14/06/08 02:23:07.77 hqGpkXI00
(いやいまのブイサインは何!? 何の意味が!?)
鐶は褒める。剛太を止めた斗貴子を。
『私めと同じ名前の攻撃……裏返し(リバース)を突破した時点で銃撃に攻撃意思なしと見抜いた慧眼。さすが斗貴子さん
ね。共同体に属するものとしてウワサはかねがね聞いてるわ』
(……。あの鐶を屈服させ、戦士長との戦いであれだけの破壊を撒いた幹部だからもっと凶暴だと思っていたが…………
どうしてここまで笑っているんだ? 秋水ならとっくに気付いているだろうが、こいつの笑顔、桜花のような作り笑いじゃない。
幹部だというし、そもそも口しか見えていないが、まひろちゃんとピクニックしていても違和感がない……そういう笑顔だ)
裏返しを喰らい、ハメられたコトをちっとも怒ってはいない。総角に頭を下げたり斗貴子を評価したり……。
(これまで見てきた共同体の幹部たちと毛色が違う。違いすぎる。何なんだコイツは)
ずっと笑っているのが却って不気味だった。笑っているのに、かつて戦士を圧倒した鐶がずっと怯えきっている。そこが……
恐ろしい。
『銃、当てたりしないわよ。この薄汚れた地上に降り注いだ妖精界の雫……きゃっ! 間違えた! 光ちゃんと間違えちゃった!
あまりに可愛すぎて神秘的すぎるから私めってば妖精界の雫と間違えちゃった!! 恥ずかしーーー!!』
(うぜえ……)。剛太はゴミを見るような目で文字を読んだ。
『とにかく光ちゃんが可愛らしくキュンキュンするほど丁寧に説明してくれた通り、私めは基本『書いて』伝えるのよ。さっきま
で喋っていたのは総角さんへの礼儀よ。光ちゃんがお世話になっているんだもの。恥ずかしくても気が乗らなくてもちゃんと
口でお礼を言わなきゃダメでしょぉー? そこから何となく惰性で喋っていたけど、別に戦士さんたち相手に礼儀を尽くす必要
ないしこっちのが簡単だからこうやって喋るの』
簡単と言うがサブマシンガンで文字を書くという芸当はどうだろう。しかも文字は印刷物のように整った字体だ。斗貴子は
気付く。総て自分に読める異常さを。リバースは数mの距離を挟んで相対しているのだ。つまり描く文字は彼女から見れば
上下逆……。相手に読ませるため、天地反転した文字を書いているのだ。
(そんな神がかった精密射撃を、サブマシンガンでだと……? 常軌を逸した腕前……その気になればコイツ、特性なしで
も私達全員迎撃できた……)
「私を斥候代わりにして正解だったな。迂闊に同時攻撃していれば重傷者多数……総崩れだ」
『ま、特性と違って形状は光ちゃんから聞いていたんでしょ? 調教するとき使ってたもの。私めの武器はサブマシンガン
……特性を聞くまでもなく一斉攻撃は危険よ。特性なしでも14人程度、迎え撃つなんてちっとも難しくないんだから』
にも関わらず特性うんぬんに話をスライドさせたのは、ヒントを掴むためだろう。ただの銃以上の恐ろしさが何か……
判明しない限りシルバースキンを纏う防人でさえ斃されかねない……とも書いた。銃が。
(……コイツ。私の目論見を見抜いた上で話に乗ったのか)
文字は量産される。戦士達の足元で土煙を立てながら。
『とにかく火渡戦士長との合流は急務よね? 何しろ斗貴子さんは最低でも幹部3人が来ていると……そう考えている』
「……」
『1人目は劇の最中、大道具さんを操っていた武装錬金の持ち主。さっき私めの特性を探っていたのは、対処を練る為で
もあるけれど、それ以上に劇を妨害したかどうか探りたかった……でしょ? で、私めの特性が複数向きでないと知るや
『いま銀成に居る幹部は最低でも3人』とアタリをつけた。あ、2人目……台本丸コピして相手の劇団に渡した存在とも違うっ
て判断したのは、私めが光ちゃんのお姉さんだからよね? 遭遇するリスクを犯してでも学校には来ない……そう考える
のは流れとして自然よ』
(怒り任せかと思いきや……彼女もかなり頭が回るな)
防人は呻いた。
『まあ、実は学校に潜入してたけど。光ちゃん目当てで体育館覗いたけど』
「……コイツ妹バカだな」。剛太は呆れた。
『で、最低でもあと2人、幹部がどこかに潜んでいるかも知れない状況だから、『1人2人犠牲にしてでも私めに一斉攻撃』っ
てコトはできないのよねー。いまこの場所だけ見れば確かに1対14で圧倒的に有利だけど、幹部が来るたび1人あたりに
振り分けられる人数は目減りしちゃう。1対4が3つになる。光ちゃんは多分動けないし、実質2人で1体って人もいるから、
最良でも1対4が3つになっちゃう。コレは絶対有利と言えないわよねー? 私めに1人か2人殺されれば後の戦いは不利
になる』
「……」
24:永遠の扉
14/06/08 02:26:41.17 hqGpkXI00
『さっき『斃しさえすれば犠牲になる戦士は減る!』と言ったけど、斗貴子さん警戒してるでしょ? いざ一斉攻撃で仕留め
るっていう時、私があなたと同じように盤外からの一手を使うんじゃないか……って』
「…………」
『光ちゃんのお姉ちゃんだから、例の時間促進事件の時の光ちゃんよろしく、始末の悪い絡め手を使うんじゃないか、14
人の敵に包囲されてなお笑っていられるのは不気味で底知れないぞ、そもそも敵3人は下限であって最悪幹部全員が来て
いるかも知れない、実をいえば窮地に立たされているのは自分たちの方なのではないか……? そういうコトを考えている
から仕掛けられずにいるんでしょ?』
「…………」
『火渡戦士長さえくれば、幹部が何人でもまとめて葬れる目がある……だから色々おしゃべりして時間を稼いでいる。どれ
だけ援軍が来ても致命傷を避けつつ一ヶ所に纏めれば逆転できる。そう思って時間を、でしょ?』
誰もが黙る中、リバース=イングラムはにこやかに口を開く。
「結局ね、戦う前から膠着状態だったのよみんな。私めが突然現れた段階で、一斉攻撃を選ぼうと、裏返しが当たろうと
当たるまいと、誰も彼もが私めを劇妨害と無縁な第三の幹部だと気付いている段階で後手なのよ。戦略的に後手なのよ。
人を守れる正しい心とやらで後先考えるから…………思い切れない。仮にここで4人犠牲にしても私めを斃しさえすれば
残る幹部が2人なら、それぞれ5人がかりで行けちゃうとか気楽に考えられない。私めが敵で幹部で強いから、そんな都
合のいいコトにはならない、何人か減った状態で幹部3人相手にするだろうと現実的に考えるから、せっかく今は1人の私
めを嬲り殺しのように始末できない。ダラダラだらだら、尋問という名のおしゃべりで有意義な時間を……潰しちゃった」
たたん。土に文字。
『確かに火渡戦士長を待つのは最善手よ。仮に幹部の増援が来ても、一箇所に固めさえすれば一発逆転できる。個々の
能力で勝るかどうか不安なみんなとしては、あの人の火力はどうしても欲しい……でしょ?』
「だから尋問で時間を潰しつつ到着を待つのは無駄なようで理に叶ってはいる。決戦前だもの。大戦士長救出に振り分ける
戦力は無闇に減らしたくない……だから未知数の幹部に一斉攻撃という不用意なマネは避けた。それはまあ、正しいでしょう
ね。私めの武装錬金なら通常攻撃でも十分殺傷できる。指を何本か吹き飛ばすぐらい楽勝よ? 戦輪や日本刀といった手
持ち武器を使う人ならそれだけで戦力大幅減……。『幹部と戦うのは大戦士長を助けるとき』。そういう前提で特訓してきたみ
んなだからこそ、その直前にこの街に幹部が最低でも3人居るといった状況は想定外で……動けない」
『迂闊に動いて戦力を減らせばそこから土崩瓦解……全滅、ですもんねー』
「wwwwwwwwww そーいうこったぜwwwwwwwwwwwwwwww」
ざらついた声。真先に振り向いたのは貴信である。続いて他の戦士と音楽隊の首が動く。
「ま、結果としては尋問も正解でしてよ」
影が3つ、養護施設の門にいる。無銘は一瞬呆けたが……原初の記憶に弾かれるまま牙を剥く。
「もし全員でリバースさん殺そうとしていたら……この上なく反則なタッグ相手に全滅してましたよ」
この美しい声は秋戸西菜……! やはり相手の劇団に幹部が……! 桜花が唸る。
「にひっ。そーゆうコトですねェ~。光っちとの再会さえ許さないってんなら俺っち迷わず登場でしたよ」
最後の声は養護施設の建物からだ。体ごと向き直った秋水は色を失くす。
「……思い出した! その独特な口調! あなたは演技の神様と呼ばれていた…………」
斗貴子の記憶も蘇ったようだ。愕然たる面持ちで彼を見た。
現れた連中は全員……フード姿だった。隠者が幽邃(ゆうすい)たる山奥から来たのではないかと思えるほど、薄汚れた
布を頭から引っかぶっていた。
「ここまで対策されると……笑うしかないわね」
怜悧な美貌に珍しく引き攣った笑みを浮かべるのは千歳。リバースと同じくレーダーに記録不可能らしい。
「……近くに瞬間移動できれば虚をつけるんだが」
防人も溜息をつく。
25:スターダスト ◆C.B5VSJlKU
14/06/08 02:27:49.57 hqGpkXI00
「ディプレス=シンカヒア」。貴信は揺らめく瞳をしかし決意に染めて敵を見据える。
「グレイズィング=メディック」。無銘は忌まわしき出生に関わった仇の1人に頬を歪めつつ凄絶に微笑む。
「クライマックス=アーマード」。桜花は自己紹介を聞きながら静かに汗を流す。
「ブレイク=ハルベルド」。真名を告げられた秋水と斗貴子は複雑な表情だ。
「リバース=イングラム」。鐶は義姉を怯え混じりに見つめながら、それでも精一杯の意思を込め……呼ぶ。
「恐るべき事態です」。流石の小札も緊張の面持ちだ。
「劇を終えた不肖たちの前に現れたのはよりにもよって幹部が5人……。果たして……生き残れるのでしょうか」
(確か1人でも、総角と鐶のタッグでやっと互角……だったな)
剛太も慄然とする。
(それが……5人かよ。総角と鐶が5人ずつ来たようなもんだぞ……)
幕間の終わりが、今、始まる。
以上ここまで。
>>22全部と>>23の1行目は余分。
26:ふら~り
14/06/08 09:33:35.07 4yLlGRfz0
>>1
スレ立て、おつ華麗さまです!
本っっ当に長かった「永遠の扉」もいよいよ決戦総力戦!
ここまで全部漫画化したら、どれぐらいの分量になるでしょうねえ……
>>スターダストさん
思いがけぬ小札のエロス。包帯とか背中とか、遠まわしな表現が絶妙ですなぁ。観客の紳士度も見事。
普段のキャラに合わず、縁の下で、裏方で頑張ったのにボロクソ言われる総角。面白いから良いけど。
そして、様式美溢れる一堂登場シーン。ここまでさんざん溜めて引っ張ってきただけに、燃えます!
27:永遠の扉
14/06/09 23:33:37.01 fw2Tl00u0
(幹部が……5人だと。どうする? 一斉攻撃で数を減らしたいところだが)
いずれも能力は未知数……斗貴子はひとまず防人の前に立つ。重傷でしかもシルバースキンをリバースに使っている
無防備なアキレス腱の守護に回る。できるコトはそれだけだ。
秋水たち戦士一同も同じ結論らしく幹部達の動向を見守っている。音楽隊の面々も同じくだ。貴信はディプレスを、無銘
はグレイズィングをただならぬ目つきで見据えている。
中肉中背のフードの男は嘲笑を漏らす。
「よおwww 兄弟www 7年ぶりだなwwww 今でもデッドの野郎保護して救いたいと思ってるのかwwww」
「……。勿論だ。あのとき貴方達を止められなかった償い……どうすればいいかずっと『答え』を探してきた」
「ww 殊勝ねwww で、見つかったのかその『答え』とやらはwwwww」
貴信は少し黙ってから「ああ」と頷いた。だがその表情は……重い。分かっているが実行を躊躇っている表情だ。
ボロ布越しでも分かる妖艶なラインの持ち主がティーカップを優雅に啜る。
「釦押鵐目と幄瀬みくす……我の実の両親だと聞いた。貴様なら何か知っているだろう! 答えろグレイズィング!!」
「あらん? ボウヤが生まれたとき活躍してた戦士たちの名前どうして知ってるのかしらねん。戦団で調べられて?」
無銘は一瞬黙った。黙ってから奥歯が割れんばかりに噛み締めた。
「答えろッ!!! グレイズィング=メディックウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」
疾駆する兵馬俑が銅の巻き髪の幹部に肉薄した。
(武装錬金!? ニンジャ小僧の精神力は特効で底をついたんじゃ……?)
(チワワにした因縁の相手だから……です。スパロボならよくあるコト…………です。イベントでSP全回復…………みたいな)
「貴様と!! イオイソゴのせいで!! 我は人の姿になれぬままおよそ10年過ごしたのだ!!」
「その屈辱……万分の一なりと! 知れえええええええええええええええええええええええ!!」
剛太と鐶が瞠目するなか忍法赤不動、燃え盛る拳がグレイズィングに叩き込まれる。
「クス。そんながっつかなくてもいいのよボウヤ」
「なっ」
無銘は見た。兵馬俑の拳を片手で受け止める自動人形と……その背後で悠然と紅茶を味わう幹部を。
「そうねん。10年前のあの日、確かにアナタは幄瀬みくすのお腹に中にいたわよん。そして彼女の配偶者はリヴ……釦押鵐目」
答えたわよん、満足? 艶のある唇だけでニコリと笑うグレイズィングに無銘は激昂した。
「はぐらかすな! それがあのような体に我を押し込めた輩の答え方か!! 答えろ!! 両親なのか!!? 両名は我の
両親なのか!!」
兵馬俑を中心に氷がピキピキと広がっていく。土中の水分を凝結させたと思しき氷が看護師姿の自動人形とその創造者の
足に昇っていく。
「答えろ!! 答えぬというならこのまま全身凍結させて粉々に砕くまで!! 復仇を成すのみだ!!」
「ふふ。実の両親……ねえ。義理の両親を前に熱く問うのは不貞じゃなくてん? 小札も総角も若干気落ちしてましてよ?」
「……黙れ」
「まあ自分を肯定するためだけ実の両親……という時代はとっくに終わってるようねん。ミッドナイトとの一件でボウヤは総角
たちと本当の両親になった、でしょん? ミッドナイトも最後にいい仕事したわねん」
「貴様が奴を語るな……! 救えなかった癖に……!!」
(ミッドナイト……? 誰なんだ? 無銘といったい何があったんだ?)
