07/06/01 18:18:20 PIgZqe3z0
wikiから転載
1983年(昭和58)東京大学法学部卒業。
同年農林水産省へ入省。林野庁林政部、大臣官房企画官等を経て退官。
祖父赤城宗徳の後を受け、1990年(平成2)2月の総選挙で旧茨城3区から立候補以来6連続当選。
以後、政府では総務政務次官、防衛副長官などを歴任。
1994年(平成6)6月29日に行われた内閣総理大臣指名選挙では、
自民党は新党さきがけと共に日本社会党委員長村山富市を支持したが、
赤城や山本有二、野田聖子は党議に反し、新生党代表幹事小沢一郎に
担がれた派閥の大先輩でもある海部俊樹を支持。
海部は翌日離党し自由改革連合代表~新進党初代党首となるが、
赤城や野田らは自民党に残留した。
2003年(平成15)の自由民主党総裁選挙では、
野田と山本、赤城らは番町研会長の高村正彦の推薦人となる。
2007年6月1日、急逝した松岡利勝の後任として農林水産大臣に就任。
祖父赤城宗徳も、安倍晋三の祖父岸信介政権の下で農林大臣(当時)、
内閣官房長官、防衛庁長官(当時)に就任しており、
奇しくも祖父同士、孫同士で首相・国務大臣でコンビを組んで
国政に任るという巡り合わせとなった。