【2次】漫画SS総合スレへようこそpart77【創作】at YMAG
【2次】漫画SS総合スレへようこそpart77【創作】 - 暇つぶし2ch2:スターダスト ◆C.B5VSJlKU
14/06/06 20:31:08.51 826oZLLH0
まとめサイト(バレ氏)
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3:永遠の扉
14/06/06 20:33:30.13 826oZLLH0
「悪といえばジワジワ責めでありまする。あとまひろどのの攻撃をば封殺する次第!!」
「え」
 動きかけていたまひろの杖が稲妻に砕かれた。攻撃手段を失くし、どうしようという顔で立ち尽くす魔法少女の足元から
ツタがにょきにょきと生えた。「え? ちょ、えええ」。驚くまひろの体は瞬く間に縛られた。

 若干胸が強調された縛り方に観客はちょっとガッツポーズ。

「ふっふっふー。自由を奪い想い人が苦しむさまを見せ付けるのも悪ならではの鉄板行為でありましょう」
(やべえ。アリの巣に爆竹突っ込んで喜ぶ小学生みたいな顔で笑ってやがる!)
(ヴィクトリアさんが悪い演技しろって言うから……)
 毒島は戦々恐々と舞台を見た。
(あははっ。正に遊び半分で神が導いた盤上の世界だねー。秋水くんマジにノーノーノーゲームでノーライフ!!)
(誰が神よ!? 遊び半分じゃないし!!)
 部長のツッコミにヴィクトリアは小声で叫ぶ。叫びながらちょっと俯く。
(……確かに監督代行として「悪そうに演技をして」と少ない打ち合わせ時間の中そこだけは重点的に頼んだけど)
 お気楽な調子と残虐性がおかしな化学反応を起こしている。(途轍もない魔物が生まれた)……全員思う。

「我が暗斑帝國を崩壊寸前に追いやってくれた恨みなのですっ!! ここは1つ雷撃の出力、どこまで上げれば死ぬか試
してみる所存!!」

 言いながら秋水を解放する。やっと酸素と再会した彼は反射的にとはいえ深呼吸してしまった自分を呪う。

 ばちばちと火花を上げるロッドが……押し当てられたのだ。

「ぎゃああああああああああああああ!!」

 もちろん出力は冬場のドアノブのバチリ程度だが劇ゆえ過剰に反応する。「あ、あれは演技ね」。さすが姉というべきか、
桜花、泣くのをやめる。

「よし強めましょう!!」
(よし強めましょう!?)
 サイドポニーを揺らめかしながら元気よくロッドを押し当てる小札。秋水の叫びと、茨のごとく彼を取り巻く電圧が激しさを
増す。
(これは!! 9V電池を舐めた時のビリビリ感!)
(えっ!!? 秋水どの9V電池舐めたコトあるのですかっ!?)
(あれは俺と姉さんが早坂の家に閉じ込められた時のコト……。まだ幼くそして餓えていた俺は転がっていた9V電池を)
(何か語られ始めましたーーーっ!!)
 などというテレパシー的なやり取りの中。
 やられ放しなのもリアリティがないと踏んだのだろう。(エネルギー吸収なら)と刀身を雷轟の渦中に差し入れんと秋水は
動く。だが……。
「駄目ですっ! 秋水どのは不肖のバリバリを浴びる運命なのです!」
 むっと頬を膨らませながら、ずいっと腰をかがめ上目遣いで可愛らしく睨みつける小札。事もなげに秋水の手を掴み、刀
をもぎ取り床に捨てた。
 ぞっとする彼に女神のような微笑がむく。ちょっと首を傾げると前髪がさらさらと鳴った。
「罰をば与えましょう♪ 電圧このままでロッドを目に当てられるのと、場所このままで電圧を上げられるの、どちらが良い
でしょーか!!?」
「小札……。君のそれ、演技だと信じていいんだろうか。本気だとすればかなり怖い。演技なんだな。素でないコトを……」
 口がハーフカットのスイカのごとくにこやかに綻んだ。
「口答えしてはなりません」
「え、いや、その」
「口答えしてはなりません」
 明るく澄み切っているが有無を言わさぬ強い調子だった。電圧上昇。長い正座から立ち上がった時に匹敵する痺れが
秋水の体を襲った。呻きは半ば本気だ。呻きつつも、いつの間にやら草鞋を脱いだ足で刀の下緒を引っつかむ。
(このままソードサムライXを宙に放り投げ)
「ふむふむ。バチバチのエネルギーを吸収。しかる後まひろどのの拘束を解き、連携攻撃……と」
 刀身に足が乗った。当然ながら浮かないし掴めない。
 唖然とする秋水。
 瞳をキラッキラさせながら「ラスボスゆえ本気も本気のこの不肖! 果たして打開策や如何に!」と純真な笑み浮かべる
……小札。
 心から高い水準のアドリブを求めているようだ。演技熱心なのも秋水は分かった。

4:永遠の扉
14/06/06 20:34:00.71 826oZLLH0
(だが怖い!! 確かに電撃は加減している!! 最初のはコリがほぐれる程度だし現状のも僅かな痛みこそあれ慣れれ
ば少々強い電気マッサージ程度で現に劇で疲れた体にはむしろ良いぐらいだ)
 コリがほぐれ血行がよくなり体がポカポカしてきた。まひろを縛っている蔦もよく見るとローラーがついている。コロコロされ
る魔法少女は時々気持ち良さそうに目を細めては慌てて首を振り逃れる芝居をしている。
(だから俺たちを甚振ろうという気はサラサラない。サラサラないのは分かっているが……)
「んーーーーー?」
 秋水の下顎を撫でながら小悪魔チックに笑う小札。頬こそ綻んでいるが目は笑っていない絶妙の演技が大変に怖かった。
(悪いコになりきれないんだが、頑張ってなろうとするからチグハグさが怖いんだ!)
 底抜けに明るくそして有無を言わさぬいつもの怒涛が、悪行と結びつき、一種の狂気を生み出している。

(俺の即興を悉く見抜くのも恐ろしい! 剣術の洞察力とは似ているようで全く違う)

(うまくは言い表せないが何か……。そう。何か……『次元が違う』能力を使われているような─…)

(そういえば)。観劇中の防人は軽く唸った。
(先ほどの忍術合戦。彼女は根来が何を使うか読んでいるようだった。あの時はただ鋭いとだけ思っていたが……)

(まさか何かの能力……)

(武装錬金とは違う、テレパシー的な能力を……持っているのか?)


「お察しの通りです!!」
 防人に答えるようロバ少女、元気よく掲げた。
「普段は恐ろしさ故に自ら封印している7色目・禁断の技!! 自戒をば解きモードアクティブに致しますればこの次元、
『まるで漫画のコマでも見下ろすよう』、様々なお方の心象・モノローグをば読む事が……可能!!」
 戦士と、総角を除く音楽隊全員、それから観客達が息を呑んだ。

「な」

「なんだってーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」
                                                                  ジョーカー
「ある方曰く……『次元俯瞰』! これぞ次元の膜の彼方より降臨せし暗斑帝國ネプツリヴが皇帝不肖ぽてとの切札!!」

「総ての内なる声は不肖に聞こえているも同然なのですっ!!」

「さっき総角さん像攻撃したのも、よからぬ反攻目論む内なりし声が聞こえたゆえ! 秋水どのの負傷で自重したようですが!」

(その能力も演技なのか!? それとも素なのか!?)
(多分素よ! 設定と絡められそうだから能力解放したみたい!)
(パブなんとか……だっけ。なんか特別そうな血筋ってのは聞いてたけど……反則すぎだろ)
(恐らく先ほど拳を巨大化させた技も……次元俯瞰の一種)

「両名とも武器をば使えぬ状況ではありますが、ここで容赦斟酌なき大技を使い一掃するがラスボスとゆーものでしょう!!」
 小札はちょっと考えた。
 ぼっ。
 急に赤くなった。
(いやなんで赤くなった!?)
 斗貴子が心中ツッコむ中、彼女は杖を舞台袖に向けた。しゃらり。どこからともなくカーテンが降りた。小札反転。残りの
舞台袖にもカーテンが下りた。

「じ、次元俯瞰には媒介が必要でして……」

 言い訳するよう口中もごもごいう小札は観客席に背中を向けた。そして黒のロングコートを脱ぎ捨て……手を後ろに回す。
 次の瞬間、観客達はおおっと叫んだ。
 少女の真白な肩甲骨が露になったのだ。巻きついていた包帯はいま総て小札の手中。安全ピンが外されたのだ。唯一胸
を覆っていた包帯が取り払われたせいで、すべすべとした小さな背中は生まれたままの姿で衆目に晒された。丸い肩。パン
生地を延べたように柔やかな二の腕。かいがら骨の陰影。背骨の窪み。くびれこそあるがやや寸胴気味な全体フォルム。
 しかし真に観客の心を捉えたのはそれらではない。真赤に染まる耳たぶである。
(どうやら、衆人環視の中で脱ぐという行為を恥ずかしがっているようだな。……眼福!)

5:永遠の扉
14/06/06 20:34:31.13 826oZLLH0
(で、ある以上、過剰な撮影は控えようと思うがどうだ)
(いいだろう。脱衣とは羞恥あってこその物……。)
(女のコが泣き叫ぶほど求めたとき我々は強姦魔と変わらぬ存在に成り下がる)
(写真を取り捲りネットに流す……。下卑た行為よ。この一瞬の輝かしい羞恥に悖る行為よ)
(劇撮影はロングレンジだ。一瞬だけ背中をアップにし耳たぶの方を長く映す…………。そうあるべきだ)
(女体とはガン見ガン映しすればするほど価値が下がるのだ。一瞬だけ映った物を一時停止し眺めてこそ……トキめく!)
(不鮮明だからこそグッとくるビジョン……あるよねっ!)
(羞恥ってのはもっとこう芸術を眺めるよう嗜むものなんだ。規定以上に触れず騒がずだ。心に染み入るかどうかなんだ)
(でなくば男は自ら品格を貶めるだろう。…………女のコの気持ちも考えず過剰に写真取る奴は殺す)
 紳士達(半数は子供。女子含む)が心を正座させながら眺める背中にシュルシュルと包帯が巻きついた。ただし面積は
明らかに激減していた。
「ヒュウ」。口笛が鳴る。観客席と正面向き合った小札の胸にある包帯はわずか一周分だった。5cm幅の包帯が、社会通
念上守るべき最後の一線だけを辛うじて隠しているといった状態である。にも関わらず盛り上がりはわずかしかない。包帯
が掌ほどの肉をグニュリとちょっぴりつぶすのが精一杯だ。しかも小札は細い腕を胸に当て極力見せまいと粘ってる。だから
こそ観客は盛り上がった。「見えそうだけど見えないちょっぴり見えるお胸」。先ほどまでの残酷演技はどこへやら。やや泣
きそうな赤面で必死に唇を結んでいる小札は正真正銘普段の彼女であった。

「ほ、包帯をば取り払ったのには理由がありまする……」

 切れ端を所在投げに弄びながら彼女は言う。どうやら胸に巻くわずかな部分以外総てカットしたらしい。

「『次元俯瞰!!』」
                                  コモンタクティカルピクチャー
 先ほど拳を巨大化させた特殊な魔方陣─正式名称:共通戦術状況図(CTP)─めがけ包帯を取り込もうとする小札。

「大技が来る! だけど……どうしよう!。杖壊されちゃったから魔法使えない」
「電撃から逃れようにも……刀が」
 囁く秋水の首が一瞬カクリと垂れた。慌てて持ち直した彼の瞼が緩やかにだが確実に沈んでいく─…。

 カーテンの開いた舞台袖で。
(! マズい! 秋水氏、ひどい眠気に襲われ始めた!!)
(そうか電気マッサージ!! 母上の電撃が、連日の特訓と即興劇で疲れた体に心地よすぎて)
(すごい眠気が!! フ。マズイぞこれは!! 本番寝落ちしたら小札に倒されたってコトになる! 最大最後の危機だ!)
(え…………。これピンチ……なんですか……? いいんでしょうか……こんなんで…………)
(うがああ!! 寝たらだめ!! だめじゃん白いのーー!!)

「くごーーー」
 まひろが寝落ちした。
(ア、ア、ア)

(アホかーーーー!!!)
 斗貴子は力の限りツッコんだ。
 ツタのローラーが気持ちよかったらしい。のん気な顔で眠りだすまひろはひどくマイペース。
(え!? 最後のピンチこんなんでいいの!?)
(ここまで色々積み重ねてきたもんブチ壊しじゃねえか……)。剛太は呆れた。いまだ電撃を喰らう秋水もやや白河夜船である。
(しまった! 特訓と練習を平行でやってきたツケ、睡眠不足がここで出た!!)
(ここ数日1日3時間程度しか寝てないそうよ)
(そりゃ眠くもなるだろうけど! 決戦前だぞ!? 睡眠ちゃんと取れ! 体調も整えろ!!)
(大体これでいいの!? 最後のピンチがこんなんでいいの!?)
(グダグダだな……)
 沙織の狼狽。根来の呆れ。小札が何かブッ放したら演出対決の文法で秋水たちは敗北だ。バッドエンドで終わってしまう。
 劇はいろいろ最悪な終わり方をしかけていた。
(いや……まだだよ)
 大浜が一歩進み出た。彼の後ろにいた人物を見て戦士達は目を丸くした。
(若宮さん?)
 千歳は首を傾げた。自分と漢字一文字違いの大人しそうな文学少女はなぜ連れてこられたから分からぬようで困惑している。
 その背中を、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ強く叩いたものがいる。岡倉。リーゼントの元不良はニヤっと笑った。
(今さら乱入って訳じゃねえよ。けど、台本漏洩して相手に使われたコト、まだちょっと気にしてるんだろ?)
 なら。カズキの友人はこう言った。

6:永遠の扉
14/06/06 20:35:01.57 826oZLLH0
(今まで十分やってきたけど……最後もさ、取り戻そうぜ。台本の失敗は台本で)

 チャンス? 戦士も音楽隊も首を捻った。
(秋水先輩とまひろちゃんの眠気が吹っ飛ぶような台本書いてみない? いまココで)
 大浜が微笑する。千里は一瞬逡巡した。
(カンペを読んで貰う……ですか? でも……)
 難点は2つあった。1つはそれだけの物を即興で描けるかどうか。いま1つはそもそも秋水の目に留まるかどうか。
(大丈夫だ)
 静かな声がやがて……迷いを断つ。
(ちーちゃんは成長した。斗貴子氏たちに短編のアイディア出して貰ったんだろ。貴信の世界観にも影響を受けた。即興の
中でコメディだって書けるようになった。十分成長しているさ。自分を信じて)
(六舛先輩……)
 珍しく微笑する彼に、頷く戦士と音楽隊の面々に……千里は、決める。

(分かりました。最後の台本……書きます!!)


 不覚すぎるほど不覚にも睡魔に襲われ敗北寸前の秋水のクビがゴキリとなった。
(つっ! な、何が……)
 彼は見た。細い、極細の糸のようなものが頬に張り付いているのを。(指かいこ……?)。操られるまま舞台袖へ誘導され
た彼の眼球は……捉える。

『指示に従ってください。即興の台本で先輩とまひろの眠気ふっ飛ばします』

 そう書かれたスケッチブックを手にする千里を。

(よ、よく分からないが眠ってしまっては即興も何もない。分かった。続きを)
 アイコンタクト。めくられるページ。そこにある文字を見た秋水はギョっと固まった。

(ま、待ってくれ。たたた確かに武藤さんの眠気も吹っ飛ぶと思うが…………本当に読むのか? それを?)

