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昭和21年5月に発足した第1次吉田内閣で、文相に就いたのは田中耕太郎だった。
戦前から剛直な自由主義者で知られた法学者である。8カ月後には吉田首相と対立して
内閣を去るが、その間心を砕いたのが教育勅語に代わる教育基本法の制定だった。
▼主権在民となれば、勅語をそのまま教育の柱とするのは難しい。しかしその精神を
基本法として引き継ぐべきだというのが田中らの考えだった。「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ
夫婦相和シ…」といった日本の伝統的な道徳心などである。
▼だが、教育勅語を否定する連合国軍総司令部の影響下にできた基本法はそうした
人々の期待を裏切るものだった。道徳心ばかりでなく、日本の伝統や故郷、愛国心と
いった教えるべきものが抜け落ちた。どこの国の法律なのか分からないものとなった
のだ。
▼その基本法の改正論議が今の国会で行われているとき、テレビでの「識者」の
発言に驚きあきれた。「いじめによる自殺など大変な問題があるのに、基本法の改正
などやってるヒマはないはずだ」と。アベコベである。教育の荒廃がひどいからこそ
改正しなければならなかったのだ。
▼無国籍化した基本法のもと、学校でも家でも受験に必要以上の国の歴史を教えない。
わが町の歴史も親孝行も兄弟愛もパスだ。国や故郷、そして先祖たちへの愛着を感じなく
なった子供たちの心が根無し草状態となり、荒(すさ)んでいくとしても不思議ではない。
▼教育基本法はその制定より後に生まれた首相により、ようやく改正された。「国を
愛する態度を養う」などの文言も入った。改正推進派にはまだ不満はある。しかし、
ひとりでも多く戦後教育の問題点に気づいてくれれば、目的の大半は果たされたと言って
もいいだろう。
■ソース(産経新聞)
URLリンク(www.sankei.co.jp)
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