08/06/12 08:44:33 lbZuDlXb
>116
思考停止ではない。 全てを個人の責任、いわゆる自己責任に矮小化するのが現代の主流経済学の基本的考え。
つまりこういう言い草を堂々と開陳するのは、それだけ市場原理が身に付いているということ。
底辺に這い蹲って生きていくのも努力が足りないからで、それは自分で選んでそうしているのだと主張するタイプの人だろう。
奥谷のババアや宮内、一部の成果主義万歳財界人がこのような主張をするものだ。 全ては個人の努力の問題だと。
この一見正しすぎる主張は、逆に底辺層に対して思いやったり、力を貸すことはけっして無いことを意味する。
>198
怒りや不満が蓄積しやすいタイプというのは思いの外多いと思うよ。 鬱積したものを吐き出してリフレッシュする方法を
知っている人は問題など起こさない。
蓄積された怒りがピークに達したとき、たとえばズボンのベルトを締めようと思ったらバックルが壊れてしまった、というような
些細な出来事が刃傷沙汰を起こすトリガーになることは十分考えられる。
自助、自己責任、行過ぎた競争原理、成果主義と社内格差、またそれが齎す歪な人間関係、チームワークの欠如、救いの無い社会、
お互い助け合う余裕がない、おもいやりの無い職場、窒息するオフィス、誰かに相談できる空気の欠如、自分が生き延びるのに精一杯。
このような環境の中で、加藤のように孤独で不満を蓄積しやすいタイプの人間が生きていくには辛かろう。
またこういうタイプはまじめでおとなしいという特徴がある。 おとなしいが故に不満を外に吐き出さない。 吐き出せない。
普段から不平不満を口に出して発散するタイプは逆に安全と言える。
ただし"絶望"は如何なる人もそれを吐露し発散することはできまい。