秋水が不思議に思う間にも話は進む。
「実の両親を気にするのはせめて菩提を弔おうという……思いやり。いいわねん。ご立派。取り上げたワタクシも鼻が高いわん。
クス。本当、あの胚児に幼体を投与して良かったわん」
品なく舌をべろりと出すグレイズィングに少年忍者の感情は爆発した。
「……殺す!!」
氷の勢いが増した。蔦のようにビキビキとグレイズィングたちを覆い尽くし─…
弾け飛んだ。足元の氷もまたチェスナットブラウンの土くれと共に四散する。
「! 馬鹿な! 薄氷が……!!」
土煙の中から現れた全身フードは……無傷だった。再び驚愕する無銘に静かな声がかかる。
「言い忘れてましたど肉体的な攻撃力に限って言えばワタクシ、レティクル最強なんですの」
「なんだと……?」
28:永遠の扉
14/06/09 23:34:07.58 fw2Tl00u0
「回復役だからってひ弱だと思いまして? 逆よん。仲間たちの命を預かっているからこそ体力とみに高く腕っ節も強く、
防御力もまた中学生のそそり立つ硬度ほどある……。クス。ロープレの後ろの方で杖振ってる犯し甲斐と堕とし甲斐
ありそうな華奢なロリっ娘なんてのは幻想よん。医療施設覗いたコトなくて? 病人よりひ弱な医者や看護師いなくて
よ? 病原菌ウヨウヨいる空間で昼夜の区別なくフル可動するんですもん、女医たるワタクシがタフなのは当たり前」
胸の前に手を当て語る彼女。敵ではあるが一種の医療に対する気高ささえ感じられた。
(つまりこやつは頑丈な上に完全回復能力をも有している……と?)
斗貴子は呻く。
(総角の複製品を体感したから分かる。この幹部の武装錬金は『あらゆる傷を治す』たったそれだけの特性だ。単純かつ
攻撃力は皆無。だが……)
(体力。攻撃力。防御力。創造者の身体能力が極限まで高まっているとあれば脅威になる。防御一辺倒のシルバースキン
が戦士長の身体能力によって無敵と化しているように……変わるんだ。治癒力が絶望的な強さに)
(……戦部といい勝負だな)
秋水、そして根来が思う中グレイズィングは紅茶を啜る。戦場にペパーミントの爽やかな匂いが立ちこめた。
「凍結ぐらいちょぉっと足に力込めれば物理的に砕けましてよ? そして……ボウヤの分身も」
兵馬俑の腕もまだ砕け散る。衛生兵の自動人形に握られた拳から急激にヒビが広がり崩壊したのだ。
(力負けした……? 我の、人型になれぬ鬱屈と執念から生まれた兵馬俑が……?)
「あらあら。願望投影した割に大したコトありませんわね。期待したのにとんだ早漏ちゃんだコト」
「貴様……っ!!」
「それから両親の件ですけど、侮られたくなかったら行間読んで納得すべきじゃなくて? ボウヤ」
クスクス笑う幹部に無銘はますますヒートアップしたが総角に肩を掴まれると黙った。
(唯一能力が割れているグレイズィング。けど身体能力がレティクルナンバー1という文言を信じるなら、一斉攻撃は下策
ね。一度で倒せる保証はない。その上たとえ重傷を負わせたとしても即座に回復される)
とは千歳。付記すれば他の幹部も条件は同じだ。一撃で消滅させない限りたちどころに戦線へ戻る。死ねば終わる戦士
より遥かなアドバンテージを有している。
しかしディプレスにしろグレイズィングにしろそれきり動かないのだ。リバースは拘束されているから仕方ないにせよ、残る
クライマックスとブレイクなる幹部二名もまた仕掛ける気配がない。
「なぜ……動かない?」
斗貴子が問い掛けるとリバースを含むレティクルの面々は微笑を浮かべた。
「www 迂闊に武装錬金出してみなwww 可愛いコピーキャット……総角に複製されるだろうがwww」
「実際10年前ワタクシのハズオブラブもパクられましたもの。警戒は当然かと」
「そーそー。この上なく言われているんですよー。総角さん居る時は絶対武装錬金使うなって」
『交戦して血を流すだけでDNA経由で複製されちゃうもの。髪一本落とすのも危険。総角居る限り戦いはしませんのよ』
言い分を聞いた斗貴子だが表情の疑念はいっそう強まる。信じていないようだ。
「……既に複製された衛生兵(ハズオブラブ)はともかく、リバースとかいう幹部が銃の武装錬金使っているのはいいのか?」
「ww ぐう正すぐるwwwww ま、特性使っていないし大丈夫だろwwww」
「そうねん。いま複製してもせいぜい『空気を弾丸にするため実質弾数無限のサブマシンガン』が精一杯」
「その程度なら私にだってこの上なく凌げますからねー。というかケンカした時凌ぎましたし。負けたのは特性のせいなのです」
(ならどうして彼らはここに現れた? ……待っているのか? 何かを?)
秋水の疑問をしばし棚上げしたのは朗らかな声。
「光っちお久ー。そしてお師匠様。俺っちってば敵になっちまっしたけど、まあ宜しくお願いしますよ。へへっ」
「!! まさか輪どの!? 命野輪どの……?」
斗貴子の顔が曇った。
「似てるとは思っていたが……知り合いなのか? 演技の神様……ブレイクとかいう幹部と」
「確か話術の弟子だ! 7年前、偶然遭遇したあとそう聞いた!! ただあの時はまだ顔に火傷が……。ん? と、なると!!」
「そ。まだ幹部じゃなかったすよー。グレイズィング女史とはまだ知り合いですらなかったすからねー」
人当たりのいい笑顔を浮かべるブレイク。総角はヘルメスドライブの画面を見て溜息を突く。
29:永遠の扉
14/06/09 23:35:29.88 fw2Tl00u0
(……。やはり。登録外だ。火傷の治癒だけじゃない。顔も整形しているな。7年前逢って話を嫉妬交じりにしたから追尾可
能かと思ったが…………無理だ。フードを取り今の顔を見ない限り。そしてそれは……10年前武装錬金ともども顔を見た
グレイズィングと同じ。さすが医者というべきか。奴もまた整形しており追尾不能)
ハブオブラブという衛生兵を複製された彼女はどうやら協力無比なレーダーの武装錬金をも入手される破滅の日を予期した
ようだ。10年前の決戦当時、戦団には内通者(軍捩一なる総合対策本部第三室長)が居た。千歳の武装錬金の情報は恐らく
彼から仕入れたのだろう。
(フ。武装錬金複製を警戒しているコトといい、旧知の相手というのはどうもやり辛いな。実際鐶の義姉が暴れた場所には血も
髪も落ちていなかった。サブマシンガンを特性コミで複製するのは不可能、か)
「しかしまさか小札氏のお弟子さんまでもが幹部に……!? 以前話した時そんな感じしなかったのに!!」
「……るさい」
聞き逃してしまいそうな呟き。いや実際誰もが最初その言葉を認識できなかった。意識に上ったのは鐶の「おねえちゃん……」
なる絶望的な小さな叫びあらばこそだ。
貴信は見た。ただでさえフードに影を落とされている白い肌を一層闇に染め、ユラユラと力なく歩いてくるリバースを。
「でかい声大きな声腹が立つ話に聞いていたけど本能的に腹が立つどうせ声の大きさ1つで友達とか沢山作っているんでしょ
ね青春を謳歌しているんでしょうね死ね死ねリア充死ね声が大きいだけで幸せになってる人なんて許せない許せない絶対絶対」
「あの!? 何を言ってるんですか貴方は!!?」
フードと前髪の奥でギャンと片目が瞬いた。それは笑みに猛り狂うと形容すべき瞳だった。大地めがけ牙を突き立つ暗黒
色の三日月に浮かぶ紅玉は鳩の血をたっぷり吸ったようなおぞましき色合いだ。
(まさか!!)
栴檀貴信は思い出す。かつての戦いの終局、もう1つの調整体の眠る場所で遭遇したムーンフェイスの言葉を。
─「鐶、だったね。君の姉も他の幹部連中も君らの中に自分の手で殺したい相手がいるとか」
(過去が過去なだけにてっきり鐶副長を殺したいのだと思っていたけど─…)
「前から前から殺したいと思ってたのあはははは」
(僕だったの!? 自分の手で殺したい人って!?)
(……だと……思っていました……)
かつて貴信たちの過去を聞いた時、鐶は割れんばかりの大声にふと思ったのだ。
─この場にお姉ちゃんがいなくて良かった。
─いたらきっとキレて暴れていたに違いない。『大声で喋れる』 そんな者が大嫌いだから
「大きな声嫌い大きな声嫌い嫌いなの始末するの」
抑揚のない笑い声を上げて拳を繰り出す彼女は言うまでもなくいまシルバースキンが奥の手、二重拘束(ダブルストレイト)
の支配下にある。外部への攻撃はエナジードレインすらシャットアウトする能力は当然ながら彼女の拳を押し留める。銀の
破片はまさしく血球と化した。拳なる人心擾乱の病原菌めがけ吹雪き、膠着し無数の線分を以て固定する。
(た!! 助かった!!
汗だくになりながら胸を撫でる貴信。だが。
「伝えるってコトさえ許さないのお母さんに赤ちゃんの頃に首絞められたせいで大きな声が出せなくなった私に何もしていない
のにヒドい目に遭わされて辛い想い抱えて生きてきたかわいそうな私に伝えるコトさえ許さないの何よそれねえ何よそれどうせ
止めても止めるだけでしょいつもそうよ誰だってそうその場さえ丸く収まるならあとはお構いなし解決しようって意思もない癖に
臭いものにフタとばかりしゃりしゃりでて伝えるコトを邪魔するのよおかしいわよねおかしいわよふふふあはははあーっはっは!」
纜(ともづな)が切られた。ヘキサゴンパネルでガチガチに固められた黒白斑の石像の全身が打ち震える。
(ぎゃあ!! やばい僕やばい僕ピンチ!!!)
そして白魚のような指が10本、拘束服の襟元に潜り込む。
(まさか……!!)
(いやありえない!!)
(だがコイツやはり! ヴィクター化した武藤でさえ一度は負けた二重拘束を─…)
(自力で破ろうとしている!!!)
「あはは!」
哄笑する少女の腕や肘がどんどん銀色に染まり動きの自由を奪っていく。だがそのたび少女の笑いは大きくなっていく。
明らかに気道のどこかに狭窄が認められる、感情が出尽くしているとはいい難き笑い。だからこそ楚々とした心地よさと
決して尽きぬひりつく泥濘を併せ持つ凄艶な狂笑。少女は胸を張り体を揺する。世界はけたたましく切り裂かれる。
30:永遠の扉
14/06/09 23:36:55.32 fw2Tl00u0
「あはははは!!」
白い顎を跳ね上げるリバースの天空いっぱいを六角形が埋め尽くし蹂躙する。防人の根源的な闘争本能がそうさせた
のか。シルバースキンは明らかに過剰な反応を見せていた。ただ笑いながら拳を振りぬこうとする”だけ”の少女、スペック
だけいえばヴィクターIII武藤カズキに遠く及ばぬ筈の海王星の幹部めがけ大量のヘキサゴンパネルが降り注ぐ。量たるや
海豚海岸という天秤の右側を記憶ごと投石させるシーソーゲームの圧倒的覇者である。もはや先ほどサブマシンガンの芸
術的筆記に対する恩赦はない、どこにもない。遂にリバース=イングラムの全身が包まれ氷結する。残されたのは青みを
帯びた白銀のカマクラただ1つ。硬いチップはどこまでも稠密に塗り固められていた。古墳が如く厳重に埋葬していた。
「リバースさんがログアウトしました。この上なく」
「お馬鹿さんねん。裏返しはレティクル最強の腕力を持つワタクシでも破れるかどうか怪しい代物……」
「オイラの武装錬金ならいざ知らず、身体能力で破れる訳ねえだろwwwww」
幹部達の冷ややかな声。どうやら彼らの予想通りの結果らしい。皮肉にも、敵の評価だからこそ戦士達は安堵する。
(流石に力づくでシルバースキンは破れない、か)
(特性だもの。いくら高出力でも無理ってコトよ)
(だが幹部1人と引き換えに戦士長が手薄になった)
あとは彼を守りつつ他の幹部と─…
斗貴子が言いかけた瞬間、重苦しい地響きが大地を揺るがした。
「……?」
片眉を跳ね上げながらも警戒は崩さずディプレスたちを見据える斗貴子。
彼女の背中を大量の汗が濡らしたのは、彼らが悪辣と慢心を笑みにくるめて佇んでいたから……ではない。
総角と鐶のタッグでも勝てるかどうか怪しい……そう評された彼らが。
彼らこそが。
緊張に染まる顔に汗をまぶしていたからだ。「まさか」という誰とも分からぬ小さな声さえ斗貴子は聞いた。
ギコジギャ!!
巨大なチェーソーが時速100kmでモリブデン鋼の巨大な門扉に衝突したような不快な破砕と刃の擦れる音がした。
斗貴子は、見た。
冷たく輝くリバースのドームが内側から隆起しているのを。明らかに拳の形をとって盛り上がるのを。
「…………まさか」
震える斗貴子の鼓膜は確かに捕らえた。
小さな小さな笑い声を。
「あはははははっ」
「あーはっはっはっは!!!」
「あはははははははははははははははははははははははははははは!!!」
聞いているだけで気がおかしくなりそうなもつれ合いだった。
笑い声が響くたび封印の墓標に拳が刻まれていく。耳を塞ぎたくなるひどい音の中戦士達はどうするコトもできず立ち尽く
していた。シルバースキンは戦団最硬。破れる者など限られている。よしんば破ったところでどうなろう。敵を封じ込めている
のだ。破るとは幇助なのだ。せっかく捕らえた存在をむざむざ逃がす利敵行為。創造者以外に許されるのは傍観で、故に、
「くっ!!」
防人は手をかざす。ドームの表面が薄く剥け舞い散った。と見るのも一瞬のコト、網状に連なったヘキサゴンパネルたちが
ドームを縛り……圧縮を始める。一瞬鐶に向いた視線は同情を孕んでいたが、しかし彼女はひどく瞳を鬱蒼とさせたあと、
……頷く。幹部5人を相手にするという最悪の事態ゆえ私心を捨てて促した。リバース殺害を許諾した。
ミリミリと狭まっていくドーム。むろん中の少女がどうなるか考えるまでも無い。
だが。
31:永遠の扉
14/06/09 23:37:50.28 fw2Tl00u0
腕が、突き出した。ドームの中からたおやかな腕が一本無造作に飛び出した。あくまでも細い腕は力なくぐわりと倒れ……
二重拘束の表面を掴む。爪が割れるのも構わずだった。真赤な先を指という筆で引きながら、確かにヘキサゴンパネル同
士の溝を掴んだリバースは、これまでで一番大きな笑いを上げた。
「うふふ。うふふふ……! あははははははっ!!!」
破滅的な音がした。無数のヘキサゴンパネルの塊がごっそりと毟り取られ地面にめり込んだ。スクランブル。腕に再び
纏わりつくパネルたち。だが細い腕はぷるぷると震えながら下に伸び……捲くる。薄くなった装甲が内側から蹴り抜かれる
まで1秒と無かった。剥落するドーム。巨大な風穴。補填すべく縛るストレイトネット。そこにもう一本の腕が現れ……
「伝えたい伝えたい伝えたいもっともっと伝えたい」
エキスパンダーのようにストレイトネットを強引に引き伸ばし……千切った。
「ウソぉ!?」
と驚くのが戦士か音楽隊の誰かなら斗貴子もまだ平然としていられただろう。しかし敵の幹部だった。黒縁メガネの冴えない
アラサー……クライマックスが愕然とし、その両側のディプレスとグレイズィングもまたひどい動揺の気配を見せた。
(仲間さえ予想外なのか!? 一体どれほどの存在なんだ、このリバースという幹部は!?)
