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10 名前:陸軍其の5 :03/03/12 17:55
佐賀左肩党
宇都宮太郎・武藤信義・村岡長太郎・安満欽一・荒木貞夫
真崎甚三郎・梅崎延太郎・原田敬一・香月清司・柳川平助等
宇都宮太郎が少佐時代から郷党の後輩を集めてつくったグループ。
宇都宮は結局三長官になることなく、大正11年に没したが、
彼は、死ぬ間際、枕もとの荒木に、世界地図の統計六十度と百七十度の線に
赤線を引かせ、「それだけを日本のものにせよ」と言うと、後は一言も言わ
なかったという。宇都宮亡き後、佐賀閥のリーダーは武藤信義が継いだ。
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大正十一年、宇都宮は病床に臥して、再起不能を自覚するや、在京の同志をその枕もとに
集めた。十二畳の病室の壁には大きな世界地図が掲げられている。そこに侍した
荒木貞夫大佐に、
「オイ、荒木」
と呼びかけた。病気のせいで声には力がなかった。
「赤鉛筆を以って、東経六十度と百七十度の線に筋を引け」
荒木は謹んで命を奉じた。それを快く眺めながら、
「それだけを日本のものにするんだ。いいか、みんな判ったか」
「ハイ、わかりました」
「俺の遺言はそれだけ、終わり」
一座はしんとして、咳一つない。宇都宮は眼をつぶって、あとは一言も言わなかった。
これは高宮太平『軍国太平記(後に順逆の昭和史と改題)』の中の余りにも有名な一節である。
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