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稲尾和久著「神様、仏様、稲尾様」より
こんなことがあった。星野先発の試合、3点リードで七回まできた。
球威が落ち始めていた。ピンチを招いて私がマウンドに向かうと、
右のこぶしでグラブをバンバンたたき、いかにも元気いっぱいの様子。
ところが「どうだ」と話すと「見てわかるでしょう。駄目ですよ。リリーフを用意してください」。
いったい一体この態度と会話のズレは何なのか。引っ掛かりを覚えながらも、
行けるところまでということにしてベンチに帰った。
八回またピンチになる。さすがにもう限界だ。再びマウンドに行くと、
そこでも彼はピンピンしている様子で、疲れなどおくびにも出さない。
しかし話はもう次の投手のことだ。「だから駄目だって言ったでしょう。
ところで次は誰ですか」などと平気で交代を前提とした話をしてくる。
「孝政(鈴木)だよ」というと「あいつ調子悪いですよ、大丈夫ですか」などと実に冷静だ。
とにかくマウンドを降りるのは本人も納得だと思い、監督に交代の合図を送った。
私がマウンドで手を頭にやったら続投、後ろ手に組んだら交代、
腕組みをしたら監督の判断に任せる、という取り決めだった。
交代となって、鈴木が出てくる。マウンドを降りていく星野。
ここで彼の態度が一変するのである。憤然とベンチに向かったかと思うと
グラブを地面にたたきつけた。納得の交代ではなかったのか。
おまけに鈴木が打たれて追いつかれたのがまずかった。
無念を示した星野のパフォーマンスに興奮していたファンから「なぜ星野を代えた」と
野次の集中砲火を浴びて、こちらもほとんど火だるま状態になってしまった。
翌日星野を問い詰めた。「おい、昨日の態度は何だ。
あれじゃまるで無理やり代えたみたいじゃないか」。その答えがふるっていた。
「稲尾さんはまだ名古屋にきたばかりで知らんでしょうが、
私は燃える男といわれとるんです。どんな状況でも弱気なところは見せられんのです」