「伝える邪魔は壊すの伝えるために壊すの何だって何だって何だって何だって何だって何だって何だって何だって何だって」
ギヌチッ! 終局的な音をシルバースキンリバースが奏でた。ドームのほぼ中央でスパークが走る。ヘキサゴンパネルの合わせ
目が無理くりな電離的解除をきたし離れ始め─…
「壊すの!!」
(マズい! 信じがたいコトだが─…)
(裏返しが破られる!!)
圧倒的な破滅の音が辺りに響き。
リバース=イングラムは怒涛の如く押し寄せるヘキサゴンパネルに飲み干され見えなくなった。
あとはもう身動き1つできぬ無口少女。
「だめなのかよ!!」
「何がしたかったんだ!!」
再びドームの中に閉じ込められた少女。一層はげしくなった拘束の前では抵抗できないと見え何の音も聞こえない。
クライマックスは呻いた。
「そんなアジバ3じゃないんですからもうちょっと頑張りましょうよこの上なく」
彼女は見た。足元に刻まれている文字を。どうやら同僚のダイイングメッセージらしい。
『(´;ω;`)』
「ちょっと可愛いなオイ!!」
「咄嗟に銃で書いたのね。お手上げって……」
剛太に続き桜花も呆れた。
「鐶は破ったのだぞ裏返し!! 義姉ならもっとこう……粘れと!!!」
(いや無銘。簡単に破られたら創造者たる俺の立場がだな)
「……お姉ちゃんは…………可愛くて成績優秀、運動もできますが…………基本コミュ障で…………コミュ障すぎるあまり
…………身を持ち崩して…………悪の組織の幹部なんかになっちゃった…………だめだめさんなので…………こうなる
んじゃないかと……思ってました」
鐶はどんよりとした眼差しで答えた。
「フ、フフン。一瞬冷や汗をかきましたけど所詮はただの身体能力。裏返しを破れる道理なんてありませんコトよ」
「……普通そういうセリフは私達が貴様らの攻撃を破り損ねた時いうものだろ。逆だぞソレ。何で味方が負けたのに得意気なんだ?」
カタカタと震える手でカップをソーサラーに置くグレイズィングに斗貴子もツッコむ。
「まwwwwwww 別に捕まっても関係ねーけどなwwwwwwww」
ディプレスが呟くと同時に裏返しが爆ぜた。粉々に砕け散り、リバースが現れた。
32:永遠の扉
14/06/09 23:40:10.55 fw2Tl00u0
「なっ」
「裏返しが今度こそ……」
「破られた……?」
ヘキサゴンパネルが俄かに色彩を失くし地面めがけ落ちていく。拘束服の原型はもはやない。リバースに着せられていた
者さえジグソーパズルを投げ捨てたような気楽さで瓦解して砕けていく。あまりに呆気ない幕切れに防人はただ愕然とした。
(馬鹿な。操作不能だと……?)
拘束服の残骸が光の粒となり消滅。防人の掌に核鉄が2つリターンバック。
(武装解除。発動時触れていた場所に戻った……か)
「一体何が起こったんですか……?」。震える毒島の傍に小札が立つ。
「分解能力です。ディプレスどのの武装錬金はあらゆる物を分解いたしまする」
「待て!! シルバースキンは戦団最硬!! 仮に破損しても瞬時に再生するんだぞ!? それをああも簡単に……だと!?」
信じがたい、そんな様子で叫ぶ斗貴子に答えるのはクライマックス。
「裏返しですからね。防御力が内側に向いている状態ですから防御力は普段より何割か落ちていたのですよこの上なく」
「そwwww だから普通の状態のシルバースキン、分解できるかどうかオイラ全然わかんなーいwwwwwwwwwwwww」
軽々しく笑うディプレスに秋水は一切謙遜を感じなかった。
(……恐らくこの男は確信している。真向戦って負けるわけが無いと)
分解能力という最強の矛。シルバースキンなる最強の盾とどちらが勝るか……とはかつてレティクルのアジト付近で再殺
部隊の犬飼が漏らした思考実験的な課題だが、初戦はディプレスに軍配があがったようだ。
(裏返し状態では確かに対外的な防御力は減少するが……それでも並のホムンクルスなら20体がかりでも引き裂けない
のは検証済みだ)
防人は冷や汗混じりにディプレスを見た。
(鍛えぬいた俺の眼力ですら影の瞬きを捕らえるのが精一杯だった。彼の手元から何か迸った次の瞬間にはもう裏返しが
破壊されていた……)
単純な攻撃力ならば幾らでも防げると歴戦が証明してきたシルバースキン。だが『分解』なる特性は金属硬化も瞬間再生
も何もかも貫くようだった。その上さらに攻撃速度自体も速い。
(……もし彼と戦った場合、俺は果たして勝てるのか?)
重ね当てという切り札を完成させるためここ数日心血を注いできた防人だ。『未完成なのは心因的な物が原因』と言った
のは今は幽閉中の照星の言だが、その辺りは秋水やまひろ、沙織と言った面々との交流で少しずつだが解決に向かって
いる。なればこそ千歳に必ず成功させると宣言したのだが……。防人の冷えた部分、7年前からこっち磨り減り続けている
『大人』の部分は告げるのだ。よしんば完成しても当てられる可能性は低い……と。拳を繰り出す。分解能力が防護服ごと
防人の腕を細かく砕く……分別ある大人ならば誰でも至れる結論に縛り付けられる。
防人は首を振る。そういう常識に囚われたからこそ再殺騒ぎにおいて旗幟が不鮮明になり心中じみた結論で斗貴子たちを
苦しめてしまったのだ。
(思考を止めるな。戦士・カズキなら新たな選択肢を作り出す。俺はそれを見たはずだ)
胸に蘇るのは穂先の感触。カズキが届けとばかりありったけの想いを込めて貫いたそこで渦巻く残り火は、冷えたはずの
防人の心にわずかだが熱をもたらしている。
(攻撃を防ぐだけがシルバースキンじゃない。そもそも俺は防御一辺倒のこの服を攻撃に使うため体を鍛えた。拳1つとって
も錬金術の産物さえ纏っていればホムンクルスを打破しうる)
そう気付いたからこそ練磨に練磨を重ね超人じみた身体能力を手に入れた防人だ。剛太たちに披露した重力の使い方も
つまるところはシルバースキンを活かすためだ。防人はその柔軟性を以て、あらゆる物事総て我が武装錬金の支えとした。
「学んだ筈だ。赤銅島の地引網から。戦士・秋水にだって言った。ちょっとした着想で君の武装錬金も闘い方を変えるコト
ができる、と。シルバースキンだって例外じゃない。何か、何かあるはずだ。あの強力な分解能力を上回る……何かが)
防人の掌の中で金属のこすれ合う高い音がした。何気なくそちらを見た彼は……気付く。
(…………。重ね当て。強力すぎる相手の力。一瞬で無効化された裏返し。発動時。……核鉄)
あらゆる修練と失敗の光景が脳のある一点めがけ収束していくのを感じた。既に13もの技を開発している防人だからこそ
持ちうる経路。彼はシルバースキンの専属プロデューサーと言っても過言ではない。持ち味を活かす。そういうヴィジョンを
まず持ってから現実的な努力を塗り固めるのが防人の方針だ。
そして今。現実の1つ1つが防人の中で見事に組みあがっていく。
(或いは命がけかも知れないが)
33:永遠の扉
14/06/09 23:40:59.07 fw2Tl00u0
ダブル武装錬金を発動し……拳を握る。
(やってみる価値はある。恐らくコレが奴に勝てる唯一の手段)
『わーーーーーん! ブレイク君ブレイク君、光ちゃんの前でババーーン!! と裏返し攻略してお姉ちゃんの強さを見せ
付けたかったのに失敗だよう! 滅茶苦茶大失敗で合わせる顔がないよう!!』
「あー。よしよし可哀想な青っちですねぇ。でも大丈夫。失敗した青っちも可愛いって光っちもきっと思ってくれてますよ」
『ホント!? ホントかなあブレイク君! 光ちゃん私めのコト見捨てたりしないかな……』
「大丈夫」。答えるブレイクに抱きついたままリバースは面を上げた。フードを突き破っているアホ毛が毛の無い小型犬の
長いしっぽよろしくブンスカブンスカちぎれんばかりに振られた。
「あー。君たち。イチャつくのは後でしなさい。戦闘中だぞ。戦士・斗貴子なら容赦なく狙うしそれで死んだら色々後味が悪い」
こほん。咳払いをする防人に「はーい」と素直に応じるブレイクとリバース。
「いや戦士長。何で敵に忠告するんですか。せっかく隙だらけでブチ撒けるチャンスだったのに……」
「まだ子供の光ちゃんのお姉さんだからよ。悲しむ顔見たくないからなるべく助けたいみたい」
「仏か! 養護施設の中見てきたけど結構な破壊痕だったぞ! 痛めつけられた筈なのに恩情をかけるとか……仏か!」
「へへ。ありがとうございます。ちなみに普段の青っちならああは甘えませんぜ。凛としたお姉さんぶるんですよ。10歳年上
の俺っちに」
「ば、馬鹿っ。今はその話関係ないでしょ!!」
照れたように小突く真似をするリバース。えへらえへらと喜ぶブレイク。
(うぜえ……です。Hi-ERO粒子も出せねえ癖に……イチャつくな……です…………)
相変わらず2人は離れているが、熱ぼったい様子で相手を時々ちらちら見ている。
剛太がキレたのは、彼らがちょっぴりの含羞と共に軽く手を繋いだ瞬間だ。
「てめえら自重しろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「ぶっ」。桜花は口を押さえた。余りに嫉妬丸出しな叫びで却って母性本能をくすぐるぐらい不憫だったからだ。実際彼は怒り
ながら泣いていた。頬を涙で濡らしていた。
「色々見てて痛いんだよバカップルどもが!!」
「そうですよ! この上なくそうですよ! イチャイチャいちゃいちゃしやがりやがってです!」
「……敵まで乗ってきた」
秋水は呆れた。クライマックス……認識の上ではまだ秋戸西菜という相手の劇団の主宰者は「リバースさんってばリア充
死ねリア充死ねと言うくせに自分は結構な美人さんで頭良くて運動神経も良くて、そのうえ好きだったアイドルさんとお付き
合いしているとか何なのですかこの上なく! まぎれもなくリア充じゃないですかあ!」と捲くし立てた。
「先輩、俺なんかこの幹部と気が合うかも!」
「合うな! そいつは敵だぞ!!」
という本人こそ意気投合の原因なのだが、そうとも知らぬ彼女は額に手を当て俯いた。
「というか何なんだこの敵の幹部どもは! 来たと思って身構えていればしょうもないコトを次から次へと!」
「そういや子猫ちゃんも7年ぶりwww元気だったかwwww デッドいまだにお前のトラウマ抱えてるぜwww」
「あんた誰さ? デッドって誰さ?」
「ええい挨拶はいい! 戦うか戦わないかいい加減ハッキリしろ! いつまでもグダグダ喋るな!!」
(なんか……音楽隊とノリが似てるよな)
(ええ。どれほど悪辣な連中かと思ってたけど、リバースさんといいどこか抜けてるような……)
桜花と剛太はやがて幻想を知る。
「wwwwwww つってもよーー。パピヨンの方が片付かない限り俺らとしても動きようがねーんだわコレがwwww」
軽い調子で放たれた答え。斗貴子の目に火が灯った。
「つまり……アイツが来なかったのも貴様たちの差し金か?」
「そ。劇の間アナタたちより一足早く幹部と戦っていましたのよ」
(姿を現さなかった謎が解けたな。しかし……彼を倒さないと身動きが取れない? どういう意味だ? 残る5人の幹部全員
が彼にかかりきりで……合流を待っている? いや違う。1人にそれだけの戦力を投入する方針なら、俺たちにも同じコトを
する筈だ。津村。戦士長。総角。鐶。俺たちの中でも上位に位置する者をパピヨン同様集団で倒す筈だ)
秋水の推測は続く。
(つまりレティクルの目的は実力者の排除ではない? パピヨンが強いから始末しようとしているのではなく……別の目的で
狙った…………と?)
鼓動。去来。跳ね上がる心臓から送り込まれる血液が脳髄を駆け廻り記憶を繋ぐ。
「もう1つの調整体」
34:永遠の扉
14/06/09 23:41:31.62 fw2Tl00u0
小さな呟きに戦士たちから「え」という声が上がる。
「戦士長! 音楽隊と共に生徒の所へ!」
叫びを上げる秋水。防人は完全には意図を掴んでいないようだが、音楽隊、そして根来と千歳に合流するよう促す。
(……)
鐶は義姉の傍を駆け抜けた。振り返りたさそうに一瞬首を動かしたが、すぐ防人たちを……無銘を見据え走り去る。
瞬間移動できる物は千歳や総角の傍に。そうでないものは巨鳥と化した鐶の背中に慌ただしく乗り込んだ。
「どういうコトだよ早坂?」
「もう1つの調整体! パピヨンを狙う理由がそれだとすれば刺客が持っているのは『強奪に適した武装錬金』! それが
ないと動けないと彼らは言う! つまり狙いは! ここに来て攻撃もせず立っている理由は……!!」
「『マレフィックアースの器』!! 劇の最中武装錬金を発動した生徒の誰かか!!」
ブレイクは笑う。
「にひっ。祝勝会もそこそこに安全な場所に移されたのはお見事ですねーー。千歳さんの武装錬金で瞬間移動した生徒さ
ん9名。ヴィクトリアっちの避難壕……地下経由の光っちの高速機動で運搬された生徒さん13名。全員すでに聖サンジェ
ルマン病院地下50階に隔離され……厳重な保護下に今はある」
(……何故知っている? 確かに地下壕は使った。武装錬金を発動しなかった生徒たちの移動も含めて)
「同じ医療関係者として敬意を以て把握してますけど、性……もとい聖サンジェルマン病院に詰めているお医者さんたちは
前述のとおり医療関係者ゆえ屈強な方揃い。院長と事務局長とナース長の戦闘力はいずれも戦士長クラス、戦部には及
びませんが20位以上の記録保持者(レコードホルダー)だって7名はいる。有事の際は研究用の核鉄6個を定められた戦
士に貸与し核鉄持ち以外が補佐するシステムだって整備されている……。クス。地下深くかつ回復特化という地理的用件ゆ
えに幹部全員で責めてもオトすのはちょおっとばかり難しいわねん。だからアソコに生徒たちを避難させたのは正解よ」
(だが……略奪に適した武装錬金があるとしたら。例えば『目的とする物体付近へ一瞬で手を伸ばせる』千歳さんのような
瞬間移動系統の能力があるとすれば)
(地下にいる優位性は崩れる! その道すがら詰めている戦士たちの意味も!)