 千里は頷いた。


 秋水は…………。

 人生最大級の懊悩に囚われた。

 そして。

 彼は。



 舞台袖。

(もうすぐ決戦だし、戦士・秋水のように眠気に囚われても困るから)
 千歳は缶コーヒーを配っていた。戦士と音楽隊全員に配っていた。
(そうだな。劇はもうすぐ終わる。決戦に向けて調子を整えていこう)
 防人は何の疑いもなく口をつけた。他の面々も同じくだ。

 秋水の声が聞こえた。

「そうだ! どうせ聞こえるなら聞かせてやるさ!!」

 全員コーヒーを飲んだ。
 秋水の声が聞こえた。

「まひろ……好きだー! まひろ!! 愛しているんだまひろーっ!」

7:永遠の扉
14/06/06 20:35:53.20 826oZLLH0
「ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
 みんなコーヒーを吹いた。剛太や防人のみならず千歳や根来といったクールな連中さえコーヒーを吹いた。

「ネプツリヴと戦う前から好きだったんだ。好きなんてもんじゃない。まひろのコトはもっと知りたいんだ!」

「まひろのコトはみんな全部知っておきたい!」

 縛られる魔法少女めがけ身ぶり手ぶりを交えながら……青年は熱く叫ぶ。

「なっ!!? なんなんですかこのセリフは!!? 不肖たちは今は戦っているのですが……!!?」
「まひろを抱きしめたいんだ! 潰しちゃうぐらい抱きしめたい!!」
 観客はざわめき始めた。「告白!?」「確かOPは同じ人だけど!!」。

 部員たちにも動揺が広がる。秋水とまひろがいい感じなのは知っている。だからこそ……さざめく。

(まさかガチ?)
(TVの生放送でプロポーズする……みたいな)

 戦士たちも衝撃を受けた。足元に広がるコーヒーの水たまりを片づける余裕すらない。
「だ、台本なのよね?」
 桜花が問う。千里は凄まじい速度で文章を仕上げていく。カンペ係はヴィクトリアに交代だ。彼女に持たせ沙織が配膳する
方が能率的だと気付いたようだ。台本担当は……答える。
「斗貴子先輩も総角先輩も気遣ってくれたんです。やはり最後は告白を持ってくるべきだと判断しました。光が参考にと見せて
くれたロボットアニメのパロディです」
「そ、そそそそう。即興じゃないのね? あれガチな本音じゃないのね? しゅ、秋水クンはただ台本を読んでいるだけなのね?」
「はい」
「良かったぁ……」
(心から安堵してやがる。……まあ、分からなくもないが)

「心の声は心の叫びでかき消してやる! まひろッ! 好きだ!」
「けほっ!!? けほけほ」
「千歳お前さっきからむせすぎだぞ……」
「けほっ」
 当たり前のように背中をさする防人に彼女はむせながらも謝る。運悪くコーヒーが気管支に入ったようだ。

 声はなおもかかる。

「まひろーーーっ! 愛しているんだよ!」
(しつこいよ!!!)
「俺のこの心のうちの叫びを聞いてくれ! まひろさん!」
(もう十分聞いたよ!! もういいよ! 武藤の妹見ろよ! 真赤になってるじゃねえか! てか泣きそうだし解放してやれよ!!)
(そこステージなんだぞ!! 公開レイプすぎる!!)

 もう彼女は眠気どころではない。風呂上がりのネコのようにどんぐり眼をビぃーんと見開いている。恥ずかしさで脳内がぐっ
ちゃぐっちゃらしく目も口もあわあわ波打っている。

「……ねえちーちん」
「なに沙織」
「まっぴーにカンペ見えてるのかな……?」

 千里硬直。

 剛太は豊かな髪をぼるりぼるりした。
「あの反応だぞ? カンペ見えてる訳ねえよ」
「……あー。つまり。つまりだ」
「まひろちゃん……」

 瞳を毛糸かというぐらいグシャグシャに歪めるゆでだこ少女はもちろんカンペなど見ていない。
 だから斗貴子は……気付く。

8:永遠の扉
14/06/06 20:36:23.61 826oZLLH0
.
(ガチな告白だと思ってやがる!!!)

 一方秋水は……まだいう。

「立場が同じになってまひろを知ってから、俺は……君の虜になってしまったんだ!」

(馬鹿やめろおい!!)
(向こうはガチだと思ってるんだぞ!! 演技に熱入れれば入れるほど後の揺り返しがひどくなる!)
(くそう! 少しでも笑顔になれるようトリ譲ったのが裏目に出た!! 演技って知ったらがっかりするぞ!!)
(ど、どうすればいいんでしょうか!! まひろ傷つけるために書いたんじゃないんです、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ
願望かなえてあげたかっただけなんです!! で、でも、これじゃ今以上にあのコが……!!)
(お、落ち着こうよちーちん。こういう時はカンペだよ。カンペに「告白はお芝居だよ。台本に載ってるけどまっぴーに配り
損ねたよ。ごめん。悪気はなかった……」と書いて見せればいいよ。今なら傷も少なくて済むよ。先輩が見たら止まってく
れるかもだし)

 千里と違い良くも悪くもふまじめ沙織。こういう時のフットワークは驚くほど速い。スケッチブックを一枚破りさらさらと状況
上のごとくと書いて舞台袖に立つ。
 まひろはもちろん見ない。
(見てよ!!)
「愛してるってこと! 好きだってこと!」
(まだセリフあんの!?)
「俺に振り向いてくれ! まひろが俺に振り向いてくれれば、俺はこんなに苦しまなくって済むんだ!」
(いやお前も振り向け! すぐカンペに振り向いてくれれば、私はこんなに苦しまなくって済むんだ!)
(私もこう言ってくれてればね……)
 むせながら千歳は内心溜息をついた。台本通りと分かっていても、防人にそれだけの熱量があればと思ってしまう。

「優しい君なら、俺の心のうちを知ってくれて、俺に応えてくれるでしょう!」
 広い会場に熱情の声が轟く。響き渡り反響し、劇に参画する者総ての耳朶に迸る。

「俺は君を俺のものにしたいんだ! その美しい心と美しいすべてを!」
 叫ぶ。叫ぶ。早坂秋水はただ叫ぶ。日常の終焉の中で、奇跡のような舞台の上で、何も考えずただ全力で叫ぶ。

「誰が邪魔しようと奪ってみせる!」
「奪ってみせるとは良く言ったな……」。『分かってる、通な』観客は相槌を打つ。

「もし邪魔をするなら今すぐ出てこい! 相手になってやる!」
(ばかーーーーー!! 先輩のばかーーーー! なんてコト怒鳴ってるのよーーーーーーーーーーーーーーーっ!)
「でもまひろさんが俺の想いに答えてくれれば戦いません。俺はまひろを抱きしめるだけです」
 子供の観客が騒ぎ出した。
「あれがまひろだろ」
「幸せになってー!!」
「ぼくはサラを抱きしめるだけです! 君の心の奥底にまでキスをします!」
「いっぱいキスしてもらえよーー!!」
「力一杯のキスをどこにもここにもしてみせます!」
(どこにも!? ここにも!!? え? え? ……うああああああわわわわわはむぎゃむぎゃにゅわががーーーーっ!!!)
「あんたもちゃんとやんのよーーーー!」
(で! できない!! 恥ずかしい!!!! ばかばか先輩のばかーーーーー!!)

(いい加減止まれよ! 武藤の妹がガチだと誤解してると気付けよ!!)
(いえ……沙織さんのカンペで気付いたようよ。頬ちょっと赤いもの秋水クン)
(! 役者魂!)
(なるほど! 役者として私心を捨て、台本通りに告白のセリフを)
(読み上げている!)
(ここで妙に照れたら本当どうにもならないから……全力で振りぬこうと!!)

 ひどい羞恥プレイだった。演技ではなく告白だと誤解している少女相手に訂正も何もできないまま、率直極まる愛の言葉を
迫真の勢いで投げかけ続けるのだ。公衆の面前で。幸い観客たちは虚構と割り切り「熱演だな」と頷いている。囃すのだって
そういうお話だと割り切っているからだ。元ネタが分かる者に至っては二重の意味でニヤニヤしている。

9:永遠の扉
14/06/06 20:36:54.06 826oZLLH0
「キスだけじゃない! 心から君に尽くします! それが俺の喜びなんだから喜びを分かち合えるのなら、もっと深いキスを、
どこまでも、どこまでも、させてもらいます!」
(……。しかし……)
(ああ……)
 斗貴子は顔を伏せる。あの桜花がもじもじしている。千歳は相変わらずけほけほ言っている。
 音楽隊で一番真赤なのは無銘である。少年特有の感受性と共感が、脳髄の敏感な部分を掻き毟っていた。
 貴信は快笑に震え、香美は首を捻り、総角はほっこりしていた。千里に元ネタ教えた鐶は満足げに「むふぅ」。息吐く。
 根来も「ら、乱心したか」と汗をかき。毒島は煙を吹き剛太はゲンナリ。青春だなと笑ったのは防人。
 千里は自分の産生する文章の、予想を上回る破壊力に眼鏡を真白にしているがそれでも書く。プロだった。
 沙織は口にパーを当てきゃーきゃー騒ぎ、ヴィクトリアは意地悪く笑う。

(大浜。あのよう。セリフとは、セリフとは分かっているが)
(うん。……そうだね岡倉君)


「まひろ! お前が好きだ! お前が欲しい!」


(こっ恥ずかしい~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!)

(ストロベリすぎる!!)
(あはっ! その単語なんか懐かしい!)
(本当ストロべりすぎだよ!! やばいよもう! やばい!!)

 やられ役も部長も大道具も対策会議中場を繋いだいぶし銀たちもその他の部員も。

 我がコトのように赤くなった。

(だが……小札氏にも効いている)
 六舛は眼鏡を直した。

「せせせ青春だからって、大概に……大概に…………!!」

 彼女は真赤になって目をグルグルして、ロッドをブンスカブンスカだ。

 観客は気付いた。
(どうやら心からの熱演だったから)
(強烈なストロベリーを直接脳内に流し込まれた、か!!)
(あの包帯つかった強力っぽい攻撃中断していたのもそのせい!)
(ウブだなあ……)
 ラスボス風でもやはり小札は小札だった。

「そうです……! こちらの次元俯瞰をカットすればいいのですっ!!」
 共通戦術状況図を解除した小札は「ふーっ」と額の汗を拭う。
「いやははー。これでシリアスに戦いができまする」
 冷静に見れば状況は何1つ変わっていなかった。
 秋水は刀を踏まれているし、まひろは武器を壊されたうえツタに拘束されている。
 ゆえにトドメの一撃を叩き込まんと腕を上げた小札だが……その動きがツと止まる。

「総角さん像の声が……聞こえません?」
 小札が階段を見上げたのとその頂点で光が瞬いたのは同時だった。
「悪いが、今だね」
 人間的な光彩を取り戻した像の右手から轟然と延びた鎖分銅がラスボス小札のツノに巻き付きすっぽ抜いた。
(総角!? いったいいつの間に舞台へ!?)
(見た。まず百雷銃の武装錬金を鳥に変形。自分像に貼り付るやエンゼル御前の矢で攻撃。トイズフェスティバルとかいう
百雷銃の特性で入れ替わり……あそこに!)
(さらに間髪入れずのハイテンションワイヤー!! 万能すぎる!! 本気になりゃあアイツ1人で劇全部できたんじゃ……)

10:永遠の扉
14/06/06 20:37:35.21 826oZLLH0
(総角……!!)
 結局いいトコ取りでないか。自分像を守った結果がこれかとばかり睨みつける秋水を堂々と受け流しながら……彼は言う。

「フ。秋水の精神攻撃に怯み我が封印を緩めたな重力影ホリゾントデツァンバー!!!」

「フみゃあああああああああああ!!!? 耳!! 不肖のロバ耳が公衆の面前で露にぃぃい!!?」

「フ。読唇術の、次元俯瞰の要たるツノは排した!! ゆけ秋水! 今なら攻撃も当たる!!!」

「耳がああ!! ロバ耳っぽい髪があああ……!! 恥ずかしい……恥ずかしすぎるーーー!!」

(うろたえている! 舞台上で半裸になり観客たちに背中を見せた時さわがなかった小札が……!)
(今は忘我状態!!)
(そこまであの髪見られるの恥ずかしいのかよ!? 裸見られるより嫌なのかよ!?)
(出演前のしょーもないやりとり、あの髪恥ずかしいっての……伏線だったのかよ!?)
(いや違う。本当はずっと前書いたきりお蔵入りしてたのを再利用しただけだ)
(そんなの伏線にするなよ! ボケっ!!)
 誰に対する声かは不明だが、とにかく舞台上では秋水とまひろ(解放済み)が手に手を取って刀を持って特攻していた。

「これで終わりよ!!」
「覚悟!!」

 小札は正気に戻るがもう遅い。無銘の特効と貴信のエネルギーがたっぷり乗った全長5mほどの稲妻剣が目前で正眼に
振り上げられた。影を落とされる幼い面頬はあわあわと震え。

 長かった劇がついに終わる時が来た。

 秋水は刀を振り上げる。まひろもそれに追随する。
 両名とも頬は赤い。お互いを直視できる状態ではなかった。

(カンペ見たよ。お芝居。そう……さっきの告白お芝居なんだよね。ウン。そうだよね……)

 落胆はある。だが……劇にかける想いを。
 もうすぐ終わってしまう日常の中で育んだ気持ちを。

 何もかも込めて……ただ精一杯。そして力強く。
 振り下ろした。


「「終結の型─…」」


「「破断塵還剣!!」」


 コバルトブルーとアースカラーの光波が入り混じった巨大な剣が小札を薙ぎ─…

 飲み干した。


 …………。

 劇はそこから5分の余章を経て完結する。
 判定の結果、銀成学園演劇部は見事勝利をもぎ取る。

 だがその発端になったパピヨンその人は……結局最後まで姿を現さなかった。
 劇の裏で彼の身に何が起きていたのか。秋水が知るのは少し後。

 そして運命は。
 1人1人が望む未来に向かって動き出す。

11:スターダスト ◆C.B5VSJlKU
14/06/06 20:38:13.45 826oZLLH0
以上ここまで。劇終わり。次回から098話。

12:永遠の扉
14/06/08 02:14:04.52 hqGpkXI00
第098話 「終わりの始まり」

 ─挿話。

 2人の男がいた。
 片方はまだ二十歳にも満たない青年で、もう片方は見た目こそ若いが1世紀以上生きている怪物。2人は生まれた時代
も生まれた国家も遠く遠くかけ離れていた。

