07/12/13 08:03:27 aR7iUVn1
ついでにつっこみ
>1819年に刊行された「江戸買物独案内」には、べっこう店のうち、
>24店が「朝鮮」の文字を、看板に書いて掲げていたと書かれていたという。
江戸買物独案内を元にしたデータベースによると
・屋号に「朝鮮」を使っていた店:1件→朝鮮屋(糸物問屋)
・取り扱い品目に朝鮮製品があった店:35件→炭屋、上総屋など(象牙製品が多い)
この結果を見るに、看板に掲げていたというのは「○○あります」という表示程度のものであって
看板という言葉からイメージされる「○○屋」のような看板とは別のものっぽい。
1件だけモロに朝鮮屋ってのがあるのみ。
ちなみに「唐」で検索すると134件もヒットする。
朝鮮が櫛などの小物中心なのに対してこっちは薬や書籍が多い。
この状況から見るに、江戸町人は朝鮮を珍しいものがある国という程度にしか受けとめておらず
文化的に尊敬していたとは考え難い。
知識人にとっては中国の代理品みたいな感じだっただろうから、それなりにもてはやされたかも。