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【コラム/囲碁】プロ22年目を迎えた棋士・李昌鎬[01/30] - 暇つぶし2ch1:特亜の呼び声φ ★
07/01/31 16:25:54
 日本の伝説の棋士、瀬越憲作は生涯で3人の内弟子しか取らなかった。東洋の3天才と
呼ばれる棋聖・呉清源、関西棋院設立者の橋本宇太郎、そして韓国の曺薫鉉(チョ・
フンヒョン)だ。

 瀬越は一番年下の曺薫鉉をとてもかわいがっていた。1972年に曺薫鉉が兵役のため帰国
した4カ月後、孤独に耐えられなかった瀬越は自殺してしまった。遺書には「薫鉉を連れ戻し、
大成させるように」とあった。

 曺薫鉉もまた、内弟子を1人しかとらなかった。1984年に9才の子どもを自宅に住まわせ
始めた。彼こそ、後に天才の名をほしいままにする李昌鎬(イ・チャンホ)、その人だった。

 李昌鎬は1990年に師匠から「最高位」タイトルを奪い、8カ月後には師匠のお株を完全に
奪ってしまった。1993年には12冠王に上り詰めた。曺薫鉉の妻が書いた文に、李昌鎬の
原動力を知ることができる一節がある。

 「わたしが車を運転して、タイトル戦を行う夫と弟子を対局場に連れていきました。その日
の対局を終え夫がへとへとになって寝ているのに、明け方2時ともなれば昌鎬のいる2階から
碁石を置く音が鳴り出します」

 韓国の囲碁史に数多くの記録を打ち立ててきた李昌鎬が、ここ1年ほど不振に悩まされて
いる。世界大会では彼らしくもない失敗で相次いで敗れ、先日は珍しく出場したサムスン
火災杯の決勝で中国の常昊に2対0で完敗した。

 李昌鎬が通算成績26勝6敗1分けの常昊を相手に惨敗を喫したのを見て、ファンは「スランプ
に陥ったのではないか」と心配している。

 プロ22年目、32才になった李昌鎬が進む勝負の道には、数多くの起伏や変化が待ちかまえ
ている。かつて先輩たちを次々と倒してきた彼も、今や後輩たちの挑戦に耐える立場となった。
李昌鎬の碁にもいまや多くの癖や弱点が暴かれている。

 1970年代には4、5大会だった碁の大会も今や19大会に増え、国際大会も15大会にまで
膨らんだ。世相を反映し、「制限時間5分、秒読み30秒5回まで」というテレビ包装向けの
ルールも出てきた。その厳しい条件の中、李昌鎬は未婚を守りながら、黙黙と一人精進に
励んできた。

 彼は言う。「体力的には40代まで問題がない」、「前より負けることが多くなったが、それは
後輩たちの実力が向上したからだ」、「心理的には何の問題もない」、「相手さえいれば結婚
はできるが、結婚したからといって成績が良くなるだろうか」。

 ベテランになっても「石仏」という呼び名のごとき無心の境地は変わらない。ここ1年間の
不振にも、ファンが心配しているほど、本人は気にしていないようだ。

▲ソース:朝鮮日報(日本語)2007-01-30 15:31
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