 けれど2人は示し合わしたように同じ行為を続けていた。どれほどの月日を費やしていただろう。

 広大すぎるため彼方に灰みさえかかって見える潔白な心象世界の中──────────



 彼らは扉を叩いていた。青年は鎖の絡まる安っぽい合金の扉を、怪物は褐色の傷がいくつもついた樫の扉を。


 叩いて、叩いて、叩き続けていた。


 ある者が訊いた。

『なぜ扉を叩くのか?』

 青年は語る。いつか開き1人で世界を歩くためだ。

 怪物は笑う。これは武器でね、世界めがけ衝撃波を叩きこんでる。




 物語とはつまるところ停滞の化生である。

 本作は心ならずも扉の前で滞ってしまった2人が”それ”を抜けるまでを描く。

 その過程こそやがて至るべき終止符の前に横たわる巨大な停滞であり─…挿話。



 まったく違う場所まったく違う時間のなか、叩かれ続けていた2つの扉は流れて流れたその涯で出逢い……1つになる。

 開くまであとわずか。


 永遠とも思えるほど長く存在し続けた『扉』。


 それが開くまで……あとわずか。

◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ 


 銀成学園演劇部による祝勝会はつつがなく執り行われた。

 戦士も音楽隊も残されたわずかな日常を精一杯楽しんだ。

 武藤まひろは舞台上で行われた告白の衝撃さめやらぬようで、時々恥ずかしそうにちろちろと秋水を眺めていた。

 ヴィクトリア=パワードは終ぞ来なかったパピヨンの安否をひどく案じているようだった。

13:永遠の扉
14/06/08 02:14:35.02 hqGpkXI00
【空き地】


「ひひっ。りばーすから連絡があった。劇……終わったようじゃ」
「よーやくウチら本格始動っちゅーワケですね」
「wwww さぁ! 受け取ってくれーぃ! この辛さを、さあ分けあいましょうーー!」
「クス。戦士も音楽隊も男女問わず美形揃い……。どの子もヤリ甲斐ありそうねん」
「羸砲さんの能力回復するまで少しかかりそうです。この上なく私、自力で戦うしかなさそうです。怖い……。くすん」
「劇……。ずっとむかし女のコの役させられたような……。めんどくさいー。潰そう」


 運命が動き出す。レティクルエレメンツ6体の幹部が養護施設に向かって歩き出す。


【児童養護施設・屋根裏】


(劇……終わったようである)

(やって分かった。マレフィックアースの器。それは─…)

 ウィルスの集合体はその名を静かに呼ぶ。


【児童養護施設・関係者控室】


「にひっ。青っち会場に向かったよーですね。予め設置しといたビデオカメラ回収するとか何とかで」

「役者さんはおろか観客さんたちすら掃けたところ見計らって……そう言ってましたが」

「光っちと鉢合わせしなけりゃいいんですが」

 ウルフカットの青年の灰色の瞳がにこりと笑う。


【児童養護施設・廊下】


 青っちことリバース=イングラムは浮かれていた。海王星の幹部で鐶の義姉でもある彼女は浮かれていた。

(劇での光ちゃんの活躍、これで見れる! 永久保存版よ!)

 豊かな胸の中にビデオカメラを押し込めながら……彼女はスキップしていた。『怒ってさえいなければ』、にこやかで、しか
も優秀と評判なリバース。10歳近く年上の恋人……ブレイク相手でもお姉さん風を吹かせるほどしっかり者の彼女ではある
が、少々子供っぽい部分もあるのだ。人間時代はアイドルに入れあげていた。
 今は義妹が大好きだ。
(長い間離れ離れだったから、ビデオ見たいのビデオ! 光ちゃんが可愛く活躍してるトコ見たいの!)
 回収したビデオは劇を総て収めていた。鐶の活躍もちゃんと収めていた。プロのカメラマンに300万円積んだのだ、指示
通り鐶の活躍は余すところなく収録済みだ。
 嬉しい。
 嬉しい。

 嬉しいから、思わず声が出た。普段なら忌避して絶対出さない筈の声を。

「今日は、いい日ね!」
「うん?」

 曲がり角から大きな影が出てきた。ぎょっとした。幸い衝突には至らなかったが……リバースにとってその人物は、決して
逢いたい存在ではなかった。

14:永遠の扉
14/06/08 02:15:05.63 hqGpkXI00
.
「失礼だが……喋れたのかキミは?」

 防護服の奥で瞳を丸くしたのは防人である。

(戦士長さん! 通称キャプテンブラボー!)

 リバースと彼は既に遭遇している。街でチンピラに絡まれているのを助けて貰った(実際助かったのはチンピラたちの命
なのだが。防人が来なければ彼らに拒否を『伝えて』殺していた)、助けて貰ったのをきっかけに、児童養護施設で会話を
している。……会話と言ってもリバース側の送信はスケッチブックで、特異すぎた。それゆえ記憶に残ったらしい。

 慌ててスケッチブックに文字を書く。

『リ! リハビリ中なんです! 昔ちょっとヒドいケガしてて、お医者さんからあまり喋らないようにって!』

 そうか。頷く防人。リバースは困った。

 彼女は仲間から聞かされている。両親─厳密にいえば実父と義母─が戦士に殺されたと。彼らは鐶にとっては実の
両親だ。リバースは一度彼らを暴走の果て惨殺している。奇跡的に蘇生したからこそ、今一度、大事な義妹に逢わせてやり
たいと思っていた。それが罪滅ぼしなのだと思っていた。だが……戦士に殺された。とある幹部の付き人をしていたせいで、
信奉者と間違われ殺された……。それが報告、それが『リバースの信じる真実』である。

(だ、だから戦士さんなんて見たくないのよ私は。怒っちゃうもの。このまえブラボーさんと遭遇したときだって危うく『気持ちを
伝えそうに』なっちゃったもの。でも辛うじて堪えた! えらいっ! えらいわよ私ー! 1年ちょいカナー、光ちゃんとお別れ
してる間、自制心を養おうと頑張ったもの。今だって我慢できてる。えらい)

 ニコニコと微笑しながらスケッチブックに書く。『用事がありますのでまたの機会に』。防人も聞き分けのいい大人らしく
会釈した。通り過ぎていくリバース。『怒らない限り』レティクルの誰よりも温厚で理知的な幹部なのだ。例え両親の仇と
憎む戦士を見てもすぐ飛びかかったりはしない。

(今は合流前だもの。迂闊に起こって騒ぎを起こしちゃダメよ。光ちゃんたちだって劇終わってすぐ戦いとか嫌でしょうし。
だいたいココ養護施設だもの。うん。怒らないのが一番なのだっ!)

「ところで……」
 防人が喋った。大丈夫と言い聞かせる。人となりは分かっている。優しい人だ。しかもリバースの正体を知らない。仮に
知っていたとしても、両親の件で怒らすようなコトは絶対に言わないと信じている。
(っ。で、でもちょっと待って。まさか私の声が小さいとかいうんじゃ……。いま聞かれたし。声聞かれたし)
 リバースはそう言われたら確実にブチ切れる。憤怒の幹部なのだ。声が小さいと言われれば自制心を失くし獣になる。
(どどどどうしようココでブチ切れたらまたイオちゃんに怒られ……ああもう何でここで逢うのよーーっ!)
 鐶のビデオを入手して幸せだと思っていたら厄介事が舞い込んだ。いつもそうだ。だから世界が嫌いだし……腹が立つ。
(でもスマイルよ。スマイル。スマイルでなんとか)
 ニコニコと笑いながら頭頂部のやたら長いアホ毛をピョコつかせつつ「なんでしょう」とばかり振り向くと、彼は、言った。

「俺もいろいろリハビリ中なんだ。上手くいかないコトもあるかも知れないが、焦らず気長にじっくりとな」

 目が点になった。と同時にリバースはホッと胸をなでおろした。
(良かったぁ。考えてみればそうだよね。うん。ブラボーさんは人の声どうこう言う人じゃないものね。リハビリって言われたら
ちょっと声小さくてもアレコレ評価しない人だもん。うん。いい人だね。いい人)
 ちょっとリバースは感動した。と同時に殺していい人じゃないとも思った。他の幹部の誰かが彼を殺そうとしたとき、止めよう
と思った。それぐらい恩義を感じた。コンプレックスを刺激しない人は好きなのだ。足取りは軽くなる。

「おねーちゃん、声小さいけど……かわいーーー!」

 時間が……止まった。無表情な笑いのまま足元を見る。養護施設の子供だろうか。洟を垂らした5歳ぐらいの女のコが
無邪気に微笑んでいた。声に反応したのか。振り返る防人。彼は見る。かすかに震えるリバースの拳を。




                                                         彼女は、そっと、囁いた。

15:永遠の扉
14/06/08 02:15:40.81 hqGpkXI00
.



























「声が……小さい?」



























 終わりの始まりは本当に小さく些細な一点だった。
 リバース=イングラムはもう一度、今度は咀嚼するようゆっくりと同じ言葉を囁いた。

16:永遠の扉
14/06/08 02:16:11.28 hqGpkXI00
.
「声が、小さい?」

 笑うようなすすり泣くような声を漏らしながらリバースはゆっくりと目を開ける。世界に存在するあらゆる音波への呪詛が
流れ始めた。空間が氷結しそれが捩られる不快な音が響いていく。照明が激しく明滅を始めやがて火花と共にこと切れた。
まだ昼だが窓のない廊下は暗転した。
 そして闇の霊性に呑まれた世界の中でハナタレ少女は赤く錆びた月を見る。満月だった。お化け屋敷が大好きで行くたび
キャーキャーいう彼女は、突然の停電じみた現象もむしろ楽しんでいた。ほっぺたの横に浮かぶ紅い満月も何か楽しいアト
ラクションだと思った。なにしろ『動くのだ』。少女が微かに動くたび、月はそれを追うように……動くのだ。好奇心いっぱいに
それらを眺めるハナタレ少女はもう我慢できない。掴もうと手を伸ばす。暖かな感触が掌に広がった。月は消えた。そこで
照明が復帰した。明るくなった廊下でハナタレちゃんは……見た。
 自分の、掌に、撫でられる、小さな声のお姉さんの、顔を。
 彼女は笑っていた。目を細めて笑っていた。聖母のように優しい笑みだった。
 リバースは、開いた。


 紅い満月がギラギラと輝く月牙状のまなこを。


「よくも人のコンプレックス刺激してくれたわね我慢ならないもう任務とかどうでもいい殺す殺す殺すあははははははは」


 抑揚も息継ぎもない経文のような禍々しい声をBGMに。

 ハナタレ少女の首めがけリバースの腕が殺到し─…


「くっ!!」

 シルバースキンの脛に受け止められる。

 少女の前に仁王立つ防人。彼は豹変した『笑顔』のゆるふわショートの少女をどうすべきか迷った。
(どういうコトだ!? 劇を邪魔した『虫』にでも操られているのか!?」
 ハナタレ少女は悲鳴を上げながら逃げていく。
 リバースは、笑った。白目がドス黒く塗りつぶされた瞳を爛々と輝かせながら。鉤状に裂けた口を一層するどくしながら。

「邪魔するのねえ邪魔するの折角私ブラボーさんのコト尊敬してあげたのにイザってとき助けてあげようとさえ思ったのに
人のコンプレックス刺激したあのコ殺す邪魔するのまあ戦士だから当然だとは思うけど覚悟できてるんでしょうねあははは」

 けたたましい声を上げながら彼女は先ほど拳を妨害した足を掴み無造作に振り抜いた。たったそれだけの挙措で身長185
cm体重75kgのガッシリとした体がぶおんと宙を舞った。
「くっ!!」
 咄嗟に足を振りほどくが加速はもう止まらない。彼の体は壁に接触しそして砕いた。児童が眠る場所だろうか。ベットがし
つらえられた部屋に破片と共に叩き込まれた防人、着地する暇もあらばこそだ。下顎に強烈な衝撃が加わりサラに飛ぶ。
(蹴られた!)
 完全防護ゆえ本体にダメージこそ通らなかったがかなりの量のヘキサゴンパネルが舞い散った。咄嗟に手近な二段ベット
の柱に手を引っ掛け着地する。めりめりという凄まじい音を立て崩れるベッド。(しまった。子供たちの寝床を……。後で直
しておかなければ)、辛うじて残る冷静さでそんなコトを考えながら来た道を見る。
 壁にできたてホヤホヤの巨大な穴から悠然と乗り込んできたリバースは何かおかしいのか笑いに笑いズンズンと間合い
を詰めてくる。一度聞けば忘れられない美しい声……防人はそう思った。淑やかで瑞々しい笑い。脳髄の膿がスルスル抜
けていくようなカタルシスに満ちているのに鼓膜を切り刻むような禍々しさもある。防護服の中で反響し幾重にも重なる笑い
声は30分聞き続けるだけで精神を病むのではないか……鳥肌がぶわりと立った。
 フード付きのパーカーによくあう質素なジーンズはそれだけに動きの潤滑油だ。殴り。蹴り。掴む。鐶や総角にも匹敵する”重い”
攻撃を何発も何発も叩き込む。
(シルバースキンに通らないと分かっていながら─…)
 拳が裂けてベッドのシーツに血の珠を振りまいても。膝の皿が砕けても。リバースは攻撃をやめない。ダメージなどお構い
なしだ。
 ……それが防人の判断を狂わせた。普通、徒手空拳を使うものはシルバースキンの防御性能を知れば速攻で何らかの
変化を見せる。飛び道具を使うとか退散するとか、とにかく「殴ると痛いからそれはやめる」。
(だが彼女は一向にやめる気配がない。攻撃するだけで体が壊れるにも関わらず)

17:永遠の扉
14/06/08 02:17:08.91 hqGpkXI00
 カズキのような攻略法を持っている様子もない。ただ力任せに感情任せに殴り続けているだけだ。
(やはり……操られているのか? 何らかの武装錬金に?)
 動植物型や明らかに悪党と分かる相手であればとっくに反撃している。だがリバースは、豹変する前まで可憐な美少女
だったのだ。人となりも知っている。養護施設に研修に来るほど他人思いな少女だ。やや天然気味な部分も見た。その
うえ子供とあれば防人が反撃できる道理はない。

 殴られ転がされ続けた彼は何部屋も貫通し、とうとう建物の外へ飛び出した。

(千歳や戦士・斗貴子たちに連絡を取りたいが……あの攻めようだ。出した瞬間携帯電話は壊される)
 いつだったかリバースが子供たちと球技に興じていた庭で防人は汗を垂らす。
(一体彼女は何者なんだ? ただ操られているだけなのか? それとも─…)




「お姉ちゃん?」




 ポリ袋の落ちる音がした。振り返った防人は見た。

 虚ろな瞳を驚愕と恐怖に見開き立ちつくす─…

 鐶の姿を。


 凄まじい形相で彼女を二度見したリバースは。

 スウウゥ。

(!?)
 大魔神かというぐらい豹変。普通のにこやかな笑みを浮かべると、ハフハフ鳴いた。

「ひかりちゃん!!」

「ひっかりちゃあああああああああああああああああああああああああああああん!!!」

 まひろがよく斗貴子にするような行為だった。リバースは鐶へ水平に飛びかかった。そして……抱きしめる。

「逢いたかった! すっごくすっごくすっっご~~~~~~く逢いたかった! 元気していた? 学校でイジメに遭わなかった?
無銘くんとはどう? あ、デートしてたのは知ってるわよだって見てたもの。デパート楽しかったわよね。良かったね。私ずっ
と応援してたのずっと!! あふうぅ~。ああ、久しぶりの光ちゃんの匂いだあーーー。くんかくんかスーハースーハー。紅い
三つ編み相変わらず可愛いわよ可愛い! ちゃんとお手入れしている? 毎日洗ってる?」
「あ、あああ……」
 鐶が絶望に震え成す術もなく涙しているのさえ除けば普通の姉妹のスキンシップだった。リバースは両目も不等号に激
しい頬ずりを何百回としてから、「お別れしてから気付いたの。私光ちゃんのコト本当は大好きなんだって」と述べた。

(……話通りというか、食い違いがあるというか……。よく分からない少女だな)

 防人は鐶の義姉について聞き及んでいる。両親を惨殺し、義妹の瞳から光が消えるまで監禁した……と。鐶謹製の似顔
絵だって見ている。狂気に満ちていた。ようやく気付いたが先ほどの暴走状態は正に似顔絵どおりの形相だった。なぜリバー
スが狂気を孕んだのか? 鐶の話からはまったく想像もできなかった防人だ。義妹の口から語られるリバース……玉城青
空という少女は、無口だが優しく、成績優秀で運動も学年20位以内という非の打ち所のない立派な姉だった。これといった
喧嘩をした覚えがないとさえ鐶は言った。土曜日になればドーナツを作ってくれた、方向音痴ゆえ遠方で迷子になった時でも
必ず迎えに来てくれる……。とくれば防人としては「悪の組織に弱味でも握られ、罪を犯すコトを強要させられたのではない
か」と思う他ないのだが、しかし今しがた体感した暴走の強烈さ、拳を振るうリバースは明らかに自分の意思で動いていた。
 強要どころではない。むしろ嬉々として悪に加担している様子さえ見受けられた。

18:永遠の扉
14/06/08 02:17:39.78 hqGpkXI00
(だが……”あの”鐶があそこまで怯えるとは……)
 純粋な身体能力だけなら総角を上回るとさえ言われている鐶が、にこやかな姉の抱擁の前ではヒヨコも同然の無力だった。
 顔を真青にし「いや……」とか「離して……」などと泣きじゃくっている。
 そのくせ「ん?」と義姉が聞き返すと何も言えなくなり縮こまる。

 特異体質をフル稼働すれば力づくで脱出できるのに……しないのだ。

 防人は知らない。人間時代のリバースこと玉城青空がどれほどの鬱屈と憤怒を抱えて生きていたか。それからすれば両親
の惨殺も義妹の監禁も先ほどの暴走も……何もかもが必然でしかない。


「敵襲ですか戦士長!?」

 やっと騒ぎに気付いたらしい。戦士と音楽隊一同が施設から出てきた。さりげなくフードを被る少女に防人は慄然とした。

(千歳対策……! ヘルメスドライブに捕捉されるのを防いだか!)

