07/10/02 11:13:50 6G0o6NCU0
戦後60年経ち、悲劇を覚めた目で見られるようになる時代が到来しつつある。
人が死んだことは確かに悲劇であるし、
愛する人を失った人の悲しみは語り尽くすことができない。
しかし、一方で、赤松隊が行っていない命令が「した」ことになっている事実は、
それはそれとしてあるのだ。
悲しみは悲しみとして捉え、また、事実は事実として捉え、
そして、現状を最善の方向へともってゆくこと。
戦後60年経ってようやく、その時代に到達した今、
赤松隊の汚名を削ぐことができればと思う。