07/06/02 19:39:14 erJPuQMZ
◆右翼と左翼の関係
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皆さんは、右翼と左翼が『敵対関係』にあると信じてはいませんか?
それは、間違いなのです。右翼と左翼は仲間であり、両者は裏でつながっているのです。
つまり、グルです。
その証拠に、右翼が左翼(革マル派や中核派、赤軍派など)のアジトに対し、武力攻撃を行ったことは
一度もありません。逆に、左翼が右翼(愛国○○塾とか、憂国○○会、大日本○○連合など)の事務所に
対してテロを行ったという話も聞いたことがないでしょう。
実は、右翼も左翼も日本人ではないのです。彼らの正体は半島から来た異民族。朝鮮人なのです。
彼らの攻撃目標は、日本人と日本国家です。右翼も左翼も、私たち日本人を狙っているのです。
■ 戦後史の真相 ◆-朝鮮人の政党間移動の歴史-■
戦後、在日朝鮮人は、日本の諸政党の間を移動しながら、反日活動を展開してきた。
最初は日本共産党に所属し、日本国家の転覆、共産党政権(朝鮮人政権)の実現を目指した。
戦後史に詳しい方なら、戦後、日本共産党を再建したのは、在日本朝鮮人連盟であることをご存知のはず。
1945年から1953年までの8年間、日本共産党は在日朝鮮人が支配していました。
自称沖縄人の朝鮮人=徳田球一をリーダーとする日本共産党内の朝鮮人グループ、いわゆる『行動派』が、
1950年から展開した軍事方針と称する武装闘争戦略は、朝鮮人勢力による「日本国家乗っ取り運動」でした。
この戦略はけっきょく失敗し、日本共産党のイメージダウンを招いただけで終わりました。
宮本顕治をリーダーとする日本共産党内の日本人グループは大反撃に転じて、朝鮮人グループに握られていた
共産党の指導権を取り返し、権力闘争に勝利しました。すると、朝鮮人グループはあっさりと日本共産党と
袂を分かち、全学連を結成して反国家活動=日本国家乗っ取り運動を続行しました。
同時に、日本共産党から日本社会党への「民族大移動」を敢行しました。こうして、日本社会党内に誕生したのが
「社会党・左派」です。つまり、日本共産党・行動派と日本社会党・左派は、実は同じグループなのです。
単に看板を変えただけであり、その正体は暴力革命を目指す朝鮮人グループなのです。