「あ」。ピト。総角を見たリバースは鐶から離れた。離れるという言葉を「一定間隔をあける」と定義するならまさに彼女は
離れた。何しろ義妹の前で蜃気楼の如く霞んだ彼女ときたら次の瞬間にはもう12m先だ。総角の前にシュバっと出た。「なっ……」
「速い!」
 秋水の目でも捉えきれない速度。「先手を取られた」。総角本人でさえ汗を流した。……愛刀を脇構えで持ちながら。
(総角がのっけから刀を出している……? 最初から全力を出さねばならないほどの存在なのか?)
 無数の武装錬金を使えるが、刀一本握る方が遥かに強い……。その豪語に偽りなきコトを正しく身を以て知っている秋水
だから慄然とした。
(反射的に帯刀させる……言い換えれば総角でさえ手を抜けば死ぬ相手……だというのか。彼女が?)
 秋水はリバースを見る。確かにニオイがどこかあやふやで、ほんのりと禍々しい”ニオイ”も無くはないが、笑顔は透き通る
ように美しい。といってもフードを目深に被っているせいで口元しか見えないのだが、それでも心から微笑んでいるのが分かる
ほど暖かい雰囲気だった。論拠は、桜花という作り笑いの達人と日々接しているからだ。リバースは、まひろ寄りだった。見
ていると心が温まる理想的な女性の雰囲気だった。フードから零れる、絹糸がごとく柔らかそうな乳白色の短髪。ふわふわ
としたウェーブ。刀に「わっ」と驚き、とても長いアホ毛(フード貫通済み)をビックリマークのように逆立てる姿はとても敵とは
思えない。

(そもそも誰なんだ彼女は? いや……どこかで見たような……)
 とは防人との顛末を知らない秋水ゆえの感想だ。現段階では鐶との関係性さえ分からない。

 彼女は、刀をおそるおそると眺めながら意を決したように─…

「い、妹がいつもお世話になっています! つつつつまらない物ですがどうぞ!!」
 ぺこりと最敬礼して菓子折りを差し出した。
「あ、ええ、ああ?」
 流石の彼も状況処理が追い付かないらしい。ひどい破壊音がして幼女が紅いお月さま暴れたと泣いて走ってきて地響き
を追って外に出たら鐶に頬ずりしてる女の人がいて挨拶だ。菓子折りとリバースとをキョドキョド見比べていた彼は、一瞬
僅かに目の色を変えたが……静かに呟く。
「フ。なるほど。顔こそフードに隠れて見えないが、佇まいは例の自動人形と同じ……つまりお前が」
「はい。リバース=イングラム。光ちゃんのお姉さんですっ!」



 緊張が伝播する。

「見覚えがある筈だ。髪が例の似顔絵と同じ」
 斗貴子はバルキリースカートを装着した。
「鐶の姉ってコトは……つまり」
「この人が……レティクルエレメンツ海王星の幹部……?」
 剛太と桜花の手に相次いで光が走り武装錬金が宿る。

 リバースは困ったように彼らを見つめ微笑んだ。

「そんなコトより光ちゃんよーーーーーーーーーーー!!」
 ドドドド。反転するや義妹に突進しまた抱きしめてノドを撫でるリバース。

19:永遠の扉
14/06/08 02:18:10.47 hqGpkXI00
 誰も攻撃を仕掛けられなかったのは、迫力に呑まれたせいでもあるが、それ以上に標的が鐶だからだ。例の6対1を味
わっている者の実感としては「犯人が山手中央署の包囲を振り切って西武警察の居る方へ逃げた。つまりもう安心」である。
小銃から逃げて核ミサイルの着弾地点へ逃げ込む馬鹿を誰が追おうか。

 しかし鐶は震えたきり何もできない。恐怖に引き攣った様子でノドを撫でられている。
「あの鐶が手も足も出せない?」戦士達は防人と同じ疑惑に捕われた。

「♪」
 リバースはにこやかに面を上げた。彼女はすっかり包囲されていてた。戦士と音楽隊全員に。

 そして無銘は……思う。
(こやつが玉城青空。鐶が救わんとする……義姉)
 かつて交わした約束。聞かされた過去。フード越しでも少年心をどぎまぎさせる美しい雰囲気。それらの源泉……リバース
の本質を知っているからこそ彼は戸惑う。
(憤怒の徒だというが……とてもそうは見せない)
「あなたが無銘くんね?」
 にこっと笑われてドキリとしたのは恐怖半分照れ半分だ。敵の幹部に対する緊張と、フードを被っているせいでひどく神秘
的な女性にいきなり話しかけられた照れくささが入り混じり無愛想な声を形成する。
「……そうだが」
「あーやっぱり」。リバースはぽんと柏手を打った。胸で揺れる大きな質量に嫌でも目がいく無銘に彼女は言う。「光ちゃん
心配そうに見てるからそうなんじゃないかって。実は初対面のときの会話、ポシェットの自動人形経由で全部聞いてたのよー」
(何……?)
 それは初めて鐶と出逢った時のコトだ。希望をなくし命を捨てかけていた彼女と無銘はこう話した。

─「お姉ちゃんはもう……変ってしまっています……。殺したくも……ありません」
─「お姉ちゃんを殺しても……お父さんや……お母さんは……もう……戻ってきません……だったら……だったら……」

─「誰が貴様に姉を殺せと云った!!」
─「本当に姉を愛しているのならば止めて見せろ! これ以上の魔道に貶めてやるな!!!」

─「止め……る?」

─「ああ! 根源は貴様の姉の命ではない! 歪みのもたらす憤怒だ!!」
─「ずはそれを滅ぼせ! 止めてやれ!  何をされようと救ってやれ! そして罪を償わせろ! それが、それこそが……」

─「父に! 母に!! そして姉にしてやれる最大の償いではないのかッ!?」 」


(……確かにあのあと自動人形が出現した。こやつと意識を共有する自動人形が。ならば聞かれていても不思議ではないが)
 そうなるとリバースは、鐶の思惑……最終目的を知った上でなお無銘曰くの『これ以上の魔道』に1年近く自らを貶めていた
コトになる。

「貴様……分かっていながらなぜ」
 リバースの、口だけの笑顔に一瞬影が差した。かつて鐶が見せたような諦めの幽愁がそこにあった。
「…………どうにもならないコトだって、あるのよ」
 しっとりとした声。鐶の表情が沈痛に染まるのを見た無銘……心がかき乱された。
(殺すしかないというのか……? 死ぬコトでしか償えないと……言っているのか?)
 雨の記憶が蘇る。鐶にどこか似ていた少女の最期。生まれて初めて得た繋がりを失ったときの悲しみが。

「おしゃべりはそこまでだ」
 斗貴子が一歩踏み出した。無銘は黙る。従うべきだと判断したし、リバースに対する言葉もまた見つからなかった。
「劇の妨害など聞きたいコトは山積みだが、せっかく幹部が1人で来たんだ。今戦えるのは鐶含めて14人……数で勝って
いる内に始末させてもらう」
「あら津村さんそれ悪役の台詞」
「うるさい! 前も言っただろう! ホムンクルスは災害のようなものなんだ!! 正々堂々1対1なんて言っていられるか!
それにココで幹部を減らせば大戦士長の救出作戦が楽になる! 卑怯といわれようと構わない! 斃しさえすれば犠牲にな
る戦士は減る! 格段に減る!!」
 フードから生えるアホ毛がメトロノームよろしく小刻みに揺れた。
「喋っても得するコトなんて何1つないのよ。なのに長々と喋って飛びかかってこないのって」

20:永遠の扉
14/06/08 02:18:41.31 hqGpkXI00
 困った人たちだなあ。子犬がエサ皿をひっくり返したのを見るような微笑ましい笑顔でちょっとだけ溜息をつきながら、リバー
スは立ち上がった。
「気を引き付けているんでしょ? 根来さんの不意打ち成功させるために」
 斗貴子の瞳孔が拡大するのと白魚のような指先が忍者刀の切っ先を掴んだのは同時だった。リバースの背中から生えた
根来は舌打ちしながらトンボ返りし仲間の元へ着地する。
「そもそも─…」
 にこやかなリバースが何か言いかけた瞬間、ヘキサゴンパネルの吹雪が渦巻いた。「裏返し!」。斗貴子も予想外だった
らしく瞳の色を銀にする。
「アナザータイプ”リバース”。”二重拘束(ダブルストレイト)”」
 黒の防護服を着せられた同名の少女にもう1着上書きされる……服。
(決まった! シルバースキンリバース!)
(着せれば外部への攻撃を総てシャットアウトする無敵の拘束服!)
(ヴィクターIII武藤カズキや鐶すら封殺した戦士長さん有数の切り札!)
 これで幹部が1人無効化された。安堵の吐息が重なった。
 しかし。目隠し笑顔は、
「そもそも全員一斉に飛びかかるのは得策じゃないわよー?」
 悪戯っぽく乗り出した。
(なんだこの余裕は……?)
 特性に気付いていないのだろうか。
(いや、彼女は根来の名前はおろかシークレットトレイルの特性さえ知っているようだった。体内から飛び出た彼に迷う
コトなく反応したのがその証拠)
(ならリバースの特性も当然気付いている)
 ぴっ。どこからともなく取り出したピコピコハンマーで、眼下に佇む義妹の頭を一撃しようとした彼女はしかし妨害に遭う。
蛇腹の浮いたオレンジの塩ビ製のハンマーヘッドに銀と輝く無数のヘキサゴンパネルが巻きついて動きを止めた。それを
見て満足そうに頷く彼女は明らかに何が起きたか理解しているようだった。
(……まさか抜けられるとでも言うのか? ヴィクター化したカズキでさえ一度は破れた特性だぞ)
 喚きもせず怒りもせずただ微笑を続ける少女。斗貴子は底知れない物を感じた。
 リバースは、言う。話の続きを。戦士達の一斉攻撃の是非を。
「だって私めの武装錬金特性不明の筈よ? 光ちゃんから聞ける訳ないもの。離反見越して教えなかったし……」
「成程。何気ない挙措が命取りになる特性か」
「めぇ?」
 ヤギのような妙な声を上げるリバースに斗貴子は言う。フェイズは戦闘から尋問へと変わりつつあった。
「知られていないと確信できるのはつまり、私たちが貴様の特性を知っていれば絶対しないミスを……既に犯しているからだ。
『無意識のうちに特性の発動要件を満たしている』と。条件は単純なものだろう。何しろ私たちは駆けつけてから複雑な動作
はしていない。『飛びかかる』それ自体が致命的な行為でないコトは先ほどの根来の不意打ちで証明済。生還したからな」
「わお。名推理! でも単体の相手には発動しない特性ならどうかしら? 或いは想像通りカウンター的な能力で、だけど
1人でも多く向かわせたいから敢えて根来さんを見過ごして、飛びかかる呼び水を撒いているとしたら……一斉攻撃は危険
よねー?」
 いや。斗貴子はかぶりを振った。
「建物を見た。お前は直情型……力押しで戦うタイプだ。そういう奴はカウンターなどまずしない。感情の赴くまま相手を一方
的に殺せる先の先の特性を持つものだ。そして─…」
 剛太がきゅんきゅんきたのは次の瞬間である。
「お前の武装錬金が1度に殺せる相手は1人か2人! 発動要件も恐らくひどくシンプルだ! 仲間が殺された瞬間すぐカラ
クリに気付けるような単純極まりない特性! だからお前は攻勢に転じなかった! 根来だって見逃した! 1人2人殺した
所で特性に気付かれれば無効化され、後は数の有利に殲滅されるだけだと気付いている!」
(先輩頭良すぎる!)
 頭脳派を気取っている剛太でさえ内心拍手喝采を送った。
「さらに言うと……お前は誰に特性を発動させるか選べない。能動的なようで受動的な特性なんだ。見るとか何かマーキング
「するとかいった手段での捕捉じゃない。相手の、アトランダムな行動が引き金になっている」
 言葉を聞き終わると、リバースの手が閃いた。
『で、火渡さんはいつ来るの?』
 片足を跳ね上げたきり斗貴子は黙然とその文字を読んだ。そう……『読んだ』。養護施設の庭に突如として文字が現れた
のだ。
 たたん。

21:永遠の扉
14/06/08 02:19:34.57 hqGpkXI00
『おしゃべりしているのは援軍到着を待っているからよね? 情報を盗むまでもなくブラボーさんと火渡戦士長との関係は
分かってるわよ。あの人の性格なら、劇終了後ほどなくして貴方達をヘリにて回収。坂口大戦士長の救出作戦に従事させ
る……。つまり私めとの、能力が未知数の幹部との不意の遭遇戦を盤外からの一手で片付けようとしている。ブレイズオブ
グローリー。それなら私めたち幹部も必ず仕留められる……斗貴子さんはそう思っているのよねー?』
 笑顔が構えていたのは……銃。サブマシンガン・イングラムM10である。
(野郎! 武装錬金で先輩を─…)。庇うべく動く剛太だが斗貴子に制止されその場に留まる。
 彼は気付く。
(待て! 銃を撃っただと!? 裏返しを、二重拘束を受けた状態で?)
 外部への攻撃は総て遮断するシルバースキンリバース。その特性はヴィクター特有のエナジードレインにすら作用する。
にも関わらずリバースの銃撃は……許された。斗貴子の足元に弾痕を刻むコトを許された。