「わざわざココに残っていたのは養護施設をこの上なく守るためですよね? 生徒がいないと知った私たち幹部が腹いせ
に子供たちを殺すのを防ぐため……。単に生徒さん達だけ守るなら、地の利この上なくバリバリな聖サンジェルマン病院
に陣取れば良かったんですけどー、演劇の舞台となったこの場所を見捨てるコトはどうしてもできなかった、ですよね?」
「そして急ぐ理由はwww オイラたちの態勢が整っていないと踏んだからwww 仲間が、パピヨンからもう1つの調整体を
奪っていない今ならまだ生徒守れるってwww 思ったからwwww 急行している訳だけどwwwww」
くすくす笑うディプレスはありったけの濁りを込めて嘲った。
「こっちが手の内バラすってコトはもう手遅れなんだよバーーーカwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
言葉を補うよう、紙鉄砲を閃かせたような軽い炸裂音が響いた。最初1つだったそれは2つになり4つになり徐々にだが
確実に増えていく。
「爆発音……?」
「破滅的な感じじゃねえ。爆竹がどこかで炸裂している程度の小さな音……」
戦士たちの顔から血の気が引いたのは、その量だ。
「やまないぞ。そして多い」
「街のそこかしこで鳴っているような……」
建物が破砕されるような音は一切ない。ただ乾いた音が、普段なら誰かがふざけて爆竹を使ったのだろう程度にしか思
えない脆弱な響きがどんどんと増えていく。異様だった。桜花から放たれた御前は空高くで見る。『一切壊されていない街並
み』を。破壊がないからこそ不気味だった。しかも爆発音は徐々にだが確実に聖サンジェルマン病院方向へと発信源を変え
てゆく……。危機が迫っているのは明らかだった。生徒たちに牙が届きつつあるのは確かだった。
街のどこかで声がした。
「ムーンライトインセクト。論理上は射程無限の媒介狙撃。こいつなら病院におるアース候補攫うのも訳ないで」
(正体は不明だが、パピヨンに振り分けられていた武装錬金が動いたというコトは……)
(負けたのパピヨン? まさか。あのパピヨンが……武藤クン以外の相手に…………?)
35:永遠の扉
14/06/09 23:42:02.50 fw2Tl00u0
一時的にとはいえ同盟を結んでいた桜花ゆえに血色は褪せる。考えられないコトだった。傲岸不遜ゆえにどれほど追いこ
まれようと首の皮一枚で勝利を掴み取る執念の持ち主が……バタフライや戦部、ムーンフェイスといった強豪を降し続けて
きた彼が。
武藤クン以外の相手に……負けた? ウソよ。有り得ない。ヴィクトリアさんと共謀している以上察しがつくわ。『もう1つの
調整体』はきっと白い核鉄の基盤(ベース)になってる。武藤クンに捧げるための大事な代物をむざむざ奪われるなんて、
絶対におかしい! あの性格だもの。命がけで守る筈!)
カズキを救いたいという思いを一度とはいえ共有した相手なのだ。執念の底にある敬意だって見てきた。そんな彼が、
相通じる者を畏敬と共に覚えているパピヨンが敗亡する様を桜花は見たくない。勝って退けたから敵の能力が別口(病院)
に向いた……そう信じたかった。
千歳が瞬間移動し鐶もまた飛び立つ。
秋水。桜花。斗貴子。剛太。毒島。彼らは目を交わし……頷き合う。
(幹部たちを足止めするぞ)
(ブラボーさんたちへの追撃を防ぐのね)
(実力差こそあるが数の上では互角)
(……で、隙を見て離脱って訳ですね)
(特訓の成果があるとはいえ無理は禁物です)
各々の武装錬金を臨戦態勢にシフトする戦士たちにリバースはニコリと笑った。
『そう来ると思ってたわよ。でもさせない。マレフィックアースの器確保は急務だもの』
徐に取り出した何かのスイッチを彼女が押した瞬間、先ほどの爆発音など比較ならぬ圧倒的な轟音が戦士たちの鼓膜を
つんざいた。
「!!」
秋水たちは見る。火を吹く養護施設を。来客用のスペースも子供たちの居住空間も事務室も……演劇発表の会場も、
何もかもが紅蓮の炎を吐きだす巨獣と化して呻いているのをむざむざと見せつけられた。
「wwwwwwwww 何のためにリバースが養護施設に潜り込んでいたと思うんだよwwwwww」
「爆発物を仕込んでおきましたのよ」
得意気に笑う幹部2人に秋水は激高した。高校時代の総ての結実……部員や、まひろと共に過ごしたかけがえのない
場所の惨状を見ては怒声も上がろうというものだ。
「馬鹿な! 生徒たちの所在はもう掴んでいるのだろう!? 今さら腹いせに壊す理由が……!」
人好きのするエビス顔が─もっとも今はフードに隠されているので、それを斗貴子が見たのはかつて師事した記憶の
もたらす幻影だ─揉み手をした。
「にひっ。別に腹いせじゃありませんよ」
「何……?」
「ただこーやって爆破したら、ブラボーさんたち……救助する他ねーですよねえ? 何しろ身寄りなく慎ましく暮らす子供
たちや彼らを懸命に支える職員さんたちが中に居るんですから。あと秋水っちたちの劇に感動して資金援助を申し出て
下さってる観客さんも何人か事務室で話してるようでしたよ?」
演技の神様の声はどこまでもにこやかだった。
「まだ生きている……或いは重傷ですが総角さんのハズオブラブを使えば救命可能な人たちがまだあの中に居るっての
に、生徒さんたち守るためだけ聖サンジェルマン病院に急行するのは……できませんよねえ? 戦士……そして人外な
がらも心正しく生きてこられたお師匠さんたち音楽隊の『枠』は……決して見捨てられませんよ。助けに戻る他ない」
(確かに養護施設に点在する人間総て助けるには相当の人員が居る)
(人命を優先すれば幹部に振り分けられる戦力は激減)
(そう踏んだから爆破……。私がいうのも何だけど……最悪ね)
桜花が嫌悪を催す中─…
爆発音を聞きつけたようだ。音楽隊と防人搭載の鐶が舞い戻り、養護施設に突入した。千歳も恐らく合流するだろう。
(……無関係な人間を巻き込んでおいて何故笑える! 貴様は母上の弟子ではないのかっ!?)
鐶の上で根来直伝の火消し独楽をそこかしこに撒く無銘はブレイクを睨む。睨まれた方は涼しげに微笑した。
(さっすが無銘っちすね~~~。そーいう心正しいところ、気に入ってますよ。へへ)
「ぬぇぬぇぬぇ~。簡単には救助させませんよこの上なく! メンツ的に早期解決間違いなしですからね!」
鐶を追ってクライマックスが炎に飛び込む。
「徹底的にこの上なく足を引っ張ります! すぐ全員救助されて聖サンジェルマン病院へ向かわれないよう邪魔するのです!」
「幹部が!! クソ!!」
駆けだす斗貴子たちの前に幹部4人が立ちふさがる。
「クス。総角が万能ゆえ火事場に行くのも予測済み」
「これで俺っちたちも心おきなく武装錬金使えるってもんでさ」
36:スターダスト ◆C.B5VSJlKU
14/06/09 23:43:47.67 fw2Tl00u0
悪辣な言葉。燃え盛る養護施設。戦士たちの感情は、もはや破裂寸前だ。
「どけ!! 身勝手な理由で人々の暮らす場所を……日常を踏みにじりさせはしない!!!」
「www おーおwww 正義のヒーローぽくてカッコいいじゃないのwww まwwこーなったのリバース相手にグダったせいだけどなw」
「貴様……」
斗貴子はディプレスと相対した。
「毒島さんは養護施設へ。気体操作は消火向きよ」
『なるー。いい判断ねそれ。じゃあ私めは『色々伝えたいコトもあるし』、桜花さんの相手……しちゃうねー』
(……弓対銃。射撃対決ですら分が悪そうね。護身術も特訓したけど……ブラボーさん相手に見せた格闘には無力……)
桜花はリバースを見て冷や汗を流す。
「姉さん! そいつは色々危険すぎる! 相手なら俺が─…」
「っと。青っちに刀振りかざすってぇ暴挙……ちぃっとばかし見過ごせませんねえこりゃ」
「……。演技の恩義はある。しかし悪いが……そこをどけ!」
秋水の日本刀とブレイクのハルバードが互いめがけ殺到し……
「完全防御のブラボー。瞬間移動可能な千歳さんに亜空間使いの根来。そして炎程度じゃ死なない音楽隊」
「救助にはピッタリの面子ですわね。ま、だからこそ養護施設に火を付けたんですケド」
「ったく。なんで俺が最強っぽい奴と……。重力通じんの? コレって」
剛太はグレイズィングをため息交じりに眺めた。
かくて戦局は動く。
【養護施設救出組】
防人衛。
楯山千歳。
根来忍。
毒島華花。
総角主税。
小札零。
鳩尾無銘。
鐶光。
栴檀貴信。
栴檀香美。
【対幹部組】
早坂秋水。
早坂桜花。
津村斗貴子。
中村剛太。
そしてどこかで闇が蠢く。
「ひひっ。概ね予定通りに動いておるわい。後はうぃる坊とわしがどこで動くか、じゃの」
以上ここまで。
37:ふら~り
14/06/10 21:44:09.78 lFkGQQ8R0
>>スターダストさん
我が人生最古の記憶としては、ウォーズマンたち5人vsバッファたち5人ですが。こういう、
同時団体戦は燃えますっっ! 戦力分断の手段・手際も実に悪役らしく見事でしたし、そこから
流れるようにこの展開! いろんなアニメ・特撮の、そういうBGMが脳内で響いてますっっ!
38:永遠の扉
14/06/11 23:40:32.37 FvT/12T+0
養護施設南部。演劇が発表された大部屋。
念のため観客を探しに来た防人たち再殺部隊と総角率いる音楽隊は40体近い自動人形の襲撃を受けていた。
「ぬぇーっぬぇぬぇ!! 燃え盛る養護施設に残された人たちの救出、この上なく妨害しますよ!!」
紅蓮の炎と40体からなる人形の向こうで腰に手を当て笑う冴えないアラサー・クライマックスを26の瞳がチラリと見て
すぐに流した。
「フム。ここには要救助者はいないようだ。なら手筈どおり毒島は気体調合で鎮火。千歳と根来は亜空間から要救助者の
捜索。必要に応じて瞬間移動や引き込みを行え。俺は音楽隊と同じく、施設内部を捜索する」
「いや!! 聞いてくださいよ!! てか構ってくださいよぉー!! 自動人形がこんなにいっぱい居るんですよこの上なく!」
「フ。出でよ月牙の武装錬金・サテライト30」
24体の総角が自動人形の針路上に立ちふさがった。
「10年前はいなかった幹部……か。フ。誰の後釜だ。ミッドナイトかLiSTか……」
「あー、LiSTさんって人の後釜らしいですよこの上なく。私冥王星ですから」
のほほんと応じたクライマックスだが、総角以外の面々が炎の中を駆け抜けていくのを見て「うぎゃあー!」頭を抱えた。
「ほ、ほとんど全員にこの上なく逃げられました!! これじゃ追撃買って出た面子が……!!」
「フ。面子ならお互い様だ。元は月の幹部……レティクルナンバー2だった俺が末席の足止めとはな。ま、養護施設の者
どもを助けるにはこれが最善手……だろうが」
剣閃が瞬いた。四分五裂した自動人形が炎の中で膝をつき消滅する。
「んが!? 40体いた私のしもべがこの上なく一瞬d……ガフ!!」
左胸(章印のある場所)を刀で貫かれたクライマックスのフードがブレて一瞬無機質な人形を露にし……消えた。
「フ。やはり囮の人形か。創造者に化けられるフォームがあるとなると……他にも」
養護施設東部。無銘・鐶組
「パワーフォームですこの上なく!!!」
壁や床を殴りぬきながら迫ってくる自動人形の群れに2人は溜息をついた。
「斃せない相手ではないが、無尽蔵、か」
忍法天地返しで無力化した人形6体を鐶のダチョウの足で蹴り抜いた瞬間、増援が来た。
「スパロボなら稼ぎどころですけど……現実だと…………鬱陶しいだけ…………です」
適当にあしらいながら要救助者を求め駆け抜ける。
養護施設西部。小札・貴信・香美組
「スピードフォームですこの上なく!!!」
風が巻き起こり炎を揺らす。
『あまり構いたくは無いが!! 周囲を飛ばれると捜索がし辛い!!』
「こいつらあたしが引き受けるからあやちゃん皆さがすじゃん!!」
「はい!!」
オノケンタウロス状態の小札が子供を乗せて駆けていく。
養護施設北部。防人。
「テクニカルフォーム!!」
「ガンフォーム!!」
「ン?」
カンフーを繰り出す自動人形を無造作に掴んで投げる防人。直撃を受けた銃使いの人形が爆裂したが些細な問題だ。
「心眼・ブラボーアイ!!」
指輪を目に当てた防人は燃え盛る廊下で右顧左眄していたが、とある部屋に目を留めると千歳に電話をかけた。
「そうだ。毒島だ。救助者を見つけたがドアが閉まっていてな。バックドラフトが怖いから連れてきてくれ。酸素濃度を下げて
からドアを開く。ん? ああ、もちろん音楽隊の面々にも伝えてある。ところで火渡は……まだか。居れば助かるんだが」
毒島の手助けにより無事ドア開放。内部の炎も完全に鎮火した。
「ひとまず職員8名確保」
「一酸化炭素……消滅させました。バックドラフトの危険ありません」
震える大人たちに「もう大丈夫だ。施設を少々壊すが許して欲しい」。そう告げて彼らと壁の間で息を吸う。
39:永遠の扉
14/06/11 23:44:17.20 FvT/12T+0
「粉砕・ブラボラッシュ!!」
地響きすら伴う衝撃の中、火災現場から外界に繋がる風穴が開いた。
「どこの誰だか存じませんがありがとうございます」
外。深々と頭を下げる職員へ挨拶もそこそこに防人は告げる。
「入居者と今日出勤している職員、それから外来者のリスト。場所を教えてくれ。燃えないうち取りに戻る」
「点呼に使うんですね……しかし、炎の中に戻って大丈夫なんですか?」
「問題ない! この服は特注! 火災なんかへっちゃらだ!!」
胸を張る。ここで総角が合流したので鐶の元へ瞬間移動するよう指示。方向音痴の彼女は捜索よりむしろ一箇所に留まり
避難者たちを護衛─またレティクルが狙わないとも限らない─する方がいいと判断したのだ。
鐶が到着するころにはもう防人は事務室から一通りの名簿を回収。
職員の何人かが非常用にと持ち歩いていたそれと照会し最新版であるコトを確認すると、残りの要救助者の数を捜索中
の面々に一斉送信。リアルタイムの情報共有体制を立ち上げる旨も伝え捜索再開。さらに職員から安否不明の同僚に電
話したいという申し出があったのでこれを採用。不明職員の7割の所在が加速度的に明らかになった。電話に出られるも
のは場所を伝え、重度の火傷などで出られない者も電話の音を頼りに香美・無銘といった耳の良いものが探し当てる。
(総角がいてくれて助かったな……)
ハズオブラブ。衛生兵の武装錬金の持ち主はヘルメスドライブをも有していた。つまりケータイで重傷者の存在を知らさ
れれば如何なる難路の置くであろうと直ちに駆けつけ治療ができる。軽傷者は貴信や小札の回復能力で肩を借りて歩ける
程度には回復する。
自動人形が闊歩する建物の中で根来と千歳のタッグは驚くほど多くの人命を救った。他の面々が一種の陽動的役割を
担うため、元々捕捉されづらい特性の持ち主達はいよいよ影の中ひそかに立ち回る。
毒島もまた役割を果たした。炎を鎮め、自動人形たちを液化窒素で足止めし、自らも要救助者を抱えて飛びまわる。
「ぐぬぬぬ……。10分と立たない間に養護施設の8割が鎮火。中にいた人たちも7割近くが救助されうち9割がすでに完全
回復…………演劇といいこの上なくスペック高すぎですみなさん……」
クライマックスの妨害さえなければ8分で火災が収まり全員救助されただろう。
「自動人形斃さない方針が……逆に厄介なのです。どうも千歳さんと総角さんってば密かに全部モニターしてるようです……。
子供襲ったり、ケータイの音頼りに居場所突き止めたりすると、途端にこの上なくどちらかやってきてかっ攫います……」
なら新たな自動人形を出せばいいようなものだが、狭い建物だ、増やしすぎると身動きできなくなる。
「羸砲さんの力は……。あー、やっぱりダメです。使えるようになるまでまだこの上なく少しかかりそうです。やる夫さんたちが
乱入した時なにか小細工されたようで、解除しようとしてるんですがなかなか……」
屋根の上で盛大な溜息をつくクライマックスの耳めがけ四方八方から鬨の声が飛び込んだ。
「……仕方ありません。庭で戦ってるディプレスさんたちにこの上なく加勢しましょう。タイミング……見計らって」
少し時間は巻き戻る。
早坂秋水はブレイク=ハルベルドと。
早坂桜花はリバース=イングラムと。
津村斗貴子はディプレス=シンカヒアと。
中村剛太はグレイズィング=メディックと。
戦い始めたその頃に。
(自動人形を引っ込めている今がチャンス! まずは回復役を引き剥がす!! それだけでも斗貴子先輩有利になる筈!)
