14/06/15 22:08:15.54 hpolLC5f0
「だからなんだよ……」
 くつくつ震える桜花に呆れるほかなかった。箸が転がってもおかしい年頃、という奴だろうか。
 とにかく養護施設側に対する事情説明は終了済み。留まれば危険、生徒達と避難しよう……。彼らはその話を聞いた上
で残留を選んだ。「養護施設と地域社会の交流の一環たる劇を見てくれた人たちを危険に晒せない、第一自分たちだけ
助かっても、観客たちが一斉に危害を受ければすぐさま世間の知るところとなり色々生き辛くなる」と。

(風評の問題って奴か。自分たちだけ生き延びてもその為に観客達犠牲にしたら後々厄介と)

 剛太としては「じゃあいま尾行されてる観客たちとっとと助けりゃいいんじゃね?」であるが、ハッカー氏は首を振った。

「いい手だがだからこそ予測してるよ敵さんは。僕なら劇団員に言うね。不審な人物がマルタイに接触したらすぐ連絡しろっ
て。恐らく満足度調査を依頼するとき言い含めたんだよ。『実は彼らを狙う奴が居る。尾行は護衛でもあるのさ』……フフ。
ある意味じゃ真実、だって自分たちがそうだからね。なのにむしろ倫理的に正しい立場と錯覚させつつ……お金貰って
人をつけるというえげつない行為さえ、守護の名の下許容できるよう仕向けたと見るべきさ」
(だからお前誰だよ)
 まったく不明だが、とにかく職員達は残留決定。
「じゃあせめてガキ……いや、子供達、避難させやすい場所にまとめるべきじゃね?」
 女所長は首を振った。
「さいきんあのコたちったら防災意識が低いんですのよ」
「……まあ、そりゃ子供だからな」
「ええ。ここには最新鋭のスプリンクラーが900基あるんだ、これで全焼する訳があるまいとか、消防設備がらみの資格試
験に全員合格してるから防災設備のチェックは万全だとか、非常口の前に荷物置いてないか1日6回検査してるんだ、イザ
というとき逃げ遅れる訳がないとか、週1で抜き打ちの避難訓練繰り返したお陰で地震によらない通常火災なら警報鳴って
から3分で全員外に出られるとか、人間の命は儚いんだ、不覚にも炎に呑まれ朽ち果てても笑って死ねるよう日々全力で
生きているから恐れるものなど既にない、まったく良い人生だったとか…………油断しまくってるんですのよ」
「それ油断じゃねえよ、覚悟だ。ぜってー逃げられる。子供たちぜってー逃げられるわコレ。あと意識高いからな防災の」
「でも社会は残酷よ! いつアルキルアルミニウムを撒く放火犯が現れないとも限らない!! あれは水や消火器じゃ駄目
なのよ! どっちにしろ燃える! 砂かけて収まるの待つしかないのよ! 過酸化ナトリウム……粉末のアルミ……重油……
ニトログリセリンに硝酸…………この世はヤバイ物品で溢れているのよ! 私達程度じゃ適切な初期消火をした上、深入り
はせず最寄の消防署に通報するのが精一杯!」
(完璧すぎるわっ!)
「もちろん最新鋭の耐火建築だし可燃物は一極集中していませんし通報だって自動でできるようなってますけど、世間って
ば残酷ッ!! 親が子供見捨てたせいでココ存続してるんですもの! おぞましいこれ以上の裏切りがあると子供達に教
えてあげなくれば、嗚呼っ! 施設を出た後たくましく生きていけるかどうか!!」

 泣いてすがる女所長に防人はひどくヒいていた。教育をしたい、だから子供達は予備知識なしで残留…………一種狂気
を孕んだ教育方針を見かねたのか、密かに子供達を集め状況を説明した。すると。

「まあ世界ってそんなもんっしょ?」
「そーそー。腹ぁ痛めた子供ですら無関係って捨てるだべ?」
「悪の組織っぽいもんが襲撃して火ぃつけるってなら、ドンと構えますぜこっちは」
「だよだよ。お父さんもお母さんもいないからこそ堂々だよ!」
「火事が起こるまでいつも通り暮らすよ! ビビるのは悪に屈するってコトだから!」

「いや、待て。俺達はキミらを助けたいんだ。一箇所にまとまってくれてるほうが安心だし確実なんだが……」

「天意を得たいんだよボクらは」
「て、天意?」
 珍しく驚愕する防人。子供達はひどく大人びた顔で語りだす。
「そうさ。天意だ。僕らは孤児だからね。無手無策の状態からこの命どれほど続くか試したい」
「覚悟自体はブラボーだが……しかし無謀すぎるんじゃないか?」
 丸坊主に産毛が生えた程度の鼻の垂れた5歳児が、みそっ歯で笑いながら手を振った。
「理解(ワカ)っちゃいませんねー。理不尽な火事1つで尽きるような命運ならむしろいらないんですよ」
「親に見捨てられ親戚からも疎まれる私達が幸福になるには、なにか巨大な力が必要なんですよ」