「……伝える…………からです」
「鐶!」
 やっと口を開いたニワトリ少女に注目が集まる。
「光ちゃん大丈夫?」。桜花の問いに頷く鐶。リバースの顔が揺れた。桜花を見たようだ。嫌な気配を秋水は感じた。
(……どうしていま姉さんを見た? まさか……)
 嫉妬、だろうか。裏返しのコトさえ知っているのだ、桜花が最近義姉を差し置きお姉さんぶっているのも当然気付いている
だろう……秋水はそう考えた。
(だとすると……彼女にとって姉さんは……)
 排すべき敵、憎むべき敵。そういう可能性も十分ありえた。

「お姉ちゃんにとって…………銃で文字を書くコトは…………攻撃ではなく…………会話と同じ…………なのです。だから
……二重拘束の特性さえ…………すり抜けた……のです……。噛み付くのではなく……喋るため……口を開いたと……
見なされた……ように」
「フ! フザけるな!! そんな理屈で─…」
 カチッ。硬い音に斗貴子は思わず出所を見た。インラインスタンスによく似た半身の構えでサブマシンガンを構えるリバース
の肘から先に六角形した無数の金属片が纏わりついている。密度が濃いのは引き金と銃口だ。稲光さえ撒き散り銃撃を
止めている。照準は斗貴子に合っていた。

「通常攻撃なら……この通り…………止められます…………。ですが……文字は……」
「そ!! 通っちゃうのよ! さすが光ちゃんね! 賢い!! いい子いい子!」
 また抱きついて頬ずりする。「ああもう本当に可愛い! 食べちゃいたい位!!」黄色い声を上げる彼女の息遣いが段々
と早く、そして妖しくなってきた。
「おい! 話を聞け! お前はいま尋問されているんだぞ!」
 ぺろっ。ぞぞっ。突然鐶の耳たぶを舐めた義姉に斗貴子たちはドン引きした。彼女はくぐもった声を上げながら舌をすぼめ
耳穴をほじりだした。美人姉妹の艶やかな姿態が繰り広げられたが、しかし鐶はまるでナメクジにでも侵入されたかのごとく
身を竦めた。その掌を姫君のような少女が恍惚とした顔で─フードで顔半分隠れているせいで、性犯罪者度がとみに高かっ
た─ゆっくりと持ち上げ……指を一本一本、丹念にしゃぶり始めた。
「ひかひちゃんかわひひ……あふぇほあひはふふ……」
 可愛い。汗の味がする。ひっきりなしに賛辞の声を上げながら四本指をイヌのように舐め上げ、時に爪を甘噛みするレティ
クルエレメンツ海王星の幹部。評価は、決定した。

(間違いない。こいつは─…)

(変態だ!!)

「あの私、光ちゃんと一緒のホテル行きたいので拘束解いて貰えますか?」
「できるか!! 色んな意味で!!」
「秋水が怒鳴った!?」
「……フ。昔そういう道に行きかけていたお前が言うなと」
「う、うるさいぞ総角! 姉さんとは何ともなかったんだ!」
(何ともなかったんだ)
 ちょっぴり赤くなる秋水と桜花に安心するやら呆れるやらの戦士一同。

 一方、秋水の怒声に心底ショボンと肩を落としたリバース。だが復活も早い。
「落ち込んじゃダメよ私! 光ちゃんの前なんだもの! カッコ悪いトコ見せられないわ!!」
「……悪の組織の幹部って時点で手遅れじゃなくて?」
 桜花のツッコミに彼女は微笑んだまま……ブイサインをした。
「ところで……」
(いやいまのブイサインは何!? 何の意味が!?)

22:永遠の扉
14/06/08 02:20:53.09 hqGpkXI00
 鐶は褒める。剛太を止めた斗貴子を。
『おしゃべりしているのは援軍到着を待っているからよね? 情報を盗むまでもなくブラボーさんと火渡戦士長との関係は
分かってるわよ。あの人の性格なら、劇終了後ほどなくして貴方達をヘリにて回収。坂口大戦士長の救出作戦に従事させ
る……。つまり私めとの、能力が未知数の幹部との不意の遭遇戦を盤外からの一手で片付けようとしている。ブレイズオブ
グローリー。それなら私めたち幹部も必ず仕留められる……斗貴子さんはそう思っているのよねー?』
 笑顔が構えていたのは……銃。サブマシンガン・イングラムM10である。
(野郎! 武装錬金で先輩を─…)。庇うべく動く剛太だが斗貴子に制止されその場に留まる。
 彼は気付く。
(待て! 銃を撃っただと!? 裏返しを、二重拘束を受けた状態で?)
 外部への攻撃は総て遮断するシルバースキンリバース。その特性はヴィクター特有のエナジードレインにすら作用する。
にも関わらずリバースの銃撃は……許された。斗貴子の足元に弾痕を刻むコトを許された。

「……伝える…………からです」
「鐶!」
 やっと口を開いたニワトリ少女に注目が集まる。
「光ちゃん大丈夫?」。桜花の問いに頷く鐶。リバースの顔が揺れた。桜花を見たようだ。嫌な気配を秋水は感じた。
(……どうしていま姉さんを見た? まさか……)
 嫉妬、だろうか。裏返しのコトさえ知っているのだ、桜花が最近義姉を差し置きお姉さんぶっているのも当然気付いている
だろう……秋水はそう考えた。
(だとすると……彼女にとって姉さんは……)
 排すべき敵、憎むべき敵。そういう可能性も十分ありえた。

「お姉ちゃんにとって…………銃で文字を書くコトは…………攻撃ではなく…………会話と同じ…………なのです。だから
……二重拘束の特性さえ…………すり抜けた……のです……。噛み付くのではなく……喋るため……口を開いたと……
見なされた……ように」
「フ! フザけるな!! そんな理屈で─…」
 カチッ。硬い音に斗貴子は思わず出所を見た。インラインスタンスによく似た半身の構えでサブマシンガンを構えるリバース
の肘から先に六角形した無数の金属片が纏わりついている。密度が濃いのは引き金と銃口だ。稲光さえ撒き散り銃撃を
止めている。照準は斗貴子に合っていた。

「通常攻撃なら……この通り…………止められます…………。ですが……文字は……」
「そ!! 通っちゃうのよ! さすが光ちゃんね! 賢い!! いい子いい子!」
 また抱きついて頬ずりする。「ああもう本当に可愛い! 食べちゃいたい位!!」黄色い声を上げる彼女の息遣いが段々
と早く、そして妖しくなってきた。
「おい! 話を聞け! お前はいま尋問されているんだぞ!」
 ぺろっ。ぞぞっ。突然鐶の耳たぶを舐めた義姉に斗貴子たちはドン引きした。彼女はくぐもった声を上げながら舌をすぼめ
耳穴をほじりだした。美人姉妹の艶やかな姿態が繰り広げられたが、しかし鐶はまるでナメクジにでも侵入されたかのごとく
身を竦めた。その掌を姫君のような少女が恍惚とした顔で─フードで顔半分隠れているせいで、性犯罪者度がとみに高かっ
た─ゆっくりと持ち上げ……指を一本一本、丹念にしゃぶり始めた。
「ひかひちゃんかわひひ……あふぇほあひはふふ……」
 可愛い。汗の味がする。ひっきりなしに賛辞の声を上げながら四本指をイヌのように舐め上げ、時に爪を甘噛みするレティ
クルエレメンツ海王星の幹部。評価は、決定した。

(間違いない。こいつは─…)

(変態だ!!)

「あの私、光ちゃんと一緒のホテル行きたいので拘束解いて貰えますか?」
「できるか!! 色んな意味で!!」
「秋水が怒鳴った!?」
「……フ。昔そういう道に行きかけていたお前が言うなと」
「う、うるさいぞ総角! 姉さんとは何ともなかったんだ!」
(何ともなかったんだ)
 ちょっぴり赤くなる秋水と桜花に安心するやら呆れるやらの戦士一同。

 一方、秋水の怒声に心底ショボンと肩を落としたリバース。だが復活も早い。
「落ち込んじゃダメよ私! 光ちゃんの前なんだもの! カッコ悪いトコ見せられないわ!!」
「……悪の組織の幹部って時点で手遅れじゃなくて?」
 桜花のツッコミに彼女は微笑んだまま……ブイサインをした。
「ところで……」

23:永遠の扉
14/06/08 02:23:07.77 hqGpkXI00
(いやいまのブイサインは何!? 何の意味が!?)
 鐶は褒める。剛太を止めた斗貴子を。
『私めと同じ名前の攻撃……裏返し(リバース)を突破した時点で銃撃に攻撃意思なしと見抜いた慧眼。さすが斗貴子さん
ね。共同体に属するものとしてウワサはかねがね聞いてるわ』
(……。あの鐶を屈服させ、戦士長との戦いであれだけの破壊を撒いた幹部だからもっと凶暴だと思っていたが…………
どうしてここまで笑っているんだ? 秋水ならとっくに気付いているだろうが、こいつの笑顔、桜花のような作り笑いじゃない。
幹部だというし、そもそも口しか見えていないが、まひろちゃんとピクニックしていても違和感がない……そういう笑顔だ)
 裏返しを喰らい、ハメられたコトをちっとも怒ってはいない。総角に頭を下げたり斗貴子を評価したり……。
(これまで見てきた共同体の幹部たちと毛色が違う。違いすぎる。何なんだコイツは)
 ずっと笑っているのが却って不気味だった。笑っているのに、かつて戦士を圧倒した鐶がずっと怯えきっている。そこが……
恐ろしい。
『銃、当てたりしないわよ。この薄汚れた地上に降り注いだ妖精界の雫……きゃっ! 間違えた! 光ちゃんと間違えちゃった!
あまりに可愛すぎて神秘的すぎるから私めってば妖精界の雫と間違えちゃった!! 恥ずかしーーー!!』
(うぜえ……)。剛太はゴミを見るような目で文字を読んだ。
『とにかく光ちゃんが可愛らしくキュンキュンするほど丁寧に説明してくれた通り、私めは基本『書いて』伝えるのよ。さっきま
で喋っていたのは総角さんへの礼儀よ。光ちゃんがお世話になっているんだもの。恥ずかしくても気が乗らなくてもちゃんと
口でお礼を言わなきゃダメでしょぉー? そこから何となく惰性で喋っていたけど、別に戦士さんたち相手に礼儀を尽くす必要
ないしこっちのが簡単だからこうやって喋るの』
 簡単と言うがサブマシンガンで文字を書くという芸当はどうだろう。しかも文字は印刷物のように整った字体だ。斗貴子は
気付く。総て自分に読める異常さを。リバースは数mの距離を挟んで相対しているのだ。つまり描く文字は彼女から見れば
上下逆……。相手に読ませるため、天地反転した文字を書いているのだ。
(そんな神がかった精密射撃を、サブマシンガンでだと……? 常軌を逸した腕前……その気になればコイツ、特性なしで
も私達全員迎撃できた……)
「私を斥候代わりにして正解だったな。迂闊に同時攻撃していれば重傷者多数……総崩れだ」
『ま、特性と違って形状は光ちゃんから聞いていたんでしょ? 調教するとき使ってたもの。私めの武器はサブマシンガン
……特性を聞くまでもなく一斉攻撃は危険よ。特性なしでも14人程度、迎え撃つなんてちっとも難しくないんだから』
 にも関わらず特性うんぬんに話をスライドさせたのは、ヒントを掴むためだろう。ただの銃以上の恐ろしさが何か……
判明しない限りシルバースキンを纏う防人でさえ斃されかねない……とも書いた。銃が。
(……コイツ。私の目論見を見抜いた上で話に乗ったのか)
 文字は量産される。戦士達の足元で土煙を立てながら。
『とにかく火渡戦士長との合流は急務よね? 何しろ斗貴子さんは最低でも幹部3人が来ていると……そう考えている』
「……」
『1人目は劇の最中、大道具さんを操っていた武装錬金の持ち主。さっき私めの特性を探っていたのは、対処を練る為で
もあるけれど、それ以上に劇を妨害したかどうか探りたかった……でしょ? で、私めの特性が複数向きでないと知るや
『いま銀成に居る幹部は最低でも3人』とアタリをつけた。あ、2人目……台本丸コピして相手の劇団に渡した存在とも違うっ
て判断したのは、私めが光ちゃんのお姉さんだからよね? 遭遇するリスクを犯してでも学校には来ない……そう考える
のは流れとして自然よ』
(怒り任せかと思いきや……彼女もかなり頭が回るな)
 防人は呻いた。
『まあ、実は学校に潜入してたけど。光ちゃん目当てで体育館覗いたけど』
「……コイツ妹バカだな」。剛太は呆れた。
『で、最低でもあと2人、幹部がどこかに潜んでいるかも知れない状況だから、『1人2人犠牲にしてでも私めに一斉攻撃』っ
てコトはできないのよねー。いまこの場所だけ見れば確かに1対14で圧倒的に有利だけど、幹部が来るたび1人あたりに
振り分けられる人数は目減りしちゃう。1対4が3つになる。光ちゃんは多分動けないし、実質2人で1体って人もいるから、
最良でも1対4が3つになっちゃう。コレは絶対有利と言えないわよねー? 私めに1人か2人殺されれば後の戦いは不利
になる』
「……」

24:永遠の扉
14/06/08 02:26:41.17 hqGpkXI00
『さっき『斃しさえすれば犠牲になる戦士は減る!』と言ったけど、斗貴子さん警戒してるでしょ? いざ一斉攻撃で仕留め
るっていう時、私があなたと同じように盤外からの一手を使うんじゃないか……って』
「…………」
『光ちゃんのお姉ちゃんだから、例の時間促進事件の時の光ちゃんよろしく、始末の悪い絡め手を使うんじゃないか、14
人の敵に包囲されてなお笑っていられるのは不気味で底知れないぞ、そもそも敵3人は下限であって最悪幹部全員が来て
いるかも知れない、実をいえば窮地に立たされているのは自分たちの方なのではないか……? そういうコトを考えている
から仕掛けられずにいるんでしょ?』
「…………」
『火渡戦士長さえくれば、幹部が何人でもまとめて葬れる目がある……だから色々おしゃべりして時間を稼いでいる。どれ
だけ援軍が来ても致命傷を避けつつ一ヶ所に纏めれば逆転できる。そう思って時間を、でしょ?』
 誰もが黙る中、リバース=イングラムはにこやかに口を開く。
「結局ね、戦う前から膠着状態だったのよみんな。私めが突然現れた段階で、一斉攻撃を選ぼうと、裏返しが当たろうと
当たるまいと、誰も彼もが私めを劇妨害と無縁な第三の幹部だと気付いている段階で後手なのよ。戦略的に後手なのよ。
人を守れる正しい心とやらで後先考えるから…………思い切れない。仮にここで4人犠牲にしても私めを斃しさえすれば
残る幹部が2人なら、それぞれ5人がかりで行けちゃうとか気楽に考えられない。私めが敵で幹部で強いから、そんな都
合のいいコトにはならない、何人か減った状態で幹部3人相手にするだろうと現実的に考えるから、せっかく今は1人の私
めを嬲り殺しのように始末できない。ダラダラだらだら、尋問という名のおしゃべりで有意義な時間を……潰しちゃった」

