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共生のページ:密航で国外退去を迫られる金さん一家 日本で家族と暮らしたい /大阪
◇「地域に根付いている」
韓国・済州島から2度にわたって船で密航し、約25年間、大阪市生野区で暮らしている
塗装業、金根澤さん(44)が妻と子ども3人とともに国外退去を迫られている。60~
80年代、済州島から密航し、日本社会への定着が認められて在留特別許可を得た人も多数
いるが、近年、密航者が名乗り出るケースは珍しいという。海を渡って生き抜いてきた金
さんは「人生の半分以上を過ごした日本で家族と暮らし続けたい」と願う。在留の道は開かれ
ないのだろうか。【村元展也】
◆出頭したが……
金さんの密航は81年と86年。韓国ではソウル五輪(88年)の翌年に海外旅行が自由化
され、金さんはいわば“最後の密航世代”だ。同じ済州島出身の妻、高明志さん(34)は
95年、知人を頼って空路で観光ビザで入国し、オーバーステイになった。大阪で知り合い、
長男(9)、長女(7)、次男(4)をもうけた。
金さんは外壁塗装や防水加工技術を身につけ、95年に独立。高さんも飲料販売員として毎日、
働いている。
夫婦は行政書士に相談し、03年12月、大阪入国管理局に出頭した。長男の小学校入学を
前に、「正規の在留資格を得たい」と考えたからだ。経済的にも安定しており、「大丈夫だろう」
との見通しがあった。
しかし、翌年8月、入管から呼び出され、金さんは強制収容。入管法違反で起訴された。不法
入国・滞在の外国人への取り締まりが厳しくなったことが背景にあるとみられる。金さんは
「『出頭時期を遅らせた方が良かった』と言う人もいるが、どのタイミングが良いかなんて、
私たちには分からない」と悔しさをにじませる。
05年2月、有罪判決を受け、同3月仮放免。同8月、一家全員に退去命令が出た。取り消しを
求めて提訴したが、1審、2審とも敗訴。法的に争うことをあきらめ、すべての経緯を明らかにして、
地域住民らからの支援を募り、在留特別許可を法務省に嘆願するしかないと考えた。子どもが通う
小学校の保護者や教員らに、支援を依頼している。
金さんは「子どもたちは日本語しか話せない。私自身、日本語の方が話しやすくなっている。
今さら済州島に帰っても生活のメドが立たない」と話す。
毎日新聞 2007年8月5日
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