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神が人々を幸せにするために、天界から降りてきました。失明した人は神に「私は、愛する家族
の顔も綺麗な夕日も見たことがありません」と訴えました。神が彼に視力を与えると、彼は幸せ
になりました。
「私は凍土の上でも炎天下でも労働を厭いませんが、働くための土地は洪水に流されました」と
訴えた農民には神は農地を与えました。農民は幸せになりました。
貧乏な青年がやって来て言いました。「神様、私にはお金がなく家族も持てません」と。神は彼
にお金と美しい妻、可愛い子供を与えましたが、青年は暗い顔で「神様、私には才能もありませ
ん」とさらに訴えました。すると神は彼に才能も与えました。数日後、青年はまたやってきてとう
とう言いました。「神様、私には幸せがありません。ください」と。
神は少々躊躇された後、「(幸せを)与えよう」と言って、これまでに与えたすべてのものを取り
消しました。その結果、青年は一人ぼっちのホームレスになり、飢餓と悲しみと孤独に暮れる
日々を送ることになりました。
2年後、神は青年に家族だけを返しました。すると青年は「私は幸せだ!」と号泣しながら妻と
子供を抱きしめました。
◆失って幸福を得る
小さい頃、大人からこの言い伝えを聞いた時は、単純に青年の貪欲さに憤慨を覚えました。
しかし、今は考えが変わりました。彼は失うことを経験していないから、幸せになれなかったの
です。
事故や重病から生還した人の話を聞くと、明確な共通点を感じます。それは生への喜びです。
ただ生きているだけで、幸せなのです。生きていること自体が感謝すべき出来事なのです。
些細なことで自殺する今日の日本には、十分に幸せなはずなのに幸せになれない人々が、
大勢います。理由は簡単です。失う経験がないからです。得ることは当然であり、足りないこと
を不幸と考えるのです。その足りないことは、他人との比較によって常に作り出しているのです。
だから常に不幸なのです。 (>>2-10に続く=3分割)
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