 たたん。土に文字。

『確かに火渡戦士長を待つのは最善手よ。仮に幹部の増援が来ても、一箇所に固めさえすれば一発逆転できる。個々の
能力で勝るかどうか不安なみんなとしては、あの人の火力はどうしても欲しい……でしょ?』

「だから尋問で時間を潰しつつ到着を待つのは無駄なようで理に叶ってはいる。決戦前だもの。大戦士長救出に振り分ける
戦力は無闇に減らしたくない……だから未知数の幹部に一斉攻撃という不用意なマネは避けた。それはまあ、正しいでしょう
ね。私めの武装錬金なら通常攻撃でも十分殺傷できる。指を何本か吹き飛ばすぐらい楽勝よ? 戦輪や日本刀といった手
持ち武器を使う人ならそれだけで戦力大幅減……。『幹部と戦うのは大戦士長を助けるとき』。そういう前提で特訓してきたみ
んなだからこそ、その直前にこの街に幹部が最低でも3人居るといった状況は想定外で……動けない」

『迂闊に動いて戦力を減らせばそこから土崩瓦解……全滅、ですもんねー』



「wwwwwwwwww そーいうこったぜwwwwwwwwwwwwwwww」
 ざらついた声。真先に振り向いたのは貴信である。続いて他の戦士と音楽隊の首が動く。
「ま、結果としては尋問も正解でしてよ」
 影が3つ、養護施設の門にいる。無銘は一瞬呆けたが……原初の記憶に弾かれるまま牙を剥く。
「もし全員でリバースさん殺そうとしていたら……この上なく反則なタッグ相手に全滅してましたよ」
 この美しい声は秋戸西菜……! やはり相手の劇団に幹部が……! 桜花が唸る。
「にひっ。そーゆうコトですねェ~。光っちとの再会さえ許さないってんなら俺っち迷わず登場でしたよ」
 最後の声は養護施設の建物からだ。体ごと向き直った秋水は色を失くす。
「……思い出した! その独特な口調! あなたは演技の神様と呼ばれていた…………」
 斗貴子の記憶も蘇ったようだ。愕然たる面持ちで彼を見た。

 現れた連中は全員……フード姿だった。隠者が幽邃(ゆうすい)たる山奥から来たのではないかと思えるほど、薄汚れた
布を頭から引っかぶっていた。

「ここまで対策されると……笑うしかないわね」
 怜悧な美貌に珍しく引き攣った笑みを浮かべるのは千歳。リバースと同じくレーダーに記録不可能らしい。
「……近くに瞬間移動できれば虚をつけるんだが」
 防人も溜息をつく。

25:スターダスト ◆C.B5VSJlKU
14/06/08 02:27:49.57 hqGpkXI00
「ディプレス=シンカヒア」。貴信は揺らめく瞳をしかし決意に染めて敵を見据える。
「グレイズィング=メディック」。無銘は忌まわしき出生に関わった仇の1人に頬を歪めつつ凄絶に微笑む。
「クライマックス=アーマード」。桜花は自己紹介を聞きながら静かに汗を流す。
「ブレイク=ハルベルド」。真名を告げられた秋水と斗貴子は複雑な表情だ。

「リバース=イングラム」。鐶は義姉を怯え混じりに見つめながら、それでも精一杯の意思を込め……呼ぶ。

「恐るべき事態です」。流石の小札も緊張の面持ちだ。

「劇を終えた不肖たちの前に現れたのはよりにもよって幹部が5人……。果たして……生き残れるのでしょうか」

(確か1人でも、総角と鐶のタッグでやっと互角……だったな)
 剛太も慄然とする。
(それが……5人かよ。総角と鐶が5人ずつ来たようなもんだぞ……)

 幕間の終わりが、今、始まる。

以上ここまで。
>>22全部と>>23の1行目は余分。

26:ふら~り
14/06/08 09:33:35.07 4yLlGRfz0
>>1
スレ立て、おつ華麗さまです!

本っっ当に長かった「永遠の扉」もいよいよ決戦総力戦!
ここまで全部漫画化したら、どれぐらいの分量になるでしょうねえ……

>>スターダストさん
思いがけぬ小札のエロス。包帯とか背中とか、遠まわしな表現が絶妙ですなぁ。観客の紳士度も見事。
普段のキャラに合わず、縁の下で、裏方で頑張ったのにボロクソ言われる総角。面白いから良いけど。
そして、様式美溢れる一堂登場シーン。ここまでさんざん溜めて引っ張ってきただけに、燃えます!

27:永遠の扉
14/06/09 23:33:37.01 fw2Tl00u0
(幹部が……5人だと。どうする? 一斉攻撃で数を減らしたいところだが)
 いずれも能力は未知数……斗貴子はひとまず防人の前に立つ。重傷でしかもシルバースキンをリバースに使っている
無防備なアキレス腱の守護に回る。できるコトはそれだけだ。
 秋水たち戦士一同も同じ結論らしく幹部達の動向を見守っている。音楽隊の面々も同じくだ。貴信はディプレスを、無銘
はグレイズィングをただならぬ目つきで見据えている。
 
 中肉中背のフードの男は嘲笑を漏らす。
「よおwww 兄弟www 7年ぶりだなwwww 今でもデッドの野郎保護して救いたいと思ってるのかwwww」
「……。勿論だ。あのとき貴方達を止められなかった償い……どうすればいいかずっと『答え』を探してきた」
「ww 殊勝ねwww で、見つかったのかその『答え』とやらはwwwww」
 貴信は少し黙ってから「ああ」と頷いた。だがその表情は……重い。分かっているが実行を躊躇っている表情だ。

 ボロ布越しでも分かる妖艶なラインの持ち主がティーカップを優雅に啜る。
「釦押鵐目と幄瀬みくす……我の実の両親だと聞いた。貴様なら何か知っているだろう! 答えろグレイズィング!!」
「あらん? ボウヤが生まれたとき活躍してた戦士たちの名前どうして知ってるのかしらねん。戦団で調べられて?」
 無銘は一瞬黙った。黙ってから奥歯が割れんばかりに噛み締めた。
「答えろッ!!! グレイズィング=メディックウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」
 疾駆する兵馬俑が銅の巻き髪の幹部に肉薄した。
(武装錬金!? ニンジャ小僧の精神力は特効で底をついたんじゃ……?)
(チワワにした因縁の相手だから……です。スパロボならよくあるコト…………です。イベントでSP全回復…………みたいな)

「貴様と!! イオイソゴのせいで!! 我は人の姿になれぬままおよそ10年過ごしたのだ!!」

「その屈辱……万分の一なりと! 知れえええええええええええええええええええええええ!!」

 剛太と鐶が瞠目するなか忍法赤不動、燃え盛る拳がグレイズィングに叩き込まれる。
「クス。そんながっつかなくてもいいのよボウヤ」
「なっ」
 無銘は見た。兵馬俑の拳を片手で受け止める自動人形と……その背後で悠然と紅茶を味わう幹部を。
「そうねん。10年前のあの日、確かにアナタは幄瀬みくすのお腹に中にいたわよん。そして彼女の配偶者はリヴ……釦押鵐目」
 答えたわよん、満足? 艶のある唇だけでニコリと笑うグレイズィングに無銘は激昂した。
「はぐらかすな! それがあのような体に我を押し込めた輩の答え方か!! 答えろ!! 両親なのか!!? 両名は我の
両親なのか!!」
 兵馬俑を中心に氷がピキピキと広がっていく。土中の水分を凝結させたと思しき氷が看護師姿の自動人形とその創造者の
足に昇っていく。
「答えろ!! 答えぬというならこのまま全身凍結させて粉々に砕くまで!! 復仇を成すのみだ!!」
「ふふ。実の両親……ねえ。義理の両親を前に熱く問うのは不貞じゃなくてん? 小札も総角も若干気落ちしてましてよ?」
「……黙れ」
「まあ自分を肯定するためだけ実の両親……という時代はとっくに終わってるようねん。ミッドナイトとの一件でボウヤは総角
たちと本当の両親になった、でしょん? ミッドナイトも最後にいい仕事したわねん」
「貴様が奴を語るな……! 救えなかった癖に……!!」
(ミッドナイト……? 誰なんだ? 無銘といったい何があったんだ?)
 秋水が不思議に思う間にも話は進む。
「実の両親を気にするのはせめて菩提を弔おうという……思いやり。いいわねん。ご立派。取り上げたワタクシも鼻が高いわん。
クス。本当、あの胚児に幼体を投与して良かったわん」
 品なく舌をべろりと出すグレイズィングに少年忍者の感情は爆発した。
「……殺す!!」
 氷の勢いが増した。蔦のようにビキビキとグレイズィングたちを覆い尽くし─…
 弾け飛んだ。足元の氷もまたチェスナットブラウンの土くれと共に四散する。
「! 馬鹿な! 薄氷が……!!」
 土煙の中から現れた全身フードは……無傷だった。再び驚愕する無銘に静かな声がかかる。
「言い忘れてましたど肉体的な攻撃力に限って言えばワタクシ、レティクル最強なんですの」
「なんだと……?」

28:永遠の扉
14/06/09 23:34:07.58 fw2Tl00u0
「回復役だからってひ弱だと思いまして? 逆よん。仲間たちの命を預かっているからこそ体力とみに高く腕っ節も強く、
防御力もまた中学生のそそり立つ硬度ほどある……。クス。ロープレの後ろの方で杖振ってる犯し甲斐と堕とし甲斐
ありそうな華奢なロリっ娘なんてのは幻想よん。医療施設覗いたコトなくて? 病人よりひ弱な医者や看護師いなくて
よ? 病原菌ウヨウヨいる空間で昼夜の区別なくフル可動するんですもん、女医たるワタクシがタフなのは当たり前」
 胸の前に手を当て語る彼女。敵ではあるが一種の医療に対する気高ささえ感じられた。
(つまりこやつは頑丈な上に完全回復能力をも有している……と?)
 斗貴子は呻く。
(総角の複製品を体感したから分かる。この幹部の武装錬金は『あらゆる傷を治す』たったそれだけの特性だ。単純かつ
攻撃力は皆無。だが……)
(体力。攻撃力。防御力。創造者の身体能力が極限まで高まっているとあれば脅威になる。防御一辺倒のシルバースキン
が戦士長の身体能力によって無敵と化しているように……変わるんだ。治癒力が絶望的な強さに)
(……戦部といい勝負だな)
 秋水、そして根来が思う中グレイズィングは紅茶を啜る。戦場にペパーミントの爽やかな匂いが立ちこめた。
「凍結ぐらいちょぉっと足に力込めれば物理的に砕けましてよ? そして……ボウヤの分身も」
 兵馬俑の腕もまだ砕け散る。衛生兵の自動人形に握られた拳から急激にヒビが広がり崩壊したのだ。
(力負けした……? 我の、人型になれぬ鬱屈と執念から生まれた兵馬俑が……?)
「あらあら。願望投影した割に大したコトありませんわね。期待したのにとんだ早漏ちゃんだコト」
「貴様……っ!!」
「それから両親の件ですけど、侮られたくなかったら行間読んで納得すべきじゃなくて? ボウヤ」
 クスクス笑う幹部に無銘はますますヒートアップしたが総角に肩を掴まれると黙った。
(唯一能力が割れているグレイズィング。けど身体能力がレティクルナンバー1という文言を信じるなら、一斉攻撃は下策
ね。一度で倒せる保証はない。その上たとえ重傷を負わせたとしても即座に回復される)
 とは千歳。付記すれば他の幹部も条件は同じだ。一撃で消滅させない限りたちどころに戦線へ戻る。死ねば終わる戦士
より遥かなアドバンテージを有している。
 しかしディプレスにしろグレイズィングにしろそれきり動かないのだ。リバースは拘束されているから仕方ないにせよ、残る
クライマックスとブレイクなる幹部二名もまた仕掛ける気配がない。
「なぜ……動かない?」
 斗貴子が問い掛けるとリバースを含むレティクルの面々は微笑を浮かべた。
「www 迂闊に武装錬金出してみなwww 可愛いコピーキャット……総角に複製されるだろうがwww」
「実際10年前ワタクシのハズオブラブもパクられましたもの。警戒は当然かと」
「そーそー。この上なく言われているんですよー。総角さん居る時は絶対武装錬金使うなって」
『交戦して血を流すだけでDNA経由で複製されちゃうもの。髪一本落とすのも危険。総角居る限り戦いはしませんのよ』
 言い分を聞いた斗貴子だが表情の疑念はいっそう強まる。信じていないようだ。
「……既に複製された衛生兵(ハズオブラブ)はともかく、リバースとかいう幹部が銃の武装錬金使っているのはいいのか?」
「ww ぐう正すぐるwwwww ま、特性使っていないし大丈夫だろwwww」
「そうねん。いま複製してもせいぜい『空気を弾丸にするため実質弾数無限のサブマシンガン』が精一杯」
「その程度なら私にだってこの上なく凌げますからねー。というかケンカした時凌ぎましたし。負けたのは特性のせいなのです」
(ならどうして彼らはここに現れた? ……待っているのか? 何かを?)
 秋水の疑問をしばし棚上げしたのは朗らかな声。

「光っちお久ー。そしてお師匠様。俺っちってば敵になっちまっしたけど、まあ宜しくお願いしますよ。へへっ」
「!! まさか輪どの!? 命野輪どの……?」

 斗貴子の顔が曇った。
「似てるとは思っていたが……知り合いなのか? 演技の神様……ブレイクとかいう幹部と」
「確か話術の弟子だ! 7年前、偶然遭遇したあとそう聞いた!! ただあの時はまだ顔に火傷が……。ん? と、なると!!」
「そ。まだ幹部じゃなかったすよー。グレイズィング女史とはまだ知り合いですらなかったすからねー」
 人当たりのいい笑顔を浮かべるブレイク。総角はヘルメスドライブの画面を見て溜息を突く。

29:永遠の扉
14/06/09 23:35:29.88 fw2Tl00u0
(……。やはり。登録外だ。火傷の治癒だけじゃない。顔も整形しているな。7年前逢って話を嫉妬交じりにしたから追尾可
能かと思ったが…………無理だ。フードを取り今の顔を見ない限り。そしてそれは……10年前武装錬金ともども顔を見た
グレイズィングと同じ。さすが医者というべきか。奴もまた整形しており追尾不能)
 ハブオブラブという衛生兵を複製された彼女はどうやら協力無比なレーダーの武装錬金をも入手される破滅の日を予期した
ようだ。10年前の決戦当時、戦団には内通者(軍捩一なる総合対策本部第三室長)が居た。千歳の武装錬金の情報は恐らく
彼から仕入れたのだろう。

(フ。武装錬金複製を警戒しているコトといい、旧知の相手というのはどうもやり辛いな。実際鐶の義姉が暴れた場所には血も
髪も落ちていなかった。サブマシンガンを特性コミで複製するのは不可能、か)

