07/08/31 01:09:20 k3mWvDlG0
>>308
幼いころ父親を病気で亡くした磯谷利恵さんは、3歳のころに現在の千種区春里町の市営団地に移り、祖母と母の女3人で支え合って生きてきた。
生活を支える母が働きに出る間は、同居していた祖母が利恵さんの面倒を、小学生になって祖母が親類方に移ると、母との二人三脚の生活が始まった。
「おとなしくまじめで、優しい子だった」と周りの人は口をそろえる。小学校の文集では、インコのひなをもらって育て始めたことを取り上げ
「しんぼう強く、かわいがって飼いたい」と、耐えることの大切さを書き残している。
その後、県立高校から推薦で愛知大法学部に進学した。最近は人材派遣会社の社員として、名古屋市中区にある大手企業関連会社で事務職として働いていたという。
磯谷さんは母の富美子さん(56)と2人暮らしだった。
普段は午後7時30分ごろ帰宅の途につく利恵さんだが、事件の日に限って深夜の帰宅となった。