08/05/29 20:40:03
>>1の続き
■2005年の悪夢がよみがえる。
国際社会での名誉ある地位を占めるため、外務省はこれまでにも涙ぐましい努力を重ねてきた。
日本の対アフリカODA額は世界一でありつづけ、5年ごとのアフリカ開発会議の度に、外務省は、
アフリカ諸国に多額のODA供与を約束してきた。だがそれが奏効することはなかった。なぜか。
鈴木氏が語る。
「それは単にカネを与えるだけだからです。それでは本当の信頼関係は芽生えません。私はね、
ODAだろうがなんだろうが、日本の国民から預かった大切な税金ですから、それは戦略的に
使いましたよ。場合によってはODAを武器にも使いました。一度、エチオピアの大統領との会談では
失礼なことがあったものだから、当時、官房副長官だった私は、責任を持って預かった2000億円の
援助金を渡さないとさえ言いました。それで相手の態度が改まってから、初めて援助を再開したんです。
そうやって直接会って、ぶつかってようやく信頼関係というのはできるもんです。でも、外務省も歴代の
外務大臣も、そういうことをしてきてませんね」
当時の外務大臣は町村信孝だ。彼の採った戦術こそ、まさしく鈴木氏の言うように貧困な日本外交の
象徴であった。
町村外相は、アフリカ各国に赴任した大使を東京に集合させた。飛行機で十数時間、アフリカに
散らばった日本の大使は帰国する。そこで町村外相から放たれた言葉は、「安保理入りのために
各々努力せよ」という直々の命令であった。
「そんなのは公電を打つことを指示するだけで十分ですね。私ならば、そんなヒマがあるのならば、
アフリカ中の大使たちに、赴任国の首脳に向けて1週間、夜討ち朝駆けをせよ、と命令しますよ。
そうやって現地の人たちと人間関係を作るほうがよほど有益ですね」
■アフリカはいざとなったら中国につくという現実
前出のエチオピア人ジャーナリストも、日本の外務省の戦略には否定的だった。
「アフリカが日本に感謝しているから日本に従うなんてことはない。いざとなったら、日本ではなく
中国につく。それが現実だ。近年、アフリカでの中国の存在感は群を抜いている。日本の存在は
いまやほとんど消滅している」
この言葉が示すように、アフリカにおける日本と中国の貢献の度合いはいまや圧倒的になっている。
たとえば、アフリカへの直接投資額は、日本の1億ドルに対して、中国のそれは40億ドルに迫る
勢いである。さらに、貿易総額は中国は日本の2倍、進出企業数は約10倍、滞在国民数にいたっては
100倍以上の人数である。中国のアフリカにおける圧倒的な存在感、それはとりもなおさず、日本の
存在感の低下を意味する。
もはや外務省お得意の根拠のない楽観論だけで外交は動かないのだ。
正午過ぎ、みなとみらいの本会場から、モニタリングルームに向かうブリッジに、先ほどの
エチオピア人ジャーナリストが佇んでいた。周囲には今年最大のアフリカ関係の国際会議とは
思えない弛緩した空気が流れている。
インタビューのお礼かたがた、近づいて挨拶をすると、先方から逆に質問があった。
「わが国は7月のサミットにアフリカ代表として呼ばれている。しかし同じようにこのような対応を
されるのならば、わざわざ取材にやってくる意味はない。あなたは、洞爺湖も横浜方式になるのか
知っているか」
NGOを排除して、ジャーナリストたちをモニター室に押し込む。そして外務官僚自らは我がもの顔で
会場を闊歩している。
TICADとは、一体誰のための会議か。いくら対アフリカ援助額を倍増させようと、こうした対応を
繰り返す以上、再び日本政府には「2005年の悪夢」が再来するに違いない。
-以上-