「しかしまさか小札氏のお弟子さんまでもが幹部に……!? 以前話した時そんな感じしなかったのに!!」
「……るさい」
 聞き逃してしまいそうな呟き。いや実際誰もが最初その言葉を認識できなかった。意識に上ったのは鐶の「おねえちゃん……」
なる絶望的な小さな叫びあらばこそだ。
 貴信は見た。ただでさえフードに影を落とされている白い肌を一層闇に染め、ユラユラと力なく歩いてくるリバースを。
「でかい声大きな声腹が立つ話に聞いていたけど本能的に腹が立つどうせ声の大きさ1つで友達とか沢山作っているんでしょ
ね青春を謳歌しているんでしょうね死ね死ねリア充死ね声が大きいだけで幸せになってる人なんて許せない許せない絶対絶対」
「あの!? 何を言ってるんですか貴方は!!?」
 フードと前髪の奥でギャンと片目が瞬いた。それは笑みに猛り狂うと形容すべき瞳だった。大地めがけ牙を突き立つ暗黒
色の三日月に浮かぶ紅玉は鳩の血をたっぷり吸ったようなおぞましき色合いだ。
(まさか!!)
 栴檀貴信は思い出す。かつての戦いの終局、もう1つの調整体の眠る場所で遭遇したムーンフェイスの言葉を。

─「鐶、だったね。君の姉も他の幹部連中も君らの中に自分の手で殺したい相手がいるとか」

(過去が過去なだけにてっきり鐶副長を殺したいのだと思っていたけど─…)
「前から前から殺したいと思ってたのあはははは」
(僕だったの!? 自分の手で殺したい人って!?)
(……だと……思っていました……)
 かつて貴信たちの過去を聞いた時、鐶は割れんばかりの大声にふと思ったのだ。

─この場にお姉ちゃんがいなくて良かった。
─いたらきっとキレて暴れていたに違いない。『大声で喋れる』 そんな者が大嫌いだから

「大きな声嫌い大きな声嫌い嫌いなの始末するの」
 抑揚のない笑い声を上げて拳を繰り出す彼女は言うまでもなくいまシルバースキンが奥の手、二重拘束(ダブルストレイト)
の支配下にある。外部への攻撃はエナジードレインすらシャットアウトする能力は当然ながら彼女の拳を押し留める。銀の
破片はまさしく血球と化した。拳なる人心擾乱の病原菌めがけ吹雪き、膠着し無数の線分を以て固定する。
(た!! 助かった!!
 汗だくになりながら胸を撫でる貴信。だが。
「伝えるってコトさえ許さないのお母さんに赤ちゃんの頃に首絞められたせいで大きな声が出せなくなった私に何もしていない
のにヒドい目に遭わされて辛い想い抱えて生きてきたかわいそうな私に伝えるコトさえ許さないの何よそれねえ何よそれどうせ
止めても止めるだけでしょいつもそうよ誰だってそうその場さえ丸く収まるならあとはお構いなし解決しようって意思もない癖に
臭いものにフタとばかりしゃりしゃりでて伝えるコトを邪魔するのよおかしいわよねおかしいわよふふふあはははあーっはっは!」
 纜(ともづな)が切られた。ヘキサゴンパネルでガチガチに固められた黒白斑の石像の全身が打ち震える。
(ぎゃあ!! やばい僕やばい僕ピンチ!!!)
 そして白魚のような指が10本、拘束服の襟元に潜り込む。
(まさか……!!)
(いやありえない!!)
(だがコイツやはり! ヴィクター化した武藤でさえ一度は負けた二重拘束を─…)
(自力で破ろうとしている!!!)

「あはは!」

 哄笑する少女の腕や肘がどんどん銀色に染まり動きの自由を奪っていく。だがそのたび少女の笑いは大きくなっていく。
明らかに気道のどこかに狭窄が認められる、感情が出尽くしているとはいい難き笑い。だからこそ楚々とした心地よさと
決して尽きぬひりつく泥濘を併せ持つ凄艶な狂笑。少女は胸を張り体を揺する。世界はけたたましく切り裂かれる。

30:永遠の扉
14/06/09 23:36:55.32 fw2Tl00u0
「あはははは!!」

 白い顎を跳ね上げるリバースの天空いっぱいを六角形が埋め尽くし蹂躙する。防人の根源的な闘争本能がそうさせた
のか。シルバースキンは明らかに過剰な反応を見せていた。ただ笑いながら拳を振りぬこうとする”だけ”の少女、スペック
だけいえばヴィクターIII武藤カズキに遠く及ばぬ筈の海王星の幹部めがけ大量のヘキサゴンパネルが降り注ぐ。量たるや
海豚海岸という天秤の右側を記憶ごと投石させるシーソーゲームの圧倒的覇者である。もはや先ほどサブマシンガンの芸
術的筆記に対する恩赦はない、どこにもない。遂にリバース=イングラムの全身が包まれ氷結する。残されたのは青みを
帯びた白銀のカマクラただ1つ。硬いチップはどこまでも稠密に塗り固められていた。古墳が如く厳重に埋葬していた。

「リバースさんがログアウトしました。この上なく」
「お馬鹿さんねん。裏返しはレティクル最強の腕力を持つワタクシでも破れるかどうか怪しい代物……」
「オイラの武装錬金ならいざ知らず、身体能力で破れる訳ねえだろwwwww」


 幹部達の冷ややかな声。どうやら彼らの予想通りの結果らしい。皮肉にも、敵の評価だからこそ戦士達は安堵する。

(流石に力づくでシルバースキンは破れない、か)
(特性だもの。いくら高出力でも無理ってコトよ)
(だが幹部1人と引き換えに戦士長が手薄になった)
 あとは彼を守りつつ他の幹部と─…

 斗貴子が言いかけた瞬間、重苦しい地響きが大地を揺るがした。
「……?」
 片眉を跳ね上げながらも警戒は崩さずディプレスたちを見据える斗貴子。
 彼女の背中を大量の汗が濡らしたのは、彼らが悪辣と慢心を笑みにくるめて佇んでいたから……ではない。
 総角と鐶のタッグでも勝てるかどうか怪しい……そう評された彼らが。
 彼らこそが。

 緊張に染まる顔に汗をまぶしていたからだ。「まさか」という誰とも分からぬ小さな声さえ斗貴子は聞いた。

 ギコジギャ!!

 巨大なチェーソーが時速100kmでモリブデン鋼の巨大な門扉に衝突したような不快な破砕と刃の擦れる音がした。
 斗貴子は、見た。
 冷たく輝くリバースのドームが内側から隆起しているのを。明らかに拳の形をとって盛り上がるのを。

「…………まさか」

 震える斗貴子の鼓膜は確かに捕らえた。
 小さな小さな笑い声を。

「あはははははっ」

「あーはっはっはっは!!!」

「あはははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 聞いているだけで気がおかしくなりそうなもつれ合いだった。

 笑い声が響くたび封印の墓標に拳が刻まれていく。耳を塞ぎたくなるひどい音の中戦士達はどうするコトもできず立ち尽く
していた。シルバースキンは戦団最硬。破れる者など限られている。よしんば破ったところでどうなろう。敵を封じ込めている
のだ。破るとは幇助なのだ。せっかく捕らえた存在をむざむざ逃がす利敵行為。創造者以外に許されるのは傍観で、故に、
「くっ!!」
 防人は手をかざす。ドームの表面が薄く剥け舞い散った。と見るのも一瞬のコト、網状に連なったヘキサゴンパネルたちが
ドームを縛り……圧縮を始める。一瞬鐶に向いた視線は同情を孕んでいたが、しかし彼女はひどく瞳を鬱蒼とさせたあと、
……頷く。幹部5人を相手にするという最悪の事態ゆえ私心を捨てて促した。リバース殺害を許諾した。
 ミリミリと狭まっていくドーム。むろん中の少女がどうなるか考えるまでも無い。

 だが。

31:永遠の扉
14/06/09 23:37:50.28 fw2Tl00u0
 腕が、突き出した。ドームの中からたおやかな腕が一本無造作に飛び出した。あくまでも細い腕は力なくぐわりと倒れ……
二重拘束の表面を掴む。爪が割れるのも構わずだった。真赤な先を指という筆で引きながら、確かにヘキサゴンパネル同
士の溝を掴んだリバースは、これまでで一番大きな笑いを上げた。

「うふふ。うふふふ……! あははははははっ!!!」

 破滅的な音がした。無数のヘキサゴンパネルの塊がごっそりと毟り取られ地面にめり込んだ。スクランブル。腕に再び
纏わりつくパネルたち。だが細い腕はぷるぷると震えながら下に伸び……捲くる。薄くなった装甲が内側から蹴り抜かれる
まで1秒と無かった。剥落するドーム。巨大な風穴。補填すべく縛るストレイトネット。そこにもう一本の腕が現れ……

「伝えたい伝えたい伝えたいもっともっと伝えたい」

 エキスパンダーのようにストレイトネットを強引に引き伸ばし……千切った。

「ウソぉ!?」
 と驚くのが戦士か音楽隊の誰かなら斗貴子もまだ平然としていられただろう。しかし敵の幹部だった。黒縁メガネの冴えない
アラサー……クライマックスが愕然とし、その両側のディプレスとグレイズィングもまたひどい動揺の気配を見せた。

(仲間さえ予想外なのか!? 一体どれほどの存在なんだ、このリバースという幹部は!?)

「伝える邪魔は壊すの伝えるために壊すの何だって何だって何だって何だって何だって何だって何だって何だって何だって」

 ギヌチッ! 終局的な音をシルバースキンリバースが奏でた。ドームのほぼ中央でスパークが走る。ヘキサゴンパネルの合わせ
目が無理くりな電離的解除をきたし離れ始め─…

「壊すの!!」

(マズい! 信じがたいコトだが─…)
(裏返しが破られる!!)

 圧倒的な破滅の音が辺りに響き。

 リバース=イングラムは怒涛の如く押し寄せるヘキサゴンパネルに飲み干され見えなくなった。
 あとはもう身動き1つできぬ無口少女。

「だめなのかよ!!」
「何がしたかったんだ!!」

 再びドームの中に閉じ込められた少女。一層はげしくなった拘束の前では抵抗できないと見え何の音も聞こえない。

 クライマックスは呻いた。
「そんなアジバ3じゃないんですからもうちょっと頑張りましょうよこの上なく」
 彼女は見た。足元に刻まれている文字を。どうやら同僚のダイイングメッセージらしい。

『(´;ω;`)』

「ちょっと可愛いなオイ!!」
「咄嗟に銃で書いたのね。お手上げって……」
 剛太に続き桜花も呆れた。
「鐶は破ったのだぞ裏返し!! 義姉ならもっとこう……粘れと!!!」
(いや無銘。簡単に破られたら創造者たる俺の立場がだな)
「……お姉ちゃんは…………可愛くて成績優秀、運動もできますが…………基本コミュ障で…………コミュ障すぎるあまり
…………身を持ち崩して…………悪の組織の幹部なんかになっちゃった…………だめだめさんなので…………こうなる
んじゃないかと……思ってました」
 鐶はどんよりとした眼差しで答えた。
「フ、フフン。一瞬冷や汗をかきましたけど所詮はただの身体能力。裏返しを破れる道理なんてありませんコトよ」
「……普通そういうセリフは私達が貴様らの攻撃を破り損ねた時いうものだろ。逆だぞソレ。何で味方が負けたのに得意気なんだ?」
 カタカタと震える手でカップをソーサラーに置くグレイズィングに斗貴子もツッコむ。
「まwwwwwww 別に捕まっても関係ねーけどなwwwwwwww」
 ディプレスが呟くと同時に裏返しが爆ぜた。粉々に砕け散り、リバースが現れた。

32:永遠の扉
14/06/09 23:40:10.55 fw2Tl00u0
「なっ」
「裏返しが今度こそ……」
「破られた……?」
 ヘキサゴンパネルが俄かに色彩を失くし地面めがけ落ちていく。拘束服の原型はもはやない。リバースに着せられていた
者さえジグソーパズルを投げ捨てたような気楽さで瓦解して砕けていく。あまりに呆気ない幕切れに防人はただ愕然とした。
(馬鹿な。操作不能だと……?)
 拘束服の残骸が光の粒となり消滅。防人の掌に核鉄が2つリターンバック。
(武装解除。発動時触れていた場所に戻った……か)

「一体何が起こったんですか……?」。震える毒島の傍に小札が立つ。
「分解能力です。ディプレスどのの武装錬金はあらゆる物を分解いたしまする」
「待て!! シルバースキンは戦団最硬!! 仮に破損しても瞬時に再生するんだぞ!? それをああも簡単に……だと!?」
 信じがたい、そんな様子で叫ぶ斗貴子に答えるのはクライマックス。
「裏返しですからね。防御力が内側に向いている状態ですから防御力は普段より何割か落ちていたのですよこの上なく」
「そwwww だから普通の状態のシルバースキン、分解できるかどうかオイラ全然わかんなーいwwwwwwwwwwwww」
 軽々しく笑うディプレスに秋水は一切謙遜を感じなかった。
(……恐らくこの男は確信している。真向戦って負けるわけが無いと)
 分解能力という最強の矛。シルバースキンなる最強の盾とどちらが勝るか……とはかつてレティクルのアジト付近で再殺
部隊の犬飼が漏らした思考実験的な課題だが、初戦はディプレスに軍配があがったようだ。
(裏返し状態では確かに対外的な防御力は減少するが……それでも並のホムンクルスなら20体がかりでも引き裂けない
のは検証済みだ)
 防人は冷や汗混じりにディプレスを見た。
(鍛えぬいた俺の眼力ですら影の瞬きを捕らえるのが精一杯だった。彼の手元から何か迸った次の瞬間にはもう裏返しが
破壊されていた……)
 単純な攻撃力ならば幾らでも防げると歴戦が証明してきたシルバースキン。だが『分解』なる特性は金属硬化も瞬間再生
も何もかも貫くようだった。その上さらに攻撃速度自体も速い。
(……もし彼と戦った場合、俺は果たして勝てるのか?)
 重ね当てという切り札を完成させるためここ数日心血を注いできた防人だ。『未完成なのは心因的な物が原因』と言った
のは今は幽閉中の照星の言だが、その辺りは秋水やまひろ、沙織と言った面々との交流で少しずつだが解決に向かって
いる。なればこそ千歳に必ず成功させると宣言したのだが……。防人の冷えた部分、7年前からこっち磨り減り続けている
『大人』の部分は告げるのだ。よしんば完成しても当てられる可能性は低い……と。拳を繰り出す。分解能力が防護服ごと
防人の腕を細かく砕く……分別ある大人ならば誰でも至れる結論に縛り付けられる。
 防人は首を振る。そういう常識に囚われたからこそ再殺騒ぎにおいて旗幟が不鮮明になり心中じみた結論で斗貴子たちを
苦しめてしまったのだ。
(思考を止めるな。戦士・カズキなら新たな選択肢を作り出す。俺はそれを見たはずだ)
 胸に蘇るのは穂先の感触。カズキが届けとばかりありったけの想いを込めて貫いたそこで渦巻く残り火は、冷えたはずの
防人の心にわずかだが熱をもたらしている。
(攻撃を防ぐだけがシルバースキンじゃない。そもそも俺は防御一辺倒のこの服を攻撃に使うため体を鍛えた。拳1つとって
も錬金術の産物さえ纏っていればホムンクルスを打破しうる)
 そう気付いたからこそ練磨に練磨を重ね超人じみた身体能力を手に入れた防人だ。剛太たちに披露した重力の使い方も
つまるところはシルバースキンを活かすためだ。防人はその柔軟性を以て、あらゆる物事総て我が武装錬金の支えとした。
「学んだ筈だ。赤銅島の地引網から。戦士・秋水にだって言った。ちょっとした着想で君の武装錬金も闘い方を変えるコト
ができる、と。シルバースキンだって例外じゃない。何か、何かあるはずだ。あの強力な分解能力を上回る……何かが)
 防人の掌の中で金属のこすれ合う高い音がした。何気なくそちらを見た彼は……気付く。
(…………。重ね当て。強力すぎる相手の力。一瞬で無効化された裏返し。発動時。……核鉄)
 あらゆる修練と失敗の光景が脳のある一点めがけ収束していくのを感じた。既に13もの技を開発している防人だからこそ
持ちうる経路。彼はシルバースキンの専属プロデューサーと言っても過言ではない。持ち味を活かす。そういうヴィジョンを
まず持ってから現実的な努力を塗り固めるのが防人の方針だ。
 そして今。現実の1つ1つが防人の中で見事に組みあがっていく。
(或いは命がけかも知れないが)

