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■アメリカ軍が、日本軍の慰安婦の実態を調査した資料■
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アメリカ陸軍インド・ビルマ戦域軍所属 アメリカ戦時情報局心理作戦班
日本人捕虜 尋問報告 第49号 1944年10月1日
捕虜 造船ジン慰安婦20名
報告者 アレックス・ヨリチ
生活及び労働の状況
ミッチナでは、慰安婦たちは、通常、個室のある2階建ての大規模家屋
(普通は学校の校舎)に宿泊していた。
それぞれの慰安婦は、そこで寝起きし、業を営んだ。彼女たちは、
日本軍から一定の食糧を配給されていなかったので、ミッチナでは
「慰安所の楼主」から、彼が調達した食料を買っていた。
ビルマでの彼女たちの暮らしぶりは、他の場所と比べれば贅沢ともいえる
ほどでもあった。この点は、ビルマ生活二年目について特に言えることであった。
食糧・物資の配給量は多くなかったが、欲しい物品を購入するお金は
たっぷりもらっていたので、彼女たちの暮らし向きは良かった。
彼女たちは、故郷から慰問袋をもらった兵士がくれる色々な贈り物に加えて、
それを補う衣類、靴、紙巻きタバコ、化粧品を買うことができた。
彼女たちはビルマ滞在中、将兵と一緒にスポーツ大会に参加して過ごし、
また、ピクニック、演芸会、夕食会に出席した。彼女たちは蓄音機を持っていたし、
都会では買い物に出かけることが許された。