64:永遠の扉
14/06/15 22:08:46.30 hpolLC5f0
「それはお金なんかじゃない。札束目当てで品性を捨てるような大人にはなりたくない」
「利につくものは縁を捨てる。生活の楽のため捨てられたのが僕たちとすれば、親以上の品位……得て然るべきでしょう」
「だから、天意か?」
「ええ。天意ですよ。天に生かされているという確信ッ! 感謝そして敬い! それらの品位あってこそ」
「超越した境地に至り……確固たる人間本来の幸福に辿り付ける!」
「金にも色にも権力にも惑わされない……真の幸福へと」
「それを得た時この施設は今以上の豊かさを手にし……後に続く不幸な子供達をも救うでしょう」

「天意に浴する機会を奪われてまで生きようとは思わない! 避難に適す体勢を整えよというならむしろこの身紅蓮に捧げて
くれるわぁーーー! わっはっはっーーー!」

 フリフリのピンクのワンピを来たサイドポニーの少女が胸を張って笑った。

 斗貴子や千歳、桜花に秋水といった常識人たちは皆悉く黙った。
 なんかもういろいろブッ飛びすぎていて、黙るほかなかった。

(迷惑すぎるだろ……どいつもこいつも)

(だいたい天意どうこういうくせに防災体制整えてるのは何でだよ)

「我々のいう天意とは人として最善を尽くした上での話です。杜撰な防災体制は天意の純度を下げます」
「だったら最善尽くして逃げやすいところに全員固まれよ」
「けど呆気なくタターって逃げたら「あ、コイツら察知してたな」って見抜かれて観客さん達に矛先向かいますよ?」
「そーそー。僕らがギリギリのトコで命張ってブラボーさんたちが救助に手間取った方が」
「結果としては楽じゃないですか? 町中に散らばる観客全員助けるよりは」
「どーせ悪党どもは思い通り八つ当たりできたって知ったらさっさと帰りますよ」
「根気と粘り強さがなく、場当たり的な感情を発露してはますます袋小路に追いつめらてる人たちなんですから」
「養護施設燃えてるの見て「ブラボーたちめザマ見ろ」ってチャチな優越感得たら満足しますよ。多分」
 多分で命を張られても困るのだ戦士達は。粘り強く迅速な避難体制を整えるよう説諭したが議論は平行線。

「誰か死んでも気にしないでください。天意ですから。死ぬべきものがただ死んだ。それだけ、なのですよ」

 3歳の愛らしい男児が寂滅する99歳の老僧のような表情で数珠を揉み揉みいう養護施設はかなりキていた。

「いいんスかブラボー。連中に好き勝手やらすと後々不利になりますよ」
 防人は嘆息した。
「仕方ない。防衛任務にはよくあるコトだ。常に理想通りやれるとは限らない。守るべき人たちの事情を汲まなければなら
ないコトも当然ある」
 絶対安静の病人、千歳にも運べぬガタイの元気な認知症患者……。そういった人たちが護衛対象に含まれる場合、セオ
リーを無視した防御体制で敵を迎え撃つ必要が出てくる……防人はそう述べた。
「住んでいる場所から離れたくない、なるべく壊さずに済ませて欲しい。そういう依頼に比べられば幾分楽だ。ココの人たちは
火災保険が降りるから燃えてもいい、建て直すつもりだったし別にいいと割り切っているし」
「……それでも十分厄介スね」
 襲撃されると分かっていながら平生どおり過ごすと言い張るのだ。肝が座っているというか危機感ゼロというか。
「あとは養護施設見学に来てる人たちにも事情を……」
「あ、それ私がやります! お姉ちゃん達に伝えます!」
 洟を垂らした5歳ぐらいの女のコが無邪気に手を挙げた。皮肉にもそれがリバース激昂の、ひいては爆破火災の遠因なの
だから難儀な話である。

◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ 

 とにかく剛太の行く手に50m先に仮の避難所がある。凸型の避難所の北壁に沿って走っていたら遭遇した。
 きょうび打ち切り漫画にもいないだろうという雑魚くさい幹部風の職員達と、悟るあまり一種の宗教めいた恐ろしさを孕む
子供達とがあちこち焦げたボロを着て佇んでいる。
(どうする!? この距離だ! 幹部も人形も気付いている! 今から俺が引き返しても得たりとばかり襲うだろう!)
 救いなのは鐶が護衛に回っていたコトだ。向こうも気付いたようでダガー片手に構えている。
(どうせタイマンじゃねェんだ。アイツと合流して防衛! あとは職員にケータイ渡して)
 救出組全員に近づかないよう呼びかけよう……そう思った瞬間である。


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