33:永遠の扉
14/06/09 23:40:59.07 fw2Tl00u0
 ダブル武装錬金を発動し……拳を握る。
(やってみる価値はある。恐らくコレが奴に勝てる唯一の手段)

『わーーーーーん! ブレイク君ブレイク君、光ちゃんの前でババーーン!! と裏返し攻略してお姉ちゃんの強さを見せ
付けたかったのに失敗だよう! 滅茶苦茶大失敗で合わせる顔がないよう!!』
「あー。よしよし可哀想な青っちですねぇ。でも大丈夫。失敗した青っちも可愛いって光っちもきっと思ってくれてますよ」
『ホント!? ホントかなあブレイク君! 光ちゃん私めのコト見捨てたりしないかな……』
「大丈夫」。答えるブレイクに抱きついたままリバースは面を上げた。フードを突き破っているアホ毛が毛の無い小型犬の
長いしっぽよろしくブンスカブンスカちぎれんばかりに振られた。

「あー。君たち。イチャつくのは後でしなさい。戦闘中だぞ。戦士・斗貴子なら容赦なく狙うしそれで死んだら色々後味が悪い」
 こほん。咳払いをする防人に「はーい」と素直に応じるブレイクとリバース。
「いや戦士長。何で敵に忠告するんですか。せっかく隙だらけでブチ撒けるチャンスだったのに……」
「まだ子供の光ちゃんのお姉さんだからよ。悲しむ顔見たくないからなるべく助けたいみたい」
「仏か! 養護施設の中見てきたけど結構な破壊痕だったぞ! 痛めつけられた筈なのに恩情をかけるとか……仏か!」
「へへ。ありがとうございます。ちなみに普段の青っちならああは甘えませんぜ。凛としたお姉さんぶるんですよ。10歳年上
の俺っちに」
「ば、馬鹿っ。今はその話関係ないでしょ!!」
 照れたように小突く真似をするリバース。えへらえへらと喜ぶブレイク。
(うぜえ……です。Hi-ERO粒子も出せねえ癖に……イチャつくな……です…………)
 相変わらず2人は離れているが、熱ぼったい様子で相手を時々ちらちら見ている。
 剛太がキレたのは、彼らがちょっぴりの含羞と共に軽く手を繋いだ瞬間だ。
「てめえら自重しろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「ぶっ」。桜花は口を押さえた。余りに嫉妬丸出しな叫びで却って母性本能をくすぐるぐらい不憫だったからだ。実際彼は怒り
ながら泣いていた。頬を涙で濡らしていた。
「色々見てて痛いんだよバカップルどもが!!」
「そうですよ! この上なくそうですよ! イチャイチャいちゃいちゃしやがりやがってです!」
「……敵まで乗ってきた」
 秋水は呆れた。クライマックス……認識の上ではまだ秋戸西菜という相手の劇団の主宰者は「リバースさんってばリア充
死ねリア充死ねと言うくせに自分は結構な美人さんで頭良くて運動神経も良くて、そのうえ好きだったアイドルさんとお付き
合いしているとか何なのですかこの上なく! まぎれもなくリア充じゃないですかあ!」と捲くし立てた。
「先輩、俺なんかこの幹部と気が合うかも!」
「合うな! そいつは敵だぞ!!」
 という本人こそ意気投合の原因なのだが、そうとも知らぬ彼女は額に手を当て俯いた。

「というか何なんだこの敵の幹部どもは! 来たと思って身構えていればしょうもないコトを次から次へと!」
「そういや子猫ちゃんも7年ぶりwww元気だったかwwww デッドいまだにお前のトラウマ抱えてるぜwww」
「あんた誰さ? デッドって誰さ?」
「ええい挨拶はいい! 戦うか戦わないかいい加減ハッキリしろ! いつまでもグダグダ喋るな!!」
(なんか……音楽隊とノリが似てるよな)
(ええ。どれほど悪辣な連中かと思ってたけど、リバースさんといいどこか抜けてるような……)
 桜花と剛太はやがて幻想を知る。


「wwwwwww つってもよーー。パピヨンの方が片付かない限り俺らとしても動きようがねーんだわコレがwwww」


 軽い調子で放たれた答え。斗貴子の目に火が灯った。

「つまり……アイツが来なかったのも貴様たちの差し金か?」
「そ。劇の間アナタたちより一足早く幹部と戦っていましたのよ」
(姿を現さなかった謎が解けたな。しかし……彼を倒さないと身動きが取れない? どういう意味だ? 残る5人の幹部全員
が彼にかかりきりで……合流を待っている? いや違う。1人にそれだけの戦力を投入する方針なら、俺たちにも同じコトを
する筈だ。津村。戦士長。総角。鐶。俺たちの中でも上位に位置する者をパピヨン同様集団で倒す筈だ)
 秋水の推測は続く。
(つまりレティクルの目的は実力者の排除ではない? パピヨンが強いから始末しようとしているのではなく……別の目的で
狙った…………と?)
 鼓動。去来。跳ね上がる心臓から送り込まれる血液が脳髄を駆け廻り記憶を繋ぐ。
「もう1つの調整体」

34:永遠の扉
14/06/09 23:41:31.62 fw2Tl00u0
 小さな呟きに戦士たちから「え」という声が上がる。
「戦士長! 音楽隊と共に生徒の所へ!」
 叫びを上げる秋水。防人は完全には意図を掴んでいないようだが、音楽隊、そして根来と千歳に合流するよう促す。
(……)
 鐶は義姉の傍を駆け抜けた。振り返りたさそうに一瞬首を動かしたが、すぐ防人たちを……無銘を見据え走り去る。
 瞬間移動できる物は千歳や総角の傍に。そうでないものは巨鳥と化した鐶の背中に慌ただしく乗り込んだ。
「どういうコトだよ早坂?」
「もう1つの調整体! パピヨンを狙う理由がそれだとすれば刺客が持っているのは『強奪に適した武装錬金』! それが
ないと動けないと彼らは言う! つまり狙いは! ここに来て攻撃もせず立っている理由は……!!」
「『マレフィックアースの器』!! 劇の最中武装錬金を発動した生徒の誰かか!!」

 ブレイクは笑う。
「にひっ。祝勝会もそこそこに安全な場所に移されたのはお見事ですねーー。千歳さんの武装錬金で瞬間移動した生徒さ
ん9名。ヴィクトリアっちの避難壕……地下経由の光っちの高速機動で運搬された生徒さん13名。全員すでに聖サンジェ
ルマン病院地下50階に隔離され……厳重な保護下に今はある」
(……何故知っている? 確かに地下壕は使った。武装錬金を発動しなかった生徒たちの移動も含めて)
「同じ医療関係者として敬意を以て把握してますけど、性……もとい聖サンジェルマン病院に詰めているお医者さんたちは
前述のとおり医療関係者ゆえ屈強な方揃い。院長と事務局長とナース長の戦闘力はいずれも戦士長クラス、戦部には及
びませんが20位以上の記録保持者(レコードホルダー)だって7名はいる。有事の際は研究用の核鉄6個を定められた戦
士に貸与し核鉄持ち以外が補佐するシステムだって整備されている……。クス。地下深くかつ回復特化という地理的用件ゆ
えに幹部全員で責めてもオトすのはちょおっとばかり難しいわねん。だからアソコに生徒たちを避難させたのは正解よ」
(だが……略奪に適した武装錬金があるとしたら。例えば『目的とする物体付近へ一瞬で手を伸ばせる』千歳さんのような
瞬間移動系統の能力があるとすれば)
(地下にいる優位性は崩れる! その道すがら詰めている戦士たちの意味も!)
「わざわざココに残っていたのは養護施設をこの上なく守るためですよね? 生徒がいないと知った私たち幹部が腹いせ
に子供たちを殺すのを防ぐため……。単に生徒さん達だけ守るなら、地の利この上なくバリバリな聖サンジェルマン病院
に陣取れば良かったんですけどー、演劇の舞台となったこの場所を見捨てるコトはどうしてもできなかった、ですよね?」
「そして急ぐ理由はwww オイラたちの態勢が整っていないと踏んだからwww 仲間が、パピヨンからもう1つの調整体を
奪っていない今ならまだ生徒守れるってwww 思ったからwwww 急行している訳だけどwwwww」
 くすくす笑うディプレスはありったけの濁りを込めて嘲った。
「こっちが手の内バラすってコトはもう手遅れなんだよバーーーカwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
 言葉を補うよう、紙鉄砲を閃かせたような軽い炸裂音が響いた。最初1つだったそれは2つになり4つになり徐々にだが
確実に増えていく。
「爆発音……?」
「破滅的な感じじゃねえ。爆竹がどこかで炸裂している程度の小さな音……」
 戦士たちの顔から血の気が引いたのは、その量だ。
「やまないぞ。そして多い」
「街のそこかしこで鳴っているような……」
 建物が破砕されるような音は一切ない。ただ乾いた音が、普段なら誰かがふざけて爆竹を使ったのだろう程度にしか思
えない脆弱な響きがどんどんと増えていく。異様だった。桜花から放たれた御前は空高くで見る。『一切壊されていない街並
み』を。破壊がないからこそ不気味だった。しかも爆発音は徐々にだが確実に聖サンジェルマン病院方向へと発信源を変え
てゆく……。危機が迫っているのは明らかだった。生徒たちに牙が届きつつあるのは確かだった。


 街のどこかで声がした。

「ムーンライトインセクト。論理上は射程無限の媒介狙撃。こいつなら病院におるアース候補攫うのも訳ないで」


(正体は不明だが、パピヨンに振り分けられていた武装錬金が動いたというコトは……)
(負けたのパピヨン? まさか。あのパピヨンが……武藤クン以外の相手に…………?)

35:永遠の扉
14/06/09 23:42:02.50 fw2Tl00u0
 一時的にとはいえ同盟を結んでいた桜花ゆえに血色は褪せる。考えられないコトだった。傲岸不遜ゆえにどれほど追いこ
まれようと首の皮一枚で勝利を掴み取る執念の持ち主が……バタフライや戦部、ムーンフェイスといった強豪を降し続けて
きた彼が。
武藤クン以外の相手に……負けた? ウソよ。有り得ない。ヴィクトリアさんと共謀している以上察しがつくわ。『もう1つの
調整体』はきっと白い核鉄の基盤(ベース)になってる。武藤クンに捧げるための大事な代物をむざむざ奪われるなんて、
絶対におかしい! あの性格だもの。命がけで守る筈!)
 カズキを救いたいという思いを一度とはいえ共有した相手なのだ。執念の底にある敬意だって見てきた。そんな彼が、
相通じる者を畏敬と共に覚えているパピヨンが敗亡する様を桜花は見たくない。勝って退けたから敵の能力が別口(病院)
に向いた……そう信じたかった。

 千歳が瞬間移動し鐶もまた飛び立つ。
 秋水。桜花。斗貴子。剛太。毒島。彼らは目を交わし……頷き合う。
(幹部たちを足止めするぞ)
(ブラボーさんたちへの追撃を防ぐのね)
(実力差こそあるが数の上では互角)
(……で、隙を見て離脱って訳ですね)
(特訓の成果があるとはいえ無理は禁物です)
 各々の武装錬金を臨戦態勢にシフトする戦士たちにリバースはニコリと笑った。
『そう来ると思ってたわよ。でもさせない。マレフィックアースの器確保は急務だもの』
 徐に取り出した何かのスイッチを彼女が押した瞬間、先ほどの爆発音など比較ならぬ圧倒的な轟音が戦士たちの鼓膜を
つんざいた。
「!!」
 秋水たちは見る。火を吹く養護施設を。来客用のスペースも子供たちの居住空間も事務室も……演劇発表の会場も、
何もかもが紅蓮の炎を吐きだす巨獣と化して呻いているのをむざむざと見せつけられた。
「wwwwwwwww 何のためにリバースが養護施設に潜り込んでいたと思うんだよwwwwww」
「爆発物を仕込んでおきましたのよ」
 得意気に笑う幹部2人に秋水は激高した。高校時代の総ての結実……部員や、まひろと共に過ごしたかけがえのない
場所の惨状を見ては怒声も上がろうというものだ。
「馬鹿な! 生徒たちの所在はもう掴んでいるのだろう!? 今さら腹いせに壊す理由が……!」
 人好きのするエビス顔が─もっとも今はフードに隠されているので、それを斗貴子が見たのはかつて師事した記憶の
もたらす幻影だ─揉み手をした。
「にひっ。別に腹いせじゃありませんよ」
「何……?」
「ただこーやって爆破したら、ブラボーさんたち……救助する他ねーですよねえ? 何しろ身寄りなく慎ましく暮らす子供
たちや彼らを懸命に支える職員さんたちが中に居るんですから。あと秋水っちたちの劇に感動して資金援助を申し出て
下さってる観客さんも何人か事務室で話してるようでしたよ?」
 演技の神様の声はどこまでもにこやかだった。
「まだ生きている……或いは重傷ですが総角さんのハズオブラブを使えば救命可能な人たちがまだあの中に居るっての
に、生徒さんたち守るためだけ聖サンジェルマン病院に急行するのは……できませんよねえ? 戦士……そして人外な
がらも心正しく生きてこられたお師匠さんたち音楽隊の『枠』は……決して見捨てられませんよ。助けに戻る他ない」
(確かに養護施設に点在する人間総て助けるには相当の人員が居る)
(人命を優先すれば幹部に振り分けられる戦力は激減)
(そう踏んだから爆破……。私がいうのも何だけど……最悪ね)
 桜花が嫌悪を催す中─…
 爆発音を聞きつけたようだ。音楽隊と防人搭載の鐶が舞い戻り、養護施設に突入した。千歳も恐らく合流するだろう。
(……無関係な人間を巻き込んでおいて何故笑える! 貴様は母上の弟子ではないのかっ!?)
 鐶の上で根来直伝の火消し独楽をそこかしこに撒く無銘はブレイクを睨む。睨まれた方は涼しげに微笑した。
(さっすが無銘っちすね~~~。そーいう心正しいところ、気に入ってますよ。へへ)
「ぬぇぬぇぬぇ~。簡単には救助させませんよこの上なく! メンツ的に早期解決間違いなしですからね!」
 鐶を追ってクライマックスが炎に飛び込む。
「徹底的にこの上なく足を引っ張ります! すぐ全員救助されて聖サンジェルマン病院へ向かわれないよう邪魔するのです!」
「幹部が!! クソ!!」
 駆けだす斗貴子たちの前に幹部4人が立ちふさがる。
「クス。総角が万能ゆえ火事場に行くのも予測済み」
「これで俺っちたちも心おきなく武装錬金使えるってもんでさ」


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