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支那派遣軍化学戦教育隊の「敵軍毒瓦斯(細菌ヲ含ム)使用調査」と言う資料には、中国軍が
昭和12年から昭和15年にかけて行った毒ガス戦として13件、細菌戦として20件が確認されているようです。
昭和12年9月7日、宝山城付近の中国軍がコレラ菌を井戸に投入し、その井戸水を呑んだ日本軍が罹患。
昭和13年7月26日に九江でも中国軍がコレラ菌を井戸に投入し、日本軍129人、中国人500人の被害。
中国軍はソ連から毒ガス弾を購入し第2次上海事変で使用。
この様なところが有ります。
また、「同盟ニュース」には、
昭和13年6月21日号
「…山西の敵部隊…暴戻にも毒ガスを使用、附近の無辜の民はこの惨禍を蒙るもの多く…」
昭和13年7月22日号
「暴虐支那軍又も不法!! イベリット糜爛性毒ガス」
この様に有ります。
日本の毒ガス兵器の開発に付いては、欧州の戦争での連合国側に依る使用に依る警戒感から始まって、
「陸軍科学研究所」で行われていたのです。
URLリンク(www.tcp-ip.or.jp)
庶民社会の中で伝えられているところでは、満州事変の一年前、共産党軍が長沙で大暴動を起こしている時に、
国民党軍が9月11日に飛行機で長沙の街に対する毒ガス攻撃を行っていたようです。
URLリンク(homepage2.nifty.com)