06/08/20 03:16:19 0
・「いつ行っても同じだ」。開き直りと意地にしか見えなかった。終戦の日の靖国神社参拝。
6年越しの公約を果たしたからだろう、小泉首相の舌はいつになく滑らかで、無論この言葉も
忘れなかった。「心の問題でしょう」
1972年9月、日中の国交正常化交渉のため田中角栄首相が北京を訪れた。
巨額の戦時賠償を求められるのではないか。それが一番の気がかりだった。
周恩来首相は言った。「賠償というのは結局、何十年にもわたって人民に支払わせることになる。
日本人民にこの苦しみを負わせるのは忍びない。従って賠償は1銭もいただきません」。この
一言で国交回復の扉は開かれた。
周恩来の決断には「戦争の責任は一握りの軍国主義者にある。日本人民に罪はない。中国人民と
同じ被害者だ」という考えが貫かれていた。国家指導者と民衆をはっきり分ける「区別論」だ。
日本軍に家族を奪われた多くの中国国民も区別論で説得し、怨みをこらえさせたのだった。
区別論は今も生きている。靖国参拝への批判の矛先が、「一握りの軍国主義者」であるA級戦犯の
合祀と、「一握りの国家指導者」である首相らの参拝に限られているのが何よりの証しだろう。
たとえ区別論にほかの戦略的意味が込められていたとしても、あの戦争で強いられた犠牲の
大きさを考えるとき、そこに中国の人々の抑制された、広い心を思わずにはいられない。
戦没者にささげる小泉首相の哀悼の気持ちにウソはあるまい。だが、批判にひたすら「心の問題」と
答えるのであれば、中国の人々の「心の問題」はどう受けとめるのか。広い心には広い心で報いる
べきではないのか。
靖国神社では当日、首相に日の丸を振り、「中国や韓国はムカつく」と感情をむき出しにする若者が
目立ったという。こうした姿が、両国の人々のこらえてきた怨みに火をつける恐れは十分ある。首相の
「有終の美」は、あってはならぬ「民衆同士の反目」をもたらすかもしれない。(一部略)
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