最初に動いたのは剛太。踵から土砂を巻き上げた彼の姿はもうグレイズィングの直前だ。
「モーターギア! スカイウォーカーモード!!」
細長い足が鞭のようにしなる。所詮は人間の膂力……妖艶だが明らかな嘲笑と共に右ガードを上げたグレイズィングの
体がわずかだが浮き上がった。
「!!」
(うまい。ガードごと相手を持ち上げた!)
(早速特訓の成果が出たな。重力。突撃からの蹴撃……幹部に通用するほど磨き抜いたというコトか)
40:永遠の扉
14/06/11 23:44:42.75 FvT/12T+0
上段回し蹴りを貫徹し旋回する剛太の左踵から右拳へと戦輪が転がる。相手に背を向けた時にはもうほとんど屈み込ん
た剛太の右踵のモーターギアが爆発的に加速したのはアキレス腱の弾性が上方めがけ解放される瞬間だ。バネのように
伸び上がる剛太の体を一層勢いづけるように繰り出された右アッパーはクロスガードに受け止められてなお敵を屋根より
高く打ち上げた。
「www やるじゃないのwww ボディコントロール良好のグレイズィングさん吹っ飛ばすたぁwwwww」
口笛が鳴り響く中、新米戦士は武器を一輪放り投げそちらめがけ跳躍した。水平に回転する戦輪が足裏に密着したきり
ピトリと静止する歯車とかみ合って剛太をグルリとスイングさせ……吹っ飛ばす。
(空中で加速した!)
桜花が目を剥く中、矢のように突貫した剛太の飛び蹴りは回復役を屋根向こうへ弾き飛ばした。
(クス。食べ甲斐ありそうな可愛いボウヤですもの。最初ぐらいリードをとらせてあげるべき……)
瓦の上を水平に飛んでたなびくフード。そこから覗く唇はひどく赤い。
空気を裂く鋭利な衝撃同士が無限にぶつかり合い消えていく。消えては再発し再発しては消え波濤の如く繰り返す。
御前は少し心が折れかけていた。
(チクショー!! 特訓で速射性能上げまくったのに!!)
本人は恥ずかしくていえないが、毎秒7発、まさしく「矢継ぎ早」に打ちまくっている。にもかかわらず悉く空気の弾に撃墜
され地に落ちる。
『どんまいどんまい。アーチェリーで毎分1200発撃てるサブマシンガンに対抗できるってスゴいコトよ? 一応桜花さんも
回復役だしなるべくさっさと重傷負わそうかなーって結構本気で撃ってるのに倒れないんだもの。すごいすごい。わーい』
「……本気、ねぇ。私の足元に文字書きながらよく言うわ」
桜花は溜息をつく。その間にもボウ・ストリングスが打ち震える。右腕に陣取った御前が指─射る時に出る─から
出る矢をひっきりなしに撃ち込んでいるのだ。
『ねーねー。ふと思ったけどその射撃って桜花さんいらなくない? 御前ちゃんの両手さ弓矢にしてもっと射撃特化にした方
が効率よくない? 実質ボーっと突っ立ってるだけよね桜花さん』
「痛いトコ突くわね」
苦笑するほか無い。ピッチを上げていよいよ毎分500発の大台に乗ったというのに見えざる弾丸に総て撃墜されている
のも含めて。
(いちおう照準定めているし、私じゃなきゃここまで大きな弓矢使えない訳だけど……それはともかく長引けば不利ね。御前
様の矢って私の精神が具現化した物なのよ。向こうの弾丸は空気。取り込むのに幾ばくかの精神力を使っているでしょうけ
ど「空気を銃口に送る」と「矢を作り出す」じゃどっちが負担多いか考えるまでもない)
桜花は聡明である。自らの非力をよく心得ている。
(嘆いても仕方ないわね。勝ち目が無くても幹部を1人ひきつけているのは全体から見ればアドバンテージよ。津村さんた
ちが一対一で戦えてるもの。幹部1人がブラボーさんたちを追って行ったようだけどむしろあの程度で済んだとみるべき。
私達が幹部4人をひきつけておけばそれだけ養護施設の人達が助かる可能性が出てくる。救出組の聖サンジェルマン
病院急行も早くなる)
つまり桜花の命題は「勝つコト」ではなく「生き延びるコト」だ。リバースでも誰でもいい。幹部を1人引き付けておきさえす
れば他の戦士や音楽隊が動きやすくなる。
(火渡戦士長も必ず来る。それまで現状維持よ。勝てないなら勝てないなりにこれ以上の戦況悪化を食い止めるだけ)
ばちん。矢がリバースのアホ毛に弾かれ……頬を掠めた。
「……動くんだそれ」
「…………」
無言の笑顔がブイサインをした。
「オイオイオイオイwwwww何だよ随分トロくせえじゃねえかよ津村斗貴子wwwwwwwwwさっきから近づきもしねーwwwwww
土だの缶だの落ちてるもんブツけてくるだけwww 何www鐶ブっ倒した高速機動戦闘にwwww自信ないの?wwwwwwwww」
「接触を避けているからだ。話に聞く『分解』……先ほど裏返しさえ無効化した貴様の能力。迂闊に懐へ飛び込むのは危険
だからな」
処刑鎌に巻き上げられた石ころがディプレスに吸い込まれ……弾かれた。
「なるww オイラがw防御ないし迎撃目的で出すの待っているとwww 観察して弱点見つけて一撃必殺狙ってるとww」
斗貴子の戦略も桜花と概ね一致していた。
41:永遠の扉
14/06/11 23:45:21.84 FvT/12T+0
(シルバースキンさえ破る武装錬金……。野放しにすれば一瞬で2~3人殺されるコトもありうる。できれば斃したいが私
が無茶をすればここの戦線が一気に崩れる。釘付けにしつつ……できれば能力を暴きたい)
一見完全無敵の分解能力だが、武装錬金である以上、必ず何がしかの弱点がある筈だ。冷然とそれを探る斗貴子の
耳に陰鬱な笑い声が刺さる。笑っていて、大きいのに、聞くだけで気分の滅入るザラつきが……刺さる。
「それともアレかwwwww 好きな男が月に消えちまったから殺る気でねーのかwwwwwwwwwww」
思考が怒りに塗り固められる瞬間の冷ややかな硬直が斗貴子を支配した。
「ああ憂鬱wwwwwそんなに恋しいならとっとと月に行って取り返しゃいいじゃねーかwwwwそれもせず白い核鉄も作ろうと
しない癖にwwwwwイラつくばかりww周りに当たり散らして泣くばかりwwwwwwwww」
ああ。コイツは煽り立てているのだな。乾いた笑いを禁じえない。
「まったく憂鬱だよなあwwwwwwww武藤カズキは総てを捨てて今も必死にヴィクターと戦ってるかも知れねーのにwwwww」
「残されたてめェは何だよwwwwww アイツの得になるコト一つでもやれてんのか?wwww ああ?wwwwwwwwww」
風の唸りの根元で甲高い切断音がした瞬間、嘲りに歪む口元がびくりと固まった。
「ほう。殺すつもりで放ったが軽傷、か。やはり鐶の師匠、流石だと褒めてやる」
2本になった処刑鎌を静かに引き上げながら、瞑目し、静かに笑う。
ディプレスの顔にかかるフードが……破られていた。赤黒い染みさえボロ布に広がっていく。
3本目の鎌はそこにあった。敵の右目に刺さっていた。
「ところで貴様の話だが、確かに目玉1つ程度じゃカズキの得にはならないな。月? 言われずとも行くさ。必ずな」
「デスサイズ……振った瞬間に根元切断して…………飛ばしやがった…………」
呻きながら力篭もらぬ手で引き抜きほうり捨てるディプレス。乾いたカラカラを聞きながら吐き捨てる。
「自業自得だ。ホムンクルス如きが出し惜しむからそうなる。もっとも章印(左胸)に放った鎌だけは分解したようだな。大し
た精密性だ。フードの内側に仕込みつつも……服まで分解しなかったとはな」
胸の破れから章印が覗く。それを庇うように黒いボールペン型の物体が幾つ幾つも滲み出て……埋め尽くす。再び鎌を
投げても阻まれるだろう。そう判断した斗貴子は2つ目の核鉄を握り締める。
「人々に仇なす貴様らレティクルエレメンツは総て殺す。それが私にカズキにしてやれるせめてもの償いだ」
敵の体からドス黒い紫の波濤が巻き起こる。
「片目……イカれちまったようだがそれが何だっつーんだ。え?」
笑いが消えた。ひどくトーンダウンした声が濁った熱さを噴き上げる。
「そんなに俺の武装錬金に殺されてえっつーんならよおおおお! 望みどおりにしてやらあ! 来なッ! 鬱極まる世界の
泥沼で不毛にやり合おうじゃねーか! なあ! オイ!!」
(高速機動で撹乱。いかに攻撃力が高かろうと避け続ければいい話だ)
迫りくるディプレスを前にダブル武装錬金が発動した。
刃と穂先が交差し石火を散らす。反動の赴くまま引かれた腕が大きくしなり舞い戻る。逆胴。秋水必殺の轟然たる一撃
が虹を削った。
(石突で捌いたか)
踏み込んだ瞬間刃筋が逸れた。掌にかかる不自然な重圧、よろめく足。秘密はハルベートの柄にあった。穂先を右旋回
させたブレイクは放胆にも右手を外し左掌の上で180度クルリと回した。当然ながらそうするとハルベートは後ろに行った
穂先の重みで傾くのだ。その重量を孕んだ傾斜は、彼の前面に出現した石突が秋水の逆胴を下から捌くのに一役買った。
体制を崩したまま左に流される秋水の右眼球は確かに捉えた。頭上で唸る超重の殺意を。断頭台にも勝る肉厚の斧刃
(あックス・ブレード)を。刀を捌くや振り上げたらしい。1kgを超える金属の塊。加速。ホムンクルスの高出力。アンサンブ
ルが直撃すれば肩口など造作もなきだ、肺腑ごと斬り飛ばされるだろう。
「くっ」
咄嗟に交わした秋水だが斧の落下地点から30cmと離れていない足底が衝撃で軽く痺れた。真白な剣道着に降りかかる
土くれと煙を厭う暇もあらばこそ。りゅうりゅうと柄をしごくブレイクに呼応するが如くハルベートが跳ね上がり胴着を薄く切り
裂いた。身を引く秋水。続々と繰り出される刺先(スパイク)を紙一重で避けるものの後退を余儀なくされる。リバースと交戦
中の桜花からグングンと離れていく。背中に強まる熱気に横目を這わせば燃え盛る建物が刻一刻と近づいてくる。
42:永遠の扉
14/06/11 23:45:52.34 FvT/12T+0
一説によれば剣で槍に立ち向かうには3倍の力量が要るという。ポンポンと突きを繰り出すブレイクは秋水に1倍していた。
阿諛追従しがちなエビス顔に似合わぬ武芸者である。両者の距離は2mと離れていない。ゆえに穂先をかわした秋水が前
進しようとするたびしかしそれを斧の反対側にしつらえられた何本かの鉤状突起─錨爪(フルーク)─の引きが阻む。
剣であればまず来ない攻撃に脇腹を薄く斬られてからこっち秋水は積極的に前進できない。
何度目かの突きが繰り出された瞬間、ブレイクは穂先をひっくり返した。かねてより秋水を苛んでいる鉤状の突起がそれ
らの間にソードサムライXの上身をがっきと咥え込んだ。膠着。押そうにも引こうにも相手の高出力に阻まれできぬ秋水は
刀槍の押し合い圧し合いの中しばし震え─…
愛刀を輝かせた。
両刃から迸る光波が柄を伝いブレイクを灼く。鉤状突起を押さえ込む力が弱まり刀が自由に。飾り輪はその背後58cm
の施設の中にあった。いつの間に放り込まれたのか、火炎で溶けたガラス窓のやや向こうで燃焼をエネルギーに変換しソー
ドサムライX本体に送り込んでいた。
秋水が熱の篭もる下げ緒を弾く。前進。斧と鉤と槍を載せた豪勢な穂先が舞い戻る。負けじと建物より飛来した飾り輪が
その先端で爆発した。蹣跚(まんさん)の手番はブレイクへ。斧槍を引くさなか穂先で起こったエネルギーの解放は操者の
”引き”を予想外に加速させ重心を崩した。跳躍する秋水。だがブレイクの反応の方が一瞬早い。引きに強要された強引な
加速をあろうコトか利用した。両手で柄を掴んだまま膝から上をブリッジの要領でひん曲げて……ハルベート勃興。斧が
跳ね上がる。空中の秋水を狙う。羽根無き彼に吸い込まれる。
「はああああああああああああああああああああ!!!」
秋水の足裏と斧の中間点で再び飾り輪が爆ぜた。燃焼エネルギーの圧倒的な解放がハルベートと鬩ぎあう輝きの中で秋
水は左旋回し……刀を投げる。体を立てる最中のブレイクはコバルトブルーの閃きに身を捩る。章印の横の左脇が5cmほ
ど抉られた。反攻せんと動くブレイクの色無き灰色の世界さえ眩む圧倒的光量は飾り輪が全エネルギーをベットした爆発ゆ
えである。噴水のごとき裂光に止められていた穂先がとうとう競り負け地面に激突。その衝撃のもたらす姿勢制御の危うさ
と爆発による眩暈(げんうん)は、天王星の幹部が飛刀を奪取するという最善手を見事に阻んだ。秋水は下げ緒を掴んで
いる。飾り輪から40cmほどの地点を摘んでなお秋水の身長ほど余る緒は繋がる刀を引き戻すコトに成功した。
「いやー。演技教えてるときから確信してましたけど、お強いっすねー」
着地した秋水を迎えたのは歓迎の言葉だった。物腰の柔らかさから秋水はついこれが演劇の続きだと思いそうになるが
頭を振って否定する。章印を仕留め損ねた傷が血を流しつつも修復を始めている。鉄臭い匂いは戦場のものだった。
「よく言う。特性なしの君に特性を使ってようやく互角という所だ。しかも武技は恐らく君の専門ではない」
「いやいや。レティクルの幹部……俺っちたちマレフィック相手に死なれないだけでも大したものかと。へへ」
「……」
剣に総てを捧げた秋水が、ブレイクの余技相手に剣客としては邪道もいい所の武装錬金を加味してやっと死なずに済むと
いった状況は好ましくない。褒められるからこそその余裕が恐ろしいのだ。俗に言う三倍段うんぬんを抜きにしても、刀が
槍相手に孕む不利を抜きにしても、秋水は非常な厄介さをブレイクに覚えている。
(そう。あの槍はまだ特性を使っていない)
ハルベルト(斧槍)。ハルベートと言ったほうが通りが良いだろう。
一般に穂先といえば槍の尖端を想起するが、ハルバートにおける穂先とは以下3つの武器の総合名称だ。
刺先(スパイク) …… 他の槍で言う「穂先」。
斧刃(アックス・ブレード) …… 先端部側面の斧。
