07/08/12 08:44:45 0
昨夏準優勝の駒大苫小牧(南北海道)が広陵(広島)に逆転負け。
史上初の4年連続決勝進出の夢が絶たれた。また、同校の黄金時代を築いた
香田誉士史監督(36)が勇退することがスポーツ報知の取材で分かった。
北海道に初めての大旗をもたらし、3年連続で夏の甲子園決勝進出を果たすなど、
駒大苫小牧を全国屈指の強豪に育て上げた名将・香田監督がチームを去る。
小玉章紀校長ら学校関係者の了承もすでに得ており、後任監督には茂木雄介
コーチ(26)が昇格する予定となっている。
香田監督は95年、大学時代の恩師、駒大・太田誠前監督(71)の推薦で、24歳で
監督に就任した。初めは服装の乱れ、あいさつ、グラウンド整備と、一からチーム
づくりに着手。太田監督譲りの手堅い野球をベースに、北海道出身の選手を鍛え上げ、
01年、32年ぶりとなる夏の甲子園出場を果たした。
03年からは5年連続夏の甲子園出場。04年には甲子園初勝利を挙げた勢いに乗って、
一気に全国制覇まで駆け上がった。05年は田中将大(現楽天)を擁し、57年ぶりの
夏連覇を達成。3連覇を狙った06年、決勝戦で斎藤佑樹(現早大)擁する早実に
再試合の末に敗れ、準優勝に終わった。
しかし、グラウンド外では度重なる不祥事に悩まされた。連覇達成直後の05年8月の
部内暴力に始まり、それから1年以内に飲酒、喫煙が立て続けに発覚。
06年3月、元部員の飲酒事件が発覚した際にはセンバツ出場辞退に追い込まれ、
自らも引責辞任した(その後、復帰)。心労が重なり、胃かいようなど体調を崩すことも
あった。今回、香田監督自身が1年次から携わった最後の選手である3年生が
引退するタイミングで、身を引く決意を固めた。
「限りない進化」と「チャレンジャー精神」を掲げた「香田野球」が、北海道の球史を
変えたのは間違いない。この精神は、今後も駒大苫小牧にしっかりと受け継がれて
いくはずだ。
ソースはURLリンク(hochi.yomiuri.co.jp)
初戦敗退しグラウンドに一礼する駒大苫小牧・香田監督(手前)とナイン
URLリンク(hochi.yomiuri.co.jp)