08/07/21 20:52:55 NzJCyHkr
朝鮮半島で高麗に変わり李氏朝鮮が成立すると、宗氏は引き続き李氏朝鮮と通交するが、
1419年6月倭寇征伐を大義名分とした応永の外寇が起こる。
李氏朝鮮は兵船227隻・軍兵1万7,285人で来襲し、尾崎浦(おさきうら)を焼き払い、
続いて小船越を襲撃し、更には、仁位浦に進撃して如加岳(糠嶽 ぬかだけ)で対馬の兵と激戦となる。
朝鮮軍は対馬側の待ち伏せなどの反撃により損害が大きくなり膠着状態に陥った為、
対馬側の和平提案を受け入れ7月3日に巨済島へ全面撤退した。