錨爪(フルーク) …… 斧刃の反対側に存在する鉤状の突起。
(同じ槍でも武藤の突撃槍(ランス)や戦部の十文字槍とは全く違う。斬る。突く。叩き潰す。掛ける……それだけの技を今し
がたのわずかな攻防で見せられるほど攻め手は多様。故にながらく欧州では花形でありつづけた。期間は原型の完成を
見た13世紀からマスケット銃にとって代わられる16世紀まで。およそ300年に亘る愛用を見ればこの武器が如何に万能
か分かるだろう。
(敵に備えるため古今東西の武器について触り程度だが調べた)
43:永遠の扉
14/06/11 23:46:44.89 FvT/12T+0
錨爪を見る。アルファベットの「B」を浜菱の実の如く四方八方へささくれ立たせたような形だ。「色」の象形文字を鋭敏に
してみましたとはブレイクの弁。
(大きい物だけでも4つある錨爪。鉤状の突起。斧ほど大きくない為、一見すると大したコトはないが……本来のハルバー
トなら兜割りができるという。敵の頭を防具ごと粉砕し造作もなく殺す。矮小な突起だからこそ振りおろせば重量が一点集
中だ。斧刃は馬から騎兵を引きずり降ろし、或いは足払いにも使われる。もちろん槍として扱うコトも可能)
突撃主体のカズキ。高速自動修復によるゴリ押しの戦部。同じ槍使いでもブレイクは毛色が違う。ひどくトリッキーだ。
(手合わせで見せた細かさと柔軟性の数々……技巧派だ。それでいて斧刃や錨爪による力押しも辞さない。ホムンクルス
だからな。高出力という利点は活かす、か)
斧だけでもヴィクターのフェイタルアトラクション並みの大きさだ。銀成学園を襲撃した巨大な真・調整体程度なら真向唐竹
割りにできるだろう。
秋水を苦しめているのは万能性だけでない。
(刀槍の例に漏れないが……間合い)
全長2mほどあるハルバートを見る。白銀色をベースに金やヒアシンスブルーのレリーフが随所にあしらわれており、さな
がら皇帝直下の親衛隊が持つような荘厳な雰囲気を漂わせている。先ほど逆胴を弾いた石突は、普通の槍とはかなり異な
る形状だ。大中小の虹色したパイナップルの輪切りを大きさ順に重ねたような形……というべきか。単純な段々重ねではな
くある箇所が欠け、ある箇所が歪に盛り上がっているため大変形容し辛い物体だ。
視線を感じたブレイクは愛槍を持ち上げ愛想よく指差した。
「俄かには分からねえっすよね。説明しましょうか? コレ何か」
「知っている。マンセルの色立体だな」
「よくご存じで」
「美術の時間、ヒマ潰しに日本刀ないかと捲っていた便覧で確か見た」
色の三属性。色相、彩度、明度を3次元で構成した物体だ。先だって逆胴が削った『虹』というのはこの色立体を構成する
輪切りの欠片だ。輪1つとっても10色相に分割されているのだ。色相は1つあたり最大10色に分類される。青、赤、緑……
実にカラフルな石突は揺らめくだけで虹を生むのだ。
斧には丸い穴が3つ、縦に並んで開いている。穴の左右にはほぼ同じサイズの四角がある。
「それは……カラーチャート。果物の色などを確かめる特殊な器具か」
「意外に詳しいっすね。色彩関係」
「いやそれも美術の時間、ヒマ潰しに日本刀ないかと捲っていた便覧で確か見た」
「……便覧好きっすね」
「違う。便覧が好きなんじゃない。日本刀が好きなんだ」
「ま、まあ人それぞれっすね。『枠』ってのは」
身を乗り出すとブレイクはやや引き気味に微苦笑した。
それはともかくカラーチャート。
果物の色などを確かめるため使われる特殊な器具─穴に対象物を通し、左右の四角染めし色と見比べる─とマン
セルの色立体があるとなれば女性関係において朴念仁な秋水でも察しがつこうというものだ。
「君の特性は……恐らく『色』に関係する!」
「ホホー」。感嘆の声をあげるブレイクに刀が迫る。踏み込まれたのだ。そして剣戟は再開する。
再会してからこっちやっと彼に対する記憶を取り戻した秋水だ。だから演技の修行を終えいよいよ帰ろうかという時なにが
起こったか思い出した。
「あのとき君は俺と津村の前で彼は核鉄を使い─…」
ハルベートを光らせた。そして一言。『思い出すコトを禁ずる』。網膜に何か強烈な色が流れ込んだ。
「色彩心理を使った一種の暗示と見ていい。戦士長や毒島が時々挙動不審だったのも君の仕業だな? レティクルと接触
した記憶を語れないよう操作した」
防人にさえ効能が及ぶ……恐るべき事実だ。ABC兵器をシャットアウトできるシルバースキンさえ禁止能力はくぐり抜けた。
ひとえにそれは「色」……ひいては「光」という人間なら誰しも頼らざるを得ない事象を操ったが故だ。視界を確保するため
目元だけは開けている防人の、人間であるが故の致命的な弱点と、ある意味では最高の相性を有したが故に通用した。
(戦士長が、ブラボーアイとは違う、本当の意味での心眼を有していたなら)
筋肉や血管の音を聞き分けられる異常聴覚を有し視界不要であればブレイク程度の特性は簡単に防げたであろう。
(三強(1) → 物体粉々にする。三強(3) → 速すぎて映らない。三強(2) → 亀の甲羅で視界を塞ぎ手槍で突く!)
44:永遠の扉
14/06/11 23:47:15.30 FvT/12T+0
成人後読むと余りの落差に却ってほんわかするあの人のコトはさておき、「突く!」がジワジワ来るのはさておき、秋水は
内心穏やかではない。穂先に数撃叩き込みブレイクに肉迫すると……囁く。
「君たちはどうやら演劇練習の裏で密かに動いていたようだな」
「おや。『接触を伝えるコトを禁ずる』……ブラっちたちがその支配下にあったのご存じでしたか。しかしハルバートと日本刀
目当ての便覧知識だけでそこまで見抜かれるとは、やはり剣客さんっすね。読み合いで培った洞察力がいい感じに武装錬
金同士の戦いに影響しつつあるようで。にひっ。いいもんですねー。若い人の成長って奴ぁ。20超えるとつくづく思いやすよ」
「…………」
褒められると朴訥さゆえに黙るのが秋水だ。多弁は調子に乗っているようで自分が少し許せなくなる。そういう機微を察
したのか、ブレイクは、やや力任せに刀を剥がすと、にひひと笑い言葉を継ぐ。
「お考えの通りっすよ。記憶操作程度なら先ほど俺っちを見て思い出されたように簡単に解けます。制限対象を見れば呆
気なく取り戻せますよ記憶」
「自らバラすというコトは……まだ何かあるようだな」
再び間合いはブレイク有利に。突きを躱し、或いは捌きながら秋水は語る。
「ま、そこはまだ秘密ってコトで。とにかく薄々気づいておられるようですけど、禁止能力が及ぶのは術かけてから数日って
トコなんでさ。ま、精神弱き一般の方なら1週間は持続しますけど、戦士さんがたには数日……仮にいま逢わなかったとし
ても明日ぐらいには秋水っちもブラっちも島っちも……ああ、毒島さんのコトすよ、名字の前半に”ち”つけるの女のコにゃ
失礼すからね、後半呼びす。島っちも『色々と』思い出していたでしょうね~」
(禁止能力、か。つまり精神操作以外にも何かできる。とくれば『心臓を動かすコトを禁ずる』といった即死能力は……恐ら
くだがないと見るべきか? 可能なら効能時間に関わらず俺たち全員にする筈だ。数日後心臓が動くにしても脳などが酸欠
で死んでいれば意味がない。ハルバートもある。腕前もある。動かぬ戦士にトドメを刺せる……即死させぬ理由がない)
もちろん組織の方針がブレーキをかけている可能性もあるが……低いとみる。見ながらも警戒する。
(以前総角のアリスをソードサムライXの特性で防いだが……果たして同じ手段で対抗できるのか?)
色の、光のエネルギーを吸収するという手段もなくはない。
だがブレイクは余りに警戒感がなさすぎた。原理だけいえば封殺可能なソードサムライXの特性を目撃しておきながら、
一切の恐怖や焦り、足元を崩すなという憎悪がない。秋水の剣客としての感覚、相手から察する『ニオイ』はまったく何も
感じないのだ。相手の動揺の一端さえ漂ってこない。
(完封されるのを承知で平然としている? それとも俺の能力など歯牙にもかけていない? ……いずれにせよ、揺らがぬ
相手というコトだ。『穂先・柄問わず彼の武装錬金の一部が目前に来た時は警戒』、いつでも目を閉じ飾り輪を投げられる
よう備えるぞ)
「ってコト考えてますね。結構す結構す。不意打ちとはいえ一度は喰らってしまった特性すから、警戒するのは、ま、当然
でしょうね。さればこそ格も下がらず枠もまた守られる」
(……嫌な気配だ。総角と戦っている時に似ている。手の内にあるような、足元が彼という泥濘に知らず知らずの内にすっか
り埋め尽くされ捕らわれているような…………そんな感じだ)
やや腰がネバついた。特性抜きでもブレイクは強い。ハルバートの使い方に熟達している。秋水が大きく踏み込んだ瞬間、
わざと穂先を落として身をかがめ、敵に柄をまたがせるような真似もした。歩法を崩されよろめく秋水の軸足を刈った余勢
で一気に槍を後ろに引きつつ斧を下から跳ね上げる膂力と技巧。辛うじて躱した美剣士不覚にも心燃えるのを感じた。
(早く姉さんを助けなければいけないのに……)
防人や貴信、総角と武術対決をしているときのような高揚感が湧いてくる。それは本能だった。桜花を天秤にかけてなお
傾きかねない剣客特有の本能だ。数々の戦いが呼び起こした強者と戦う感奮は押さえつけるのに苦労する。
先ほど三倍段を除外しても……と書いたが、純粋な武術者としてみなした場合でも厄介なのだブレイクは。武の攻めとは
体と心の2つに分けられる。如何なる神業を体が弾き出しても、相手の心を攻められなければ意味が無い。
45:永遠の扉
14/06/11 23:47:45.79 FvT/12T+0
踏み込み穂先を切りつける。手の甲まで痺れる硬い手ごたえ。ハルバートは頑丈だった。(無銘の龕灯ほどある。何度か
攻撃すれば可能性もあるが)……手数がそれを許さない。ただでさえいつ使われるとも知らぬ特性……色を載せた光輝に
対処せんと余力と余裕を残しつつ戦っているのだ。斬撃1つ1つに全力が乗せられない。そのうえ繰り出される突きや薙ぎ
は弾けるほど遅くもない。斬ったと思えば残像で次の攻撃がもうみぞおちに迫っているというコトもザラだ。
(ただの悪なら綻びも見つけられるが、リバース同様どこかが違う。レティクルエレメンツの幹部たち……マレフィックは)
身体能力が高いとか武装錬金が強力だとか、そういった要素とは異なる『強さ』……複雑な悪意が感じられるブレイクは。
秋水を。
褒めた。
……彼は元褒め屋という太鼓もちの極致のような職業に就いていたのだが、無論秋水の知る所ではない。
「にひっ。俺っちの特性見抜かれたんでこちらもお返しをば。ソードサムライXの特性……。本来は刀身で吸い取ったエネ
ルギーを飾り輪から放出するって話ですけど、さっき養護施設の炎でやったのは逆っすよね。飾り輪で火のエネルギーを吸
い取り刀身から解放……。真逆ですが入出力の『枠』ってのはあやふや。マイクだって出力の端子に入れりゃスピーカーに
ならんコトもないですから、これはもう成長の証、演劇でいろいろ培った発想や思考法が秋水っちに柔軟性を与え変化を促
したと、へへ。俺っちそう思う次第でさ」
相好を崩し額をぺちりと叩くウルフカットの青年。物腰は大変柔らかい。リバース(鐶の義姉)の心からの笑顔を見たとき
同様俄かに敵とは信じがたい秋水だ。だが彼は紛れもなく敵に加担している。
「随分と俺たちの劇を買っているようだな」
静かだが語調は強める。その源泉が武技の命取りと知ってはいるが抑えられなかった。
「あー。もしかしてココの爆破見逃したコト怒ってますか? 困りましたねー。本当別に恨みとか怒りとかねーんですよ俺っち。
秋水っちのコト、秋(あき)っちって呼んでいいすかね。劇が盛り上がったのはきっと秋っちと斗貴っちの熱演あらばこそで、
んで、熱演の土台の何割かは俺っちの指導にあると思うんすよ。演技に関わるものとしちゃあそりゃあもう冥利……じゃねー
ですか? だから舞台になったこの場所を燃やしちまうってのは、へへ。お師匠のナイスなナレーションもありましたし、後味
悪いなーとまあ思ってる訳でして」
だから防人達の救出劇が大成功し、死者ゼロで終わり、かつ建物も鐶の年齢操作で見事復元するのを祈っている、今晩
の生活の『枠』が昨晩とまったく同じであるのを願っている…………演技の神様はそう述べた。
「……仮に施設の人々が命を救い建物が元に戻ったとしても」
「にひ」
「聖サンジェルマン病院にいる生徒たちの誰かが攫われるかも知れないんだ。…………かつて自分のためだけに彼らを
生贄にせんとした俺だ。君たちを糾弾する権利はない。だが…………だからこそ行動で示す。守らなければならないんだ」
「お気持ちは分かりますよ。ま、いいじゃないですか。改心したというなら。自分を取り巻く『枠』の本当の価値に気付き、
守りたいと欲する。無粋な精神攻撃の付けどころにゃしませんよ俺っち。肯定しますよ。足止めしてるのだって青っちのトコ
に行かさない為すから。いざ鎌倉とばかり病院へ行かれるなら、青っちに危害加えない限りお見送り。演技教えた間柄ゆえ
の手心加えて見せやしょうー」
ブレイクはしかし「仲間に生徒攫わぬよう口利きする」とは言わない。自分が間接的に熱演の種を撒いた劇に関わる彼ら
の平穏を名前通り壊すコトに一切の躊躇がないようだ。武装錬金を発動した生徒、つまりはアース候補の中には六舛もい
る。彼とは知り合いの筈なのに─そもそも秋水と斗貴子がブレイクに出逢ったのは六舛の紹介だ─身を案ずる言葉
が出ない。
異常だった。悪意こそ露骨に振りまいていないが……明らかにおかしかった。
