07/10/20 17:17:39 7LTjb++H0
さらに論理というのはいわばある種の構造のことであるゆえ、
構造的に非常に正しく整頓されていても話している内容が
さっぱりということもある。
「ありゅもちょげ」ならば「さじえじょてべ」である。
「さじえじょてべ」ならば「びぽにょちょ」である。
ゆえに「ありゅもちょげ」ならば「びぽにょちょ」である。
見事な三段論法。
しかし論理明瞭意味不明。
このようにして見ると、他人にモノをわからせるというのは、
さまざまな能力の複合であることがわかってくる。
ロジカルシンキングなんてのは、そのうちの一つの部分でしかない。
まぁ、まずは論理構造の正確さに固執するよりは、間違っていようと
自分が思う仮説をたてて粘り強く論証する「姿勢」みたいなものを
身につけるべきだと思うね。
それこそ非論理的な話になるけど、いわば「情熱」だよ。
今の、というかいつの時代でも多くの学生に一番足りないのは、それかな。