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(>>1つづき)
鹿島鉄道は、83年間市民の足として親しまれてきた。
しかし、2001年に鹿島鉄道の収入を支えていた自衛隊への燃料輸送がなくなると、経営に
かげりが見え始めた。
そして、沿線の中学生や高校生らの必死の署名運動もむなしく、2007年3月31日に廃線となった。
39年間、鹿島鉄道の整備士をしていた佐々木 和夫さんは「長くつきあった。人間と同じだよ。
仕事で、一緒にやってきた仲間だから」と語った。
廃線後も鹿島鉄道のことを忘れることができないという佐々木さんは、別の仕事をしながらも
車両を定期的に点検し、いつでも走れる状態にしている。
いろいろな人に愛され続けた鹿島鉄道。
廃線によりバスも通っていない地域では、お年寄りや学生が、交通の便の悪さに困っているという。
また、利用客が絶えなかった駅前の商店も姿を消した。
鹿島鉄道は、駅と駅だけでなく、人と人との心の触れ合いもつないでいた。
そんな人々の交流が、町を活気あふれるものにしていたという。
横須賀さんは「鉾田の町の出発点はここなんで、ここからいろんなものが出発できるようにしたい。
鉾田の町がすごく寂しくなってきちゃったので、ここから何か発信できればなと思って」と語った。
横須賀さんは、公園化のために募金を集めているというが、目標とする金額には、まだまだ足りない
のが現状だという。