07/07/27 03:16:45 uNlvKgQL0
私は我が子に障害があっても我が子を死なせたくない。
生まれて来て良かった、生きていて良かった、と思うような気持ちを
どこかいつか味わって生きて欲しい。
お世話必要だから、残して行けないから、自分も死んではないけないと思う。
何度も、死にたいけど死んではイケナイ殺してはイケナイとグルグル同じ事を思った。
自分を思い詰めちゃうと出口なくて、しんどい。
しんどくても一日ずつ、先の不安を考えすぎず、過去の後悔も呼び出さず、
今の今日の、この時、この場に向き合うしかなくて。
ただそれを黙々とやっていられたら、持ち堪えられたはず。
なのにそんな時、誰からだって非難なんかされたくない。
ケナしもさげすみも、嫌味もせせら笑いも、皮肉も言われたくない。
魔法使いでもないし、スーパーウーマンでも、神様でも無いのよ。
やってること、それだけで、持ち堪えるのに必死なのよ。
周りから何言われても、お気に召すようにはお応えできませんよ、でも、
なんか酷い事言われたら、倒れて当然。持ち堪えたら聖女だよ。
夫も障害持ちで、障害持ちへの対応をしたら、
夫も酷い事を言わなくなった。協力的になって来た。ホッとした。
↑は過去の話。
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障害児支援のエラい先生たちは、
母親をおいつめるような対応を極力さけるのが、まず第一の仕事だ。
母子の心理や環境を調べて悪い状態だったら、手を打つ。それが第二の仕事だな。
駄目な夫らの匂いをかぎつけて、手をうつのも、重大な仕事だな。
障害児の母親を叩く奴、いたら人間でないという気がする。