何度目かの交差、刀と穂先が絡み合う。その向こうでブレイクは米つきバッタのようにヘコヘコと軽く礼。
46:永遠の扉
14/06/11 23:48:50.15 FvT/12T+0
「もうとっくに気付いているでしょうけど、俺っちたちの目的はマレフィックアースの器の確保。勢号始……つっても秋っちは
知らないでしょうけど、最強で文化系で嫁スキルカンストしてる癖に女のコとしての自信激薄なトコか~わいいオレっ娘さんの
……まあ、青っちには遠く及ばないんすけど、とにかくマレフィックアースたる彼女を復活させるのに必要な器……どーして
も手に入れたいと、ま、こーいう訳なんでさ」
ブレイクは笑う。穏やかな笑みだった。師匠の小札が劇の最後に見せた「目だけ笑っていない」状態ではない。灰色の瞳
をも笑みに溶かして頬を緩める。
「最低でも3年もすれば社会に飛び立つ学生さんたち。ですがね、社会ってのぁ嫌~な方が結構おられるんすよね。年相応
に仕事をしない方、せっかく権力持ってるのに自分のためにしか使わない方。大した努力もせずただ人の足を引っ張るコト
しかできない方。にひっ。マレフィックは三番目の人種だと仰りたそうな顔ですね? でも皆さんああ見えて結構努力してき
てましたよ。一番アレなディプレスの旦那にしたって恩師のためにと頑張り抜いた時期、ありますしねー。なのに何故悪と
呼ばれる立場に居るのか? ひとえに勝手な方々が悪い。苦境の中、ささやかなりと幸福を求め努力したのに横合いから
何もかもブチ壊すような方々が悪い」
過去が過去だし分かりますよね? 見透かしたような灰色の瞳に黙る他ない秋水だ。
去来したのは早坂真由美。そして諍う実の両親。開かない扉。助けを無視した人々。
それがあるから身上は清廉潔白からほど遠い。カズキを刺した罪業の苗床は社会の暗部だ。
「秋っちを苦しめているのは、青っちを追い詰めたのは、それなんすよねー。1つ1つは大したコトのない悪意。法には触れ
ぬ悪意。叩き潰そうと拳を上げればむしろ何故我慢できなかったと糾弾されるほどささやかな……悪意。ですがねー。大き
な傷を負い『枠』破られた人にとっちゃ、ちっぽけな、満ち足りた人から見れば耐えられて当然の悪意でさえ、絶望、っす」
「それが……部員たちや、アースの器とどういう関係がある?」
「簡単でさ。アースを適合者に降ろせば、誰も傷つかない世界ができる。世界全体に安らぎが敷衍(ふえん)し、悪意を撒く
お歴々はどれほど法に触れないよう知恵尽くされていても駆除されて、いなくなる。戦争も差別もない世界になるんすよ。
誰も誰かを傷つけない。誰もが自分を高めるために努力する。誰1人他人の足を引っ張らない……。理想の世界ができる
んすよ」
「…………」
「だから部員さんたちは社会に出てもずっと傷つかずに居られる。当然すよね。保身しか頭にない上司。過去の成功体験
にしがみつき現実も見ず古い手段を押しつける先輩。己の利益のためだけに社員さんたちを絞り上げる社長……。無能
な政治家もいなければ理不尽な犯罪もない。そんな綺麗に整えられた『枠』で世界を飾りたいから……俺っちはレティクル
に居るんすよ」
「天空のケロタキス。~または像の息~(マレフィックウラヌス)……ブレイク=ハルベルトはね」
恐ろしく綺麗な文言だからこそ秋水は言い知れぬ恐れと不快感を覚えた。
斗貴子なら「世迷い事を。誰かを犠牲にするコトを良しとする貴様らの作る世界が楽園になろう筈がない! そもそもマレ
フィックアースが悪意を消し去る保証がどこにある!」と斬って捨てるだろう。というより秋水の生真面目な部分の本音が
それだ。にも関わらず言葉にできないのは前歴ゆえだ。脛に傷持つ秋水が剣を振るうだけで世界総てを良くできるのかと
いう疑問がある。まひろ1人いまだに本当の意味で救えていないのだ。他者の提示する救済策を否定するにはあまりに
脆い……立場。ブレイク吐きしは斗貴子や防人のような生粋の戦士でなければ斬って落とせぬ妄言だ。
47:永遠の扉
14/06/11 23:49:21.17 FvT/12T+0
「1人の生贄で世界全体が救われるなら……それでいいじゃないっすか。アニメや漫画なら絶対間違いだといいますが、
しかし現実をご覧くだせえ。誰だって属する組織のトップに巨大な流れへの裁定を任せているじゃあないですか。負担の
総て押しつけているじゃあないですか。総理大臣が国家の難事のため何日も眠らぬ時、国会議事堂に毎日ありがとうご
ざいますと垂れ幕持った暖かな群衆きますかね? ないでしょう。所詮民衆さんたちは嵐あらば誰かに舵を任せきりです。
政治家だけじゃあありませんよ。優れた資質を持つ方はいかな職業であれ矢面に立たされる。儲けたい。欲望を叶えたい。
そう願う方々の露骨な牙を浴び続ける。支えていると仰る方が現場で代わりに傷を浴びるのは稀。仮に稀が叶ったら世間
は美談と称えるでしょう。想いの丈に感動したと皆さん拍手なされるでしょう。だがそもそもそこがおかしい。1人を生贄に
するのを防いだだけで万雷の拍手が起きる世界は実のところ異常でしょう。常態でないというコトっすよ、優れた人が生贄
回避するってのが」
それじゃ駄目だ。ブレイクはやや芝居がかった調子で首を振る。
「ただ、ま、現状の世界が良しとしてるなら文法には従いますよ。俺っちたちは生徒さんの中からアースの器1人生贄にし
ます。誰にも文句は言わせませんよ。何しろ誰だって偉い人優れた人を無言のうちに生贄としてますからね。だから皆さん
にもなって貰いましょう。人を犠牲にする以上、犠牲にもされる。それでこそフェアってもんじゃないですか。殉死って奴です
よ。俺っち友を失った生徒さんに無残な追撃加えて犠牲にするつもりはねーですが、他の人、誰かに痛みを撒いてきた方
は殉死させますよ。構造改革にはコストが必要ですからね。もう誰も傷つかねえ世界、生贄1人もいらない世界、それを
作るには結構な数の人間さんに死んでもらう必要ありますが、ま、後のコト思えばいいんじゃないすかね」
「…………」
「微弱で、撥ね退けられない鬱陶しい痛みをこの先何億世代もの人間が味わい、大した精神の変化もないまま、不毛な、
どこかで誰かが既にやったありきたりの争いばかり繰り返し、地球という枠の中の、資源を浪費し、環境を汚し、生物と
して史上初めて自ら住めない世界を作り先細って絶滅していくコトを思えば……にひっ。ここらで人類数百人単位に絞って
永劫に続く綺麗な世界目指して再出発する方が、まだ望みもあるでしょう」
「…………」
「大きな負担抱え込んで苦しんでる人あらば、仕事だの役職どのの『枠』ブチ破って駆けつけて、痛み分かちあう世界じゃ
なきゃあ、職務放棄が何万件起ころうがすぐさま別の人が代位できる、優秀で優しい人に満ち溢れた世界じゃなきゃあ、
何年平和が続こうといつか破綻しますよ人類は。所詮現状は不服と不満と、それを改善しようとしない努力不足の先送り
で辛うじて成り立っているんすよ? 利潤構造の保持を目指す一握りのお偉いさんに使われる、目先の賃金目当ての方々
の、生活を破綻させたくないという水準の低い同意が倫理の体を成して虚飾した秩序が辛うじて世界を回してるだけであっ
て、内実はひどく不健康なんす。文明は向上しても精神は向上しない。『枠』を破り成長する機会を大多数の方々が自ら放棄
し目先を追い、テキトーやっては誰かに迷惑をかけ傷つけ……生贄とする。変えるべきでしょう世界」
「…………」
「気付きやしょう。デモ行進するしか能のない方々が多数を占める構造がそもそもおかしいのだと。枠の中に害虫が満載さ
れている環境の劣悪さ……1つ改善してましょうよ」
「…………」
文言はともかく強い男だとは思った。小札の弟子らしいとも。
(演説じみた言葉を並べたてる間にも俺と互角以上に切り結んでいる。姉さんすら見えなくなった)
いつの間にやら秋水は建物を回りこんでる。リバースの銃撃さえ遠くなった。桜花の安否についてぞっとする想像が湧いて
くるがここで押し切られてはわずかな可能性さえ費えると何度も精神を震わせた。その甲斐あって猛攻を受けながら傷は
数箇所で済んでいる。いずれも浅い。ただし特性なしの相手に戦略目的─桜花を助ける─をくじかれている現状は決
して明るいとはいえない。秋水は総角との戦いから一段も二段も伸びている。防人の太鼓判だ。劇前数日間の地下特訓で
手合わせした音楽隊もそれは認めている。剛太同様重力を意識してから攻撃力は格段に跳ね上がったし、精神面もまひろ
との交流で強くなった。ゆえにソードサムライXの硬度も増した。特性の使い方だって劇を通して以前よりグンと幅を広げた。
48:永遠の扉
14/06/11 23:49:53.34 FvT/12T+0
剣客に必要な洞察力、相手の心理を読む術も演劇の練習の細かな打ち合わせの中で向上。ディプレスの一言で聖サンジェル
マン病院襲撃を察知したり、ハルバートの特性に気付いたり……剣術一筋の朴強漢から脱しつつあるのだ秋水は。
なのにあらゆる要素を総動員して立ち向かうブレイクは─…
戦いながら長広舌に及ぶ余裕がある。息1つ切らしていないのだ。最善のタイミングで放つ最大限に重力を活かした逆胴
が何発も何発も話途中に防がれた。
秋水は、黙った。
(武藤さんもアースの器の可能性がある)
劇完結後すぐの話だ。まひろと並んで歩く秋水の元へ総角が来た。
「フ。なあ秋水よ。さっきそのお嬢さんに武装錬金出させるために色々苦労してたそうだな」
「? ああ、そうだが。千歳さんたちとの演技のとき現れた『もう1人の武藤さん』。彼女が武装錬金かどうか試したかった」
「なんか検査するみたいだよ金髪の人! 何日かかかるそうだけど……」
「アレ俺名前覚えられてないひょっとして!? いやそれよりもだ、フ、その、だな、お前たちの努力を無駄にする提言なのだが」
「なんだ総角。言いたいことがあるなら早めに頼む」
「フ。さっきのがそのお嬢さんの武装錬金かどうか試したいなら……」
「髪採って俺の認識票に当てれば良くね?」
ちょっと呆れた様子の音楽隊リーダーを前に秋水は黙り。
黙り。
ひたすら黙り。
「その手があったか!!!」
全力で叫んだ。
「……。気付かなかった俺も悪いが。どうしてすぐ言いに来なかったんだ総角? まさか今気付いたのか?」
「フ。来てくれるのを待っていた。『気付いたか流石秋水』って褒めて頼れる友人的な態度で願いを叶えるタイミングを、だな」
「伺っていたのか……。君最近なんかしょうもないな…………」
うん。なんかゴメン。ちょっと照れくさそうに目を伏せ、ほっぺに紅色の楕円を浮かべる総角であった。
あとディエンドにFFRされいいように使われたショックで色々しばらく吹っ飛んでいたらしい。
「フ。しかし髪を抜くとなると……痛いぞ?」
「斬るのも忍びないしな……。さっき舞台で根来たちのカマイタチが千切った髪、アレを探すか……?」
「え? え? 何の話? 髪? あれなら床屋さん行く手間省けてむしろラッキーって感じだよ!」
目を白黒するまひろの背後から沙織が忍び寄った。
「枝毛発見! 抜いちゃう! もー身だしなみしっかりしなきゃダメだよまっぴー。主演女優なんだから」
「フ」
「……」
「な、なんなの。ぬ、抜いちゃダメだった……?」
指先でふわふわ揺れる栗色の髪を凝視する生徒会副会長と美丈夫に沙織は狼狽えた。
「「Σb」」ビッ!
無言のサムズアップ2つ。そして─…
(やはり武装錬金だった。DNA経由で発動した。もう1人の武藤さんは『影武者』。影武者の武装錬金)
(……というか武藤さん、床屋で髪を切るのか? 美容院じゃないんだ………………)
まひろらしくて、ちょっとおかしみがこみ上げたが、過日その指で行った洗髪プレイが蘇り慌てて首を振る。「赤くなった顔
をブレイクに見られはしなかったかと彼を見る」が、「彼は色の変化に全く気付いていないよう」だった。
ともあれまひろが劇のさなか武装錬金を発動したのが確定したため、今は聖サンジェルマン病院地下50階に移送済み
だ。なお、六舛たち他の生徒が発動した武装錬金は劇終了とともに解除され今に至る。
49:永遠の扉
14/06/11 23:50:23.79 FvT/12T+0
(しかしどうやって発動したんだ? 根来の話では異物がなかったという。彼がそういうなら絶対だ)
上演中、大道具始め何人もの生徒が虫(?)と目される何かに取りつかれていた。それについてはシークレットトレイルの
亜空間─根来のDNAを含む物以外総て弾き出す─によって除去された。(根来曰く、対象者に着せる衣装は、DNAを
編み込みつつも「穴」ある方が良いらしい。そうすると寄生物がたちどころに出ていくという。「いやだが、穴から対象者の肉
片が飛んだりしないのか?」と聞くと彼は嫌そうな顔をした。「ならない」「何故?」「私の亜空間だ。私がそうなるなと思えば
若干の融通は聞く。肉は飛ばない。寄生した虫などだけ飛ぶのだ」「え、いや、でも」「虫などだけ飛ぶのだ」「そんな適当な」
「適当ではない」。ちょっと可愛い答え方するねごっちーであった)。
(後半……中村最後の主演を皮切りに現れた武装錬金とも毛色が違う。岡倉たちの武装錬金は『演劇で昂っていないにも
関わらず』発動した。武藤さんは逆だ。熱演……劇に対する想いが高まった瞬間、影武者が……)
出た。かつてあった「衣装に縫いつけられた核鉄の呼応」と非常に似ていた。当初想定していたレティクルの狙いともそれ
は合致している。だが岡倉達のはもっと何か別の……『何者かの武装錬金で強制的に発動されたような』、強引さがある。
(一体あのとき武藤さんの体の中で何が起こっていたんだ? 誰がどんな方法で影武者を発動したんだ?)
