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内務官僚岸信介は1936年(昭和11年)10月に、占領地満州国の国務院実業部総務司長に就任し、
満州「産業開発5カ年計画」を実施した。
満州国時代には、関東軍参謀長であった東條英機や、日産コンツェルンの総帥鮎川義介など、
軍部・財界の知己を得た。
半ば公然と右翼やヤクザの助けを借りていた。
その裏で満州の麻薬(阿片)特権で莫大な利益を得て、
それを日本にもちかえった。
その巨大資金の行方は明らかにされていない。
敗戦後、岸信介は A 級戦犯として逮捕されたが、後日釈放され、
のちに自由民主党総裁となり、日本の首相となった。
新安保条約の批准書交換の日の1960年6月23日、混乱の責任をとる形で岸内閣は総辞職した。
岸首相は辞任直前に暴漢に襲われて、重傷を負い、脱糞した。
犯行の動機には上記満州資金がからんでいるというのが当時の大方の認識であったが、
公安はその件は不問にした
岸信介の娘婿が安倍晋太郎。
安倍晋太郎の二男が安倍晋三現首相である。