07/02/20 21:38:20 SfvU2sm50
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血盟団事件(けつめいだんじけん)とは、1932年(昭和7年)2月から3月にかけて発生した
連続テロ事件である。
当時の右翼運動史の流れの中に位置づけて言及されることの多い事件であるが、事件を起
こした血盟団は日蓮宗の僧侶(茨城県東茨城郡大洗町・立正護国堂住職)である井上日召
(いのうえにっしょう)によって率いられていた集団であり、宗教的テロとしての側面を
も見逃すべきではない。
テロ決行の動機
日召は、政党政治家・財閥重鎮及び特権階級など20余名を、”ただ私利私欲のみに没頭し
国防を軽視し国利民福を思わない極悪人”と名指ししてその暗殺を企て、配下の血盟団
メンバーに対し「一人一殺」を指令した。”紀元節前後を目途としてまず民間から血盟団
がテロを開始すれば、これに続いて海軍内部の同調者がクーデター決行に踏み切り、天皇
中心主義にもとづく国家革新が成るであろう”というのが日召の構想であった。・・・
日召の教学では、宗祖の『立正安国論』も”殺人テロによる腐敗政治への抵抗と国家権力
の獲得を肯定した書”として誤って解釈されていたのであろうか?彼が遺した「否定は
徹底すれば肯定になる」「破壊は大慈悲」等のいくつかの片言隻語が、その明らかな
証左となっている。