不明だが、六舛たち同様、レティクルエレメンツが器と見なす可能性は必ずしもゼロではない。
もちろん、まひろ含む23名の発動者たちの中に器が居ると決まったわけではない。何しろレティクルたちですら誰が器か
分からないのだ。だから漠然と「演劇部員の誰か」と狙いを定めアトランダムに武装錬金を発動させた。未発動の誰かが
実は器という線もある。
─「お兄ちゃんは先輩たちにちゃんと前に進んで欲しいから、痛いのも怖いのも引き受けたんだと思うよ」
─「だから刺しちゃったコトばかり気にして何もできなくなったら、お兄ちゃんきっとガッカリしちゃいそうだし……」
─「だから手助けしたいの」
─「まだ私に『悪いなー』と思ってくれてたら」
─「まだだ!! あきらめるな先輩!!」
─「お兄ちゃんがいったコトだけはちゃんと守ってあげてね。それからさっきの言葉も」
─「君が武藤と再会できるその日までこの街は必ず守る」
─「そうじゃないとお兄ちゃんに胸を張ってちゃんと謝れないと思うから」
「…………」
ブレイクの言葉を否定するほど口は巧くない。断罪できる圧倒的正義の背景も持っていない。まひろ1人救えていない秋
水が、世界の趨勢にどうこうと口を出しブレイクを詰るのは筋違いだろう。
「……だからこれは、正義でもなんでもない、俺の個人的な事情だ」
「ん?」
「武藤への贖罪と……武藤さんへの恩義のため…………誓ったんだ。再会までこの街は必ず守ると」
「ほうほう」
「生徒達の誰か1人でも欠ければ……戻ってきた武藤は…………絶対に悲しむ。津村と決別してまで守ろうとした世界が
変貌すれば……何のために彼女や武藤さんを悲しませたか分からなくなって…………悲しむんだ」
「…………」
「だから、彼の、守ろうとした理念は、守られた俺達が守らなくてはならない。彼の守りたかった姿を守らなくてはならない」
─「だってお兄ちゃんはみんなの味方だよ。で、私はみんなの中の一人! それなら戦いで受けた傷は私のせい!
─……って思ったんだけど違うのかな?」
─「とにかくね、お兄ちゃんが戦ってくれたのは私たちのためなんだから、ケガさせちゃったコトは一度ちゃんと謝らなきゃ。
─じゃないと悪いし、いま秋水先輩の気持ちをちゃんと解決してあげれない以上は一緒に謝るべきだよ!」
50:スターダスト ◆C.B5VSJlKU
14/06/11 23:50:55.55 FvT/12T+0
「……だから俺は君たちを止める! 世界はまだ1人では歩けない。従って君たちの望みが正しいか否か語るべき故はな
い」
「ですが武藤カズキさんの理念を蝕むものであるなら…………阻むと」
灰色の瞳が少し細まった。
「ま、尊重したくはありますねー。頭ごなしの一般論よりはまだしっかりした『枠』をお持ちのようですし、そーいう万人に通じ
ない意見を敢えて選ぶ方……嫌いじゃあねーです」
ただ……。柄でトントンと首筋を叩きながらブレイクは困ったように吐息をついた。苛立たしげというよりはどこかユーモラス
な雰囲気だった。
「そーなっちまうとですねー、俺っちの理念、望みが叶わなくなっちまうんですよ。さっきの演説ってのぁ結局のところ青っちが
幸せになれる世界のためすからねー。果てさて。それを貫くと秋っちの恩人さんや憎からず思われるまひっちの世界まで壊
れる……どーなんでしょうねえ。青っちリア充嫌いですけど、カズキさんいなくなって悲しんでるお二方には寛容でしょうし」
どうしたものか。考えても答えは出ないようで、だからブレイクは眉を寄せた。
「結局、男ってのはどちらが正しいか、勝負して決めるほかねーんでしょうね」
「だな。戦わねば守れない。それが世界だ。そこだけは……嫌というほど味わった」
秋水は正眼に構える。
「だったら俺っち特性をば使いやしょう。ハルバートの武装錬金『バキバキドルバッキー』の特性を」
斧槍を包み込む位相が……緩やかに曲がり始め─…
一方、剛太は。
「んふふ。人気の無い倉庫の裏に年上のワタクシ連れ込むだなんて……素敵ねん」
シャツが捲くれ上半身がほとんど露になった状態で押し倒されていた。
眼前にそびえるのはボタンの外れたブラウスと黒い下着とホクロが飲まれそうな豊かな谷間。
下半身はまだスカートを穿いているが、剛太の腹の上で艶かしくくゆっている。
(……俺の貞操ピンチ!!!)
果たしてどうなるのか。続く。
以上ここまで。
51:ふら~り
14/06/15 19:20:12.38 GIPOZjxC0
>>スターダストさん
ず~っと前から。ディプ相手に斗貴子や剛太で勝負になるか、と心配してましたがいきなり、
トラウマを踏み越えつつ流石の有効打! ディプ側も、この手のキャラの義務(と私は決めてる)
であるマジギレモードを見せてくれてコワ面白嬉しい! 剛太は……これはこれで心配?
52:永遠の扉
14/06/15 21:52:32.26 hpolLC5f0
養護施設北西・角の近くで。
激しく切り結ぶ秋水とブレイク。バキバキドルバッキーの特性はまだ使われていない。
(引き続き警戒だ)
切り結んでいるうち随分移動したらしい。養護施設北西の角が見えた。
(そういえば中村が金星の幹部を吹き飛ばしたのもこちらの筈。戦況はどうなんだ?)
一瞬のわずかな切れ目の中で考えながらブレイクともども角を曲がる。
顔面騎乗だった。
グレイズィングは剛太の顔に跨っていた。
下半身はフードのほか何も身につけていない。白い太ももが剥きだしだった。
(…………)
錚々(そうそう)たる剣戟の音を撒き散らしながら秋水とブレイクはもと来た道を引き返した。
「ほほへよ!!(戻れよ!)」
「あん」
秋水へ叫びながら立ち上がる剛太。フード姿の女医は体をビクリとさせ艶かしい声を上げ、
「いやん。いきなり鼻を挿入だなんて。初めてなのにマニアックね」
下半身裸の状態でリンゴのような頬に手を当ていやいやと首を振る。
「ひはう!!(違う!)」
どういう訳か言語不明瞭な新人戦士は口に手を突っ込んだ。何か黒い塊が出てきた。地面に叩き付けられべっとりと
広がったそれは黒いショーツだった。
「おまえなんてコトしてくれたんだよ!!」
「顔面騎乗ですけど」
「ですけどじゃねェよ!! いきなりなんてコトしてんだ本当に!!」
顔面に残る生暖かい感触に赤くなったり青くなったり忙しい剛太である。
「ふふ。どうでした初めて見る秘所は? 女体の神秘、堪能しまして?」
「見! 見てないぞ俺は何も見てない!!」
「ちなみに坊やの口に突っ込んだのはワタクシの脱ぎ立てホカホカの「言うな!!!」
むせ返るような独特の匂いに吐きそうだ。
(つか口に入れる前から濡れて─…)
首を振る。深く考えると死にそうだった。凄まじい精神攻撃だった。
(くっそ早坂の野郎~~~!! よくも見捨てやがったな! 決めた!! 生き延びたら色々嫌がらせしてやる!!)
考えていると真白な両足が目に入った。わざわざフードをたくし上げている辺り、非常に目の毒だった。
「ん!!」
とりあえず辺りに散らばっていたスカートやらストッキングやら下着をひとまとめにして差し出す。
「あら紳士ねん。けどいらないわん。オンナの脱衣は決意の証。行為が始まりもしないうちに再び着るのは名折れでしてよ」
「うるせえ! さっさと着ろ!!」
「クス。顔真赤にしちゃって可愛いわねん。童貞さんには刺激強いかしらん?」
「だ! 黙れっての! 例え敵でも女にみっともない格好させられるかってんだ!!」
わずかだが目を丸くした(厳密にはフードで見えないが、雰囲気的に)グレイズィングはクスクス笑った。
「アナタきっと将来いい男になってよ。保証しますわ。今はいろいろ未完成で雑いけど、磨けばきっと光るってねん」
「別にてめえのためじゃねえ! 勝つにしろ負けるにしろ相手が下半身丸出しの女なんて余りにも情けねえだろうが!!
先輩だってきっと呆れる!!」
はいはい。どうやら剛太を気に入ったらしい。金星の幹部は着衣、露出をやめた。
(やっとコレでまともに戦える……)
特にこれといった攻防は無いが変態的行為2つに剛太はすっかり疲労困憊。うなだれる。肩にズッシリ重みが来た。
「ちなみにさっきアナタの顔面に乗った女体の神秘、津村斗貴子も持っていましてよ?」
「!!」
「クス。早坂桜花も栴檀香美も若宮千里も、カッコ良くても美人さんでも天真爛漫でも大人しげでも……オンナなら誰しも、
さっきボウヤのお顔に乗った神秘……足の付け根に持ってますの」
剛太の脳裡に様々な女性の顔が浮かぶ。凛々しいショートボブの先輩、黒髪ロングの一見清楚な生徒会長、ニャハハ
と八重歯剥き出しで笑うネコ少女、演劇でちらほら見かけた眼鏡の文学少女……虹色の点描のなか次々浮遊する彼女
らの顔に、先ほど目を閉じる寸前焼き付いた強烈な真実がグングンとオーバーラップしていく。
(あ、あんなグロいのが先輩にも……)。ゴクリ。生唾を飲み込む剛太へ更に凄まじい言葉が浴びせられる。
「ねえ、セックスしちゃいましょう」
53:永遠の扉
14/06/15 21:53:31.59 hpolLC5f0
「はい!?」
驚くほど細い体がしだれかかってきた。フードからはみ出すジンジャーレッドの巻き毛がかぐわしくも艶めかしい匂いを
漂わす。それだけで剛太の心臓はドキリと金縛りだ。さらに鼻にかかった甘い声。
「言ったでしょ? ボウヤきっと将来いい男になる……って。セックスすれば原石が宝石になって魅力増すわよん」
芸術品のように美しい人差し指が剛太の乳輪をグリグリとかき回す。ムズ痒い快楽に剛太は理性をなくしそうになる。
「オトコに必要なのは自信でしてよ? クライマックスに色々見せられて傷ついたんでしょ? だったら自分を磨かないと」
熱い吐息交じりの囁き。鼓膜から脳髄をじわじわ蝕む甘い毒。指はもう露骨だ。剛太の胸全体を処女にするよう優しく
愛撫し始める。首筋に吸い付いた唇は蛭のよう。思わぬ倒錯の快美に情けなく呻く少年を誰が責められよう。
「ほら。乳首も硬くなりましてよ。坊やの体もこんなに欲しいと言ってるじゃない。我慢は……毒よ?」
優しく、まるで聖母のように微笑みながらグレイズィングは剛太の手を取り……胸へ導く。
「ほら。揉んでみて。怖がらなくていいのよ。最初は誰だって初めてなのよ。ワタクシが優しく手ほどきしてあげるわ……」
ややハスキーな声でしかし陶然と慈悲をも交え触らせる胸は細身からは想像もつかないボリュームだった。服越しとは
いえ初めて性的なニュアンスで触れる女性の胸の柔らかさと弾力に剛太はとうとう我を忘れ……そうになり。
「だ、だから触るんじゃねえ!!」
首振りつつ必死になって突き飛ばす。金星の幹部は尻餅をついたままキョトリとしていたが、すぐに白い歯を零した。
「誘惑されないなんて大したものよ坊や。愛の力……津村斗貴子への想いは本物と」
「るせえ! いい加減戦えよ!! 戦わなきゃ格好つかないだろうが!!」
「心外ですわね。いやらしいコトするのがワタクシのバトルスタイルでしてよ? 戦場で好みのタイプ見つけたら性別も年齢
も問わず取り敢えずヤッちゃいますの」
(性別って……)
聞き捨てならない単語にブルリと身を震わせる剛太。立ち上がった女医は胸に手を当てる。
「そ。女のコでもいけるクチでしてよワタクシ。鐶がレティクルに居る頃だって狙ってましたし」
「オイ」
「ま、あいにくリバースに取られちゃいましたケド」
(取られた!? え、なにアイツ義姉にヤバイことされてた訳!?)
「クス。大丈夫でしてよ。せいぜいファーストキス奪われて、お風呂場で押し倒されておっぱいにおっぱい押し付けられた
程度のお話。お互い女のコですもの。初めては大事な人に取っておきたいと一線踏み越えなかったそうよん」
(過激すぎる……)
女医曰くウィル除く幹部全員仕留め損ねているらしい。(ウィルって誰……ああ小札の因縁の相手か)、どうでもよかった。
「ちなみにワタクシのクスって笑いはセックスのクスですの」
どうでもよかった。
「ふふ。冷めちゃいましたか? なら昂ぶるまで普通に攻撃させて貰いますわね」
グレイズィングの背後で光が影を結んだ。現れたのは看護師のような自動人形。
(ハズオブラブ。総角が複製した奴とは少し違う。複製時(10年前)から変わったってコト?)
機械的な意匠こそ目立つが整った目鼻立ちの少女だった。少し化粧をするだけで人間と見分けがつかないな……剛太は
そう思った。ピンクのナースルックは紛れもなく市販品。(そーいやニンジャ小僧の兵馬俑も手縫いだっけ)、聞きかじりの知識
が蘇る。同じ自動人形でも、御前やキラーレイビーズと違って着るようだ。
(……服はともかく自動人形呼んだ狙いは)
同時攻撃。背筋に冷たい汗が流れる。ただでさえレティクル最強を自称できる身体能力の持ち主が、秋水を苦しめた自
動人形を平然と跳ね返せる衛生兵と共に攻撃する。恐ろしい想像だった。
(落ち着け。2対1になるのは織り込み済みだろうが。覚悟の上で引き剥がしたんだ。食い止めなきゃ─…)
ギャゴポゥッ! 妙な音が響いた。剛太は見た。自動人形の腕を一本引き抜くグレイズィングを。
「え」
「ワタクシのバタルスタイル……」。肘から先のない腕を無造作にぶら下げながら全身フードは歩を進める。剛太という上が
りめがけて。
「ワタクシのバトルスタイルは……至極単純。クス。せっかく回復役たる御身を自衛できるよう医療知識を総動員し強い体を
造りあげたんですもの。生身ならレティクル最強の身体能力を徹底的に活かしぬく……それだけですわよ」
垂れ目は捉える。身長160cm弱とさほど大きくない幹部の体が威容を湛えるのを。
「すなわち!!」